第125話 アルティエールの要求☆



 ※



 肌に夜風を感じる。


 反応したくなかったが、身体を痛めたくないので、左手をすぐ下について体重を支え、足を下に降ろす。


 前と同じ、小城の屋上だ。


「なんじゃ、つまらん。前のように、もっと派手なリアクションをせんのか」


 そう期待されてそうだから、地味にやったのだが。


「何か用があるなら、いちいち俺を屋上に転移させないで、部屋に入ってくればいいじゃないか」


 アルティエールは、今回は普通にネグリジェらしき物を着ている。半裸よりマシだが、恥じらいに欠けるとは思ってくれないのだろう。原始的な感覚……。


「部屋じゃと、小娘達が邪魔に入るじゃろ?こちらも大事な話じゃからのう」


 もっともらしい事を言う。


「……それは、ギルドに協力してもらったのとか、従魔の事を黙ってもらう為の口止め料とか?」


 すぐに言い出すかと思っていたのだが、その日中には言われなかったので、何をこちらにさせるのか、じっくり吟味しているのかと思っていたのだが。


「そうじゃな。とりあえずは、ギルドの協力料かの」


「……別々に請求するの?」


「それ程安い労働とは思わなかったんじゃが、不満か?」


「いや。出来れば、一回で済むような事であれば、その後の心配をしなくて済むと思ったからなだけで、別にその労働を低く、安く見積もっている訳じゃないよ」


「うんうん。解っておるのなら良いのじゃ」


 対価を安く値切るような不埒ものには、それ相応のお仕置きが必要だ、とか思っていそうだ。


「一応聞くけど、それは、お金とか素材で支払うんじゃ駄目なんだよね?」


「わしが、金に困っている様に見えるか?」


 分かり切った事を聞くな、と剣呑な光を宿した瞳が語る。


「全然。ただ、その方が分かりやすいし、俺の手持ちの限界も、提示出来ると思ったんだけどね」


「別に、主(ぬし)を破産させたい訳ではないからのう。お主が出来得る事なら、何でも聞く。それでいいのじゃな?」


「何でも、って言っても、出来るけど、その後、困る様な事は無理だよ。この前みたいに、所有物になって、原初の森に引き籠るとか、命、魂を捧げろ、とかみたいな、俺のその先の人生が続かないようなのは困る」


「うむうむ。出来る事で、無理なく、最大限の利益をわしが得るような話を、ちゃんと考えておるわい」


(本当かなぁ。なにか絶対無茶な事を言われる予感しかしないんだけど……)


「で、お主は今、二人の人間族の女性と婚約しておる。それで間違いないか?」


「……そうだけど?」


「この先、増える予定とかはどうじゃ」


「??俺としては、増やしたいと思っていないけど、将来の事だから、どうなるかのは正直、分からないよ」


 出来れば増えない事を、祈ってすらいる。


「嫁、二人はどうじゃ?この先、絶対に増やすな、と厳命されておるのか?それとも逆か?」


「……増やしてもいい様な事は言われているけど、それが本音や本心かは分からない」


「ふむ。では、対外的に考えれば、普通に旦那が主体じゃろうな」


「俺は、二人に反対されたら、強行したりするつもりはないよ」


(なんだ、この会話の流れは……)


「うむ。大体は理解した。わしの要求は、とりあえず、3番目になる事じゃな」


 アルティエールは、とても何でもない事の様に、ゼンへの要求を口にした。


「……………」


 ゼンの、思考も身体も停止した。


「何故、無言で固まるのじゃ?」


「……あ、や、予想外な事、要求されたから……。だって前に、伴侶としては興味ない、と」


「うむ。言ったな。じゃが、それは、お主を自分の物に出来ると思っておったからじゃ。出来ないのであれば、別の形に譲歩するのもやむなし、と言ったところじゃな」


 言ってる事は、殊勝っぽいのだが、その実、何の遠慮もない。


「これ、譲歩なんだ……」


「うむ。別に1番にしろ、と言ってもおらんからのう」


 人の風下に立つのを許可する事は、確かに彼女ほどの上位の人外ならば、充分な譲歩なのだろう。


「確かに、俺に出来ない事ではないけど、それは……。どういう意図なのか、聞いてもいい?」


「うむ?形は違えど、わしの魅力を知れば、自ずと主は、わしの魅力に屈するであろう。その機会を、穏便につくってやる訳じゃ」


(どういう根拠に基づいた、自信なんだろう……)


「同じ様な経験が?」


「そうさのう。わしに嫌々仕える事になった者が、言葉とは裏腹に、わしの前に出ると、身動きしなくなった。わしの魅力に当てられたのじゃな」


 カカカと、小気味よさげに笑う。


(恐らくそれは、蛇に睨まれたカエル状態、になったんじゃないだろうか。別に、アルに魅力がない、とは言わないが、それには、どうにも暴力的な威圧を伴なっているから)


「俺がそれを承認したとしても、俺の婚約者二人が、正当な理由でそれを断ったら、それは無理だよ?」


「うむ?それはどういう意味じゃ?」


 アルは、見た目だけは可愛く小首をかしげる。


「二人が認めない3番目以降は、駄目だって事。俺は、色々恋愛的な、人の心理の経験、社会的な経験値が、はっきり言って足りてない。今の形に収まったのは、サリサが俺を、上手く導いてくれたからだ。


 つまり、彼女の承認なしに婚約者……将来の嫁を増やすつもりはない。ザラも、サリサに従うつもりのようだから、アルが3番目を要求するのなら、サリサの説得は絶対必須の条件。


 それがクリア出来るのなら、改めて俺もアルを認め、求婚するよ」


「お主の事なのに、婚約者の方が主体とするのか?」


「それだけ信頼してる、と思って欲しい。多分、話せばわかるよ。


 後、催眠だの暗示だの、正規でない方法を使っちゃ駄目だよ。サリサは王様(ユグドラシス)のお気に入りだ。サリサに何かしたら、そちらが黙ってないと思う」


「……そう言えば、名を聞いた覚えがあるのう」


 アルは嫌そうに眉をしかめる。


「俺は明日から3日間、従魔の戦闘演習に出て、こちらには戻って来ないから、その間に話してみて欲しい。多分、最初は断られると思うけど」


「?何故じゃ?」


 アルはさも心外そうな反応をする。


「アルは、本当の意味で、まだ俺を好きじゃないと思うから」


「わしが、主(ぬし)を気に入っているのが、偽りだとでも?」


「いや、どういう意味でかは知らないけど、気に入ってくれてるのは確かなんだろう。


 でもうちでは、少なくとも、本気で好きになってくれる相手としか、結婚だの婚約だのするつもりはない。


 今回は、アルに借りがある条件だから、俺も譲歩する。俺はまだ、アルと結婚したい程の愛情はないのを、曲げて候補にするんだから。


 アルは、俺を珍しい玩具の様に、ちょっと気に入っただけだろ?少なくとも二人は、そんな中途半端な想いの人を、同列の嫁仲間?として、認めてくれないと思う」


 普通な理屈の筈だが、余り機嫌が良さそうには見えない。


「……俺からも、二人には事情を話しておくから、話合いは明日からでお願いする」


「あい、わかった」


 アルティエールの様子から、小娘二人を丸め込んでの説得など、造作もない、とでも思っているのが分かる。


(思うようにはいかないだろうな。サリサが、エルフなら、多少なりと意味はあったのだろうけど、人間の魔術師に過ぎないサリサにとって、アルは、他種族のお偉いさん、なだけだ)


 サリサは、礼儀は守るが、権力者に無意味に従う権威主義者ではない。


 アルが、ゼンの何を面白がっているのかは、ゼンにはまだよく解っていない。


 『流水』か料理か、そのどれでもないのか。


 サリサ達との話し合いで、それが少しでも解れば、何か対処のしようが出来るかも……。



 ※



 またゼンは、屋上から前庭に飛び降り、玄関から小城内に入る。


 アルティエールは、外には転移で出す癖に、中には入れてくれない。何かこだわりがあるのだろうか?


 今日は、サリサの日だったが、特に何をする予定もないので、サリサとアリシアの部屋に行く。


 アリシアが、二人とおしゃべりを楽しみたいと言うからだ。


 二人の部屋に入れてもらったゼンは、そこで、今聞いたばかりのアルティエールの話を、サリサにする。ザラにはサリサから伝えてもらおう。


「ハイエルフ様が、三番目候補ねぇ……」


 サリサは、うろんな目つきでゼンを見やる。自分の本位ではないので、そんな目で見られても困る。


「今回のギルドへの協力の代金として、ね」


「ギルドが払うべきじゃないの?」


 さりさの言い分はもっともだ。


「連れて行ったのは俺で、俺が連れてかなきゃ、アルはギルドに足を運びすらしなかっただろうからね。俺個人への貸しになってるんだよ」


「モテモテだね~~。ゼン君」


 アリシアが面白そうに言うが、そんな事はない。


「今回は、余り、そんな感じじゃないね。珍しい珍獣を見つけて、捕まえて自分の物にしようとしたら、精霊王(ユグドラシス)に止められて、強引な手法を禁じられたから、そういう、一応合法的な手段で、何とかしようとしているみたいだ」


「恋愛でも何でもないじゃない。婚約する意味あるの?」


 ゼンもそう思うが、ここで同意しても話が進まない。


「そうなったら、俺が彼女の魅力にメロメロになる、らしいよ。彼女に言わせれば……。


 精霊王(ユグドラシス)には、サリサからお礼言っておいて。俺から言われても、嬉しくもなんともないだろうから」


「ゼンがドーラを頼るなんて、珍しいわね」


 明日は雪かしら、とか呟いている。


「……やりたくなかったけど、相手の方が実力が上で、どうにも逃げられそうにない、説得も無意味、だったから、仕方なく、ね……」


 かなりゼンは不服そうだ。彼自身取りたくない最終手段だった。


「……ゼンは、どうしたいの?」


「どうもこうもない。弱みだの、貸しだのがあるから、明確に断れない。俺かアル、どちらかの感情が、恋愛にまで育つのなら、断る理由はなくなるけど、今はまだ論外じゃないかな」


 嫌いな訳ではないが、あの粗雑で大雑把な性格は、正直言うと、好みではない。


「戦闘狂で、三千年は生きている、風変りなハイエルフ、ね。ゼンの、何をそんなに気に入ったのかしらね」


 サリサも、これが普通の恋愛問題等ではないと分かり、戸惑っている。


「もしかしたら、昔果たせなかった何かがあるのかも。人間は、目を離すと、すぐ死ぬ、とか言ってたから。俺個人に関係する話じゃないと思うけどね」


 遥かな過去の感傷だろうか。


「そこら辺を聞き出して、俺個人を諦めさせるとっかかりにでもなれば、と思うんだけど」


「うん。ともかく、話してみるわ」


 中々手強そうな相手だ。


「余りにも危なそうなら、最初から王様、呼んでおいた方がいいかも」


「そんなに危ない人なの?」


「エルフのザカートさん曰はく、導火線に火のついた爆弾が近くにある様で落ち着かない、だそうだ」


 上手い表現をする人だ。同族が言うのだから、余計説得力がある。


「無意味に暴力を振るう人じゃないと思うけど、対面すれば分かるよ。


 ちょっと個性的で、我が侭かもしれないけど、それだけの実力や実績があるんだと思う。くれぐれも、敵対するような事はしないようにね」


「うん……。言いたい事は分かる。強過ぎる味方に反発しても、損しかないものね」


「俺は3日、従魔の実戦演習終えて戻って来たら、もう研究棟に通わなくてよくなるから、クランの方にも、アルの方にも専念出来る。


 例の襲撃作戦はあるけど、それも終われば、フェルズのごたごたは片が付く。


 従魔の情報は解禁で、色々不自由しないようになると思うから」


 つい、いい雰囲気になっていたので、ゼンがサリサの頬に手を伸ばすと、視界の端で、胸をワクワクさせているアリシアの姿が見えた。


「……アリシア、さっきから、なんで黙ってニマニマしてるの?」


 ゼンは伸ばした手を引っ込めて、アリシアを見る。


「いやあ、サリーとゼン君、もうすっかり恋人同士な感じが自然になってて、いいなぁ、と思って~~」


 親友として、本気で喜んでいるのと、傍観者として、野次馬的に喜んでもいるのもアリシアなので、タチが悪い。


「シア、そういう恥ずかしい事言うの、止めてって言ったでしょ!」


「え~~、本当の事なのに、恥ずかしがるなんて、おかしくない~?」


「おかしくない!シアだって、いつもリュウとラブラブで熱々でしょ!」


「そうです!私達は熱々カップルなのです!」


 何の恥ずかしげもなく、堂々と胸を張る。それがアリシアなのだ。


「……明日にはエリンさんと、ハルアもこっちに越して来るから、よろしく。


 エリンには、クランメンバーの細かな情報を集めてもらう。ハルアは、こちらにいる時間は短いだろうけど、何か物を造る用事があれば、喜んでやってくれる、と言ってた」


 二人には、1階に、客室とは別の部屋を用意した。上の部屋にすると、ゼンと離れて打ち合わせがしづらくなるからだ。


「その二人、アルティエールさんと、直接の知り合いなのよね?」


 ハルアの求婚の事に触れないのはありがたい。


「一応は。ハルアは婆様とか言って慕ってたみたいだけど、エリンさんは遠巻きにしていただけの、雲の上の人状態かな」


「クランにエルフ・パーティーもあるし、一気にエルフ人口が増えたわね」


 目の保養にはなるが、増えすぎると有難みが薄れる。


「それでも最大派閥は人間だけどね。獣人族も増えた」


 少数派では、ドワーフ、竜人に魔族、小人族もいる。随分バラエティ豊かなメンバーになった。


「じゃあ、俺はそろそろ部屋に戻るから。おやすみ、サリサ、アリシア」


「おやすみなさい、ゼン」


「え~~、ここで、一緒に寝ればいいじゃない~~」


 アリシアの抗議は無視して、ゼンは足早に自室へと戻る。


 そんな事をしたら、無意識の内に、普通にイチャイチャしてしまうだろう。


 それは流石に恥ずかしい、ゼンとサリサだった。












*******

オマケ


ミ「ご主人様、休日要求ですの!」

リ「主様、ご検討、お願いしますわ」


ゼ「二人は半日休暇を、交互に取り合う、って決めたんじゃ、なかったかな?」


ミ「その休暇の、内容ですの!」

リ「そうです!」


ゼ「??買い物したり、遊びに行くんじゃないの?」


ミ「ミンシャは、ご主人様の中に戻りたいですの!」

リ「リャンカもです!」


ゼ「え……」


ミ「ここが、一番落ち着くですの……」

リ「至福、です……」


ゼ「そういうものなのかな……」

ゾ「従魔な習性だな」

セ「ですね」

ボ「わかる…」

ガ「同意…」

ル「Zzzzzz」

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