第96話 魔法

「では授業をはじめます……」


 いよいよクリスティーナによる、魔法の特別授業が幕を開ける。

 ズラリと並ぶ生徒達の前で、杖を片手にクルクルと歩き回るクリスティーナ。気怠そうにしながらも、しっかりと授業はやるつもりのようだ。


「まずは基本的な魔法の知識を説明します……」


 そう言うとクリスティーナは、おもむろに杖を空中へと走らせる。するとなにもない空間に、光り輝く文字と図式が浮かびあがる。

 

「“魔法”とは……“魔導力”と“魔法力”を用いて物理現象を引き起こす技術の総称です……」


 生徒達から「おぉっ!」と歓声のあがる中、クリスティーナは淡々と空中に文字と図式を浮かびあがらせていく。一通り文字と図式を浮かびあがらせたところで、生徒達の方へと振り返る。


「魔導力とは、魔法の発動に必要な原動力を指します……魔法力とは、正しく魔法を発動するための技術力を指します……。魔導力と魔法力、両方をかけあわせることで魔法は発動します。例えば大きな魔導力を持っていたとしても、魔法力不足では正しく魔法を発動出来ません……」


 クリスティーナの説明にあわせて、光り輝く文字の数々。美しく不思議な授業光景に、生徒達はすっかり釘づけだ。


「魔導力は持って生まれたものなので、後天的に伸ばすことは難しい……一方で魔法力は努力次第で伸ばせます……。魔法力は杖や呪文や魔法陣といった魔法媒体で補うことも出来ます……。熟練の魔法使いは魔法媒体に頼らずとも、自力で魔法を発動出来ます……」


 クリスティーナは杖を下げると、指先から大きな炎を吹きあがらせる。魔法媒体を使っていないにもかかわらず、見事な魔法の発動に生徒達から驚きの声があがる。


「次に魔法の“階梯”について説明します……」


 空中で輝く図式へと杖を伸ばし、クリスティーナの授業は続く。


「魔法の強さは七つの段階で表すことができます、これを魔法の“階梯”といいます……。第一階梯から第七階梯と呼び、数字の大きな階梯魔法ほど強力な魔法ということになります……」


 輝く図式はクリスティーナの説明にあわせて、空中を自在に踊り回る。クリスティーナの行う授業は、ただ美しいだけではなく非常に分かりやすい。


「第一階梯の魔法は、子供でも扱えるような生活魔法です。第七階梯の魔法は、一撃で戦争を終わらせてしまうほどの強力な魔法です。もう少し詳しく説明すると──」


「ふーむ……なるほどなのじゃ……」


 クリスティーナの授業を聞きながら、ウルリカ様は真剣な表情で頷き続けている。特別授業の内容に、興味津々といった様子だ。


「あら? もしかしてウルリカは魔導力や魔法力、階梯のことを知らなかったのですの?」


「全部知っておるのじゃ、魔法の概念は魔界も人間界も変わらんのじゃ」


「だったらお姉様の授業は退屈ではありませんの?」


「そんなことはないのじゃ! やはり授業はとても楽しいのじゃ!」


 どうやらウルリカ様は特別授業に大満足な様子だ。爛々と目を輝かせて、楽しそうなことこの上ない。


「ところでロティよ、お主の姉は魔法の扱いに長けておるのう! とても精密で美しい魔法なのじゃ!」


「お姉様の実力は本物ですのよ。優秀な研究者でありながら、数少ない第七階梯魔法への到達者でもありますの。現在のロムルス王国で第七階梯魔法を使える魔法使いは、クリスティーナお姉様とノイマン学長だけですのよ」


「それは凄いのじゃ! 魔界でも第七階梯の魔法を使える者は限られておるからのう」


「ちなみにウルリカはどの階梯まで使えますの……って、聞くまでもないですわよね」


「うむ! もちろん妾は最終階梯魔法まで使えるのじゃ!」


「やっぱり第七階梯魔法まで使えるのですわね……」


「第七階梯魔法ではなく、最終階梯魔法なのじゃ!」


 ウルリカ様の答えを聞いて、シャルロットはコクリと首を傾げてしまう。どうやらウルリカ様とシャルロットの間で、会話にズレが生じているようである。


「最終ということは、最も階梯の高い第七階梯まで使えるということですよわね?」


「うむ? 最も階梯の高い魔法は──」


「そこ……うるさい……!」


 静かなお叱りの声に、ハッとするウルリカ様。お話に夢中になっていたところを、クリスティーナに見つかってしまったのだ。


「ごめんなさいなのじゃ! 静かにするのじゃ!」


 ウルリカ様は大慌てで口を押さえると、すっかり静かになってしまう。チョコンと縮こまる姿はとても可愛らしい。


「魔法の説明は終わり……それでは今日の目標を発表します……」


 一通り説明を終えたクリスティーナは、空中に浮かべていた文字と図形をサッとかき消す。


「目標を立てなければ授業をやる意味はない……だから目標を立てた……使える魔法の階梯を一段階あげてもらう……もちろん全員……それを今日の目標にする……」


 クリスティーナから発表された特別授業の目標。それを聞いて生徒達の間に、ザワザワと不安の波が広がっていく。


「そんな! 階梯をあげるのは凄く難しいんですよ!」


「全員の目標だなんて、流石にムチャです!」


「大丈夫……方法は教える……だから死ぬ気で頑張って……」


 ニヤリと影のかかった笑顔を浮かべるクリスティーナ。静かな迫力のこもった笑顔に、生徒達はただ黙るしかない。


「お姉様ったら……魔法のことになると妥協を許せませんのよ……」


「自分は魔法の才能がまったくないのだ……どうすれば……」


「私も魔法は苦手です……階梯をあげるなんて無理ですよ……」


 他のクラスの生徒達と同様に、下級クラスの生徒も心配の声をあげている。特にシャルルとナターシャは魔法を苦手としてるようだ。

 そんな中ヘンリーだけは、ずいぶんと余裕のある表情を浮かべている。


「心配する必要はありませんよ」


「あら? ヘンリーは自信ありそうですわね」


「魔法の階梯をあげる方法を知っていますからね、みなさんにも教えますよ」


 思わぬヘンリーの言葉を聞いて、驚く下級クラスの生徒達。

 一方のクリスティーナは、杖を片手に生徒達へと呼びかける。


「それじゃあ実践に移る……魔法の媒体を準備して……」


 高い目標に不安を覚えながらも、生徒達はそれぞれの魔法媒体を取り出す。


 クリスティーナの特別授業はまだまだ続く。

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