第168話 暗き淵の底



 ※



 ゼンは、意識を失う前に気づいた。


 自分はもう、目覚める事はないであろう事に。


 全ての力は使い果たし、最後は気力だけで、意識を保っていた。それも、もう終わりだ。


 だから、意識を失う、その寸前に、神に願った。


(“仕事”は、果たした。でも、もう報酬の、二番目の願い、話を聞く事はもう出来ない。だから、その代わりに、従魔達と自分との、“契約”を、“絆”を解除して、別個の命として、独立させて欲しい。俺の道連れには、しないで欲しいんだ……)


 三番目の願いは、もういいから、と付け足して。


【………】


 願いは、届いたような感じがした。


 もう確かめる術はないけれど、それを信じるしかない。


 そのまま、ゼンの意識は、暗い暗い、光のささない、ぬばたまの闇へと、ゆっくりと落ちて行った。



 ※



 ――――――


 ―――


 ――気を失った、と思ったゼンは、気づくと意識のあるまま、暗い世界を、ただゆっくり落ちている自分を自覚した。


 もしかしたら、これが“死”というもので、自分は魂になって、冥界まで落ちて行くところなのかもしれない、と思う。


 一気に暗く、気持ちが落ち込んで来るゼン。


 無茶はせず、必ず生きて帰ると約束したのに、約束を破る事になってしまった。最低だ。


 サリサの、怒って涙ぐむ顔が目に浮かぶ。


 ミンシャとリャンカも、無理を言って残って貰ったのに、これでは騙したも同然だ。


 二人の泣きじゃくり、抗議する顔も……


 今回、強制的に一緒に来る事になって、色々スキルを貸してもらった、5人の従魔達。


 セインと、ゾートとガエイ、ボンガには、本当にいくら感謝してもし足りないくらいだ。


 ルフは……泣いて嫌がっても、フェルズに残すべきだったんじゃないのか、自分が何も出来なくて、無駄に悲しい思いをさせてしまったのではないか、それがとても気がかりだ……

 

 フェルズにいる、『西風旅団』の、残り三人。リュウとラルクと、そしてアリシアの顔もまた浮かんで来る。


 前に、修行の旅に出た時も、アリシアは最後まで泣きじゃくり、師匠を怒った顔で睨んでいた。また、同じ様に泣かせてしまうのだろうか……ごめん……


 リュウさん、ラルクさんは、もう充分強い。俺一人いなくても、これからの冒険者稼業を、必ず生き抜いて、やり遂げて行くだろう。


 だから、そんな心配はまるでない。俺がそこに、一緒にいられないのが、悲しくてたまらないだけだ。


 フェルゼンで、子供達といつも楽しそうに、遊び、微笑むザラの顔も浮かぶ。


 あの笑顔を、また自分は、曇らせてしまうのか……


 子供達も、自分が生きている間だけにでも、少しでもちゃんとした暮らしと、これから生活していけるだけの教育を、と思っていたのに、こんなに早々、いなくなる事になるとは……


 生と死が隣り合わせの冒険者なのだから、ある程度の覚悟はしていたし、準備もしたつもりだけど、これじゃあ、突然、無責任に放り出すに等しい……


 胸がひどく痛む。苦しい。


 フェルゼンにいる、何故か自分に想いを寄せている(様に思える)女性達。


 獣人族の、リーラン、ロナッファ。


 エルフの、ハルア、エリン、ハーフ・エルフのカーチャ。


 こんな事になると分かっていたら、すぐに断りの意志を明確に見せて、それぞれの居場所に戻ってもらうべきだったのだろう。今更考えても、手遅れでしかないが……


 クランの為の、勧誘に応じてくれた、C級冒険者パーティーのみんな。


 『爆炎隊』の人達は、出会いは決していいものではなかったのに、クランの構想に、一番に参加し、他でも良くしてもらえた。ギリさん、殴っちゃって本当に悪かったなぁ……


 『清浄なる泉』のエルフ・パーティーの人達には、従者ぐるみで、子供達とも仲良くしてもらえていた。まだ、そのお礼も充分出来ているとは言えない……


 『蒼き雷鳴』と、『剛腕豪打』の人達。


 クランが本格的に活動出来るようになったら、攻撃の要になったであろう、強い冒険者達だ。これから、頼りにさせてもらえると、勝手に考えていたけど、そこに俺は、もういないんだ。すみません……


 ドワーフの、ガドルドさんの義娘、クラリッサさんの親探しも、落ち着いたら、ガエイを現地に派遣出来たら、と考えていたのだけれど、考えただけになってしまって、申し訳ない……


 『破邪剣皇』は……。当初思っていたような問題児にはならず、結構皆と仲良くやっていて、ホっとした。リーダーが、某ハイエルフに、こんがり丸焼けにされたからかもしれないけど……


 『古(いにしえ)の竜玉』の、竜人族を主体としたパーティー。これから、竜人族の事を教えて貰ったりとか、楽しくやって行けると思っていただけに、残念だ……


 そして、今回唯一の同行者と言える、ハイエルフのアルにも、感謝以外にするべき事が浮かばない。ジーク同様、彼女がいなければ、今回の迎撃戦、まともな戦いにはならなかっただろう。


 色々と雑で粗雑で残念だけど、そこが魅力なのか、俺は、この旅路に中で、彼女に好意が芽生えてしまったらしい……。何か、今一つ腑に落ちないけれど、一応そうらしい。


 最後も、俺が力尽きた分をカバーしてもらった。もっとちゃんと、改めてお礼が言いたかったけれど、神様経由で伝言とか、無理だろうか?……普通に無理だな、諦めよう。


 この行程で、ずっと一緒にいたのだし、心残りは少ないと思う……一つもないと言ったら、嘘になるけれど、考えても仕方がない……


 従魔研の人達の事も思い出す。


 ニルヴァーナ主任や、研究者、学者の人達。そして、研究の被験者となった、4人の冒険者達。主任からは、エリンを預かる様な形になっていたけど、期待には添えなかったな……


 リーランの兄の、フォルゲンは、やかましくて厚かましくて、人を勝手に師匠呼ばわりして、迷惑な事が多かったけれど、あれで気のいい冒険者だった。


 マークは、ホワイト・ハーピィ純白妖鳥の従魔を連れ、他国のクランに参加する為に、フェルズを旅立った。もうとっくに着いて、きっと上手くやっている事だろう。


 ダークエルフのオルガは、上手く従魔を隠して、今のパーティーでやっているだろうか?多分、『人間弱体党』の件で、治療する仲間が出ただろうから、完全にそのままではいられないだろうが、要領の良さそうな彼女なら平気だろう。


 カーチャさんは……『古(いにしえ)の竜玉』に仮入隊して、今はダンジョンか、もしかしたらもう制覇(クリア)しているかもしれない。


 雇ったばかりの専属鍛冶師、コロンにも悪い事をした事になる?そのままクランが、雇用契約を続ければ問題ないだろうが、ハルアとの関わりもある。自分はもう、何の口出しも出来ない。謝罪すべきだろうか……


 ギルドでお世話になった人も大勢いる。


 ギルマスや、その秘書の、ファナさんやトリスティアさん、副(サブ)ギルマスのロナルドさん、検定官のレオさん、ザラの師匠の、治癒術士のマルセナさん、ラルクさんの奥さんの、スーリアさん、それに、ライナーさん。


 お礼やお別れを言えなくて、残念です……


 ギルマス(義母さん)は、リャンカが目を治せたから、もう何も心配する様な事はないだろう。ひよっとしたら、師匠とも互角で斬り結べるかもしれない様な人だ。俺の心配が必要な人じゃない。義父さんと、お幸せに、末永く……


 師匠の心配も、するなんておこがましい人だ。どんな時、どんな所でも戦って、生きていくだろう。


 師匠の事は、考えても暗くはならない。『流水』の継承的には問題あるのかもしれないが、そんな事さえ師匠は、笑って済ませる気がする。


 ゼンは、その二人の兼ね合いで、一番、考えるのを避けていた相手の事を考えざるを得ない



 …


 ………


 …………義父さん…義父さん、ゴウセル!


 俺に、名前をくれた、大事な人!全てを与えてくれた人!


 “ゼン”なんて、俺には似会わない、大層な名前をつけてくれて、思えばあの時から、自分の運命は変わった気がする。


 俺の事なんかを心配して、色々気を配ってくれて、冒険者になれたのも、『西風旅団』の皆とも出会えたのも、師匠との出会いだって、みんなみんな、義父さんのお陰なのに!


 俺は、修行の旅から戻れば、もっともっと、恩返しが出来ると、思っていた、したかった!


 普通に、もっともっと親孝行が、出来ると思ってた!


 これから、ゆっくりと、それが出来ると思っていたんだ!


 それなのに!


 俺は、馬鹿だ!間抜けだ!


 一寸先は闇。そうなってもおかしくない、今の世の中だ。


 だから、もっともっと、時間を有効活用すべきだったのに!


 いや、そんなのどうでもいいんだ!俺はただ、自分が好きな人達と、もっともっと、ずっと一緒にいたかっただけなんだ!


 大事な親がいて、好きな人と、両想いになれて、大事な、かけがえのない仲間もいて、なのに……


 それなのに……それ……なの…に……




 ※




 ……結局の所、自分が、嫌々この、ヴォイドを迎え撃つ旅をやっていたのが、度重なるミスに繋がったのだろうか?


 ゼンは猛省ばかりして、反省点の洗い出しに、無駄に余念がない。


 世界の危機がどうとか、正直、自分には似合わない、役どころが違うと言わざるを得ない。


 場違い感がひどくて、浮いている自覚がある。


 ハイエルフのアルティエールは分かる。それだけの力もあり、好戦的だ。……いや、まあ、うん、戦いを忌避する事無く、積極的、前向きに応じるのが偉いと思いマス。


 機神(デウス・マキナ)のジークも、ラグナロク神々の黄昏なんて、物騒な名前をつけられるだけあって、神をも打倒なし得る力を秘めている。


 この二人は、結構お似合い、と言うか、似た印象を受ける。


 ジークの方は、そう造られたのだから、致し方ないけれども。


 ……ともかく、何でそこに、『流水』の弟子ではあるけれど、強さとかそれなりな俺が、こんな役目を押し付けられなくちゃ、いけないんだか……


 ああ、違う!そういう気持ちでいたから、ヴォイドの思惑や、戦術、戦略が見抜けなくて、その術中にはまって、むざむざ敵に遅れを取ったから、無駄な消耗を強いられて、力を使い果たしてしまった、その事を反省すべきなんだろうが!


 初戦で、ジークを操縦する負荷だけでなく、力が吸収された事を、当の本人が自覚しなくてどうするんだ!


 それにその後、あんな不必要に危険な真似をして、アルを危険な目にあわせて……


 火星での戦闘も、地表ですでに、切れ切れにしか聞こえなかった星霊の声が、核(コア)に到達して、まだ吸収消化されていない点に、疑問を持つべきだったんだ。


 それと、三体目に追い付いて、戦闘になった時、こちらは急ごしらえで、飛行性能や旋回性能の良くない加速ユニットだったのにも関わらず、敵はこちらの追撃を躱し切れずに撃墜された、風を装って、戦場を月面に移動した。


 この時も、不自然な点がいくつかあるし、それに気付くべきだった。


 偶然、そこに月があった、とか、どんなお気楽ご都合主義なんだよ、俺は!


 だから、相手に侮られ、嘲笑されても仕方ないくらいだ。


 アレを倒せたのは、師匠に見せてもらった奥義を、ジークで具現化出来たからで、ジーク頼り、アル頼りで、従魔達のスキルに頼り切った、情けない戦闘ばっかりじゃないか……


 おまけに、最後は逃げられ、月の星霊にまで頼り……


 飛行ユニットの、収納空間に隠れていた、予備の四体目に気づいたのもギリギリ……


 なんでこう、頭悪くて察しが悪いのかなぁ!


 あのコースに、あれが戻って来る事なんてあり得ないって、見てすぐ気づかなきゃ駄目だろうに!


「いやいや、何故そう、自分ばかりを責め、他に頼る事を、良しとせぬのか、ゼンは」


 突如暗闇に、降って湧いたように、女性のよく通る美しい声がして、ゼンはギョっとして素早く身構える。


 いつの間にかゼンは、暗闇の底の様な場所にいた。


 そのほの暗い場所で、不自然に白いテーブルと椅子に座り、優雅にお茶を飲んでいる、黒いドレスの、いかにも高貴な感じがする女性がいた。


 緩いウェーブのかかった黒髪に、猛禽類のような鋭い、つり目がちな瞳、濃い紅のルージュを塗っているのか、紅い唇の目立つ、何処か煽情的な印象のある女性。


 この世のものではない様な、信じられない程に美しい女性で、見たら絶対忘れられない容姿なのだが、ゼンに見覚えはない。それなのに、以前会ったような気もする、不思議な人物。


「妾(わらわ)の前、ここに座りや」


 その女性の声には、人には抗い難い、高圧的な意があった。


 そういうのが嫌いなゼンであったが、彼女に逆らう気には、不思議とならなかった。


「……どなたでしょうか?」


 ゼンは、言う通りに、大人しくその女性の対面に位置する椅子に座り、おずおずと尋ねる。


 言われた美女は、キョトンとした顔をした後、激しく爆笑する。


「わ、妾(わらわ)が分からぬのか?会うたは二度目。妾(わらわ)の愛し子、お主の想い人の身体を借りて、じゃがな」


 それを聞いて、ゼンは、否が応でも気付かない訳にはいかなかった。


「冥府を統べる、女神ヘル……」


 やはり、ここは冥界で、間違いないようであった……















*******

オマケ


ア「『深淵を覗きし時、深淵もまた、こちらを覗いておる』この意味が、ゼンには分かるかな?」

ゼ「えーと、異世界の哲学者の言葉、っだっけ?」

ア「うむうむ」

ゼ「意味は、覗き出歯亀してると、覗き返される、と」

ア「なんでじゃねん!」

ゼ「……その語尾、変じゃないかな」

ア「それはどうでもいいわい。真面目に答えよ!」

ゼ「…ハイハイ。そんなに間違ってないと思うけど。怪物と戦う者は、その過程で、自身も怪物にならない様に注意しなければならない」

ア「分かっておるのなら、変な冗談いれるなや!」

ゼ「強い怪物に対抗する為の力を身につけたら、自身も怪物に近い強さになる。身も心も怪物になるな、と含蓄のある言葉、なのかな」

ア「うむうむ。うまい事言うものじゃなぁ」

ゼ「アルは異世界の知識好きだね。俺は、頭パンパンで消して貰いたいぐらいなのに(怪物地味た力の持ち主は、目の前にいるけど……)」

ア「勿体ない。それならわしが、その頭の中いじっても良いのじゃぞ」

(ニコニコ怒っている)

ゼ「謹んで、お断りシマス……」

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