後編

 僕が祖父が横でうずくまる墓に手を合わせていると、母と妹たちがこちらに歩いて来るのが見えた。ずいぶん年をとっていたが、僕はすぐにわかった。


「お母さん、美智子、智子…」


 顔を上げて彼女たちに手を振ったが、全く反応がない。ずいぶん会っていないから僕のことがわからないのだろう。


「おじいちゃん、お母さんたちが来たよ」と声をかけたが、彼には聞こえないようで全く動かない。


 彼女たちは水を桶に汲んでいるので、僕は墓石の裏に回り驚かせようとした。しかし驚かされたのは僕のほうだった。


 彼女たちは3人並んで黙って墓に手を合わせ、水を墓石のてっぺんから流して僕の話をした。


「お兄ちゃん、やっと帰ってこれたね…連れてきてあげたよ」「まさか、あんな目に合っているなんて、なんでお母さんに連絡してこなかったの…」「おにいは優しすぎたから、付け込まれたんだよ」


 僕は最初意味が分からなかったが、彼女たちの話を聞いていたらだんだん思い出してきた。



 勤めていた地元の会社が倒産し、働き場がない地元を離れて都会に住んだ。

 しかし最初の職場が合わずに1年足らずで辞め、職安で出会った気のよさそうな男性に誘われ、郊外の山の中にある産業廃棄物の解体・分別の会社に入った。小さい部屋だが住み込みの上、給料が良かった。綺麗な都会のオフィスで、面接の男性はたくさんのいいことを僕にした。しかしそれは一つも守られることはなかった。


 その会社はとてつもなくブラックで、住み込み代と称して給料から大部分が引かれる上、食べ物や着る物、すべてを会社が高額で販売した。おかげで毎月借金がかさんで、会社から逃れられなくなった。売店という名の見張りが怖くて逃げることも出来ない。もちろん携帯は取り上げられた。

 誰もがその環境に慣れ、見張りにおもねり、密告や暴行が多発していた。どうしても慣れることができない僕は、3か月ほどたったある晴れた日、谷底の産業廃棄物の中に作業中にふらふら飛び込んだ。

 僕は廃棄物として処理された。



「山中には30体もの死体が埋められていたそうよ…なんて酷い」「お兄ちゃん…辛かったよね」「気が付いてあげられなくてごめん」


 彼女たちの話を聞いていて僕はふつふつと怒りがわいてきた。

 僕が祖父と父から毎日のように折檻を受けていることを彼女たちは知っていて、でも自分が正しい行いをすると自分に害が及ぶとわかっていたから黙って知らない振りをしていた。機械のように皆が毎日をやり過ごしていた。

 祖父が亡くなって遺産を手に入れると、母はさっさと妹たちを連れて逃げた。


 生贄いけにえになった僕は毎日父に折檻され、父がいないうちに都会に出たが、そこでもカモにされて死んだ。


「美智子、智子、お前ら僕が折檻されていたのを見てただろ?お母さんも嘘つくなよ、母親のくせに!」


 僕は大声を上げたが、全く彼女たちには届いていなかった。彼女たちは一緒に住んでいたのだから僕の状態に気が付いていないわけがなかったが、忘れていた。いや、自ら忘れようとして記憶を改ざんするのに成功していた。


 彼女たちはでなくになっていた。


「お前たちもいつか、ワシのように自分の罪にさいなまれるだろうよ…いつかな…」


 祖父が墓石のそばで顔を上げ、じっとりと彼女たちを見つめながら、ぶつぶつとつぶやいている。僕はそちら側の住人になっていたことにやっと気が付いた。あんなに五月蠅うるさいと思った蝉の声が聞こえなくなっていた。

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オートマチック・ピープル 海野ぴゅう @monmorancy

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