第55話 悪魔の壁(8)☆20(エルダー・トレント戦)



 ※



 境界線が分からなければ、どこまで焼き払えばいいのか、どこまで近づけるのかが分からない。なので、リュウはDエルダー・トレントの右側に走りながら魔剣フレイムブリザードの炎を出し、斜め上から振り下ろす。トレントから木の実が高速で飛来してくるが、いちいち避けるのも面倒だ、本当に無視しよう。


「『轟炎の雨(バースト・レイン)』!」


 サリサもリュウと同じ辺りに炎の雨を降らした。


 すると、何もないと見えた地点でのたうち回る、気持ちの悪い蔦の海、とでも表現すればいいのか、そんな光景が炎の中に浮かび上がっていた。


 ゼンから前もって話を聞いていたにもかかわらず、その蔦がうねる光景は衝撃的だった。


(あんなに大量の蔦があって、動き回っているのに、見えなかったのか。あれ程鍛え、強化した目でも……)


「リュウさん、あいつのスキルは、周囲と色を同化しているだけなので、あの蔦が出す、植物だから見えにくい“気”の方を見るんです。そうすると、何もないところから“気”が沸いている輪郭がみえます」


「「「「!」」」」」


 ゼンの言う通りだった。動物的な魔物とは質の違う、見えにくい“気”が、何も見えない地面の上辺りから湧いている。色を周囲に同化させるスキル。そんな動物が確かいたな。


 ゼンの声は、多分“気”によってメンバー全員の耳に届いていたのだろう。サリサの風の術とは違う伝達方法。


 誰もが息を飲んでいるのが分かった。


 自分そのものを見せて囮として、蔦のみ見えない様にして獲物を呼び込む。悪質極まりない相手だ。


 その間にも威力の低い木の実が何度かぶつかって来るが、うっとしい事この上ない。


「『轟炎の雨(バースト・レイン)』」


 場所が分かったのでサリサのより正確な炎の雨がまた降った。リュウも負けてはいられない。魔剣に“気”を込めて炎の刃で、障壁までの場を作る。


 蔦自体には、炎に対して耐性がある訳ではない。リュウの炎の刃とサリサの炎の雨で、障壁近くまでの足場がつくられた。だが油断しては駄目だ。本体が健在なら、蔦は恐らくいくらでも伸ばせる。今は一時的に焼かれた場所があるだけだ。


 リュウはその、ぶ厚く何故か回転している障壁の近くまで駆け寄り、それを切り裂く。普通の防御壁を斬るよりも手応えが違う。何か柔らかく抵抗のある、スライムかなにかを斬っている様な感覚。


 そこに、ゼンの斬撃も混じり、右側の障壁がほとんど無くなった。


 ゼンが何か袋の様な物をいくつかエルダートレントに向けて投げつけた。それはトレント本体に当たると破けて、水の様な物が弾け出した。


「ラルクさん、矢を。あれは油です!」


 ゼンの声がするより前に、ラルクはすでに矢を撃っていた。矢が三本、トレントに刺さると同時に炎が溢れ、油に燃え移った。


 リュウも本体に向けて炎を刃を飛ばす。だがそれは、本体に届く前に、なにかに当たってそれが燃えた。


 蔦だ。本体が新たに伸ばしていた蔦で攻撃を防ごうとしているのだ。


 障壁を破っても、迂闊にトレント本体には近づけない。向こうには無数の枝と、蔦。いざとなったら動ける足代わりの根まであるのだ。


 2本の手、2本の脚しかない人間では、余りにも無数で、斬られてもひるまない、無限に近いとすら思える手足を持つ相手に、接近戦を挑むのは命知らずだ。


 邪魔臭い木の実が飛び交う中、リュウはラルクと自分の役割を果たす。ともかく攻撃を続行するのだ。


 今まで、破れていた障壁が、回転してトレントの後部に回って行く。そしてこちらの前には、無傷の障壁が回って来る。


「そういう事だったのか……」


 障壁は回転し続け、新たに攻撃を塞ぐ壁となり、恐らく斬り壊した部分は、回転している間に修復されるのだ。


 こちらは障壁の破壊をやり続けなければならない。床面にも新たな蔦が補充されるだろう。


 ゼンがしぶとい、というのも頷ける。一気に本体を燃やし尽くす様な攻撃、もしくは核となる魔石を潰さなければ、こちらはずっとこの攻撃をし続けなければならない。


 普通にそれでは、いつまでこちらの体力がもつか分からない。


(こいつ、ランク的には一体どのランクの魔物なんだ?ゼンに聞いておくべきだった……)


 中級の迷宮(ダンジョン)の、まだ低層の階層ボスだ。普通ならD級以下だが、まさかC級の魔物なのだろうか?


 動いてくる障壁を適当に切り刻んだゼンがリュウを振り向く、そろそろ本命を始めるのだ。


 リュウが頷いて見せた後、ゼンは気配を消し、隠形で姿を隠すと、蔦のある場所を大回りに避け、前方の方へと急ぐと、


{ゼン、トレントの方から何か伸びて来てる。多分蔦が……}


 サリサから風の術の伝聞が届く。


 やはり、このDエルダー・トレントは、ゼンが山で戦ったものよりも知性が高いのか、さっき蔦を壁として使用して、攻撃をすぐ防ぐ対応をした辺りから、そうではないか、と考えてはいたが、まさか囮の攻撃など意に介さず、こちらの“大砲”のある正面を狙うとは、侮れない敵だ。


 ゼンは、サリサ達の方に伸びていた蔦の集団を確認すると、全てを斬り捨て、本体から切り離した。


 しばらくのたうつ様に動めくが、すぐに動かなくなる。


 前方攻撃の蔦を斬られた事で、気配を消していても敵がいる事が知られてしまった。


 前面の蔦の群れが床から持ち上がり、蛇が鎌首を持ち上げる様にこちらを威嚇している。


 木の実も頻繁に飛んでいる。防御壁にカンカン当たっているのが耳障りだ。ゼンだったなら、この木の実にも仕掛けをするか何かするが、芽を出して蔦を増やすとか、そんな事は出来ないらしい。


 蔦が壁になろうが、こちらの狙いが読まれていようが関係ない。実行あるのみだ。


「サリサ、やるよ!」


{了解よ}


 ゼンは身体を横向きに構え、突きの態勢を取る。


「『螺旋突き』!」


 ゼンの突きは、全身で循環して、増幅させた“気”集めて、剣に集約させ、回転させる。


 その細く小さな渦巻、だが何物をも貫く回転した“気”の渦を、ゼンは剣に乗せ、放つ。


 蔦の群れも積層多重障壁も関係ない。その突きは、本体までまっすぐ届いた、穴、“トンネル”だった。


 回転する筈の障壁も、短時間であるが、トレントの本体をえぐったこの“トンネル”によって縫い付けられ、固定される。


「『地獄の業火(ヘルズ・ファイア)』!!」


 ゼンが合図を出す必要すらなく、突きを放ったゼンが伏せたその上を、サリサの放った上位術が、もの凄い熱量とエネルギーを持って、高速でゼンの開けた“トンネル”を進む。


 そして―――


 その術が、Dエルダーのトレント本体の太い幹に当たった瞬間、その炎は恐ろしい勢いで弾け、トレント全体が、ほぼ同時に灼熱の炎に包まれた。


 ゼンが昔見たよりも、各段と威力の違いがある。凄い熱量だ。杖(カドゥケウス)の効果だけではない。術に改良が加えられているのかもしれない。


<ガエイ、悪いが、念の為、あの二人の護衛についてくれ。くれぐれも気づかれない様に>


<御意に……>


 ゼンは従魔のガエイを自分の影に出す。ガエイは後衛二人の影にと転移する。


 すぐにゼンは、今度は左側からDエルダー・トレントの本体を目指す。


 Guoooooooooaoooo~~~


 口もない筈なのに、苦痛の声なのか悲鳴なのか、不気味な音が木霊して聞こえる。


 蔦はもう何かを捕まえる様な余裕もないのか、目茶苦茶な動きでのたうち回っていた。偽装状態すら解除されている。


 ゼンは『流歩』でその隙間をぬい、走り抜ける。敵を防ぐ意識もないのだろうが、その分蔦の動きが読めず、どうしても斬らなければ前に進めない時もあったが、それらを何とか潜り抜け、障壁を斬り破ってトレントの間近、至近距離に至る。


 炎の熱の余波が凄い。


 かなりトレントが弱っているお陰で、魔石の力の煌めきを見つける事が出来た。エルダー・トレントの魔石は決まった場所にはない。どういう方法を使ってか知らないが、定期的に場所を移すのだと言う。


 大抵は、人の手の届かない、高い位置の太い枝辺りなのだが、このトレントは違った。自分の太い幹の中心、根本に近い場所に隠していた。


「人に木こりの真似事を、させるなっ!」


 ゼンは走る勢いものせ、裂帛の気合いと共に剣を振り抜く。


 魔石を斬った、確かな感触を覚えると、すぐにそこから走って離れる。


(とにかく熱い!“気”の防御膜とか抜けて来る熱さってなんだ?!)


 Dエルダー・トレントがゆっくりと、崩れ落ちる様に前へ倒れて行く。


 ゼンが根本を斬ったからではなく、魔石を斬ったからだろう。


 本体からはもう何も力を感じない。周囲の蔦もボロボロに崩れ落ちていく。


 ゼンは、後衛二人の前方に戻って来て、油断なく身構える。


 アレが来るとすれば、こちらか、それとも―――



 Dエルダー・トレントがいきなり尋常とは思えない炎に包まれたのを見て、リュウとラルクは攻撃を中断、そこから急いで離れた。


 二人の攻撃は、ゼンが去ってからは主に蔦だけが相手になってしまった。蔦の増殖率が早くて、足場の確保が困難になったからだ。障壁まで手がまわらなくなった。


 敵の気を逸らす為の囮行為だったのだ。充分役目は果たせた筈。


 そう思っていた矢先の、サリサの魔術の命中だ。作戦は成功したのだろう。


 二人は、その余りに盛大で大きな松明を……燃える巨体を、眺めながらそれでもまだ死に切らないしぶとさに呆れる。緊張はまだ解いていない。


「……しかし、熱いな……」


「これ、昔見た術だよな?めったに使えない系の。なんか前以上に凄くなってないか?」


「……サリサの成長と、ゼンがくれた杖のお陰、なんじゃないかな……」


「……そうだといいな」


「……まったくだな」


 どこか棒読みな二人の台詞(セリフ)は、トレント本体の力が大きく弾け、続いてその巨体が前に傾くのを見て、より一層の緊張状態になった・・・・・・・・・・・・・


「ゼンが、あいつの魔石を斬ったみたいだ」


「だな。残るは……」


 倒れる巨木。


 その、不自然に盛り上がった右上の塊りが、倒れる直前に爆ぜ、内側から、“宿り木”のトレントが、リュウ達に向かって大きく跳躍して襲い掛かって来た。


 ラルクが弓を続けざまに撃つ。リュウが氷のツララを、大剣を振って撃ち出す。


 それを、“宿り木”のトレントは自分の蔦を鞭の様に使って弾き飛ばすが、一気に距離を詰めたリュウの、炎を纏った大剣を受け止める事は出来なかった。


 その蔦を斬り、幹を縦に二分する炎の大剣の攻撃は、身体の何処かにあった、“宿り木”のトレントの魔石をも破壊していた。


 小柄の身体に似合わぬ、大きな魔力が消滅していくのが分かった。


「……こっちに来てくれて良かったよ。最後に残った見せ場だったからな……」


 ラルクは、一応まだ似た様な“宿り木”がいないか、警戒していたが、巨木の方も、宿り木の方も、いつもの青い光の粒子となって消滅していくのを見て、初めて緊張していた精神を緩めた。


「お疲れ~~。マジで来たな。知らなかったら、普通に不意打ち攻撃だ」


 ラルクは弓を降ろして大きく息をつく。


「ああ。それに、単なる“宿り木”って感じじゃなかったな。エルダー・トレントの宿り木だから、それと同等の力でも持ってたのか、変に動きも良かったし……」


 ラルクの言う通り、ゼンが前もって教えてくれていなかったなら、仕留めた、と思った油断をつかれていただろう。本体も含めて、恐ろしい魔物だった。


 二人は、ゼン達の方に歩いて行くが、何故か後衛の女性陣二人が、まだ構えを解いていない。


「二人はどうしたんだ?」


「え?あれ?どうしたんですか?」


 ゼンはリュウ達の方を見ていて、二人がまだ戦闘態勢続行中なのに気づいていなかった。“宿り木”を気にしていたのだろう。


「え?なんか、まだ魔物いない?なんとなく、かすかに……」


「うんうん、まだあの宿り木みたいなの、残ってるんじゃないの~~」


「……あ!あ~~、いや、そんな事は、ないと思うんですけど……」


 ゼンは慌ててガエイを回収した。護衛に出していたのをウッカリ忘れていたのだ。


「??消えた、かな?」


「なくなったね~~」


(この二人は本当に優秀過ぎて怖いくらいだ。影に潜む、気配遮断も持つガエイになんて、ライナーさんでさえ気づかなかったというのに!)


「……まだ、トレントが死に切れてなくて、それを感じてたんじゃないですか?」


「そうなのかな~~」


 リュウとラルクは、ゼンの様子が少し変だと思ったが、強敵との切羽詰まった戦いの後だ。多少なりとおかしくもなるさ、とよく分からない理解を示していた。


「……じゃあ、何が落ちたか見てみましょうよ」


 ゼンが戦利品の事を口にしたので、冒険者的本能でその確認は最優先だ、と皆がその場の中央へと移動する。


 サリサだけが残ってゼンを謎な視線で見つめている。


「……サリサ、どうかした?」


「……ん~ん。何でもない。行きましょうか」


 最後にまた謎な微笑みを浮かべ、サリサはゼンの横を通り過ぎる。


 もしかして、昨夜精霊王にでも何か入れ知恵されたのだろうか?別にバレたところで、早いか遅いかの違いでしかないのだが、ああ思わせぶりな態度をとられるのは困る。


 ただでさえ、心理的に弱い立場なのに……。


 ゼンは少し気が重くなったが、ともかく皆に合流する為に歩き出すのだった……。



 ※



「……で、戦利品はそれですか?」


「だな」


 変に大きい魔石と、大金貨10枚と、エルダートレントの枝5本に、何かの果実らしき物が10個。


 この大きい魔石は、まさかここには1匹しか魔物はいませんでした、階層ボスは1匹なんです、とでも言いたいのだろうか?


「……確か、大金貨が出るのって、中級の迷宮ボスからだったのでは?」


「そうだね~~。階層ボスは、確か銀貨とか大銀貨~~」


 アリシアはボーナスチャンスクリア、とか訳の分からない事を言っている。


 なんだか、あからさまに景品で誤魔化そうとしている、みたいな印象を受けるのは自分だけなのだろうか?


 ゼンはドッと力が抜けるのを感じた。


「エルダートレントの枝は、素材だよな?」


「確か、杖の素材で、上手くいけば強力な物のが出来る、とかなんとかで、結構高く売れますね」


「それはそれとして、その果実は何なの?それも、何か薬か錬金術的な、素材?」


 そういう素材に詳しそうなサリサにも分からない様だ。


「……ローゼン王国とは違う場所で、ですが、普通に売られてる果実で同じ様なの見た事ありますけど……」


「鑑定に出して、何なのか確認出来るまでしまっておくしかないかな?」


「……そうですね」


 何となく、甘い物でも食って次も頑張れ、的な事を言われている様な気がするのは、自分だけなのだろうか……?


 ゼンの悲哀は続く。













*******

オマケ


リ「よしよしやった!疲れた~~。やばい。途中でなんでやろうって言い出したんだろうって、真面目に後悔してたぞ……」

ラ「ああ、やり難い敵だったなぁ。まだ20層で、半分以下とか信じらんねーよ」

サ「本当に、本気で疲れたわ。術早く撃ち過ぎて、ゼンに当たるかと思ったし……」

ア「サリー、お疲れ~~。はい冷たくした手ぬぐい、冷たい飲み物~~」

サ「ありがとう、気が効くわね、って全部ゼンが用意してるじゃない!」

ア「えへへ~。そんなに褒められると、照れるよ~?」

ゼ「ははは……」

 (俺も、全力で戦った上に、ガエイ実体化させたから、すんごい消耗した……)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る