6 覚醒! 悪魔の力! の巻
第25話
時刻は朝。
学校に行く前の時間である。
俺は自宅のリビングにあるソファーに座りスマホとにらめっこしていた。
「そんなに構えなくてもいいのに」
俺の隣にいる里奈が軽い調子で声を掛けてくる。
里奈は相変わらず甲斐甲斐しく登校前に俺の家にきて飯を作ってくれている。
今はそれを食べ終えて、学校に行くだけだ。
ただし、その前にやることがある。
里奈の言わんとすることは分かる。
これからやることはそんな大袈裟なことじゃない。
電話を掛けて、ひとつ質問をするだけだ。
ただ問題なのはその相手である。
「あっくんパパに電話掛けるだけでしょ? いつも通りに話せばいいんじゃない」
「なんか負けを認めるみたいで気が進まない」
魔力をコントロールできるようになるために、これまで俺なりに努力をしてきた。
親父に電話してアドバイスをもらうのもその内のひとつではある。
実際、咲とかにはアドバイスもらってるし。
なんだけど、それが自分の親となるとまた心持ちが少し違う。
うまくは言えないが、違うのだ。
「そうは言っても、これまでだってあっくんパパに教えてもらってたりはしたんでしょ?」
「わざわざ電話して頼るのがアレなんだよ」
「あっくんパパのアドバイスで簡単に身につくわけじゃないかもだし」
「ソレとコレとは話が別だ」
「指示語多くてちょっと何言ってるか分からないかな?」
そうだよな。
俺も自分で何を言ってるのかよく分からない。
「そろそろ学校行かないといけない時間だし、電話しちゃったら? 私はこのままでもいいけどねっ!」
「ええい、くっつくな。電話するから離れなさい」
里奈は言いながら俺に抱きついてくるが、それを引き剥がしてスマホのロックを開ける。
向こうとの時差はおよそ半日。
こちらは今朝だが、向こうは夜だ。
ちょうど仕事が終わって家にはいる頃だろつ。
俺はメッセージアプリを起動して、久しぶりに親父とのトークルームを開く。
かれこれ一ヶ月以上は親父と連絡は取っていない。
母さんとはメッセージのやり取りはしているものの、親父とはからっきしだ。
ともあれ、親父へのメッセージは送らず、直接通話ボタンをタップする。
スマホを耳にあてて相手が出るのをしばらく待つと、久しぶりだが聞き慣れた声が届いた。
『やあ飛鳥、そろそろ連絡が来る頃だと思っていたよ』
少し軽めの調子がいい声。
間違いなく親父の声だ。
「久しぶり。今は夜?」
『そうだね。そっちは朝かな、おはよう』
ついどうでもいい話を振ってしまう。
親父の口振りから、おおよそこっちのしたい話は察されているはずなのに。
ええい、ままよ。
遠回りしても仕方ない。
早速本題に入ろう。
「電話したのは他でもない――」
『ああ、大丈夫。分かってるよ』
やはり親父は俺の言いたいことを分かっているようだ。
紛いなりにも父親か。
『それで……里奈ちゃんとの子はいつ生まれるんだい?』
「全然分かってないな!?」
『ええ? 両親がいない飛鳥の所に里奈ちゃんが通い妻してくれて、そのままなし崩しにゴールインしちゃったって報告じゃないのかい?』
「かすりもしてねぇよ!」
里奈が通い妻みたいな状態になっているのは否定できないが、ゴールなんて当然していない。
というかゴールに向かってすらいない。
「大丈夫ですっ! もうすぐゴールインしますから!」
「お前はちょっと黙ってろ!」
通話の内容が聞こえていたのか里奈が横槍を入れてくる。
ここで里奈が混ざると更に混沌とするからそれは避けたい。
『いやあ、楽しみだなぁ。二人の子どもの顔が。できれば里奈ちゃんに似てほしいな。飛鳥みたいに邪悪な顔になると可哀想だからね』
「邪悪だとぉ!? というかそんな予定ねーよ! 時系列もおかしいだろ!」
実の息子に向かって酷い言い草である。
残念ながら俺は親父似だよ。
子ども云々も色々おかしい。
親父が海外に行ったのは約二ヶ月ほど前なので、俺と里奈が過ちを犯してもこんな時期に予定日なんて分かるわけがないはずだ。
それ以前に俺達まだ高校生だよ。
親なら楽しみにする前に心配する方が先だろ。
『そんなに怒らないでくれ。緊張した声色の息子を気遣った父親の小粋なサービスじゃないか』
「親父……」
電話越しでもこちらの緊張が伝わっていたのか。
やっぱり親父は親父ってことか……
『いいかい? 行為に及ぶ時は自分よがりになってはいけないよ。ちゃんと相手のことを気遣って優しく――』
「朝からなんの話してんだ!?」
『ええ? やり方がよく分からなくて困ってたからたから電話してきたんじゃないのかい?』
「んなこと父親に相談するわけねーだろ!」
この男には父親失格のレッテルを貼ってやりたい。
誰が好き好んでそんなことを実の父親に相談せにゃならんのか。
『じゃあ一体なんの話なんだい?』
「魔力だよ。魔力操作の方法を改めて知りたい。二人くらい呪いに掛けちゃって大変なんだ。その呪いを解きたい」
『なんだ、そんなことか。普通だね』
「親父が期待してた話が突拍子も無さすぎなんだ」
むしろなんでゴールインの報告とかを期待してたのかを知りたいよ。
面倒な返しされそうだから聞かないけど。
『とりあえず、そっちの状況を聞こうか』
俺は問われた通りに最近の出来事を話す。
里奈をいつの間にか魅了していたことに始まり、エリカのこと、図書館の本のこと、そして咲に教えてもらったり、悪魔と対峙したことまで。
『なるほど。とうとう飛鳥も悪魔と出会ってしまったんだね』
「成り行きでな。とんでもない奴らだったよ」
色んな意味で。
「でも全然直接見たり話をしても参考にならん。図書館の本も同じだ」
ちなみに唯一無二まともに話ができそうな心が綺麗になった絶対領域悪魔にも話は聞いてみている。
が、結果はやはりダメ。
話を聞いてるのは俺の方なのに、何故か蹴ってくれというお願いに持って行こうとしかしなかった。
なんなんだあの変態。
「ちなみに親父に教えてもらったことも継続してる。あの身体の奥底からなんか引っ張ってくるイメージってやつ」
『ああ、あれか。あれは嘘だから結果なんて出ないだろうね』
「……はい?」
今サラッと何を言った?
俺は親父の言う通りに十年以上も同じことをやってきたんだぞ。
『だからね、あれは方便なんだ。飛鳥が悪魔の力を使わないようにするための』
「いやいやいやいや。なんのために」
『飛鳥は人間として生きていきたいように見えたからね。それにその方が面白そ……飛鳥の成長のためと思って』
「おいこら今途中なんて言おうとした」
面白そうって言おうとしたよな。
今すぐ電話越しにぶん殴ってやりたい。
電波よ俺の拳を届けてくれ。
『飛鳥のためと思っていたのは本当だよ。なんなら一生そのままでもいいと思ってたくらいさ。もし魔力が暴走しても私が解呪すればそれでいいからね』
「一生て……親父がじいさんになったらそうはいかないだろうに」
『これでも父さんは高位の悪魔だよ? あと千年は生きるし、飛鳥が生きてる間は元気なままさ』
なんだよそれ初耳なんだけど。
俺がじいさんの時、親父は若い姿のままなのか?
地味に嫌だなおい。
『ともかく、父さんが教えたことは間違ってる。その代わり、他の悪魔が言っていることは正しい情報だね。飛鳥が本当に魔力を扱いたいと思ってるならそうすることだ』
「……マジ?」
あのタンクトップ悪魔とかが言っていたことが正しいってのか。
欲望を叫ばないと魔力を扱えない?
『別に叫ぶ必要はないけど、欲望に素直になることは重要だよ。飛鳥は一瞬ハメを外すけど、少し経ったら自制してしまう癖があるからね』
「……そうだろうか」
『父さんから見たらそうだね。だから魅了はしてしまうけど、呪いを解こうとしている時にはもう理性が働いていて解呪はできないんだと思う』
親父が言っていることの道理は合っているように思う。
しかし、自制してるかと言われるとそこまで自覚はない。
直近だと絶対領域悪魔と里奈が戦っている時なんて悪ふざけしかしてなかったような気がする。
「それにしても、どうしていきなり本当のことを教えようと思ったんだよ。隠してたんじゃないのか」
『隠してたと言うより揶揄って……』
「おい」
『時が来るまで待っていたのさ。飛鳥が自分自身と向き合うのをね』
「なんかいいこと言った風にして誤魔化せると思うなよ」
揶揄うにしてもフリが長いんだよ。
何年前から仕込んでるんだ。
いくら長寿だからって限度があるぞ。
『実際今は真剣に向き合ってるじゃないか。父さんがいた時はここまで必死じゃなかった。千尋の谷ってわけじゃないけど、子どもを一人にしてみるものだと思っているよ』
それは確かにそうだ。
今までは解呪ができる親父が近くにいることで、自分の力と向き合おうという考えすらおきなかった。
『さっきも言ったけど、魔力を扱うには自分の欲望に素直になることだ』
「欲望……欲望ねぇ……」
そう言われてもピンと来ない。
俺の欲望ってなんだろうか。
『だったらヒントをあげよう』
「今度は嘘じゃないだろうな」
『もちろん嘘じゃない。いいかい、心して聞くんだよ。これは必ず飛鳥の役に立つはずだ』
そこまで言うなら是非聞こう。
これで煮詰まっていた現状が打開できるなら大歓迎だ。
『父さんはね、おっぱいが好きなんだ』
「いきなり何言ってんだあんた」
『それもただのおっぱいじゃあない。巨乳が好きなんだよ』
「知ったこっちゃねーよ!?」
なぜ急に父親の性癖を教えられなきゃいけないんだ。
これをどう役に立てろと。
無駄に俺の心にダメージを与えるくらいにしか使えないぞ。
『飛鳥、父さんは真面目だ』
「ああん!?」
『なんだかんだで飛鳥は父さんの血を濃く受け継いでるからね。飛鳥の欲望も父さんの欲望に準じている可能性は十分にある』
「趣味嗜好と血が関係してるとは思えないんだが」
『いやいや、悪魔の世界では割とよくある話さ。これが私達の力の源だからね』
言っていることは疑わしいが、悪魔本人に言われたら「はいそうですか」と言うしかない。
今まで嘘をついていた上に、更に嘘を重ねるとも……思いたくはない。
『もちろん、確実に欲望を受け継いでるとは言い切れない。正解は飛鳥にしか分からないことだ』
「むぅ……」
『さて、そろそろ学校に行く時間だろう? 里奈ちゃんが待っているよ。父さんもこれ以上言えることはほとんどない』
「……分かった、ありがとう。切るよ」
『それじゃあね。またいつでも連絡してきておくれ』
そうして、親父との通話を終えた。
少し、考えることが増えたな……
これまでの会話を反芻しようとソファーの背もたれに寄りかかり、天井を見る。
すると手に振動が伝わる。
親父からのメッセージだ。
何か言い忘れたことでもあったのだろうか。
そう思って再びスマホを開くと、そこにはこう書いてあった。
『頑張って性春してね。応援してるよ』
スマホぶん投げてやろうかと思った。
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