第130話 無法殲滅☆
※
ゼンは、アルティエールに事態を告げられた時、自分の迂闊さを呪った。
揉める事は、事前に分かったいたのだ。カーチャ自身も言っていた。何故カーチャの影に、ガエイを潜ませ、護衛させなかったのか、と。
いや、自分がついて行っても良かったのだ。
カーチャの破かれた服、おびえた様子を見た時、頭が強く殴られた様な感じがして、真っ白になった。
とにかく、彼女を小城まで運び、安全を確保しなければ、と抱き抱え運んだ。
震える身体、流れる涙に、殴られたのか、赤く腫れた頬。今まで感じた事のない程の、怒りが、自分の不甲斐なさと、その原因の相手に向かって湧いた。
旅の間に、こういう場面に出くわした事が、ない訳ではない。
だが、知り合いの女性が、そうした事を、されたかもしれない、それだけで、こうも自分が怒るのものだったとは、ゼン自身も知らなかった。
この憤怒は、精霊王(ユグドラシス)に、心を暴かれ、操られていたと知った時と同じ位にゼンの心の奥底から湧き上がっていた。
実際は、そこまで事が進む前に、シラユキに助けられたのだろう。未遂だ。それでも、ゼンの怒りがおさまる事はなかった。
それは、カーチャの機転と、シラユキという優秀な従魔の働きがあったからで、逃げられなかった可能性は、かなりあったのだ。
(いや、落ち着け。アルは、交渉が上手くいかなかった、と言っていた。何かあれば、自分が行くつもりで監視してくれていたのだろう……)
しかしそれは、ゼンの油断を、アルティエールが補ってくれただけに過ぎない。
出来る事を怠っていた、自分の迂闊さが消える訳ではないのだ。
だから、ゼンは相手ここに招き入れた。
ギルドに引き渡す前に、容疑者全員を、徹底的に叩きのめす為に。
だから、相手が来る前に、リャンカを念話で呼び、中に戻ってもらった。
でなければ、やり過ぎて、相手を殺してしまうかもしれない、と思ったからだ。
※
「無断で私有地に入るのは、犯罪ですよ。『偉大なる進軍(グランド・マーチ)』の皆さん、バロステロさん」
ゼンは、表面上だけ穏やかさを装って、不埒な犯罪者どもに告げた。
(8人。A級一人に、後はB級崩れ。カーチャは、自分以外は6人と言っていた筈だが、いない間に増員でもしたのか?)
その、小さな容姿に立派な皮鎧、大人顔負けの怒気を放つ相手が誰か、フェルズの冒険者ならば、知らぬ者はもういない程の有名人だ。
「……『流水の弟子』か。悪いが、こちらも立て込んでるんでな。そこにいる、俺等のチームの大事な術者、返してもらおうか」
周囲の数人がひるむ中でも、リーダーであるバロステロだけは、ふてぶてしく言い放つ。
「カーチャは、『偉大なる進軍(グランド・マーチ)』を抜けて、こちらのクランに参加すると言っていました。もう聞いてますよね。彼女は、“うち”の大事な術者です」
「……お前等、上級に成れない格下共が、群れてクランごっこするのは構わんが、これはうちのチーム内の揉め事だ。関係ない奴が、口出しするもんじゃねぇ!」
バロステロは恫喝すように、大声で怒鳴るが、ゼンは平然としている。
「関係は大有りだ!
カーチャはもう、うちの一員。チームを抜ける、抜けないで揉めるのは、確かにそちらの勝手ですが、彼女の様子を見ると、“術士保護法”にも“女性保護法”にも、明らかに違反してるんじゃないですか?暴行未遂で、ギルドを呼びます」
ゼンは淡々と、事実のみを話している。そこにつけ入る隙などない。
「おいおい、仲間内でちょっとジャレて、服が破けた位で大袈裟に騒ぐんじゃねぇよ、坊主(ガキ)が」
バロステロはいかにも、今のこの事態が、まるでなんでもない事の様に、笑い顔で首を振り、手の平を見せて、子供をあやすように、言い聞かせる大人を演じる。
「大人のやる事に、マセガキが口出しするな。優しく言っている間に、そいつを渡せば、痛い目見ないで済むんだぜ」
どういった脅しであろうと、ゼンに通用しないのが、この男は分かっていなかった。
「痛い目?見てみたいですね。そんな事が出来そうな相手は、見当たりませんが。
まあ、口でどうこう言っても始まらない。ギルドの真偽官に見てもらえば、お前等全員が、ギルドで痛い目に好きなだけ見れるんだからな」
それを聞くと、バロステロが、ニヤリと笑った。
「真偽官?おお、いいね、呼んでもらおうじゃねぇか。俺達が正しくて、そっちで大袈裟に泣いてるッフリして不幸な目にあいました、とすましてるアバズレが、嘘ついてるのはハッキリ―――」
その時、バステロの、男達の目が、仲間の一人に、一瞬集中した、それを見たゼンの姿が、ブレて消えた。
そして、自信ありげにニヤついていた男が、道と庭をへだてる壁に向かって、一瞬で吹き飛んだ。
「な、なぁ!」
自分達の、自信の元であった男が、自分達が感知し得ない速度で攻撃された事実に、男達は度肝を抜かれた。
「な、何の真似だ、てめぇ!」
バロステロは、どうにか動揺を抑えて、元の場所で澄ましているゼンに向かって、食って掛かる。
「普通、真偽官を呼ばれたら、どんな冒険者でも、痛くもない腹を探られる事を嫌がる。何もしていない、としても。
だがお前等は今、余裕たっぷりで、その男を一瞬チラ見した。つまり、そいつに、真偽官を誤魔化せる、何らかの能力なりスキルなりが、あるんだろ?」
バステロ達の間に、動揺が広がる。たったこれだけのやりとりで、自分達の秘密が見抜かれてしまったからだ。
「例えば、人の心に、嘘をついた様な、“疑念”を植え付けたり、とかチンケな力が。しかも、その様子だと、前科がありそうだな」
何回かやっていなければ、これだけの自信を得られる筈がない。
「な、何を根拠に、そんなホラを吹いていやがる。何もしていない仲間を、いきなり殴り飛ばした癖に!」
「俺は、そいつをちょっと小突いただけだ。その証拠に、怪我一つしていないだろ?」
「な、何?」
壁まで吹き飛ばされた男が、起き上がって何でもなさそうに、こちらに歩いて戻って来る。
「な、殴られた、衝撃と感触はあったんだが、何の痛みもない……。なんだ、これは……」
男も、周囲の仲間も茫然としている。
「ただ、そいつのそのチンケな力は、もう使えない。封じさせてもらった」
「はぁ?な、何を、言ってる?だ、大体、そいつは、別にそんな……」
バロステロが、仲間のスキルを否定しようとしたその時、その男が奇声を上げ、頭を抱えて苦しみ転げた。しまいには、苦しみの余り、食べた物をその場に吐き戻した。
「ち、力が使えねぇ。頭が、脳が、内側から信じられない位の痛みが……」
散々痛みに苦しんだ末に男が、ようやくそれだけを口にした。リャンカの呪術だ。
「さて。手品の種は封じた。ギルドを呼んでも、いいんだよな?」
「ふ、ふざけるな、この小僧(ガキ)!!」
バロステロが、その仲間達が武器を抜いた、その瞬間、またゼンの身体がブレて消えた。
そして、バロステロと、まだ倒れているその能力使いの男以外の全員が、その場に崩れ落ちた。
腹を抱え、余りの痛みに悶絶している。ゼンが一瞬で、6人の冒険者の腹に、一撃くらわしたのだ。そして、
「“痛覚倍化”は呪術だ。しばらく、痛みに悶え苦しんでいろ。
お前は、この野盗みたいな奴等の親玉だ。ギルドに渡す前に、もっと特別に、痛い目を見てもらおうか」
「ば、馬鹿な……、C級の“瞬動”ごときを、俺が見切れない筈が……」
「“瞬動”じゃないからな。当然だろ?」
“流歩”の最高速を使う程に、ゼンの腹は煮えくり返っていた。
「このクソガキ!」
破れかぶれで剣を上段から振り下ろす、それをかいくぐり、ゼンは剣を持ったその右腕の手首を、剣の鞘で叩いて砕いた。
「グッ!」
剣が握れず、その場に落ちる。
それにもめげずに、左手で殴りかかって来たのは、さすがA級、と言うべきなのか。
ゼンはその拳も軽く避け、左肘も同じ運命をたどる。間接が砕かれた左腕は、右手首より重傷だ。まだ動かせる右腕で、ゼンに組み付こうとするが、瞬間的に、肩と肘を同時に、容赦なく叩き砕かれた。
「ぐぅっ……、俺の腕が……!」
回し蹴りを放つ、その右膝も、剣の鞘とゼンの右膝の蹴りに挟まれ、あっさり砕かれた。
動揺に喚く、その間にも、ゼンの蹴りは左の軸足、その左膝部分を、逆に曲がる勢いで蹴り潰していた。
何も支えるものがない身体は当然、成すすべなく地面に落ち、倒れ込む。
ゼンは、その太い身体の胸を踏みしめ、相手を見下ろす。
「さすがに、首を骨を砕くと、戻すのは難しいかな」
「な、何?」
いつの間にか、砕かれた筈の手と足が、元に戻っていた。ただし、うまく動かせない。
リャンカが、治癒スキルを調節して、完全には治していないのだ。
ゼンは鞘から抜きもしなかった剣をポーチに戻し、拳を振り上げる。
「や、やめ、っもう」
「無力な女術士を殴る癖に、ガキの拳なんぞ、怖がるなよ。A級なんだろ、っと」
ゼンは、“気”を込めて、バロステロの顔面を黙々と、殴り続けた。ただ黙々と作業的に。
余りに長く殴り続けるので、しまいにはリュウがゼンを止めるのだった。
「おい、ゼン!いい加減にしろ、もういいだろう。相手が死んじまうぞ……」
「……死ぬ事はないですよ。治してますから」
リャンカのスキルで、治しては殴り、治しては殴り、していたのだ。ほとんど拷問に等しい。
<リャンカ、腕や足も、もう治していいぞ>
<分かりました、主様!>
久しぶりの出番で、心なしかリャンカは嬉しそうだった。
ゼンは、唖然として半身を起こして、動きを凍り付かせていた能力者の男の首筋に当身をくらわせ、気絶させた。他の、痛みに苦しむ者達、全員にも、だ。
<リャンカ、呪術を解除。スキル持ちには、警告の痛みを残しておいてくれ>
<了解しました、主様>
リャンカの念話からは、鼻歌でも聞こえて来そうな位に楽しそうだ。
殴られ続けたバロステロも気絶している。
「ダルケンさん、すみませんが、こいつらをギルドまで運びたいので、馬車、お借り出来ませんか?」
「あ、ああ、全然構わん。遠慮なく使ってくれ」
ゼンは、リュウ達にも手伝ってもらって『偉大なる進軍(グランド・マーチ)』の一味全員を、馬車の中に放り込む。
馬車は、ゼンが御者を出来るのだが、リュウとラルクスが同行を申し出て、3人で冒険者ギルド本部まで、一緒に行く事になった。
残されたクランメンバー一同は、今起こった事は、夢、幻の類いではないのかと、自分の頬をつねったりしている。
Aランクのパーティーが、抜ける予定の女性術士に乱暴を働き、追いかけて来た、と聞き、自分達も鍛えている。味方には、A級上位なロナッファもいる。
戦力的に劣っていても、加勢ぐらいは、と意気込んでいた。
それは、新参の者ばかりで、西風旅団、爆炎隊の面々は、まるで心配していなかった。
ゼンを知る、ミンシャ、エリン、カーチャ、リーラン、ロナッファ、アルスティエールも同様だった。メイドのサブチーフがいない事に気づいた者は、チーフ以外いなかった。
彼女達は、興味本位で高みの見物的な雰囲気を、和気あいあいに醸し出していた。
騒ぎの元凶であるカーチャのみが、少し心配そうな顔をしていたが、それは自分のせいで起こった事に責任を感じて、なだけで、ゼンへの信頼は他の少女達と同じだった。
そして、事はあっという間に終わった。
口を挟む余地すらなかった。
暴漢でしかない相手のリーダーは、適当な脅しでゼンをけむに巻こうとしていたが、それらは全て、見事に論破され、相手の間抜けさ加減が際立つだけだった。
そして戦闘。
“瞬動”に慣れつつあった者達すら見切れぬ高速移動。
一瞬で、リーダー以外のB級であろう冒険者達は、同時としか思えぬ見えない攻撃で崩れ落ちた。
そして、リーダーのA級に対する、四肢を砕き、相手を簡単に無力化してからの、恐らくはやった事への報いとしての駄目押し無限殴り(笑)。
クランのメンバー達、特にそれぞれのリーダー達は、ゼンの事を、強い強いとは思っていたのだが、『流水の弟子』の底知れぬ実力と、微塵も容赦ない苛烈な攻撃に、底冷えする思いがした。
相手のした事がした事だ。同情など湧かなかったし、少年の、行き過ぎな程の怒りは、むしろ同意出来る。彼のまだ青い正義感には、微笑ましさすらあった。
それでも、自分達が組した者の恐ろしさは、骨身にしみて、「絶対怒らせない様にしよう」は、絶対順守な暗黙の了解となったのであった。
ロナッファは、ゼンの絶対的な強さを見て、もう嬉しさと興奮が抑え切れない様だった。
リーランも似た様なものなのだが、ロナッファのはしゃぎ過ぎが目について、自分はむしろ冷静でいなければ、と心を引き締める。
ミンシャと、人に見えない位置で再実体化されたリャンカは、そそくさと厨房へ戻って行った。
サリサとアリシアは、使用人の子供達の手も借り、服の破れ、はだけたカーチャに肩を貸し、ローブでその身を包んで、とりあえずはエリンとハルアの部屋に運ぶ。
まだどの部屋に住むかは決まっていないが、今は顔見知りの部屋で安心させた方がいいだろう、との心遣いだ。部屋が1階で、運びやすい事もあった。
シラユキは透明化して、それに続いていた。まだ従魔を知る者と知らぬ者がいるからだ。
ゼンのファンクラブの様になっている爆炎隊は、またいい物が見れた、と、すっかり物語の観客気分で、この騒ぎも楽しんでいた。リーダーのダルケンなどは、
「やべぇーな。さすが、大陸の英雄。フェルズの上級冒険者なんぞ、小悪党に過ぎない、って感じか?まるで、活劇の一場面だよな」
一番はしゃいで、仲間達と今の感想を、子供の様に言い合うのだった。
その中で、ただ一人、渋い顔をしているハイエルフ様。
(あ奴め、わしの時は、本気を出さなかった、と言う事なのか……。どういうつもりで……)
何か、よく解らない胸のモヤモヤが治まらないのであった。
※
「ゼン、珍しく、熱くなってたな」
ラルクは、3人で乗ると狭い御者台で、ゼンにからかい気味の声をかける。
「……自分の不用心さとか、未熟さが骨身にしみて……」
ゼンはきまり悪そうにうつむいている。
「いや、怒るのは分かるし、そういう面を出してくれると、俺等としてはホっとするよ。ゼンはいつも飄々としていて、常に冷静な感じだからな」
「その方が、戦いにはいいんじゃないですか?」
「そりゃそうだが、自分を押し殺すのは、無理している風に見えるからな」
「そういう事だ」
ラルクに言いたい事を取られ、同意するしかないリュウ。
「しかし、こいつらも例の“アレ”で、こんなんに、なっちまったんだろ?」
ラルクは、荷物を親指で指して言う。
「そう、だとは思います。そういう意味で、同情の余地はあるのかもしれませんが、すでに犯した罪が、消える訳じゃありませんから」
確かにそうだ。人格そのものを歪められてたとしても、それをいい訳に、違法をなしていい言い訳には、決してならないのだ。
「……この件も、早く解決するといいんだがな……」
「はい……」
リュウの言葉に頷き、ゼンは冒険者ギルド本部に馬車を急がせるのだった……。
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オマケ
リ「やった、最後に私と主様の、無敵ペア復活!最強コンビ?」
ミ「……別に、ミンシャが手を貸しても、悪党の殲滅なんて出来ますの…」
リ「で~~も~~、先輩は、怪我とか傷とか治せませんから~~」
ミ「うぅぐぐぐぅ……」
リ「久しぶりの、主様の命令、それに従う喜び、至上の悦楽……」
ミ(どうしてミンシャには、もっと役立つスキルがないんですの……)
セ「あちらはいつも通りとして、こちらは平常運転」
ゾ「あ、俺、ギルドに着いたら悪党運びすっから」
ボ「俺も、頼まれた…」
(二人とも嬉しそう)
セ「男に触れるのは……」
ガ「て、適材適所……」(悲しそう)
ル「るーも、ちからないお。なんか役立つすきる、あるのかなぁ……」
セ「き、きっとありますよ」
ル「ぶー……」
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