第134話 作戦概要☆
※
ギルマスの執務室で、ゼンはレフライアと例の件について話し合っていた。
「今のところ、分かっているのは、“草”と思われる一般人は50人。その内、30人は偽(ダミー)の警報役。20人が、本物の“草”で魔族」
「偽(ダミー)の警報?」
それなりに長い話になるので、ゼンは椅子に座っている。
今のレフライアの言葉に、ゼンは首をかしげる。
「本物に一般人に、自分は魔族の間諜(スパイ)だと、洗脳で思い込ませているの。
でも、意識や状態が分かるように、魔具に繋(リンク)がってる。意識を失ったりすると、襲撃され、消されたか捕まったか、が分るようになってるみたい」
「それで、警報役ですか」
本当に魔族だと誤解されたら、こちらは同族殺しをする事になる悪質な引っ掛けだ。
「ええ。でも本当はただの罪なき一般人。この騒ぎでおかしな行動を取られても困るから、無傷で確保しなければいけないわ」
レフライアも分かっているので、最低限、傷つけない様に命令するつもりだ。
「でも、ただ捕まえても、念話で連絡されるのでは?」
「念話は、一般人だから無理だけど、自分の危機を知らせる連絡用魔具があるみたいだから、気絶させるしかないわ。
それでも、警報は鳴り響く。だから、作戦開始より、少し遅らせた後に、拘束するわ。住宅街や一般商店と、歓楽街はそれなりの距離があるから、5分ぐらい後なら……」
ほぼ同時刻に、作戦が開始されるのだ。
「本物の“草”も同時で?」
「ええ。でも、本命の騒ぎに気づいて動き出したら、すぐに取り押さえさせる」
「スカウトが、50名以上もいりますね」
王都の詐欺騒ぎの時よりも、人員が桁違いに多い。
「ええ。内偵用のチームを残してるから、増援と合わせて、何とか数は揃えたわ。捕まえて、そいつらを無力化して独房に放り込んだら、すぐに本隊の応援に向かわせる」
人が増えたのに、増えていない様に見せる為に、ギルド本部の各所に泊らせて、作戦の決行を今や遅しと待ち構えている。
「本命への襲撃は、3部隊に分けて?」
敵側に3つの店があるので、当然そうなると思ったゼンの問いは否定される。
「2部隊ね。娼館には、うちで、一番女性に強い、『最強』に一人で行ってもらうから」
レフライアの顔に、自信満々の笑みが浮かぶ。
娼館に戦闘員はほぼいないらしいが、それでも魔族で、用心棒ぐらいはいるのではないだろうか?それも女性、という事かもしれない。
「女性に強い?色男なんですか?」
ゼンは単純に考え、口にしたのは浅い考えだ。
「まさか。場所は娼館、相手は淫魔(サキュバス)よ。同じ女性に向かわせるわ」
淫魔(サキュバス)の魅了(チャーム)は強力だ。上級の冒険者でも、耐性がない者には耐えられないらしい。
「ギルマスじゃない、最強の女性なんて、ギルドにいるんですか?」
「いるの。貴方も会った事、あるわよ」
レフライアはいつも通り、意味ありげな発言でゼンを惑わす。
「……誰ですか?」
「秘密。ギルドの法の執行官。『断罪者』よ。冒険者には内緒なの」
「悪い事する予定はないから、別にいいですけど……」
会った事あると言われると、気になるではないか。
(まさか、ファナさん……は、あり得ない。あの人は本物の素人だ。スーリアさん……も、あり得ない。まさか、従魔研の研究者に……?)
「男娼もいる、と聞きましたけど、それは男性の淫魔(インキュバス)じゃないんですか?」
「違うみたい。どうも、幻術で誤魔化しているみたいなの」
「それって、インチキじゃないですか……」
「まあ、魔族が届け出もなく絡んでる時点で違法だし、向こうは気にしてないでしょ。
ともかく、そちらは『彼女』に任せておけばいいわ。首謀格以外は皆殺しでいいって言ってあるから」
ギルドの執行官、『断罪者』か。何やら凄そうだ……。
「敵の本体は、遊技場と見て間違いない。酒場は、洗脳用の施設の大元のようだけど、戦力を置くには、店がそれなりに狭いから、そちらにしたみたいね」
「襲撃は、どうするんですか?店に一般人がいないなら、派手に魔術とかで外から爆発させるとか?」
不意打ちには効果的だろう。
「ゼン君って、意外と強硬派?」
騒ぎを大きくして、野次馬などを引きつけたくないのに、それは無茶だろう。
「周辺の店に避難勧告とか出来ないんでしょ?派手にやって、事故がどうの、とか言って、離れさせた方がいいと思うんですが」
ゼンなりの配慮だったようだ。
「歓楽街の、夜の店だから、昼間の午前中は、そんなに人はいないわ。客も当然」
「真昼間の襲撃ですか。“草”の事もあるし、それが正解なんでしょうね」
一般人を捕まえるのに、家屋に押し入ってやるのは、余りにも強盗的なやり方だ。最悪、家族を巻き込む事に、なりかねない。
「ええ。夜闇に紛れて逃げられても困るから。魔族は夜に強くなる種族もいるし、昼間は、色々な意味で、正解の王道なのよ」
「でも、無人じゃないんでしょ?」
「そこら辺は、周囲の店も、裏の世界の住人、て事で、自己対応に期待するわ」
「まあ、俺は何でもいいですけどね。(一般論を言ってるだけで、基本無関心)
敵側が、転移術で増援を連れて来るか、逃亡した場合は?」
「それは大丈夫。店の調査に行ったスカウトに、特殊スキル所持者がいて、怪しげな魔具の内部構造を読み取って、再現出来る凄腕がいるの。
それで、再現してもらった魔具の中に、転移防止の物があったの。
ハルアにそれを、改造して大掛かりな物にしてもらってその日、フェルズ全体で起動するから、転移では逃げられないわ。増援もなしね」
結構ハルアは頼られているようだ。こちらに出向で大丈夫なんだろうか。
「へぇ。その、魔具の構造を見れて、それを再現出来るとか、凄いスキル能力ですね」
「ただ丸々造れても、操作方法とか、何の為の物か分からないから、解析はこちら持ちなんだけど。ええ、他にはいない、凄い能力よ」
色々と応用が利くので、引っ張りだこな人材だ。今回はたまたま空いていて、こちらに来てもらえた。
「でも、こちら側の転移術者は困りませんか?アルや、俺だとガエイの影転移が阻害されるのは、困るんですが」
スキルでの転移能力者はいるが、転移術が使える者は、アルティエールだけだろう。
「それも大丈夫なの。ハルアが言うのは、転移の阻害って言うのは、妨害波を出すようなものなんだけど、全域をカバーするのは不可能で、抜け穴みたいに、穴がぽろぽろあるって言うの。
術者や能力者に、それを教えれば、穴の所を抜けて?転移出来るらしいわ。穴の周波位置を正確に知らなければ、転移は出来ないから、相手側のみ無理になるの」
レフライアもどういった構造なのかは、完全に理解していないのだろう。説明があやふやだ。
「ふむ。理屈は全然分かりませんが、そういう物だと思っておきます。アルにはもう教えてありますか?」
「大丈夫よ。あの方は、気紛れにこちらを補佐してくれるか、傍観を決め込むか分からないけど、機嫌を損ねて変な事されると、全て台無しになりかねないから」
「そうですよね……」
アルティエールは、別に魔族を憎む様な様子はない。クランのチームには、魔族や魔族のハーフがいたりするが、特にそのメンバーに対して何かをしたりする事はない。
ただ、伏兵と言っていた様に、敵対勢力だ、との認識はある様だ。
ゼンは何となく、レフライアの傍らにファナがいない事に違和感を覚え、ギルマスに聞きたい事があった事を思い出した。
「……ちょっと話が変わりますが、義母さん。ファナさんに、何か吹き込みましたよね?」
ゼンが義母さん、と言い出すのは、大抵家庭内の問題の時だけだ。
「何のことかしら」
レフライアが面白そうな表情をしている、それだけで、嘘をついているのが分かる。
「この頃、微妙に、俺に対する反応が柔らかい、と言うか、優し気な感じなんですよ」
「いい事じゃない」
「いい事かもしれませんが、その理由が知りたいんです」
「でも多分、ゼン君が何かしたと思うのよ。私は、軽い冗談言っただけだし」
「……その冗談って、何ですか?」
「ゼン君と結婚したら、貴方“も”、私の『義娘』になれるわねって」
それは、レフライアの信望者であるファナに言うべき話ではない。
「……義母さんは、俺に何か恨みでもあるんですか?」
「何言ってるの?恩こそあれ、恨みなんか、これっぽっちもないわ」
長年苦しんできた目の治療をしてもらい、ギルドの色々な仕事までもしてもらっている。今回の作戦も、ゼンが気づいてくれなかったら、ずっとそのままの状態だったのだ。
「なら、何で婚約者のいる義息子に、更に女性をあてがうような真似をするんですか?」
「だから、単なる冗談だってば。ファナだって、検討にも値しませんね、って軽く躱してたわよ」
「……そうですね。ファナさんが、そんなのを本気にしたりしませんよね……」
「だから、それ以降で何かあったと、私は思うのだけど?」
「何かって…………。あれを、何かって言うのかな?」
「やっぱりあったんじゃない!」
レフライアが、それ見た事かと得意気なのが癇に障る。
「いや、そんな大した話じゃないんです。ちょっと前、ギルマスに従魔研から呼び出されて、こっちに来た時、4階に昇った時点で、ファナさんが5階にいるのが見えたんですが、階段の手前で、何か忘れ物でも思い出したのか、ファナさんがクルっと回転して、逆に向いたんですが、歩いて来た勢いを消し切れてなくて、階段に、頭から倒れ落ちて……」
「大変じゃない!」
聞くだけで危ない事が分かる。
「ああ、はい。だから、急いで踊場まで走って昇って、それからファナさんを抱き留めて、事なきを得ました」
「……抱き留めたの?」
「はい。じゃないと、階段の踊り場で、頭を打つか、首の骨を折るか、してたかもしれませんから」
「姫君の危機に、颯爽と現れた、白馬の王子の如く?」
「……何言ってるんですか?ファナさんは姫じゃないし、俺は王子じゃない。白馬なんて持って……セインはいるけど、乗ったりしませんよ」
「あくまで比喩的表現よ」
「……そうですか」
「ゼン君、やっぱり貴方、持ってるわね」
「何をですか?」
「分からないならいいのよ」
「だから、そういう自分だけ分かってるからいい、みたいに完結しないで下さい。こっちは、何だか消化不良になって、気分が微妙になります」
「……じゃあ、ちょっと私が考えた事、詳しく話してみるわ」
「どうぞ」
「ゼン君がファナと会ったのって、あの異常なオークキングの報告の時だと思うの」
「そうですね」
「あの子、落ち着いた感じの才女って感じだから、年上に見えるかもしれないけど、あの時成人したての15歳だったのよ。頭のいい子だから、大抜擢で、ギルマスの秘書になったの」
「あの時、15って事は、リュウさん等と同年代だったんですね」
確かに、もう少し年上だと思っていた。
「そう。で、旅立つ前の、幼いゼン君を見た事があるから、恋愛の対象外だったのは当り前」
「そうでしょうね」
多分、サリサもそうだったのだろう。
「でも、私が言った事で、私の『義娘』になる事、その事に、少しは魅力を感じたと思うの」
「……そうかもしれませんね」
「で、ボーっとそんな事を考えていた時、当の本人が、自分の危機を格好良く救ってくれたの。これで意識するな、と言う方が無理でしょ」
「冗談言ったのって、あの時だったんですか?」
何という間の悪さ。
「うん、そうなの。だから、注意力散漫だったのね」
「じゃあ、俺が持ってるって言ったのは……?」
「運。天運?私は、特殊なフェロモンでも出してるのかと、前は思ってたのだけど」
「……俺を何だと思ってるんですか?」
「天然の女の子ホイホイ。『流水の剣士の旅路』って、まだまだごく一部なんですってね」
「……グロリアさんに聞いたんですか?」
「ええ。それから、パラケス翁からも」
「俺は別に、女の子に好かれよう、とか思っていないんですよ」
「知ってる。だから、面白いんじゃない」
「面白がらないで下さい!なんでこれ以上増えかねない様な話を、するんですか?」
「え、それは…………貴方の幸福と、相手の幸福を思ってよ」
今の間の長さは、一体何だろうか。
「相手の幸福を思うなら、未婚の相手を勧めて下さい!俺の幸福を思うなら、何もしないで下さい!」
「義息子の為に、何もしないような怠惰な母にはなりたくないの」
ニコニコ微笑むその笑顔は、母の慈愛に満ちている、と言えなくもない。
「貴方は、それだけ未来の可能性に満ちた、誰もが羨望するような冒険者になる、いえ、もうなりかけてるわね。その伴侶に、何番目だろうと、なる女の子は幸せだと思うわよ」
「俺はもう、今でも充分幸福だし、これ以上を求めていないんですが……」
「その幸福を、この危険な世界の有り余る女性に、分けてあげて欲しいのよ。
もっと、大きな視点から、物事を見る事を覚えて欲しいわ」
「……俺は、小市民希望の、従者になって、冒険者になって身分を得た、スラム出の子供に過ぎません。大局的な視点で物なんて、見たくないですよ」
「でも今現在、貴方はこのフェルズを救いかけている。
従魔の件では、世界中の冒険者を救う事になるし、それは、引いては、世界中の魔物の襲撃に困る人々全てを、救う事でもあるわ」
「今のフェルズうんぬんは、きっといずれは誰かが気づいた事を、たまたま俺が先に気づいただけの事だし、まだ成功で終ってないので、救うとか大袈裟です。
従魔は、パラケス翁の功績じゃないですか」
「パラケス翁自身が、貴方と出会わなければ、従魔術の解明は出来なかったと明言している。
フェルズの件は、いずれ誰か、と言うけれど、実際今まで、誰も気づかなかった事なのよ」
「…………」
段々、答えの出ない押し問答になっている気がして来た。
「とにかく、今周囲にいる子達も、婚約者と同等、とまでは言わないけど、気にかけてあげて欲しいわ」
「……別に、無視とかしてませんから。……そろそろ戻ります。
作戦の決行自体は、まだ先なんですね」
「ええ。頼んだ増援待ち。来たら知らせるから、余り遠出をしないで欲しいわ」
「分かってます……」
ゼンはギルマスの執務室を退出して、帰路に着く。
サリサとザラを連れて、どこか遠くの田舎で世捨て人にでもなりたい気分のゼンだった。
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オマケ
ファナの場合
ふわっと身体が浮いた。
自分でも、危ないやってしまった、と身体を硬くする。
ファナは、頭はまあいい方だが、運動はからっきしで、冒険者なんて、まるで別次元の怪物のような存在だ。
だから、階段から落ちそうになっている今でも、身体の向きを変えるとか、受け身を取るなんていうのはまるで頭に浮かばなかった。
ただ、なるべく痛くありませんように、と神に祈るしかない。
来るべき衝撃や痛みへの、心の準備だけするが、態勢が悪すぎる。
頭を打ちそう。どこか骨とか折れたらどうしようか。
下らない事を考えつつ、敬愛するレフライアの秘書業を、しばらく休まなければいけないのだろうか、と、悲しくなって来る。
だが、予想した痛みはまるで来なかった。
首元と、腰を支える力強い腕。
その後、まるで羽毛が地面に舞い降りた様な柔らかな衝撃が、ほんの少し伝わって来た、ただそれだけだった。
「大丈夫ですか?ファナさん」
自分を抱き留め、受け止めてくれた自分より背の低い存在に、ファナは、これは白昼夢か何かかと思って、しばらく反応出来なかった。
「もしかして、自分で立てないですか?治癒室行きますか?」
硬直したファナを、別の意味で心配したゼンが、顔を覗き込んで声をかけて来るので、やっと声が出せた。
「だ、だだだだだ大丈夫、です」
「良かった。何か考え事ですか?危ないですよ」
そっと階段の踊り場に、自分を降ろしてくれた少年に、まさに相手の事を考えていた、などとは言えないファナだった……。
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