第21話 暗闇の真相☆



 ※



「……うん、分かったわ。わざわざ報告してくれてありがとう。


 実は、似た様な話が何件か、他にも報告されているの。こちらとしても、何らかの対応をしなければいけないと思うから、この話、他にもらさないで欲しいのだけれど……」


 レフライアは同意を求める為に、執務室のデスクの前に立つ、目の前の優秀な新米冒険者に鋭い視線を向ける。


「それは、同じパーティーの仲間にも、ですか?」


 リュウエンは視線を逸らさずに問い返す。


「そうよ。何がどう影響するか、私にも分からないの。彼女達や、ラルクス君、そして、ゼン君。君達は新人らしからぬ有能な冒険者だけど、君が言う様な強大な魔族が動いてると言うのなら、話は別。危険な要素は最小限に留めたいの。分かってくれるかしら?」


「……そうですね。分かりました、ギルドマスター」


「うん、ありがとう。じゃあ、この話はこれでおしまい」


「はい。それでは、失礼します」


 礼儀正しく頭を下げ、リュウエンが退室していった。


 ふう、と深く息をついて、傍らの秘書に目を向ける。


「どう思う?ファナ」


「どう、と言われましても、一介の秘書風情に過ぎない私としましては、単純に魔界の過激派が何か画策しているらしい、ぐらいにしか」


「そう……。私には、一つ思い当たる話があるのよ」


「それは……私がお聞きしても良いお話なのですか?」


「ええ。単なる憶測だから、誰かに聞いてもらって、それについての意見が欲しいの」


「はあ……。私ごとき者の意見等、塵芥(ちりあくた)の様な物。気が進みませんが……」


「あなたのその変な自己評価の低さは、余りいい事とは思えないのだけど。まあ、いいわ。


 思い当たる話と言うのは、他ならぬ、私自身が片目を失い、仲間を失った事件の事よ」


「?それは、20年以上前とお聞きした気がするのですが……」


「ええ、そう。でも、エルフの様に寿命の長い種の魔族にしてみたら、瞬きの間の様なものよ」


 そんなものでしょうか、とつぶやく。ファナの気持ちも分かるが、とりあえずレフライアは気にしない。自分だって分かりはしないのだ。


「それで、どう話が繋がるのでしょうか?」


「あの事件は、そもそも色々おかしかったのよ。王都の警備所だの、騎士団の訓練所等に謎の襲撃者が現れ、何十名かの重軽症者が出て、当時は多分、最高峰と言われていた私達のパーティーに急にお呼びがかかったのだけど、行ってみたら、いきなり物凄い強者としか言いようのない集団に襲われ、私達のパーティーは壊滅した。生き残りは私だけ」


「はい存じております」


「その後は何事も起こらず、ただ謎だけが残された。今回の話を聞いて思ったの。もしかしたらあの事件は、『私達』をおびき出す為だけに仕組まれた物だったのかもしれない、とね」


「つまり、今回の謎の人物と同じ『強者』のみを殺害する事が目的だった、と?」


「そう。自惚れ抜きに、あの頃の『紅き衝撃』は、最強パーティーだったから。事件後、他に何も起こらなかったのは、彼等がもう目的を果たしたから、じゃないのかしら?」


「……それには一つおかしな点が残ると思うのですが」


 ファナはひかえ目に疑問を述べる。


「なに?」


「パーティーで一番の強者であったギルマス、レフライア様の命が奪われていないのは、おかしな事では?それこそ、再度の襲撃、暗殺がないのは、おかしくはないでしょうか?」


「……いえ、おかしくないのよ。私は、A級冒険者のレフライアは、あの時、死んだも同然だから。この目の傷の呪いのせいで……」


 レフライアは未だに痛む左目を抑える。


「……それでは、その『強者』のみを殺害する、というのは、どういう意味があるのでしょうか?


 武道等とは縁のない、一般人以下の私には、わざわざ強い者、という殺害の難しい目標を設定する意味が分かりかねるのですが……」


「そうね。でもそれも、少し思いついた事があるの」


「それは……?」


「うん、ちょっと待ってね。呼び出しをかけておいた冒険者が来たみたいだから、彼とも少し話してみましょう」


 コンコンと執務室にノックの音がする。レフライアは、気配だけで廊下から来る存在に気づいたのだ。


「どうぞ。入ってちょうだい」


「やあやあ、レフライア。ギルドマスター直々のご指名により、参上いたしましたよ」


 勢いよくドアを開けて入って来るなり、ふざけた仕草で大袈裟に道化めいた礼をしたのは、フェルズにいる魔族の冒険者で一番ランクの高い男、A級冒険者のフォルネウス・イレイザーだった。


「お久しぶり、フォル。元気にやっているようでなにより」


 しばしの社交辞令的な挨拶のやり取りは省略しよう。


 ファナは横で黙って見ている。


 フォルネウスという魔族は、意外と若く見える、一見美男子風な男だ。


 だがファナは、いちいち動作が大きく、わざとらしい仕草をするこの魔族を胡散臭く感じた。


「彼は魔界の侯爵家の出よ。調度シリウスと同じね」


「かの『聖騎士(パラディン)崩れ』と並べられるとは光栄ですな~。私も家を出奔した身ですから、確かに共通点は多いようですが」


 ファナは一応頭を下げ、自己紹介をしたが、余り知り合いになりたい部類の人物ではなかった。魔族とか抜きにしても。


 レフライアは、ここ最近フェルズ周辺に現れる魔族らしき謎の人物が『強者』のみを狙う『暗殺者』らしき推測と、レフライアの過去の事件とを照らし合わせて説明し、フォルネウスに尋ねる。


「どう?何か心当たり、あるかしら?」


「おお、我等を束ねるご領主様の問いとあらば、答えねばならないでしょう」


 意味不明の勿体ぶった間。


「残念ながら……ありますな」


 驚いた。聞いたレフライアが驚くのもおかしな話だが、フォルネウスはあっさり、あると言ったのだ。


 ファナはひかえ目に心の中で「あるんかい!」と突っ込んでいた。


「……その心当たり、教えてもらえるのかしら?」


「……私としても、あちらを捨てた身とは言え、同族を裏切る気等サラサラなかったのですが、私も家も、友和派なので、馬鹿をやっている過激派の、阿呆集団に義理立てする必要はないでしょう」


 フェルネウスはここが劇場で、何かの悲劇に悩む主役の役者の様に、クルクルと回ると、顔を両手で覆い、突然の悲劇に苦しむ者のようにうつむき、嘆き、それから天を仰いで大きなため息をつく。


「ええ、多分、私が知っている連中ですね。過激派の中でも、特に頭のおかしな連中の集まり、しかし、実力者ぞろいで、自分達の私兵集団も迷宮に入れて鍛えている」


 またクルクル回る。この意味不明な行動は気にしない方がいいらしい。レフライアも無視している。


「彼等の集団名、聞いてお笑いになるかもしれませんな。


 ……彼等は、『神の信奉者』というのですよ」


 ファナは一瞬呆気にとられた顔をした。フォルネウスはそれを見てニヤリ、と笑う。


 だがレフライアは違った。小さく、やっぱり、と口の中で呟いていた。


「驚かれるのも無理はありませんが、我等魔族とて、神に造られし被造物。神を信奉するのは、それなりに普通な事なのですよ。魔界には神殿や教会もあります。こちらのそれとは多少おもむきが異なる物かもしれませんが。


 ですが、人や他の種族と争い、覇権を唱える一派に、『神の信奉者』という集団があるのは、かなり奇異な話ではあります」


 レフライアは恐ろしく真剣な顔をして、怒気すら感じられる声色で、フォルネウスに問いを重ねた。


「その、『神の信奉者』とやらは、もしかして、真剣に、神の後継者……数々の『試練』をくぐりぬけ、神へと『進化』する事を、目指して、いる?」


「おお、流石は頭脳明晰な、我等がギルドマスター。ご明察ですな」


「じゃあ、これも私の想像通りなのかしら。未だ神へと至らぬ彼等は、他の種族……いえ、人間の、神に成りえるかもしれない『強者』、神候補者、と言える強い冒険者を、さがして、潰してまわっている、とか……?」


 ファナは驚きの声を、とっさに喉の中に押し込めた。


 フォルネウスはまたクルクル回りだした。


「……私も、魔界を離れて幾年月、風の噂によると、多少、勢力図も変わり、友和派が増えたり、平和や安定を願う種族の声等が高まったりもしている、と聞きますが……」


 人間にとっては喜ばしき話を出した後で、彼は回転を止め、奇妙に歪んだ笑みを見せる。


「正解、ですな」



 ※



「……レフライア様、その……大丈夫、なんですか?」


 ファナは漠然とした、うまく形にならない不安を声に出す。


「何が?彼等の目標(ターゲット)になるであろう、このフェルズで1、2を争う二人には、たった今警告を言い渡したじゃない。それ以上うてる手はないわ。彼等自身がここの『最高戦力』なんだし、護衛なんか出しても意味はない。自己防衛してもらうしかないのよ」


「……そう、です、よね……」


「それよりも問題なのが……問題というか、もう終わってしまっているかもしれない、『事』の方が、重大事かもしれないのよ……」


 レフライアの言葉に、更にファナの不安は膨らむ。


「世界には、S級となった冒険者が、何人かいるわ。でも彼等は、基本、究極的に変わり者の変人や偏屈な人が多くて、めったに人前には出てこない。


 獣すら寄り付かない山奥にこもって修行する者もいれば、いつのまにか最上級迷宮に入り込んで、深層で探索を続けている者もいたりしたの。


 例え依頼があっても、それを伝える術もなく、偶然、運命の悪戯で、何処かでバッタリ出会えたりでもしない限り、S級冒険者にはたどり着けない、『そう思われていた』……」


「実際、そうではないのですか?」


「そうだったのが、今、問題になっているのよ。行方不明の様に会えないS級冒険者、この中で、今現在『何人』が『本当に生きている』のか分からない。本当に、行方不明になっているのかも……」


 レフライアの声は、表情は、どんどん深刻さを増していた。


「え……?」


「よく考えてみなさい。どう考えても、今いるA級冒険者なんかよりも、ずっと『神』に近い、と言えるのは、彼等の方なのよ」


 ファナはまるで想像もしなかった。S級冒険者とは、この世界を根底から支える大黒柱のようなものだ。何本も、太い柱が世界を支え、存在している、それが当り前だったのだ。


「だから、最悪の事態を想定するなら、もうこの世界にS級冒険者なんていう英雄は、『一人もいない』のかもしれない……」


 世界の底は、抜けたのだろうか?



 ※



 今、執務室にはレフライア一人だ。


 今日はもう帰っていいとファナに言い含めてある。ひどい顔色だった。


 ファナには悪い事をした。と、レフライアはひどく落ち込む。


 彼女の冷静沈着さや、時折見せる変わった視点からの分析、辛口の批評等は、頭脳派では決してないレフライアにとって、自分の考えの正しさの確認や、思い込みで間違いに走りかねないギルマスのブレーキ役としても、なくてはならない大事な指針だったのだ。


 でも、だからと言って、今のこの、世界の重大事件に心悩ませるのは、自分のようなギルドマスターという責務の人間が負うべき役目であるのに、心ならずも巻き込んでしまった。


(大体、『神の信奉者』とか自称する馬鹿どもが悪いのよ!)


 彼等が勝手に神を目指すのはどうでもいい。どうぞ好きにおやりなさい、と言ってやりたいぐらいだ。


 だが、自分達がなれないからと言って、他の種族の邪魔をするとか、頭悪いとしか言いようがない。


 そんな事の為に仲間達は死んだのか?そんな事の為に自分は片目を奪われ、天職と思っていた冒険者を辞めざるを得なくなったのか?


(クソッ、キ○ガイどもめ!狂信者どもめ!)


 そもそもレフライアにとっては、神になる、とかどうでもいい。恐らく、ほとんどの人間がそうだろう。


 いつかなれたらいいね。1万年、10万年、1億年ぐらい経ったら、そんな進化とかする人がいるのかなぁ。ほとんどの人間がそんな感覚だろう。


(無駄に長生きとかするから、そんな下らない事考えて、狂った行動に走る!)


(自分に本来の力があれば、魔界にでもなんでも行って、全員叩き殺してやるのに!)


(そもそも、その、神の候補者をさがして殺しまわる、とか、意味わからん!

 

 自分の行動の意味すら考えないのか?顧みないのか?


 それは、単なるヒガミ、究極的な嫉妬、醜い妬みだと言う事に自分で気づかないのか?)


「みっともない!」


 思わず心の声が外に出ていた。


 とにもかくにも。


 冒険者ギルドの通信魔具を使って、全世界のギルドに今回の情報(『神の信奉者』の事)と、これから起こるかもしれない事態(A級以上の冒険者の暗殺)、もう終わっているかもしれない事(S級冒険者の暗殺)の懸念は伝えた。


 S級冒険者と連絡が取れるギルドがあるのなら、『神の信奉者』という狂信者どもの脅威を伝え、その襲撃に備えるだろう。


 もっといいのは、S級冒険者が集まって、『神の信奉者』というクズの集まりを排除、殲滅するのが望ましいのだが、そんな事が可能なのか、そもそもS級冒険者が何人生きているかも分からない。


 最悪は全滅で、最善は、『神の信奉者』がS級冒険者を探し当てられなくて、一人の被害もでていない事だ。その場合は、レフライアの空回り、という事になるが、そんな事はどうでもいい。彼女は自分の名誉だの名声だのを考えた事等一度たりとしてないのだ。


 今のところ。どう転ぶか予想もつかない。


 相手を返り討ちにしたS級がいる可能性だってあるのだ。


 もう闘技会まで2週間もないのに、何故こんな大きな問題が転がり込んで来たのか。


 自分の出来得る事はやり尽くした、と思うレフライアはもう天命を待つのみだ。



 ※



 冒険者ギルド本部、5階の廊下を、最強と言われる二人の男が並んで歩いていた。


「卿はどう思う?先程ギルドマスターが言われた事」


(卿、とか柄じゃないから言うなっつってんだがな……)


「あ~、せいぜい気をつけて、自分の身を護れって事だろ。そうしろよ」


 『流水』ラザンは、大した考えもなく、自然体で、ただ事実を述べるだけだ。


「それは、そうなのだが……」


 『聖騎士(パラディン)崩れ』のシリウスは、その端正な顔に戸惑いを浮かべる。


「悩む意味があるのか?来たら斬る。それだけだ」


「卿はいつもそうヌルヌルと捉(とら)えどころのない……」


「いやいや、今、俺の話に何故なる?うろついてる羽虫の話だろ。お前は油断するなよ。足元すくわれるタイプだからな」


「卿は我を侮辱するのか!」


「いや、ちょっと注意しただけだろ。なんつーか、本当お前はやり難いなぁ……」


 ボサボサの頭をボリボリ掻くと、ラザンはその場で立ち止まる。


 シリウスも当然のように立ち止まる。


「俺は、決勝で前に負けた誰かさんとやり合う前に、負ける気なんざ、サラサラないんだが、お前は違うのか?」


「と、当然だ!我とて卿以外の者に負ける気なぞ、微塵もない!」


「なら気張れや、『聖騎士(パラディン)崩れ』」


 ラザンは拳を握り、シリウスのプレートメイルに包まれた胸をポンと軽く叩く。激励だ。


「お、応さ、『流水』!」


 笑顔で応じるシリウスの嬉しそうな様子は、飼い主に褒められた子犬の様であった。


(あ~~、メンドくせ……)


 とか思われてると知らずに。


 二人はまた仲良く?並んで歩きだすのだった……。











*******

オマケ

ファ「……なんだか目が回りますぅ~」

レ 「あれとは目を合わさない。小動物が回し車をしてるとでも思いなさい」


フォ「クルクルクルクル~」


シ 「む。こういうのは、存外緊張するものだな。卿はどうだ?」

ラ 「あ”?あ~、ソウダナ、確カニナ。(どうでもいいんだが、そう言うと、スネる予感が…)」

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