第34話 二つの問題☆



 ※



 ゼンは、訓練場全体の雰囲気と、周囲が自分を見る目が、模擬試合をする前と後ではっきりと変化している事に気がつかなかった。


 それよりもずっと大事な事があったからだ。


 試合が始まる前から気づいていた、懐かしき4つの”気”がかたまっている所に目をやる。


 銀髪の美しい少女が、涙をたたえた瞳で自分を見ている。アリシアだ。


 そのに横にいる黒髪の美少女は何故か自分を、喜んでいいのか悲しんでいいのか迷っている様な、複雑な表情でこちらを見ている。サリサだ。


 そして、どこか頬のこけた、やつれた様な顔を伏せている二人の少年。リュウとラルクだ。


 レオとレフライアの所にゼンは歩いて戻ったが、心は四人の方に気を取られていて、気もそぞろだった。


「やあやあ、凄いな、ゼン君。さすがは『流水』の弟子だ!もう、どのランクだろうと文句なく進呈するよ」


「なにアホな事言ってるのレオ……。なんでもいい訳じゃないわ。B級以下、でという条件になるの。選んでね。A級には流石に、無条件で飛び級させる訳にはいかないのよ」


「……俺は、旅団のランクと同じにしてもらえればそれでいいですよ……」


「うん、ゼン君ならそう言うと思ってた。なら、D級ね」


「えぇ!ギルマス、『流水』の弟子をD級、ってひどくないですか?」


「……なにもひどくないわよ。ゼン君の話聞いてないの?彼は”西風旅団”のメンバーなのよ。

 

 彼等と一緒のランクで、というのは最初から分かっていた事。一応、確認の為に聞いただけよ」


「みんなと一緒に、すぐ上げますから。何処からだって問題ないですよ………」


 サリサも、実力判定で同じ様な事を言っていたなぁ、と思い出すゼン。


 そこに、試合を終えて、何処か憑き物の晴れた様な、さっぱりとした顔つきのシリウスとビシャグがやって来た。


「ありがとよ、坊主。色々スッキリした、行くべき道も決まった!」


 ガハガハ豪快に笑うビシャグ。


「礼を言おう。『流水』の弟子、ゼンよ。我も迷いは晴れた。ただ己が信ずる道をまい進するのみ!」


 シリウスはキザに自分の髪をかき上げ、フっと口の端だけで笑う。


「いえ、例には及びません。けど、行くべき道って?」


「「ラザンを追いかける!」」


「向こうが来ないなら、こちらが行けばいい。簡単な話だよな!」


「まあ、そういう事なので、ゼン、ギルドマスター、しばしの別れを!」


 何もこちらに言う暇すら与えず、二人は周囲の人波を強引に吹き飛ばして去って行った。


「……あれ、行かせちゃって、いいんですか?ギルドマスター?」


 レオがポカンとした顔をしながらも尋ねる。


「誰に止められるって言うのよ。もう好きにさせない。逆に静かになっていい位だわ……」


 レフライアの心の底からの本音の言葉だった……。


 ゼンはただ嬉しそう微笑みを浮かべて立っている。


(またにぎやかになりそうですね、師匠!)




「それよりも、旅団のみんなと、どこかの部屋で話せませんか?今日はゴウセルの家に行ってそのまま泊めてもらうつもりなので、その前に一度」


 ゼンの中では今の一幕はもうなかった事になっていた。(←結構ひどい子)


「ええ、わかったわ。4階にある会議室の空いている所を手配させるから、ゼン君はそちらで先に待っていて。4人は、トリスティアに呼びに行かせるから」


「え、俺は別に皆と一緒に移動しても?すぐそこにいますよ?」


「……君、今一番注目を浴びてるのが誰か、分かってないわね?


 『流水』の弟子を勧誘したがっている冒険者で今は一杯よ。


 彼等はあなたが西風旅団所属だって知らないし、知れば知ったできっと、何か嫌味な事言われるわよ。


 だから、今日は私の言う事を聞いて。後、夜には私もゴウセルの屋敷に行くから、そちらで話を……」


 そこでゼンは、ギルマスに済まさなければならない大切な要件があるのを思い出した。夜でも出来る事だが、早ければ早い程いい筈だ。


「……分かりました。あー、そうだ、すみません、じゃあ一度、執務室に一緒に行ってもいいですか?


 ギルマスにもちょっとお話というか、用があって、夜でもいいかもしれないけれど、一刻も早くに済ませた方がいいと思うので……」


(こんなに忙しくなるなら、会ってすぐ済ませた方が良かったかなぁ。でも、『二強』の二人がすぐ来たし、ちょっと機会がなかったから……)


 ゼンは心の中で一人愚痴る。


「なにかしら?なら、私と一緒に執務室まで戻りましょう。私が一緒なら、妙なちょっかいかけて来る馬鹿も流石にいないでしょうから」


 そう言うと、ギルドの職員達に道をあけさせるよう頼んだが、なかなか人ごみは散らない。


「ギルドマスターの業務を妨害するつもり!出口への道をあけなさい!これはギルマス命令よ!」


 しびれを切らしたレフライアが、大声で怒鳴ると、やっと自分達が邪魔をしているのがギルマス本人だと分かった冒険者達が、蜘蛛の子を散らす様にいなくなった。


 これは、ギルマスと一緒に移動する事にして正解だった。


 会議室に行くにしろ、執務室に行くにしろ、この訓練場を出れなければ仕方ないのだから。


 ゼンは出口へとあいた空間をギルマスと一緒に歩き、冒険者ギルドの本館へと戻った。


 確かに、誰もがゼンに話しかけたがっていたが、ギルマスと一緒ではそれもままならない。


「まったく、なんだってあんなに大勢が集まって来たのかしら。平日の昼間は冒険者はそんなにいない筈なのに。


 竜騎士が飛竜で来るのを見た、頭の切れる連中がなにか感づいたのかもしれないわね」


「感づく、って悪事をしに来た訳でもないのに……」


「それだけ、ここフェルズから旅立って、世界中の噂の的になっている『流水』の事に、皆が注目しているのよ」


「はあ……」


「ラザンは、ギルドの依頼として受けた訳でもない魔獣を自発的に倒してまわっているでしょ。


 それで、各国からその感謝状やら贈り物やらが、王都やフェルズに宛てて送られて来ていて、それはもう山の様な量なのよ」


 レフライアがゼンを見る目は、完全にその状況を面白がっている目だ、


「貴方達に礼をしたくても世界中を、転移門(ゲート)と、その信じられない脚力で移動してるでしょ?


 居場所が誰にもまるで掴めないのよ。行動も、行き当たりばったりで、とても次に何処に行くのかが読めないから」


「……師匠は気紛れなので」


「うん、わかってた」




 ギルドの階段を5階まで上がり、やっと到着だ。


「ふう。執務室に着いたー。で、私に用って、何かしら?」


「あ、はい。じゃあ、ちょっと待ってくださいね」


 言ってゼンは何故かいったん廊下に出る。


 謎の行動をとるゼンを、執務室の席についたレフライアが待っているとすぐまたゼンが入ってくる。だが、今度は一人ではなかった。


 豪奢な金髪の、メイド服を着た長身の美少女を連れている。


「えーと、誰、なのかしら?まるで見た事のない子ね」


「リャンカと言います。治癒術士で、ギルマスの目の呪いを見てもらおうと思いまして」


「??治癒術士って、このフェルズに、私が知らない術士がいる訳が…… 。


 いったい何処から連れてきたの?ゼン君は、今日ここに着いたばかりなのに、何故そんな手配が出来るの?


 いえ、それ以前に”ここの階は”関係者以外は入って来れない筈じゃ……」


 レフライアの疑問は目白押しで、尽きる事がない。


「あー、すいません、疑問が色々あるのは分かりますが、とりあえず、彼女にその眼を見せてあげて下さい」


「……『聖者』が匙を投げた呪いに、何をするのかは知らないけれど、見せるぐらいなら、まあ……」


 リャンカと言われた少女は一度丁寧に頭を下げると、レフライアの傍まで来てその手をあげ、レフライアの顔に、眼の方に手の平を向ける。


「……はい、分かりました、主(あるじ)様。これなら何とか出来そうです。


 今、ここで”返します”か?」


(主(あるじ)様?この娘、まさか奴隷?いえ、そんな訳ないわね。スラム時代に奴隷商に追い掛け回されたっていうゼン君が、奴隷を使うとは思えないし……)


 言っている事が意味不明なのも気になる。”何を何処へ”返すと言うのか。


「うん~、レフライアさんは、その呪いをかけた本人を、自分の手で討ちたいとりたい、とかそういうの、ありますか?」


「??まあ、出来るならそうするけど、正直今となってはどうでもいいわね。勝手に何処かでくたばって、私の呪いが解けたならいいな、ぐらいにしか考えてないわ」


「じゃあ、思いっきり念を込めて返そう。相手が死んでも構わないから」


「はい、主(あるじ)様。」


 なにか、謎の少女とゼンの間で交わされる会話の内容が不穏だ。


 レフライアは少しばかり不安になって来る。


 リャンカが手をかざし、口の中でなにか唱えると、レフライアの左眼の重苦しい塊、ずっと長年あった感覚がスウっとなくなり、軽くなったような感覚があった。


 そしてリャンカは両手で何か黒々とした得体の知れない物を抱えていて、それを宙へ放す様な動作をした。


 その黒々とした何かは、リャンカの手を離れ、空間に溶けるように消えてしまった。


(え、何、嘘、まさか、これって………)


「左眼、治癒再生します。動かないで……」


 それは、傷を治すときの治癒術士の暖かい力の波動。そしてーーーー


 レフライアは、左眼を開けて、自分の左の手の平を見ていた。ずっと痛み、頭痛の種になっていた重苦しい感覚はもうない。


 それどころか、開けることすら出来ず、治癒不可能と言われていた眼で、瞳で、今物を見ているのだ。いつのまにか眼帯は外されていた。


「この子は、特殊な呪術師でもあるんです。


 レフライアさんにかかっていた呪いは、『呪詛返し』と言われる呪方で、今それをかけた魔族へと戻りました。


 おまけとして、念をたっぷり込めたので、相手は死ぬか、死をまぬがれても一生立ち上がれない程の重傷を負う筈です」


 ゼンが何か説明してくれているが、驚愕が大きくて、とても頭の中に情報が入って来ない。


「呪いというものは、解呪する事も出来ますが、重い物は本人の念が相当こもっているので『呪詛返し』で本人へ跳ね返る、もろ刃の剣な特性があるんです。


 それに、相手に返す方が効果覿面。人を呪わば穴二つなのですよ」


 やっぱり専門用語が多くて、意味がなんとなくしか分からない。


「レフライアさん、長年片目でいたから、今その状態に慣れていないと思いますので、立ち上がったり歩いたりしない方がいいですよ。


 急に治った、と言っても誰にも信用されないでしょうし、だから、しばらくは眼帯をして、歩く練習とかもして、時期を見てから明かす方がいいでしょうね」


 ゼンは、何処からか、見た目だけレフライアのしていた眼帯とそっくり同じ物を出す。


「これ、幻術が付与してあるので、傷も前の様に見える仕様です。使って下さい」


「……、私、お礼を言うべきよね?


 ありがとう………。その、正直言って、一生このままだと思っていたから実感なくて……」


 ふわふわした頼りない感覚。それでも、彼女は何とか礼だけは言えた。


「”義母さん”の眼に呪いがあるのは、義息子として放ってはおけないので。


 じゃあ、俺は行きますね。また後で、ギルドマスター」


 余りにもたやすく起きてしまった奇跡に、実感がまるでわかない。ただ茫然、と、ああ、呪いのない、普通の状態って、こんなに快適だったのか、と思う。


 ようやくジワジワと、自分はもうあの目の痛み、頭の痛みから永遠に解放されたのだ、と事態が、頭の中でやっと理解が出来てきた。


(あれ?今あの子、初めて私をお義母さんって呼んだ様な?気のせい?ううん、そんな事ない。


 もしかしたらあの子、覚悟が決まったのかしら。それなら、貴方にとっては、とても嬉しい出来事で一杯になりそうね、ゴウセル……)


 涙が流れた。両の瞳から。ずっとなかったこの目は、ちゃんと涙まで流せる、それがどんなに幸せである事か!


 今、あの少年が連れて来た少女の事は棚上げしよう。考えても分かる事ではなさそうだ。


 今夜、ゴウセルの所に、行けばきっと説明してもらえるだろう。


 でも多分、予想も出来ない様な、とんでもない話が待っている気がする。


 しっかりと覚悟を決めて行こう。


 そして、改めて確信するのだ。


 彼が戻って来た事で、きっと”全て”がうまく行く。ゴウセルの事も西風旅団の事も。私の事だってもう、うまく行ってしまったのだ!


 『流水』の弟子になったあの少年は、どうやら『流水』の技術を会得しただけでなく、途方もない何かを得て戻って来た様だ。


 それはきっと悪い何か、ではないのだろう。この眼を治せる様な奇跡が、悪い事な訳がないし、それをあの少年が持っているのなら、悪用する、なんて想像はまるで的外れだ。


 さあ、仕事をしよう!


 あの重苦しい感覚のない状態、痛みのない状態なら、どんな仕事でも、どんな量でもこなせる気がするレフライアだった……。



 ※



 レフライアの手配した会議室の一角に、4人は固まって座っていた。ゼンは会議室に入ると、居場所を確認して、そちらへと歩み寄る。


 なんだか無意味に緊張する。喉が急に乾いてきた。我慢しろ!


「ゼン君、お帰りなさい」


 泣き笑い状態で微笑むアリシアは、今18歳ぐらい、皆、同い年だから、他の3人もそうなる筈だ。


 二人の女性陣は、まばゆいばかりの成長を遂げていて、思春期なゼンにはちょっと困るぐらいだ。


 以前も美少女ではあったのだが、3年経ってもっと更に磨きがかかってしまった様だ。


「……ただいま。やっと戻って来れました」


 そう、戻って来たのだ。でも、余り歓迎ムードではないのは、レフライアから聞いた、あの『事』が原因なのは間違いない。


「お帰り、ゼン。……その、とっても強くなったみたいね」


 やっと口を聞いてくれたサリサは、何処か複雑で遠慮がちだ。こういう時、もっと無遠慮なのがサリサだった筈なのに、男性陣に遠慮してるのだろう。


「……よお、ゼン」


「……久し、ぶりだな」


 リュウとラルクの声は弱弱しい。二人とも、以前はこんな風ではなかった。


「久しぶりです、リュウさん、ラルクさん」


 ゼンの返答に、二人とも苦い顔を見せる。


「俺達も、女性陣と同じで、呼び捨てにしてくれ。もうお前は、俺達と同格、以上の冒険者なんだから、な……」


 リュウの、どこか皮肉気で、卑屈な物言い。ラルクまでが同意して頷いている。


「……俺はそんな風には思わないけど、その方がいいなら、そうするよ、リュウ、ラルク……」


 ゼンには違和感しかしない呼び方。こんな距離を取った、遠回しな事を言っていても駄目だ。


 まっすぐ事実に切り込んで行くしかない。


「探索で失敗して、大怪我したって聞いたけど、もうそれは大丈夫なの?」


 ビクっと二人の肩が大きく震える。


「……ギルマスから聞いたのか。ああ、大失敗して、命からがら逃げて来た。たかだか中級迷宮を、入ったばかりの所で……」


「入口に近かったからこそ、俺達は助かったんだぜ。アリシアとサリサが俺達を引きずって、迷宮から脱出して、治癒してもらった……」


 二人の暗い様子は、ただ失敗をしただけでなく、それを克服出来なかった事だった。


 二度三度挑戦した。装備も変えて挑んだが、駄目だった。


「俺達は、もう成長の限界なのかもしれない……」


「西風旅団は、解散するしかない、と皆で話し合っていたんだ……」


 リュウは自嘲気味に笑う。ラルクは暗くうつむいている。


「私達は同意してないでしょ!」


「そうだよ、リュウ君!せっかくゼン君が帰ってきてくれたのに、そんな悲しい事言わないで……」


 女性陣は当然、解散には反対の様だ。


「俺達は、アリシアやサリサと違って、天才じゃないんだよ……」


 ラルクが胸につかえた毒を吐き出す様に言う。


「ゼンも、だな。せっかくだ、天才3人でパーティーを組めばいい。募集すれば後はきっと選び放題だ……」


 アリシアがリュウの頬を、サリサがラルクをはたいた。凄くいい音がした。


 と言うか、リュウはその長身をクルクル何回転かさせて、もんどり打って倒れた。


 ラルクは、サリサが非力なのに、あご先をかすめた平手が上手い事脳を揺らして、失神して倒れてしまった。


 ゼンは、自分のやろうとした事が先にやられてしまって、上げた手のやりどころがなくて困ってしまった。


「アリシア、リュウさんに治癒して。やり過ぎだよ。サリサも、変にうまいところにはいったから、気絶しちゃってるじゃないか。そっちも治療して……」


(うん、やっぱり女性陣が天才揃いなのは、確かに否定出来ないけど、それを殴打にまで発揮しないで欲しいな……)


 それから数分後ーーーー


「すまん、ちょっと言い過ぎた……」


「俺も、ゼンとシリウスの、攻撃のやり取りが凄いのを”見過ぎ”て、頭に血が昇ってしまって……」


「ああ、あれは凄かったな。どちらも譲らず、”同じ数”だけ連撃を重ねるんだからな、驚いたなんてものじゃないよ」


 ゼンは、レフライアから西風旅団が迷宮の探索を失敗したと聞き、その失敗した詳しい状況や、敵の魔物の種類、そして数等の情報を聞き、自分なりにある仮設を立てていたのだが、どうもそれは間違っていない様だ。


「……リュウさんもラルクさんも、シリウスさんと俺の攻撃、見えてたんですか?」


「ああ、目で追うのがやっとだったが、な」


「うん。受け流しをさせない為の連撃、というのは対ラザン用なんだろうな。正確に迎撃出来るゼンにも驚いたが……」


 やはりそうだ。


「俺、多分、リュウさんやラルクさんの弱い所が……逆に、いいから駄目な所が何となく分かってきた」


「?いいから駄目な所って、なんだ?」


 意味が逆で相殺し合っていて、聞いても話の意味が分からない。


「二人とも、目が凄くいいでしょ?」


「ああ、視力は二人とも……」


「じゃなくて、動体視力、速く動く物を捉えて見れる力、って言えばいいのかな。ともかく天性の才能」


 ゼンは近くの椅子を引き寄せて座る。


「シリウスの連撃、あの会場でちゃんと見れていた人って、ほんの数人だけだったみたいだし、大体がA級やB級の人で、視力の強化をしてたんだと思う。


 でも二人は、それをしないで見れている。


 それは凄い事なんだけど、逆にそれが、”気”で眼を強化する必要性を感じなくて、二人とも無意識にそれをしなくなったんだと思う」


 それは、昔、ゼンに知識がなかった時にも、そんな感じはしていた。


 二人は感覚よりも、目その物に頼っているフシがあった。


「眼がいいから、気で眼の強化をしなくなった?……でも、元からいいなら、強化の必要はないだろ?」


「眼の強化は、ただ物を見る事よりも、その本質は、”気”で物を捉える事。


 それが出来る様になれば、敵の本質的な強さが見抜けるし、例えば、隠蔽や認識阻害のかかった物でも見破ったりする事が出来る様になる。凄く大事な強化要素なんだ。


 昔、サリサが師匠に、精霊ショーの時に見えてた、って言われてたでしょ。ああいう事」


 出発前のラザンとサリサの一幕。


「成程……」


「で、俺が聞いた、その失敗した探索の内容。


 最初に、前衛のオーガーをなんとか倒せたけど、後ろから来たトロルに棍棒でやられた、で合ってる?」


「……ああ、そうだ」


 リュウは苦い顔をしているが、今は話を進めよう。


「その場合、オーガーとトロル、どっちの方が強いと思う?」


「え?それは当然、トロルだろ?」


「……間違いです。オーガがD+なのに対し、トロルはD-。これが、ギルドの正式な脅威判定」


 ゼンは、この時の為にギルドの資料室まで行って借りて来た資料を二人に見せる。


「嘘、だろ……。本当に、そうなっている……」


「つまり、二人は、トロルより明らかに強いオーガに勝って、オーガより弱いトロルに負けた事になる。


 勿論、オーガから戦ったから、その疲れでトロルに負けた、て、面や、魔物との相性の問題もあるかもしれないけど、これがおかしい、て事は二人にも分かるよね。


 それは、やっぱり闘気の問題で、オーガはその運用が出来ていて、身体強化がちゃんと出来ている。


 トロルは出来ていなくて、ただその巨体や、武器の重さ、それとその無意味に威嚇する鳴き声や迫力で相手を威圧するのが上手いだけ。


 だから、トロルは強い様に”見える”けどそれ程ではなく、相手を萎縮させ、弱体化を誘う事で格上の敵を騙して倒す戦法が主体となっているんだ。


 多分、二人はそれにまんまとハマってしまったんだと思う。


 後、再戦でも失敗したっていうのは大方、その怪我をした時の恐怖心や苦手意識が刷り込まれてしまったせいだと思うんだ。


 ”闘気”ていうのは、やっぱり闘う為に練られ、高められる”気”だから、怖気づいてしまい、弱気になってしまうと、”闘気”そのものが弱くなって、逆に強化でなく、弱体化に働きかねないから」


 理路整然と、ゼンに負けた理由、その意味の詳細を解説されると、それさえ何とか出来れば、自分達はまだ戦えるのではないか、と思えて来るのが不思議だった。


 リュウとラルクの二人は、あれ程苦労し苦悩し、もう何も打つ手がない様に思えた、絶望的状況と落胆して、本気でパーティー解散や、引退まで考えていたと言うのに。

 

「とりあえず、今日は余り時間がないから、目の事だけ少しやってみよう」


 ゼンは人差し指のみをたてて、皆に見せる。そして”気”を込めた。


 ほんのり青白い煙のように”気”が漏れ出る。


「これ、多分、アリシアやサリサには見えるよね?」


 二人はコクコク頷く。


 逆に男二人は首をかしげる。


「”気”も、術士が使う”魔力源(マナ)”とかも本質的に同じものだから」


 リュウさんとラルクさんは、目に”気”を込めて、見えない物が見たい、と念じて強化を試みて。最初は感覚が掴めないかもしれないけど、一度コツを掴めれば、後は早いと思う」


「……おぉ?なんか、煙みたいにうっすらと見えて?これなのか?」


「……ラルクさんは器用だね。早過ぎる位。そういうの”天才”って言うんですよ」


「いや、スマン。皮肉はやめてくれ……」


 リュウエンは難しい顔をして唸っている。中々出来ない様だ。


「リュウさん、俺が、”気”を流して補助するから、その感覚を覚えて」


 ゼンは椅子から立ち上がり、右手の指はそのまま、左手の人差し指と親指で、リュウの両目の上の位置、額をはさむ様な感じで指を置く。


「……力は抜いて、俺の”気”を流します。受け入れて……」


「む?うぅぅ……、お?こ、これ、なのか?指先から何か光って溢れるような……」


「そうです。じゃあ。手、放しますね」


「あ……。見えなくなった」


「今の感覚を覚えて、何度か練習すれば、すぐ見える様になりますよ」


 と、ニッコリとリュウに微笑みかけて来る。


 少年は、なんと頼もしく成長して来た事か、なのに自分達は、年上なのに逆に迷惑かけてしまうとは……。


 忸怩たる思いで恥ずかしくなるリュウエンだ。


「しばらくーーーこれから二日は、この練習して待っていてもらえますか?」


 ゼンはまた椅子に座り直すと、皆にこれからの予定を話す。


「俺、これからゴウセルの屋敷に行って、そちらの問題を、なんとかしなきゃいけないので」


 リュウとラルクも、今までは自分達の問題で精一杯だったが、状況が落ち着くと、恩人の苦境を思い出していた。


「あ、ああ、そうだったな。ゴウセルさん、今、破産しかかって……」


 そして、ギルドマスターであるレフライアと釣り合わない身分になる、と自分から婚約解消を申し出たのだった。


「返済期日まで日がない様ですし、それらを何とかしてから、パーティーに合流しますから」


 ただ商売に失敗しての破産、ではなく、どうもゴウセルの商会を乗っ取る為に、他の国から入って来た新参の商会が、何か良からぬ事を画策したらしい。


 王都の支店の方が、大掛かりな詐欺同然の取引で騙され、途方もない額の借金を背負わされた、という話だ。


 期日までに返済がなされなければ、ゴウセルは商会の権利全てを失い、その上でまだ借金も相当残る見通しだ。


「たったの二日でなんとかするって、どうやって?」


 ゼンは腰のポーチを軽く叩いて見せる。


「ここには、修行の旅で狩った魔獣や幻獣の素材が、山の様に入ってます。半分は師匠の所に残して来ましたけど、それでも、高価な物ばかりなので……」


「借金返済なんて、お釣りが来そうって事か……」


 ゼンは、ニコっと微笑む、その裏で、途轍も無い怒りで身体を震わせていた。


 彼は、ゴウセルを苦しめた連中を、ただで済ませるつもり等、微塵もなかったのだった………











*******

オマケ


NGシーン


ア「リュウ君のバカ~~~!」

ドスガスボス!

サ「『雷帝』……」

バリバリバリドシャーン!


ゼ「あの……、台本だとそこ、戦棍(メイス)使ったり、魔術使うシーンじゃないと思うんだけど……」


二人の生命値(ライフ)はゼロだ!

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