第22話 解決・終結・幕切れ☆
※
3日後、あっさりとあの事態は収束した。
世界の底は、抜けていなかったのだ。
『大山鳴動鼠一匹』とは言い過ぎか。だが、迷宮都市フェルズに来ていたのは鼠……『流水』風に言えば羽虫が1匹だったのだ。そう遠くない意味合いであろう。
結局、レフライアの最善の予想に近い状況である事が、とあるギルドの報告から判明した。
一人のS級冒険者と
一人、残念ながら病死していた者がいた事も判明した。
世間に騒がれたくない、と遺言が残されていた為にその死は秘匿されていた。尚、彼女の病死には不審な点はなく、れっきとした病死で、『神の信奉者』の関与はない、と彼女を看取った治癒術士が保証した。
連絡を取れない残り二人のS級冒険者は、脅威的な偏屈、変人で有名な2人であり、他のS級冒険者曰はく、「殺しても死なない馬鹿」なので大丈夫、放置しておいた方がいいと言っているそうだ……。
つまり、今現在、世界には、5人のS級冒険者(中にはSSの者もいる)がいるという事になる。
S級冒険者達は、彼等自身独自の連絡方法で、前からそれなりに連絡を取り合っていたと言うのだから、困ったものだ。
そして、レフライアが危惧した、『神の信奉者』の襲撃なのだが、3人とも、全員が襲撃を受けていた、との報告がなされ、その危険が、机上だけの物でない事が完全に証明された。
その上、その中の一人のS級冒険者が、襲撃者の数名を捕縛し、彼が持つ固有スキルが、『対象の心、記憶を暴く』もので、その捕縛者達の記憶を探ってみたところ、一人が中堅幹部だったが為に『神の信奉者』の内情が、かなり詳しく露見したのだ。
このS級冒険者への襲撃は、まだそう日が経っていない、極最近の話だった為にギルドに情報がもたらされていなかったのだ、という。
決して、面倒臭がって報告しなかった訳ではない、と必死の表情で、某S級冒険者は釈明している……。
ちなみに、S級冒険者3名への襲撃者はそれぞれ30名ずつ。計90名という結構な数だった。余程『紅の衝撃』に受けた被害に懲りたのだろう。(これは後の解説で分かる)
しかし、どうもそれらをアッサリ瞬殺したらしいのだから、S級というのはやはり段違いの化け物揃いなのだ。
襲撃者の『強者』的なレベルは、こちらでの冒険者の、ギリギリA級相当、という話だった。それでも数が数だ。S級でなければ退けられなかっただろう。
フェルズには、暗殺に向いた隠蔽、気配遮断のスキル持ちが1名、使い魔と一緒に派遣されたらしい。リュウエンが遭遇した相手だろう。
これを何とかしなければ、この事件はまだ終わらない。安心して闘技会等出来はしない、とレフライアはそう考えていたのだが、昼過ぎ急に、『流水』のラザンがこちらにおもむき、『羽虫』を退治しておいた、と知らせに来たのだ。
襲撃の警戒を伝えた3日後に、即、敵を仕留めたと彼は言う。
その遺体は?と尋ねると、向こうの本拠地で見せしめになるよう、『加減』して斬った、というのだ。
斬られた当人に悟られず、魔界に戻ったら、斬られた効果が時限式に発動する?何かの特殊スキルか、と聞いても、そうなる様に仕向けただけだ、とヘラヘラ笑うだけでまるで要領を得ない。
もしそれが、純粋な技術でなせる技だというなら、それはどれ程卓越した技量の境地なのだろうか。この剣士の上限は、レフライアにすら本当に見通せない。
※
数刻前。
闘技会が開かれる日時が2週間を切った為、闘技場の通常競技は休業状態となり、闘技場では、闘技会に参加する冒険者達の訓練が解禁となっていた。
ギルドの訓練場で訓練する者もいれば、会場の雰囲気に慣れる為、とこちらで鍛錬にいそしむ者もいる。
闘技場と客席を分ける壁際に立ち、背中を寄りかからせながら、『流水』ラザンの視線は、同僚の練習風景を見ているのではなかった。
その頭上を越え、向こう側の客席に向いている。
客席は、闘技場が一時的な訓練場になっている為、今は一般に開放されていて、参加する冒険者の訓練風景さえも見たがる物好きや、冒険者好きの子供らなどで、チラホラと空席の方が目立つ状態で埋まっていた。
その、何も『見えていない』場所を彼は睨む。
フっとラザンの姿が消えた。
そして、次の瞬間には彼の姿は、彼が睨んでいた向こう側の客席にいた。どんな脚力があれば、そんな一瞬に広い闘技場の向こう側へ移動出来ると言うのか。
そして、そんなラザンの姿は、誰にも『見えて』いなかった。
客席の誰も。闘技場で鍛錬にいそしむ冒険者達にも。
「隠形は得意じゃないんだが、あ~、メンドくせ……」
そして、階段状の客席を誰にも見咎められずに上がって行く。最上段を目指して。
数秒で最上段に上がり、横を見やる。
そこには何もない。誰もいない、様に『見える』。
ラザンは気を目に集中し、浮かび上がる者を黙って見ている。
「羽虫がブンブンと五月蠅(うるさ)い時は、始末するしかないが運命(さだめ)……」
隠形の気で声も包んでいるので、誰にも聞こえない独り言だ。
眼前に、目玉のお化けに蝙蝠の羽を取り付けただけのような、玩具(おもちゃ)めいた使い魔と、黒いローブを身にまとった、長身の魔族がいた。
相手も気配遮断や完全隠蔽等のスキルを発動させているのだが、ラザンにはまるで通用していないようだ。
「範囲効果で使い魔も見えない状態、ね。なんだ、こいつは?鑑定特化に合成した使い魔、か……?」
使い魔の方に近寄って、背後や頭の上などを見てまわる。
「なんか数字が見えるな。もしかして、わざわざ冒険者の力量を数値化して出せる機能なのか。ご苦労な事だな……」
ラザンは右手の人差し指を立て、それをその使い魔の側頭部らしき場所にプスと突き刺す。
そんな事をされたと言うのに、使い魔は何の反応も見せない。主人である黒ローブの魔族も、何も行動を起こさない。一方的に見えていないのだ。
「ここら辺に、こうかな?」
ラザンは指先に気を込め、細かく操作した。そして指を抜く。抜いた後には何もなかった。突き刺した穴も。小さな傷さえもなく。
「ロロ、どうだ。めぼしい数値の奴はいたか?」
黒ローブの魔族は使い魔に話しかけ、その頭頂部に浮き出ている数値を見る。
「……なんだ、ゴミの様な数値ばかりではないか。やはり、こちらはハズレクジだったか……」
大袈裟に溜息をついて、顔をしかめ、嘆いている。
「こんな事なら、あの美味しく育ちそうなガキと遊んでも良かったかな……」
無謀にも自分に大剣を向け、ひるまず対峙していた小僧を思い出す。
「ふむ。どうやらうまい事『壊れて』くれたようだな」
ラザンは魔族の言葉等少しも耳を貸さず、自分のした成果に満足する。
「む、あのデカい、トロルの生まれ変わりの様な男と、並んで立っている金髪の騎士、あれは確か、『三強』とか呼ばれている、ここでは最強クラスらしき冒険者だな。あいつらはどうだ?」
ロロと呼ばれていた目玉が、主人に言われた方を向き、数値を出す。
魔族はロロの出した数値を見て、心底あきれ果てたと、見下しとさげすみに、醜い優越感まで混ぜたその顔をは醜悪極まりなかった。
「……もう時間の無駄でしかないな。帰参するとしようか」
「そうか、帰るか。なら、土産をやらんと、な……。地獄に行くなら、お供も必要だろう……」
ラザンは、魔族の正面に立つと、腰の刀をニ閃させた。
魔族、と使い魔の両方に、縦に斬撃が走った事を、彼等は永久に気づく事はない。
キン、と抜いた刀を鞘に戻した一瞬、鍔(つば)の鋭い音がした。
「……今、なにか音が?……どうでもいいか」
魔族は、仲間が用意した特製の転移札を出す。彼等の魔界の本拠地まで直通で戻れる、優れ物の特級品だ。
転移の魔法陣を展開し、移動する魔族に背を向け、ラザンは歩み去る。振り返る事はない。
転移の陣から出た魔族は、何故か目まいに襲われ、フラフラとよろける。
「転移酔いか?しかし、何の成果もなく上に報告するのは憂鬱だな……」
彼は上位者(トップ)が待つ、本拠地の豪奢な部屋へ向かい移動する。少しフラつきながら。
……部屋の前で立ち止まり、軽くノックをする。上位者(トップ)の返事を聞き、ドアを開けて中へと歩みを進める。何故かフラつきが止まらない。
上位者(トップ)は、それぞれが贅を尽くした豪華なソファに座り、高級な酒をたしなみながら、彼に任務の報告をうながす。
「フェルズという、ローゼン王国の辺境都市には、ゴミのような数値しか出せぬ冒険者しかおりませんでした。最強と目される者達の数値も調べたのですが、足を運んだ意味がなかったようです……」
頭を下げ、淡々と報告する。
鷹揚に報告を聞く上位者(トップ)達は、それを聞いて一様にあざけ笑う。
特に、以前ローゼン王国でひどい目にあった上位者(トップ)は、 殊のほか喜んでいる様子だった。
勇者召喚の地として名をはせたローゼン王国も、平和ボケして弱者の国となったか、と。
彼は報告が終わったので、頭を上げ退室しようとしたが、上位者(トップ)の一人が、おまえ、顔になにか線がついているが、それはなんだ?と尋ねた。
「え……?」
その時、彼の耳に、あのキンっと鳴った、鋭い音が聞こえた気がした。
すると、彼と、傍らに浮く使い魔は、頭頂部から縦に割れ、それぞれが逆の方に開く様に倒れていく……
そこには、4つに別れた、物言わぬ死体が残っているだけだった。
※
S級冒険者が捕獲した『神の信奉者』の捕虜の記憶調査の話に戻ろう。
その記憶調査によると、『神の信奉者』の自分達で神を目指す、彼等集団の行動が変化し、過激化したのは、ここ最近(百年ぐらい前。魔族的な話だ)の事で、それまで魔界の最上位迷宮で探索を続けていた、『神の信奉者』の上位者数名(トップ)が、自分達の成長の限界、進化の限界、に行き詰まりを感じ、対策会議を開いたのがきっかけだったという。
そこで、他の種族(特に人間)が自分達の種族を出し抜き、神へと至る者が出てしまったらどうしよう?、と(勝手な)焦りを覚え、焦燥にその身を焦がし、『神の信奉者』はその恐るべき未来の芽を摘む、暗殺行動が集団の目標にいつのまにか転化(シフト)し、その過激思想に共感する者(馬鹿)が更に加わって『神の信奉者』は過剰に暴力的な組織へ変貌したのだという。
そして当然、人間世界のS級冒険者がその目標(ターゲット)になったのだが、その頃の『神の信奉者』には、人間世界の地理に詳しい者等まるで存在せず(当たり前だ)、世界中に散らばり、噂ぐらいしか掴めないS級冒険者の居場所をいくら探し回っても、一人も見つけだせなかった。
その停滞した状況はしばらく続き、業を煮やした上位者(トップ)は、とりあえず作戦を下方修正し、目標(ターゲット)を一段下げて、人間世界で普通に活動していたA級冒険者へと、攻撃の矛先を変える事になった。
そして、入念な準備と周到な計画の立案作成の後(のち)、発動した計画こそ、驚くべき事に、ローゼン王国においてずっと謎とされていた王都襲撃事件だったのだ。
当時の最強パーティー『紅の衝撃』が壊滅し、世界が震撼した、大いなる謎に包まれた事件の真相だった。(レフライアの推測通り)
だがこの襲撃は、彼等に言わせると、思っていた通りには進行しなかったらしい。
当時の上位者(トップ)の一人、半神(デミゴッド)級がが直々にその襲撃グループを率いて、メンバーも選りすぐりの強者を連れて行われたこの計画は、彼等に言わせれば、惨憺たる結果となった。(半神(デミゴッド)級とは、人間界でいう所のS級だと思われる)
確かに『紅の衝撃』は壊滅させたが、彼等の受けた被害も相当なものだったのだ。
選りすぐりの強者は、『紅の衝撃』のメンバーに何人も敗れ、それらを討ち取ったのは、単に数が勝っていただけの話だった。
(半神(デミゴッド)級の上位者(トップ)でさえも、『紅の衝撃』のリーダー、『紅の恐姫(きょうき)』と密かに畏怖されていたレフライアに手酷い傷を負わされ、なんとか苦し紛れに発動した『呪いの斬撃』でレフライアをくい止める事が出来た為に、どうにか生き残りが生還出来た、というのが彼等側から見たローゼン王国襲撃事件の全容だった。
この、一番最初に実行に移された計画が、余りに悲惨な結果となったが為に、組織の作戦行動は大きく変更される事となった。
まず、実行計画に上位者は参加を取りやめ(神になる前に死にたくはないらしい)、襲撃計画で失った、強者であった部下の補充の為、『神の信奉者』の中位級、下位級のメンバーの強化育成が急がされた。
それら手駒の育成期間が必要な為に、しばし、『神の信奉者』の冒険者襲撃計画は見送られ、つかの間(魔族のとって)の自粛期間となり、その間に、人間界の調査、特に地理の調査、併せて、S級冒険者の居場所の調査も行われ、今回は時間的余裕があった為に、S級3名の居所は何とか発見する事がが出来た。
そして、それなりの強者が大勢育ち揃った切った、今この時が、大いなる粛清の始まりだった。らしい……。
その全てはまさに儚(はかな)く水泡と帰した。
※
フェルズのギルドマスター、レフライアの秘書を務めるファナは、先日とは打って変わって、朝からずっと機嫌がよく、ニコニコ笑顔でテキパキ仕事をこなし、普段とはまるで別人であった。(注:仕事は普段も有能だった)
常にクールというか、能面的で、レフライアに対しては、やたら厳しい事を言う癖に、妙に自分の事は卑下して暗く、めったに笑顔等見せた事がない少女だったのだが。
「……ファナは、なんで今日そんなに機嫌がいいの?」
多忙なレフライアも思わず聞いてしまう。
「なんでって、決まってるじゃないですかっ!レフライア様の、最後の悲劇的だと思われていた過去が、実は歴史的な偉業だったんですよ!」
ファナはその華奢な拳を胸の前でギュっと握りしめ、大声で力説する。
「えぇ……。それはちょっと、大袈裟に盛り過ぎじゃないかしら?」
確かに、あの事件の真相、というか、裏側が分かり、決して自分達の戦いが無駄ではなかった、というの事が分かり、喜ばしい話だったが。
「盛り過ぎじゃ、ありません!レフライア様のパーティー、『紅の衝撃』の献身的な戦いがなかったら、彼等『神の信奉者』の非道はもっとエスカレートして、あの時代のA級冒険者全てが犠牲になっていた、そんな可能性だって否定出来ないんですっ!」
「ま、まあそんな面も、確かにあるわね……」
実際、この真相は、もう世界中に知れ渡り、賛辞の嵐が吹き荒れている。冒険者ギルドが情報公開をしているのだそうだ。(余計な事を……)
おせっかいな誰かが知らせたのか、王都でも、もう知らない者はいない、と言う程の過熱ぶりで、来る予定のなかった貴族までもが押し掛けてくるらしい。もう宿は予約等で一杯なのだがどうするつもりなのだろうか……。レフライアは頭が痛い。
レフライアには勲章を授与し、名誉領主などと言う、ギルドマスターと兼用の一時的な身分ではなく、ちゃんとした爵位を賜ろう、だの、勲章授与だの、といった話もでているとか。
それと、あの戦いで亡くなった『紅の衝撃』のメンバーや、その遺族にも何か褒賞金等を送ってしかるべき、との声もあるとか。
あの戦いで失った自分の仲間達の名誉が、今になって高く評価される、というのも不思議な話だが、もちろん自分としてもそれは嬉しい。死んだ仲間の魂もうかばれるという物だ。
冒険者ギルドでも、なにか特別な報酬を出すべき、という動きがある。実際、世界中のギルドマスターから、レフライアと『紅の衝撃』の英雄達をたたえる通信が、ひっきりなしに通信魔具に届いていて、今は一時的に魔具を止めているくらいだ。
闘技会前2週間を切った今や、隣国、遠国からの来賓だの、参加者として自国他国問わず、大勢の参加者も詰め掛けている。もはや、いい話であっても、無駄に長い話等を聞いている暇はギルマスにはないのだ。
(中略)
フェルズのギルドマスター兼名誉領主のレフライア。フェルズは、もうとにかく多忙だ。
あれは20以上前の過去の話なのに、レフライアは今や時の人となった。
貴族、商人、市民、冒険者等、この忙しい時期に面会を求めて、このローゼン王国の冒険者ギルド辺境本部におしかけて来ている。
無論全てお断りだ。
各国の代表や貴族、豪商、それに他の冒険者ギルドからまで、大小さまざまな贈り物が連日届いて、本部横の解体倉庫に山積みになっている。
とりあえず放置だ。
通常時ならともかく、今はフェルズにおいて最大級のお祭りイベント、闘技会が近いのだ。時期を改めて、とか考えてもらいたいものだ。
……もう色々な事がいっぺんに起こり過ぎていて、仕事が溜まっているのに、それに集中出来ず、雑音がひっきりなしに耳元で鳴り響いている感じがする。
(ゴウセルと会って、事件の事とか話したいのに、会う暇すらないじゃない。やっぱりギルマスなんてなるんじゃなかった……)
「ゴウセルぅ~~~」
ギルドマスターの嘆きは深い………
*******
オマケ
一言コメント
フ「凄いです!偉業です!偉大です!もはや、偉人です!」
レ「……いや、どうしてそんなに喜んでるのかしら、この子?」
ギルド職員一同
(それだけギルマスを尊敬し、敬愛し心酔してたから、と皆知っている)
(それに比べての、自分の矮小さに落ち込み、低いテンションで仕えていた事も)
ラ「……羽虫が消えて、静かになったな……」
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