第84話 30代・引っ越し
何ヶ月でも、父はひたすら詐欺師からの電話を待ち続ける。
毎日毎日、電話が来て、次は何時に電話します、明日電話します、これが終わったら行きます、また明日になりました、明日は必ず行きます、明後日はその次は・・・
いつまでたっても来るわけがない代物を、古いソファーに背中を丸めて座ったまま、いつまでたっても待っている。
3月が終わり、4月が終わり、5月に入って、これはもう「電話」がある限り絶対に動かないと私は思った。
だから、6月頭に引っ越しすることにした。決めた。
今回は荷物が少ないので赤帽を頼み、引っ越し後にいちど私だけ川口に戻って最後のゴミを全て、業者に捨ててもらうことにした。
事務所の電話はレンタルだったが、これを返すときにまた一悶着あった。
レンタル会社に連絡して、手続きを取ろうとしたら、1台足りないと言うのだ。
絶対に最初からこの台数だと私は主張したが、向こうは書類に記載されている台数が違うと言う。
「紛失届を書いて下さい」
と言われたが、まっぴら御免だと思った。
ものすごく長い間レンタルしていたので、弁償はしなくても良いようだったのだが、この時、私は意固地になっていた。
なくしてもいないものの紛失届はなぜ書かなければならない。
絶対に嫌だ。
確か整理をしている間にどこかで電話の配線図を見た記憶があった。
まだ処分していない書類を片っ端からひっくり返し、中から配線図をなんとか引っ張り出して、相手にファックスで送った。
配線図には、こちらの主張した通りの台数しか書いていなかった。
つまり、あちらは1台分多く、料金をとっていたわけだ。
けれど、こちらも、数年分の滞納がある。
そういうわけで双方なかったことに。
手打ちにした。
もちろん、紛失届は書かなかった!
まったく、父のだらしなさときたら、あきれ果てる。
おそらく、この電話を借りたときの代理店の不正らしいが、既にその代理店はなくなっていた。
最初に、ちゃんと書類を確かめておけばよかっただけなのに。


とにかく、電話機は全て返し、事務所の電話は解約し、自宅の電話は引っ越し手続きを取り、鎌倉の電話番号をもらって、事務所を完全に引き払った。
電話がなくなるとともに、父も、電話番号と一緒に鎌倉へ移動した。
ようやく引っ越しが完了したのである。
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