第80話 オリヴィアの手紙

 時間は少し経ち、ここは教室塔の二階。

 広い大教室に、下級クラスの六人は集まっていた。


「──というわけで、朝起きた時には、すでにオリヴィアはいませんでしたのよ」


「オリヴィア嬢の結婚か……信じられない……」


「ええ……オリヴィアさんはまだ十四歳ですよね、結婚するにしても早すぎますよ……」


「それに、突然いなくなるなんて……オリヴィアはどういうつもりなんだ?」


 オリヴィアが突然いなくなったことを聞かされて、男子三人は驚きを隠せないでいる。

 しんみりとした雰囲気の中、シャルロットは一通の手紙をとり出す。


「事情は説明した通りですわ。そして、集まってもらった理由はこれですの」


 手紙の表には、可愛らしい文字で“結婚します、今までお世話になりました”と書かれている。オリヴィアの残していった、お別れの手紙である。


「その手紙は……オリヴィアさんからの手紙ですかね? 内容は?」


「まだ読んでいませんわ」


「読んでいない? どうして読まないのです?」


「宛名に“ウルリカ様とクラスのみんなへ”と書いてあるからですわ」


 “クラスのみんなへ”の宛名を見たシャルロットは、下級クラスの全員が揃うまで、手紙を読まずに待っていたのだ。


「では全員揃ったので、読みますわね」


 全員の注目の集まる中、シャルロットはゆっくりと手紙をひろげる。


「ウルリカ様とクラスのみんなへ──」



 ──ウルリカ様とクラスのみんなへ。


 突然のお別れとなってしまい、本当にごめんなさい。

 急な話ですけれど、私は結婚することになりました。


 この手紙を書く少し前に、実家から一通の手紙が届きました。

 実家からの手紙には、とある領地の領主様との、縁談のお話が書かれていました。

 癒しの聖女と呼ばれていた私に、領主様は興味を持たれたそうです。そして、縁談の話が持ちあがったそうです。


 私の実家は、没落した元貴族の家です。

 両親はすでに亡くなっており、家のことは叔父に管理してもらっています。

 手紙の差出人は、その叔父でした。今回の縁談に、叔父はとても喜んでいました。

 領主様との縁談が成立すれば、家の再興に繋がるかもしれないからです。


 叔父にはとてもお世話になりました、いつか恩返しをしたいと思っていました。

 だから私は、今回の縁談をお受けすることで、叔父に恩返しをしたいと思っています。


 結婚は明後日です。明日の早朝には、迎えの者が来るそうです。


 急なお話で、私も驚いています。

 私は今、急いでこの手紙を書いています。

 読み辛いところがあったら、ごめんなさい。


 クラスのみんな。

 こんな私を友達と呼んでくれて、生徒ではない私をクラスメイトのように扱ってくれて、本当に嬉しかったです。


 シャルル様。

 いつも優しい言葉をかけてくれました、とても救われました。


 ベッポ様。

 仲よくしてくれるようになって、心から感謝しています。


 ヘンリー様。

 困っていると声をかけてくれて、いつも嬉しかったです。


 シャルロット様。

 身分違いの私と友達になってくれて、本当にありがとうございました。


 サーシャ。

 私のことをリヴィと呼んでくれてありがとう、あなたは私の親友です。


 そしてウルリカ様。

 ウルリカ様と出会ってから、私は最高に幸せでした。

 ウルリカ様と過ごした日々は、本当に楽しかったです。


 ウルリカ様のためにクッキーを焼けなくなると思うと、とても寂しいです。

 ロームルス学園での生活を、どうか楽しんでください。世界を滅ぼさないようにしてください。


 ごめんなさい。たくさん書きたいことはあるけれど、もうすぐお迎えの時間です。

 私は学園を去るけれど、どこかで会うことがあれば、友達と呼んでくれると嬉しいです。


 みんなと出会えて、私は幸せでした。


 幸せな時間を、ありがとうございました──。



「──オリヴィアより……」


 最後の一文を読みあげて、そっと手紙をとじるシャルロット。瞳からはポロポロと、涙がこぼれ落ちている。

 手紙を聞いていたナターシャは、涙で顔がぐしゃぐしゃだ。


「そうですか……オリヴィアさんは、ご実家のために結婚をするのですね」


「しかし、本当にいいのだろうか? オリヴィア嬢の意思はどうなるのだ?」


「でもオリヴィアの決めたことだ、俺達が口出ししていいのか……」


「「「「「……」」」」」


 シンと静まり返る大教室。

 そんな中、じっと黙っていたウルリカ様は、突如として叫び声をあげる。


「嫌じゃーっ!!」


 あまりにも大きな声量に、室内の空気はビリビリと震えあがる。声と同時に放たれた魔力で、窓ガラスは粉々に砕け散る。

 叫び声をあげただけで、とてつもない被害の大きさだ。


「嫌じゃ! 絶対に嫌なのじゃ! いーやーじゃーっ!!」


 ウルリカ様の駄々は止まらない。

 ブンブンと両腕を振り回し、ダンダンと足を踏み鳴らす。衝撃で床はひび割れ、教室塔は激しく揺れ動く。もはやちょっとした災害である。


「リヴィはずーっと、妾のそばにおるのじゃ! なぜなら妾は、リヴィのことを大好きだからなのじゃ!!」


「ウルリカ、ちょっと待って──」


「待たないのじゃ! 今すぐにリヴィを連れ戻すのじゃ!!」


 そう言うとウルリカ様は、教室中に魔力を解き放つ。なにやら大量の魔法陣を浮かびあがらせて、凄まじい魔力の波動だ。

 と、その時──。


「待ってウルリカ、落ちついて! このままだと教室塔を壊してしまいますわ!!」


「そうですよ! まずはリヴィの居場所を突きとめないと!!」


「む……むうぅ……」


 シャルロットとナターシャにおさえられて、ウルリカ様はしゅんと落ちつく。しかし、ウルリカ様の魔力によって大教室はすっかり荒れ放題だ。

 割れた窓からヒュウヒュウと風の吹く中、男子三人は一斉に立ちあがる。


「分かった、三人はオリヴィアを連れ戻してきてくれ。オリヴィアの行き先は、うちの商会で情報を集める」


「だったら自分も手を貸そう! 自分の実家は教会だからな、独自の情報網を持っている!」


「ではベッポとシャルル、すぐにオリヴィアさんの行き先を調べてください。ウルリカさん達は、オリヴィアさんを連れ戻す準備です」


「う……うむ?」


 突然の事態に、キョトンとしてしまう女子三人。対照的に男子三人は、テキパキと動きだしてしまう。


「俺達だって本心は、オリヴィアを連れ戻したいんだ。でもここは三人に任せるよ」


「そうだな! オリヴィア嬢を連れ戻す役は、一番の友達である三人に任せる!」


「オリヴィアさんの居場所は、ベッポとシャルルで調べます。そして学校のことは、ボクに任せておいてください。ヴィクトリア様もエリザベス様も、ボクから説得しておきますので」


 オリヴィアを連れ戻したいという思いは、クラスの全員が同じなのだ。みんなの思いに背中を押されて、ウルリカ様はパァッと笑顔を浮かべる。


「分かったのじゃ! 必ずリヴィを連れ戻すのじゃ!!」


 こうして下級クラスの六人は、オリヴィアを連れ戻すべく行動を開始するのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る