第99話 一家団欒は鍋で

「嫌な霧だな。」


メーゾル領の門番を務める兵士長は立ち込める霧を見ながらため息をつく。

普段なら霧が立ち込める時期ではない。

この前の魔族の目撃情報にしろ最近はろくなことがない。

そのうえ気持ちまで落ち込ませるかのようなこの霧だ。


「そうっすね。こんな日はなんかよくないことが起きるんじゃないかって心配になります。」


兵士長の独り言に律義に返事をしてきた後輩に無言でうなずく。

後輩の言葉ではないが嫌な予感がする。

今日は早めに門を閉じた方がいいかもしれない。


そう思い指示を出そうとしたとき何かが耳元をかすめた、

胸騒ぎを覚え急いで振り返り門の付近を見渡す。

だが視界はいつもと変わらない平和な街並みを映すのみ。


「気のせい、か。よし、門を閉じろ。早い時間での閉門については俺が領主様に直接話しておく。では各班ごとに領内を巡回し、各所の兵士に引き継ぎ解散せよ。なお班長は報告書を本日中に上げる事。以上!」


「「「「はっ‼」」」」


兵士長の命令に勇ましく敬礼を返す兵士たち。

少なく見積もっても3小隊はいそうだ。

他の領主がこの場にいれば配置の偏りに眉を寄せるだろう。

だがここメーゾルは辺境の地であるが領主の采配がよく、割と裕福な生活ができている。

そのため領内はすこぶる治安がいい。

貧民街があるにはあるのだが犯罪者にまで身を落とす者はそう多くない。

故にメーゾルの兵士たちは領内の警備よりも外壁周辺、および門の警備に重きを置いている。

だから当然門には多くの兵士が集まる。


普段の閉門時間よりも1時間は早い閉門だ。

当然兵士たちの勤務時間も一時間短くなるという事だ。

だが兵士たちもどこか嫌な雰囲気を感じているのか時短勤務を喜んでいる者はいない。

みな険しい顔をしたまま巡回に出ていった。


「なにもなければいいが、、、。」


市内を巡回に向かった兵士たちの後ろ姿を見送りながら兵士長はつぶやく。



メーゾルの外壁ので何やらうごめくモノがいた。

そこは門のすぐ脇。

うごめくモノの正体は先ほど兵士長をかすめたモノだ。

かくも兵士長の嫌な予感は気のせいなどではなかったのだ。

だが今だ門の前にいる兵士長を含め、周囲の人間はそのモノに気づかない。



「ドコダ?ヤツハドコニイル?」


そうしてそのモノはそんなつぶやきを残し、深まりつつある夜の闇へと消えていった。




リュースティア作成まずまずスムージーの余韻を何とか乗り越えた一行はおそるおそるリビングの扉を開ける。


まだ怒っていたらどうしよう、、、。

次こそ殺される。


多分みんなそんな事を思っていたのだろう。

扉を開いた瞬間に襲われるとでも思っていたのか目を瞑っていた。

そして数秒そのまま固まる。

恐れていた最悪の事態にはならないということに安堵しつつゆっくりと目を開けた。


「嘘、、、、。」


目の前のありえない光景に先頭のルノティーナが言葉を失っていると後ろにいた他の面々も何事かと思い、ルノティーナの前に出る。

そして同じように言葉を失った。


屋敷が修復されている。


こんなことができるのはリュースティア以外にいないのだがそれにしては修復までの時間が短すぎる。

開いた口がふさがらないと言うのはまさにこの事だろう。


ちなみにルノティーナが先頭だったのはステイタス的にリュースティアの攻撃を受けて一番耐えられる可能性が高かったからだったりする。

もっともルノティーナ的には自分相手だったら絶対にリュースティアは手加減をしない、そう確信していた。

だから必死に断ったのだがリズには逆らえない。

絶対にスピネルなら攻撃されないのに。

そう思っていたがリズには逆らえない。

そう、いくらSランクだろうとリズには逆らえないのだ、、、、、。


「おっ、来たか。じゃあご飯にするか。食堂に来いよ。準備はもうできてるから。」


リビングを出てすぐの廊下で立ち往生しているとリュースティアが現れた。

やはりもう怒ってはいないみたいだ。

それにリュースティアが厨房から出てきた事を考えて厨房も修復済みなのだろう。

いろいろ言いたいことはあるがリュースティアの持っている物の方が気になる。

それにすごくいい匂いだ。


ぐぅー。


みんなのお腹が鳴る。

なにはともあれ食事だね!



「「「「いただきまーす!」」」」


みんなで食卓を囲む。

一週間ぶりに全員がそろう。

たったそれだけのことなのにそれだけでいつもより食卓が輝いて見えるのだから不思議だ。


「ってこれ何よ?」


「えっと、美味しそうな匂いしてるんですけど、どうやって食べるんですか?」


みんなでいただきますをしたはいいが誰も手を付けない。

やっぱりこっちの世界にはなかったか。

リュースティアは湯気が立ち込めるを見ながら思う。

果たして受け入れられるか。


「これは鍋だ!」


「リュースティアあんたやっぱりバカ?そんなの知ってるわよ。」


はて?

これが鍋だと知っているなら食べ方もなにもないだろう。


「鍋じゃなくて中身を教えなさいよ。」


あー、そう言う事ね。

鍋ってそうじゃないんだよ。


「これは鍋って料理なんだよ。簡単に言えば名前の通り鍋に色んな具をいれて煮立たせたものだな。俺の故郷の料理で家族みんなが揃って食べる料理。つまり一家団欒、仲良し家族の味だ!」


「か、家族⁉」


なぜかシズが顔を真っ赤にさせているがどうしたんだろうか?

俺たちはもう家族みたいなものだし一つの鍋を囲むのは変じゃないと思うんだけど。

もしかして嫌だったのか?


「・・・家族。リュー大好き。」


逆にスピネルはリュースティアの隣で嬉しそうにしている。

その様子を見てなぜかやきもちを妬いてるシルフ。


「ふふ、そうですね。私たちは家族です。リュースティアさん、言質は取りましたよ?」


あれ?

リズさん、なにか勘違いしてませんか?

だがそのことについてたなにか言うつもりはない。

聞かなかったことにしよう。

墓穴をほる予感しかしない。


「さ、さぁ食べようぜ。一応デザートもあるからあんまり食べ過ぎるなよ。」


額に冷や汗をかきらもあくまで冷静を装う。

鍋を食べればきっとあったまるはずだ。

それに久しぶりの鍋だ。

しっかりと堪能させてもらおう。


「これおいいいの!」


「うむ、食べたことのない味じゃが実に美味じゃ。」


精霊たちから大好評だった。

というより他の子達は食べるのに夢中で感想など言う余裕もないらしい。

この分だとあんまり食べ過ぎるなと言った言葉ももう忘れているに違いない。


こりゃデザートは明日かな。


そんなことを思いつつリュースティアもくいっぱぐれないように鍋をつつく。

まあ食材は大量に用意したしなくなることはないと思うけど。

こういう肉の取り合いも鍋の醍醐味に一つだよね。


「あっ、ティナお肉取りすぎよ!」


「シズ、細かい女は持てないわ。多めにみなさい。」


うんうん。

肉なら追加するから喧嘩はしないでくれ。

というかルノティーナが喧嘩したら確実に手が出る。

また修復作業とかしたくない。

というよりご飯くらい落ち着いて喰え。


「スピネルちゃんにシルフちゃん?好き嫌いはダメよ。」


急に場が凍るかと思うほどに冷たい声が聞こえた。

今度はなに⁉


ああ、幼女2人か。

どうやらこっそり自分が嫌いなものをリュースティアのお皿に入れていたのをリズに見つかったらしい。

そしてそれに対してリズのあのモードが発動したと。

リズって面倒見がいいから幼女たちの母親的なポジションなんだよな。

俺も一応スピネルの父親なんだし、見習わないとなー。


てか全く気が付かなかったわ!

俺の気配感知をかいくぐるとは、なかなかやりよる。


「肉も野菜もまだまだあるからたくさん食べてくれ。レヴァンさんも遠慮しないで。」


肉と野菜をストレージ経由で取り出し鍋に入れていく。

そこで視界の隅に気配を殺しながら食事をしているレヴァンさんに気付いた。

従者としては一緒の食卓なんてダメなんだろうけど俺はそういうほうが嫌だし、慣れてもらうしかない。

というか戦闘中でもないんだからそこまで完璧に気配消さなくてもよくないか?

たぶんレヴァンさんの事気づいてるの俺だけだぞ。


「リュースティア様、気にするな。しっかりと食事はいただいている。」


これまたリュースティアにしか聞こえないように言ってくるレヴァンさん。

お前は忍者か!

思わずそんな事を口走りそうになる。

けど我慢。

それにレヴァンさんも言葉通りきちんと食べてはいるみたいだしまあいいだろ。


ああ、平和だな。

みんなが笑顔で同じ食卓を囲んでる。

こんな日が毎日続けばいいのに。


リュースティアはついついそんな事を思ってしまった。

そして言ってから気が付く。


あっ、これフラグだわ、、、。







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