第79話 吸血鬼の王
*
ああ、熱い。
ここはどこだ。
まるで地獄の釜のごとく熱いこの場所を私は知らない。
癒しと呼べる存在はない。
これは忌むべき者へと成り下がった私への罰なのかもしれない。
ではいつまで?
いつまで私は償えばいいのだろうか。
いつになったら自らの罪が許され、愛する者たちの元へと逝くことを許してもらえるのだろうか。
きっとそれは果てしなく遠い。
*
吸血鬼の血を飲んで吸血鬼になった。
そのこと自体に後悔はない。
だが時々思ってしまう。
もっと別の道があったのではないかと。
人をやめたその体に残ったのは復讐と言う名の煉獄の炎。
ああ、熱い。
己の身をも焼き尽くさんとするその炎は決して消えることなく憎しみを薪とし、さらに燃え上がる。
復讐を果たすまで決して消えることのない呪いとでも呼ぶべき炎は今日も燃えていた。
そしてその炎は生きる理由になると共に生きる希望も奪っていくのだった。
だがそれでも私はその炎に頼るしかない。
そうしなければ生きて行くことすらできなかったのだから。
*
「はぁはぁ。やったよ、フィリス。お前の敵は取った。」
片腕と片足を失った。
文字通り満身創痍だ。
それでも妹の敵を討つことはできた。
戦いなどしたことはなかったが怒りと憎しみ、それを原動力に血へどを吐きながら戦った。
吸血鬼になったことで身体能力は向上していたがソレを使いこなす術など知らない。
だが復讐という炎が知らない、できないという言い訳を許さない。
がむしゃらに喰らいつき、ついに奴を殺すことに成功した。
いくら不死とは言え、ただの吸血鬼。
殺す術はある。
一つ誤算があったとするならば奴の血を飲んで吸血鬼になったことにより主従の契約が生じたことだった。
これは決して主に逆らう事の出来ない血の呪い。
傷つけることはもちろん、殺すことなど夢のまた夢の話だ。
それでも奴を殺した。
血の契約は容赦なく私の体を切り裂いた。
それでも奴を殺した。
復讐を果たし、己に残ったのは喪失感。
そこには復讐を果たした達成感も喜びも、なにもない。
ただ大切なものを失ったという喪失感があるだけだった。
虚しい。
寂しい。
悲しい。
私にはもう、何もない。
*
吸血鬼になってから数十年がたった。
いまだに大切だと思える者には出会えていない。
心の穴は開いたままだ。
「主よ、どうかしたか?」
不意に声をかけられた。
吸血鬼になってから数十年、配下と呼べる者は何人かいた。
だが彼らはあくまで配下であって大切ではない。
「なんでもない。」
「そうか。時に主よ、王都である噂を聞いたのだが?」
そう言って配下の者が伝えた内容は衝撃的な物であった。
もうとっくの昔に忘れていた煉獄の炎。
噂の内容は、燃えカスのようにくすぶっていた”ソレ”に火をともすには十分な発火材だった。
どうやらまだ私の復讐は終わってはいなかったみたいだ。
「付いてこい。腐った人間どもを滅ぼしに行く。」
「我が体は主の望みのままに。」
*
私は王都をその上空から見下ろしていた。
王都の防御壁にはギリギリ触らない距離を保つ。
この下に愛する家族を奪った者がいると考えるだけですべてを燃やし尽くしたくなる。
奴らは私利私欲の為に他人の愛するもの達を奪った。
それなのに自分たちはのうのうと与えられた生をまっとうしている。
そんなの許せるはずがない。
神が裁かないというのなら私が裁く。
「卑しき人間どもめ、すべてを蹂躙してやる。行くぞ。」
そう言ってから自身が持つ魔法の中で最大威力を持つものを選択し、行使する。
狙いは王城。
これは王を標的にしたのではなく、単に王城の障壁が一番強固だと踏んだからだ。
全てを蹂躙するつもりではあるが無差別の殺人鬼になるつもりはない。
予想通りというかそうでなければ困るのだが。
あれだけの魔法を放ったにもかかわらず被害は少ない。
だが目論見通りこちらの襲撃に気付いてくれたみたいだ。
眼下では王城勤務の騎士や魔法使い達が戦闘態勢に入っていた。
さすが国の最強を誇る者の集まり、急襲にも対応は迅速だ。
だがあいにくそいつらに用はない。
「私は腐った貴族どもに無慈悲な殺戮をもたらすものである。己の私利私欲を貪った屑どもよ、奪った命に懺悔しながら逝け。」
そこからはもう一方的な虐殺だった。
眷属を呼び出し、王城中心に腐った貴族共を殺させる。
なるべく一般市民に被害を出すつもりはないがある程度の犠牲は仕方ないだろう。
これは私の胸に居座る煉獄の炎。
止めることなど誰にもできはしないのだ。
もちろん私自身にも。
*
王都が焼け落ちた。
当時最強と謳われた王都がたった1人の吸血鬼とその眷属によって。
被害は甚大。
王都に腰を据えていた貴族がほとんど死に、王に仕えていた騎士、魔法使いはほぼ全滅した。
奇跡的に王は無事、市民や城下にはさほど被害は出なかったとのちの報告で明らかになった。
だがいくら城下が無事だろうとそれを動かす中心部が壊滅。
王都の機能は事実上停止したと言ってもいい。
復旧しようにも動かせる兵力がいない。
故に王は自らのプライドを捨て、他国に頼るしかなかった。
国力の低下を他国に知られたくはないが他国とてあれは無視できる存在ではないだろう。
吸血鬼の魔王、新たなる人類の脅威が出現したのだった。
*
「主よ、気は晴れたか?」
復讐を終えた主に配下の者が尋ねる。
遠くに上がる煙を眺めながら私は配下の問いに答えようとしたが答えが出てこない。
確かに今、私は全ての復讐を終えた。
吸血鬼たちによる襲撃の黒幕であった貴族は皆殺しにした。
もちろん実行犯の吸血鬼どもも。
終わってみれば実にあっけない。
貧乏貴族と揶揄されながら領地を与えられていることを逆恨みし、吸血鬼たちに領地を襲わせた。
ありきたりな理由に思わず言葉も出なかった。
そんなくだらない事の為に父や母、妹が死んだのだと思うとやるせなかった。
だから復讐した。
それなのにいくら復讐をしようと心は晴れない。
だから配下の問いには答えられなかった。
私はどうしたかったのだろう。
「主、すぐにその心が晴れることはないだろう。だがいつかあなたの願いを主自身が見つけるだろう。その時に託せばよいのだ。主の想いを。吸血鬼になれど、魔王なれど、あなたはあなただ。主自身を見てくれるものは必ず現れる。どうせ我らは
「お前は私が人間の時から私には過ぎた配下であるな。いつかその時が来たらお前に託すのもいいかもしれない。そうであろう?レヴァン。」
*
目を開けると青空が広がっていた。
とすればここはあの世か?
なんだかずいぶんと長い夢を見ていた気がする。
遥か遠い昔の記憶。
今までわすれていた大切な思い出。
久しぶりに温かい、そう感じた。
「ったく、ようやく起きたか。この自己中変態くそ野郎が。」
突然聞こえてきた声に驚き声の方を向こうとするが体が動かない。
指の一本ですら満足に動かせそうもない。
だが声で分かる。
こいつはリュースティアだ。
私がすべてを託そうとした男。
なぜかはわからないが初めて会ったときにこいつなら、そう思った。
その決断はきっと間違っていない。
だがそれならばなぜ私はまだ生きているのだろう。
「リュースティアか。なぜ私は生きている。」
「馬鹿かお前。目の前で自殺しようとしてるやつがいたら止めるに決まってんだろ。死にたいなら俺のいないところでやれっての。人の死にざまなんて胸糞悪いだけだ。」
ぼろぼろのリュースティアがそんなことを言う。
彼の様子を見るに死にもの狂いで彼を止めたのだろう。
下手をすれば巻き添えをくらって自分も死んでいたかもしれないのに。
「なぜ助けたであるか?私が生きていては和平など結べんではないか。」
「っざけんなよ。俺に、他人に押し付けやがって。望みがあるなら諦めないで自分でつかんでみるくらいの甲斐性を見せたらどうなんだ?託すってきれいな言葉に聞こえるかもしれないけどそんなのただの逃げだろ。勝手に逃げてんじゃねぇよ。」
「っつ、ではどうしろと言うのだ!人間は私のしたことを許しはしない。私は人間の罪を許せない。どうにもできぬなら死んで存在を消すしかないではないか」
「俺がいる。レヴァンさんがいる。お前は一人じゃないだろ?託すんじゃなくて頼れよ。一緒に乗り越えてくれって、望みを叶えるのに力を貸してくれってそう言えば良いんだよ。」
「つ、、、、、。」
私は一人ではない。
罪を犯し、忌むべきものへと落ちた私を大切と言ってくれる人がいるのだろうか。
ふと視線を感じてそちらに目を向けるとほっとしたような、心配そうな、それでいて怒っているかのようなレヴァンがたっていた。
私の最も身近な配下。
人間だった時から付き従ってきた男。
そうか、何百年も前から私は一人ではなかったのだな。
「ああ、空が青い。こんなにも世界は美しかったことを忘れていた。」
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