第59話ギャルゲの主人公と乙女ゲーのヒロインは、ゆるふわサブヒロインと一緒にお弁当が食べたい。 その7

 酷く落ち込んでいるゆるふわ宏美は、1組教室に戻ってきて、青ざめた表情で自分の席に座り、頭を抱えるのである。その光景を、疑問顔で見る郁人と梨緒だが、疑問に思うだけで話しかけることはしないまま、三限目の授業が始まるのである。


(まずいですよ~…しかも、じょ、状況が悪化してますよ~…次の休み時間が最後のチャンスです~!! 何としても止めないと~、大変なことになってしまいますよ~!!)


 焦る宏美は、チラリと郁人の方を見ると、今まさに戦場に向かう歴戦の勇士のごとく、瞑想していたのである。そして、梨緒の方を見ると、いつもは真面目に授業を受けている梨緒が、両手で頬杖をついて、幸せいっぱいのニコニコ笑顔を浮かべて夢想しているのである。


(と、取り返しのつかないことになってますよ~!! もはや、美月さん達の食堂行きを止められない以上は、郁人様をどうにかするしかないです~…それに、もしも、郁人様にあの事がバレたら…ど、どうにかしないといけません~)


 早く何とかしないといけないと焦る宏美は、どうやって作戦を中止させるかを、授業中に必死に考えるのだった。そして、三限目の授業が終わると、郁人の所に真っ先に向かうゆるふわ宏美である。


「郁人様…お話があります~…少しいいですか~?」

「なんだ、ゆるふわ…まさか、まだ諦めてなかったのか?」


 頬杖をついて、呆れた目線を宏美に向ける郁人に、不満爆発のゆるふわ宏美である。とにかく、こっちにきてください~と、郁人の腕を引っ張って、教室から連れ出そうとする宏美である。


「おい…どこに行く気だ?」

「ここでは、あれですから~…人目がつかないところで…ファンクラブの部室に行きましょう~」


 その光景を、にこやかな笑顔で、ジーっと見つめている人物がいるのである。郁人と宏美の真横にいつの間に立っている。宏美に、右腕を両手で掴まれて、やれやれと教室から出ようとする郁人と、教室から連れ出そうと必死のゆるふわ宏美を交互に、ニッコリ笑顔で見ている梨緒の存在に気がつく郁人と宏美は、恐怖で固まるのである。


「…いや…ゆるふわが用事があるらしくてな」

「そ、そうですよ~…わたしぃはただ、郁人様にお話があるだけですよ~」


 冷や汗ダラダラな二人は、ニコニコ笑顔の梨緒に対して、必死の弁明である。梨緒の半開きの目から覗かせる瞳は完全にハイライトオフのヤンデレアイとなっているのである。


「ふ~ん…そっかぁ…でも、腕に抱き着く必要はないんじゃないかなぁ」


 そう言われて、慌てて郁人の腕を放すゆるふわ宏美は、ぎこちないゆるふわ笑顔で誤魔化す、そんな宏美を、呆れた表情で見つめる郁人である。


「あの~…わたしぃ…郁人様にお話がありまして~…り、梨緒さん…郁人様をお借りしてもよろしいですか~?」

「おい…何で、梨緒に許可を求めてるんだ!? お前は…」


 梨緒に、下からお願いする宏美に、ツッコム郁人は、横目で宏美を睨むのである。


「…う~ん…それって、私には聞かせられない話なのかなぁ?」

「あ…そのですね~…郁人様のアイドル活動の件で、個人的な相談がありまして~…ほ、本当に少しだけ、ファンクラブの部室でお話しするだけですよ~…り、梨緒さんお願いしますよ~!!」


 必死なゆるふわ宏美は、頭を下げるのである。さすがに、教室の中で頭を下げられると困る梨緒は、少し慌てるのである。


「ちょ…宏美ちゃん…わ、わかったよぉ…少しだけお話ししてきていいから…頭上げて…ねぇ」

「あ、ありがとうございます~!! 梨緒さん、ありがとうございます~!!」


 涙目な宏美は、梨緒に泣きつくのである。さすがにドン引きな梨緒は、必死にゆるふわ宏美をなだめるのである。そんな光景を頭を抱えて眺める郁人である。







 何とか、梨緒の許可を得て、郁人をファンクラブの部室に連れて来ることができた宏美は、ここからが本番だと気合を入れるのである。


「で…結局なんの話だ…昼休みの件なら…諦めて、食堂(地獄)に行くぞ」

「諦められるわけないじゃないですか~!! いいですか~…郁人様、冷静に考えてくださいよ~…絶対ヤバいですよ~!!」


 必死な宏美に、ため息をつく郁人は、天井を見上げるのである。


「まぁ…お前の言いたいこともわかるが…この作戦…俺にも得るものがある…だからこそ、命を懸けることができる…わかるか…ゆるふわ?」

「……郁人様が得られるものですか~? それはなんですか~?」


 郁人の発言に、耳を傾ける宏美は、真剣な表情で郁人を見るのである。


「それはな…美月と一緒にお昼ご飯を食べられるという事だ」

「…聞いたわたしぃが馬鹿でした~…郁人様…作戦は中止でお願いします~!! そんな事で、命を懸けないでくださいよ~!!」


 一気に、呆れた表情になる宏美は、必死に郁人に作戦中止を訴え、郁人の制服をつかむ、そんな宏美を引きはがしにかかる郁人である。


「落ち着け…いいか…よく考えろ…高校生になって、やっと美月と恋人同士になれたのに、お弁当をお昼に一緒に食べられないのは悲しいだろ…男なら…やはり、恋人と一緒に弁当を食べたい…そう…美月に食べさせてもらいたい…な…命を懸ける価値があるだろ?」

「無いですよ~!! 家がお隣同士なんですから~、お休みの日にでも、食べさせっこしてくださいよ~!!」


 郁人が、男のロマンを熱く語るが、ゆるふわ宏美はバッサリ切り捨てて、作戦中止を訴えるのである。


「お前な…ゆるふわ…いいか…もう、この作戦は止められない…なら、楽しむしかないんだ…美月に食べさせてもらえると信じて、立ち向かうしかないんだ…わかるな」

「全く分かりませんよ~!! だいたいわたしぃに利点がないじゃないですか~!!」

「……親友の、美月と一緒に楽しくお昼ご飯が食べられるぞ…な…利点だろ?」

「わたしぃ、美月さんの親友になった覚えがないんですが~!! そもそも、わたしぃにとって、全く利点になってませんよ~!! 楽しくないですし~!! 恐怖しかないですよ~!!」


 郁人は、宏美の両肩に手を当てて、宏美を丸め込もうとするが、いやいやと、ありえないと必死に否定するゆるふわ宏美に、舌打ちする郁人である。


「とにかくだ…俺は、命を懸ける以上…美月に俺の作った弁当を食べさせてもらおうと思う」

「それは、お休みの日にお願いしますよ~!!」

「ダメだ…俺は、完璧な作戦を用意してきたからな…今日じゃなくてはダメだ…いいか…今日の俺が作った弁当に、手作りミニハンバーグを入れてある」


 いきなり、何かを語りだす郁人を、呆れた表情で見て、仕方なく聞く宏美である。


「そして、このハンバーグ…味を俺のを洋風に、美月のを和風にしてあるんだ」

「それがどうかしたんですか~!?」


 ドヤ顔でそう言い放つ郁人に、心底どうでもいいと呆れるゆるふわ宏美である。


「わからないのか? 味を別にすることで、美月は、きっと、俺のミニハンバーグも食べたくなるはずだ…つまり、自然に、俺が美月に食べさせることで、きっと、美月も俺に食べさせてくれるはずだ…これで、高校生になってやってみたいことの一つである。恋人に昼休み弁当を食べさせてもらうを、自然と叶えることができる…我ながら、完璧な作戦だ」

「はぁ~…って、そんなことはどうでもいいんですよ~!! 絶対に修羅場になる中、呑気にお弁当を食べられると考えてるんですか~!?」


 いきなり饒舌に、早口で語りだす郁人にドン引きな宏美は、ハッと、本来の目的を思い出すのである。


「安心しろ…ゆるふわのお弁当は、美月と一緒にしといたからな」


 まったく関係ないことを言う郁人に、呆れる宏美だが、今の郁人の発言が少し引っかかる宏美は、首を傾げて考えるのである。


「えっと…わたしぃのお弁当ですか~?」

「ああ…朝、渡しただろ…俺の手作り弁当」


 郁人の発言に、宏美はみるみると表情が凍りついていく、宏美は思い出してしまったのである。今日の宏美のお昼は、郁人お手製のお弁当で、美月と全く一緒だという事に気がついてしまったのである。


「い、郁人様…まさか…わたしぃに嫌がらせですか~!? 復讐ですか~!? わたしぃが何してって言うんですか~!?」

「急にどうかしたのか?」

「お弁当ですよ~!! 普段でも、郁人様お手製弁当何てヤバい物を、よりにもよって、今日持ってくるなんて~…酷いですよ~!!」


 郁人にしがみついて、泣きつく宏美に、本気でよくわからない郁人は、疑問顔で首を傾げるのである。


「よくわからんが…弁当は、本当にただのお礼だぞ…朝、言っただろ」

「い、郁人様…郁人様は、本当に残酷で残虐で非道な人です~!!」


 本気で、そう言い放つ郁人に、無自覚の悪意を感じる宏美は、必死に郁人を責めるのであった。

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