第20話 メデューサの恋11

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 彼と――夏目一樹ナツメカズキという人物に出会ったのは本当に偶然だった。その出会いは劇的でもなく、本当にありふれたものだったけれど、それでも、その時のことを私は今でも鮮明に覚えている。


『大丈夫ですか?』


 あのとき彼は一人で泣いている私に恐る恐る声をかけてきた。自分だって不安だったはずなのに。それでも人のことばかり心配する彼の優しさを、正直に言えば最初は利用してやろうと思っていた。


 だってそのくらい私は疲れていたから。生きることに、一人でいることに――疲れ切っていたから。


 だから、そんな優しい彼の目が見えないと知り、自分の寂しさを紛らわせるための話し相手として彼はこれ以上なく適任だと思った。彼と話すことで私は自分の孤独を紛らわせようとした。


 長い時間を過ごしたとは言えなかったけれど、それでも彼とは色々な話をした。もちろん、私は自分のことを正直に話せるわけもなかったけれど、それでも彼と過ごす時間は心地良くて、気が付くと――私はどんどん彼に惹かれていった。


 そんな日常が続くうちに私は願ってしまった――こんな日々が永遠に続きますように、と。正直に白状すれば、夏目さんの目が一生見えなくてもいいとすら思っていた。『恋は盲目』とはよく言ったものだと思う。少なくともそれ以来、私は夏目さんのことしか見えなくなっていた。


 だから、きっとこれは罰なのだ。


 この時間が永遠であればいいと、愛する人の幸せよりもこの日常が永遠に続くことを望んでしまった。だから、きっと神様から私にはこんな死に方がお似合いだと判断されてしまったのだろう。


 悲しいけれど、受け入れるしかない。だって私はメデューサのくせに――誰かを愛してしまったのだから。



◇◇◇◇◇


「なんか思い出に浸ってるところ悪いんだけどよ、そろそろ死んでくれねぇか?」


 男は手に持っていた巨大な刃物を大きく振りかぶり、瞬間、私は目をつむって痛みに備えようとする。


 しかしその刃は――いつまでたっても私を貫くことはなかった。




「おい、そこで何をやっている?」





 ふと目を開くと、男が手にしていた巨大な刃物は真二つに折れていて、地面に突っ伏す私と男の間に見覚えのある姿が立っていた。


「すいません。助けに来るのが遅れました」


 この町の管理者である私の良く知る吸血鬼は苦々しい表情を浮かべながら私にそんな言葉をかけた。


「管理者さん……何で?」


 思わず私は尋ねる。なぜ、この人がここにいるのか。


「恥ずかしながら、僕のストーキングスキルはここ数日で恋人もドン引きするくらいの上達速度を見せていましてね。少しばかり、あなたの行動を覗いていたんです」


 その人はどこか冗談めかしてそんなことを言う。


「ふふ、前にも言いましたけど、それはあまりいい趣味とは言えませんよ?」


 つい、私まで柄にもなくそんな答え方をしてしまう。


「大丈夫です。自覚してますから」


 そう言うとその人は目線を男の方へ向ける。

 刃物を持った男はおどおどしながら、慌てふためいている。


「お、お前、もしかしてこの町にいるっている吸血鬼か!? ち、ちくしょう! 何でこんなところに!?」


「おいハンター、この町で勝手に僕の監視対象に手を出すとはいい度胸だな」


「う、うるさい! そもそも、何でアンタがそのメデューサの味方をするんだよ! 確かアンタは人間側の味方だったはずだろ!?」


 ハンターの男は怯えて後ずさりながら叫ぶ。それはまるで弱い犬が虎を相手におびえているようで、それが二人の間にある歴然とした力の差を物語っていた。


「確かに。僕は吸血鬼でありながら、それでも人間でありたいと思う中途半端な存在だよ。いや、厳密には人間であることを捨てられないというべきかな」


「だ、だったら――」


「だから!」


 男の言葉を遮るようにその人は続ける。


「だから、僕は人間らしくありたいと思うんだよ。迷っても、合理的ではないことをしてもいい。多分、それが人間らしいってことだと思うから。でも、少なくとも今この場で彼女を見捨ててしまうと、きっと僕は人間ではなくなってしまう」


『それこそ、本当の化け物になってしまう』と、どこか自分を律するようにその人は言った。その言葉から、この人がどれだけの覚悟で吸血鬼として生きているのかが伝わってくるようだった。


「だから、今は僕の目の前から消えてくれ」


 その人は右手を前に突き出すと、次の瞬間にはハンターの男は何か見えない力に突き飛ばされたかのようにふっ飛ばされる。


 ――ガンッ!


 そのまま後ろの壁に直撃した男はすぐに地面に倒れてしまったけれど、少しするとよろよろと弱々しく立ち上がった。


「サイコキネシス……そんなものまで使えるのかよ」


「今日は見逃してやる。その代わり――」


 そこまで言うと、その人は右手をまた突き出すと、また次の瞬間には男の背中にあった壁が粉々になって崩れていった。


「その代わり、今後この町で君を見かけたら――今度こそ潰すからな」


「ひぃ!?」


 男は悲鳴を上げると、そのまま走り去っていった。


 夜は更け、星々の光を遮る町の明かりは静かに光を弱めていく。遮る光が消えた満天の星々は、とても輝いて見えた。

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