第138話 挑発

 渦巻く暗雲が空を覆い、冷たい陰がロアーナの町を包み込む。


「インプだ! インプが出たぞ!」


「吸血鬼よ、逃げてぇ!」


 響き渡る悲鳴、そして逃げ惑う人々。吸血鬼とインプの襲来によって、町の平和は完全に崩れ去っていた。


「ヒヒヒッ、狩りの時間だ……」


「「「ギィッ、ギギィッ!」」」


 必死に逃げる町の住人、しかしインプは俊敏な動きであっという間に回り込んでしまう。

 それでも住人は諦めずに逃げ道を探そうとする。そんな住人の背後から、吸血鬼の魔の手が迫る。


「お嬢さん、どこへいくのかな?」


「ひぃっ!?」


 吸血鬼は若い女性に狙いを定めると、狙った女性を一瞬で捕らえてしまう。女性は手足をバタつかせて抵抗するが、人外の力から逃れることは出来ない。


「離してっ、離してぇっ!」


「ヒヒヒッ、暴れても無駄だ!」


「きゃあぁっ!?」


 甲高い悲鳴と同時に、真っ赤な血しぶきが宙を舞う。吸血鬼の鋭い爪が、女性の首筋から胸元までバッサリと切り裂いたのだ。

 急速に血を流したことで女性はめまいを起こしてしまい、まともに動くことが出来ない。その間にも邪悪な吸血鬼の牙が、女性の首筋へと迫る。その時──。


「させません! やあぁっ!!」


「なんだっ──ぐあぁっ!」


 駆けつけたナターシャが、吸血鬼の腕を切り飛ばしたのである。少し遅れてオリヴィアとシャルロットも合流し、三人揃って吸血鬼と相対する。


「ナターシャはそのまま吸血鬼の足止めをお願い! オリヴィアはケガ人の治療をお願いしますわ!」


「はいっ」


 オリヴィアは女性の元へ駆け寄ると、素早く治癒魔法を発動する。致命傷とも思えるような深い傷も、オリヴィアの治癒魔法にかかれば一瞬だ。

 そこへさらにロアーナ軍の駐屯兵達も駆けつける。女性はロアーナ兵に抱えられて、無事に窮地から脱出だ。


「ぬぅっ……貴様は何者だ!」


「ワタクシはシャルロット・アン・ロムルス! ロムルス王国の第三王女ですわ!」


「ロムルス王国の王女だと!?」


 派手に登場したことで、ほんの一瞬シャルロットに注目が集まる。それを好機と捉えたシャルロットは、声を張りあげ住人達に呼びかける。


「みなさんの命は必ず守りますわ、だから安心してくださいですの! どうか落ちついて、指示通りに避難してくださいですわ!」


 シャルロットの呼びかけを合図に、ロアーナ軍は住人の避難へと取りかかる。二十名ほどのロアーナ軍兵士達は、無駄のない動きで着実に避難を完了させていく。しかしそこにインプの群れが襲いかかり──。


「ギイィッ!」


「そうはいきません、光よ!」


「ギッ! ギイィッ!?」


 間一髪で駆けつけたヘンリーの光魔法が炸裂する。シャルルとベッポも合流し、これで下級クラス勢揃いだ。


「くっ……筋肉痛のせいで、ここへ来るまでに時間がかかってしまった……」


「肝心な時に筋肉痛って、まったく勘弁してほしいぜ」


「昨日の戦いで筋力増強魔法を使いすぎたのですね」


 どうやら男子生徒達は、シャルルの筋肉痛が原因で遅れてしまったようである。しかし遅れたおかげでインプの襲撃を退けることが出来た、結果オーライというやつだ。


「それではシャルロット様の作戦通りいきますよ!」


「ああ、任せておけ!」


 勢いよく返事をしたシャルルは、「ぬん!」と気合いの筋力増強魔法を発動させる。筋肉モリモリとなったシャルルは、猪以上の猪突猛威でインプの群れを軽々と吹き飛ばす。

 ちなみにシャルルは筋肉痛にもかかわらず、強引に筋力増強魔法を発動させている。数時間後には地獄の筋肉痛に襲われること間違いない。


「さて、俺は俺の役目を果たすかな」


 一方のベッポは、懐から真っ赤な筒状の容器を取り出す。

 容器の頭をグイっとひねると、真っ赤な煙がモクモクと溢れてくる。溢れ出た煙はあっという間にインプの群れを飲み込んでしまい、勢い止まらず空高く舞いあがっていく。


「よし、このままインプの群れを足止めだな」


 男子生徒は少数精鋭でインプの群れを迎撃。ロアーナ軍は数を活かして、速やかに住人の避難を進める。そして女子生徒は──。


「ナターシャ! オリヴィア!」


「はい! 戦う準備は出来ています!」


「私も戦う準備は万端ですっ」


 女子生徒は吸血鬼との直接対決である。

 最も厄介な敵である吸血鬼は、過去に戦闘経験があるオリヴィア、シャルロット、ナターシャの三人が引き受ける。これこそシャルロットが考えた役割分担、適材適所の作戦である。


「ヒヒヒッ、生意気なガキ共だ……」


 真っ赤な視線でシャルロットに狙いを定める吸血鬼。ナターシャに切り裂かれた腕は完全に回復している。

 吸血鬼は物理的な攻撃を無効化してしまうのだ、厄介なことこの上ない。しかも──。


「うまそうな血の匂いがするな、クククッ……」


「ロムルス王国の王女か、王族の血はさぞかし美味なのであろうな」


 町を襲った吸血鬼は三体もいるのだ。気づけばシャルロット達は三方向を吸血鬼に囲まれてしまっている。


「相手はガキ三人だ、俺一人で十分だとも」


「そうか? ならば我々は町の連中を狩り尽くそう」


「仕方ない、王族の血は譲ってやるとしようか」


 どうやら三体の吸血鬼は別行動をとるつもりのようだ。しかしここで吸血鬼をバラバラに散らしてしまうと、間違いなく被害は拡大するだろう。

 そんな状況にもかかわらず、どういうわけかシャルロットは口元をおさえて笑っている。


「ふふっ……」


「おい貴様、なにを笑っている?」


「だって下っ端吸血鬼のくせに、一人でワタクシ達の相手をするなんて……ふふふっ」


「下っ端だと!?」


「あら、てっきり下っ端三人組かと思っていましたわ」


 シャルロットはわざとらしく「失礼?」を首を傾げてみせる。あからさまな挑発だが、吸血鬼達はまんまと乗せられてしまう。


「ガキが……調子に乗りやがって!」


「そうまで言うなら、俺達三人で相手をしてやろうではないか」


「吸血鬼の恐ろしさ、身をもって味わうがいい!」


 激高する吸血鬼を前にしても、シャルロットは余裕たっぷりの表情である。かと思いきや、よく見ると冷汗でビッショリだ。


「なんとか別行動は阻止しましたわ……挑発に乗ってくれてよかったですの……」


 緊張がバレないよう、必死で冷静な振りをしていたのだろう。シャルロットは「ふぅ」と短く息を吐き、そして一歩前へと進み出る。

 同時にナターシャはヨグソードを抜き放ち、オリヴィアは星杖ウラノスを構える。


「さあ! 吸血鬼退治といきますわよ!」


「「はいっ!」」


 そして、吸血鬼との戦いが幕を開ける。

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