第24話

 俺は里奈と対峙していた。


 里奈は真剣な目付きで、俺を真っ直ぐに見ている。


「あっくん……」


 俺を呼ぶ里奈の声は固い。

 そして、その手は震えている。


 里奈の手には、包丁が握られていた。


「これで、あっくんは永遠に私の……だね?」


「おい……やめろ……」


 制止してみるも、里奈はじりじりと近寄ってきている。

 手を伸ばせばその刃が俺に届く所まで来た。


「大丈夫、きっと痛くないから。痛くてもきっと一瞬だから。ね?」


「里奈、やめてくれ……」


 里奈は止まらない。

 一歩を大きく踏み出し、そして――


「そーれ! プスっと行っちゃおー!」


「のわああああああああ!!!!」


 そして、俺は里奈の包丁で刺された。


「ああああああ!! ……あ?」


「どう? 痛くないでしょ?」


「お、おう……確かに痛くはないけど……」


 これはどういうことだろう。

 確かに俺は刺された。

 今も腹に里奈の刺した包丁が刺さっている。


 しかし血は出ていないし、痛みも感じない。


「うーん、あっくんを永遠に里奈のモノにする作戦は失敗かしら?」


「元々そんな物騒な作戦名じゃなかったですけどね!?」


 俺の状況を見ながらも、呑気に考えに耽っているのは里奈の母である香織さんだ。


 そう、ここは里奈の自宅である。


 今に至る経緯は絶対領域悪魔と戦った時まで遡る。

 里奈はあの戦いで祓魔師としての力を手に入れた。

 悪魔を倒したピコピコハンマーは、殺傷能力はないが悪魔を浄化する力を秘めている。

 その浄化に伴い、悪魔が掛けた呪いも解呪されるのだ。


 そこに俺は目をつけた。

 つまり、里奈がピコピコハンマーで俺を浄化することで、俺が掛けた呪いが解けるのではないか。

 そう思って里奈に俺を攻撃してもらうように頼んだのだ。


 悪魔と戦った日はみんな消耗していることもあり、後日である今日、こうして俺が里奈の家にお邪魔しているのである。


「にしても、なんでピコピコハンマーじゃなくて包丁なんだよ……」


「愛の深さが殺傷能力を上げたとか!」


「深さじゃなくて重さの間違いだろ」


 どうも里奈の武器は、里奈の心持ちで形状が変わるらしい。

 なんとも思ってない相手にはピコピコハンマーで、魅了されてるとはいえ好きな相手である俺には包丁というわけだ。


 せめて剣とか槍にしてくれよ。

 包丁とかリアルでちょっと……いや、かなり怖かった。

 剣でも槍でも怖いけども。


 ともあれ、俺は里奈がオーラで作った包丁で刺されたわけだ。

 こうして包丁を刺されて物理的な傷ができないというのも不思議である。

 ここの原理を知るのは目的から逸れるから、こういうものだと言われればそれでよくはあるんだが。


「あっくんも特には変わらないねー」


「悪魔は浄化されると心も綺麗になるんだっけか?」


「うん、あっくんのゲロみたいな気は変わらないし、目付きも悪いままだよ」


「目付きは関係ないやろ」

 

 あとゲロみたいな気ってなんやねん。

 俺は感じられないから別にいいけど、そんな気を発してる奴の隣によくいられるな。


 悪魔を浄化したことによる変化は二つある。

 ひとつは悪魔自身の心が綺麗になること。

 絶対領域悪魔がいい例だ。

 人に呪いをかけて自分の欲望を満たそうとしていた絶対領域悪魔だが、浄化されることでそれを個人の内で収めることができるようになった。


 といっても、俺は元々心が綺麗だからここは関係ない。

 関係ないよな? な?


 もうひとつは悪魔が掛けていた呪いが解けること。

 呪いが掛かっている里奈の方はというと……


「里奈、俺のことどう思う?」


「大好き!」


「効果は無し、と」


 やはり呪いは解けていないらしい。


 確かに包丁は俺の腹に刺さったままなのだが、一体何がいけないのだろうか。


「お腹じゃなくて、心臓とか頭を刺したらまた違うのかな?」


「えっ、また刺すつもりか」


「ほら、不思議パワーの根源って丹田か心臓か頭かってイメージがあるじゃない?」


「それは確かにあるけど」


 また刺されるのは勘弁してもらいたい。

 こうして腹――丹田を刺されて痛みはないので心臓も頭も刺されて大丈夫だとは思うが、気持ちの問題である。


「大丈夫大丈夫っ! 注射みたいなもんだから!」


「俺は注射も嫌いだ!」


「男の子なんだから耐えられるよ!」


「そういう精神論も嫌いだよ!」


 必死に抵抗するも、里奈は構わず包丁を具現化する。

 最初の包丁は俺の腹に刺さったままだ。

 複数の武器を具現化できるらしい。


「ふふふ、ちょっと大人しくしててねー。すぐに終わらせるからっ」


「だあああ! やめろおおお!!」


 しかし抵抗虚しく、俺は色んな所をプスプスと刺された。


 $


「うーむ、結局ダメか……」


 香織さんに淹れてもらった紅茶をすすりながら考察する。

 あれから至る所を里奈に刺されてしまったが、俺にも里奈にも変化は見られない。

 期待した結果は得られなかった。


「あっくんはハーフと言っても、人間に寄っているからかしら?」


 俺が考えに耽っていると、茶菓子を用意しながら香織さんが口を開く。


「そうなんですか? というか俺って人間寄りなんですね」


「寄っている……というと少し語弊があるかもしれないわね。あっくんの表層は人間の気で覆われているの」


 なるほど、分からん。

 どういう違いがあるのだろうか。


「例えるなら……そうね、大福の周りの皮が人間の気で、中の餡子が悪魔の気なのね。里奈の包丁は祓魔師の武器。これは人間の気には反応しないから、皮の部分を刺しても何も変わらなかった……ってことじゃないかしら」


「中の悪魔の気には攻撃が届いていない……」


「そういうことね」


 理屈としては理解した。

 理解はしたが、その先が難しい。


 なんらかの方法で悪魔の気なるものを攻撃できるようにすればいいんだろうが、その方法が分からない。

 要は悪魔の気を外に出すとか、そういうことなんだとは思うのだが、それができたら苦労しない。

 つまりは魔力をコントロールしろということだ。


「それよりも私、気になってることがあるんだけど……」


「どうした里奈。なんでも言ってくれ」


 今はとにかく情報がほしい。

 些細なことでも気付いたことがあれば教えてくれ。


「頭に包丁が刺さったままお茶を飲んでる光景って、ちょっとホラーだなって」


「嬉々として刺してたのはお前だけどな!」


 里奈の言う通り、俺の至る所に包丁は刺さったままである。


 別に刺しっぱなしにしている理由はない。

 抜きたいけど自分で抜くのが嫌なだけだ。

 だって怖いんだもん。


 ともあれ、確かに包丁が刺さったままなのも居心地が悪いので里奈に抜いてもらうことにする。


「で、里奈は何か気付いたこととかないのか」


「私? うーん……」


 里奈は考えに耽りはじめた。

 考えるのはいいんだけど、包丁に手をかけたまま止まるのやめてくれない?

 早く抜いて。


「ほら、刺してる時に何か手応え感じたとか」


「どうだろう? あまり手応えらしい手応えはないなぁ」


 刺してた側なら何か分かるかと思ったが、そうでもないらしい。

 刺されていた側の俺はもちろん何も分からない。

 香織さんの見解によれば、今刺さっているのは人間の気の部分だそうなので、それを貫いて攻撃するとかできればいいんだが。


「ちょっとぐりぐりしてみる?」


「やめろやめろ。絵面が怖い」


 刺されるだけでも怖いのに、ぐりぐりされるとかどんだけ。


 結局里奈に包丁で頭をぐりぐりされることになったのだが、やはり変化はなし。


「ふーむ……この手もダメか……」


 振り出しに戻ってしまった。

 悪魔の力を浄化するためには魔力をコントロールする必要があり、それができたらわざわざ包丁で刺される意味もない。


 やはり自分で魔力を操作できるようにするしかないのだろう。


 とはいえ、図書館で調べてもダメ、本物の悪魔を参考にしようとしてもダメ、咲に教えてもらってもダメと、こちらも手詰まり感が強い。


「どうしたもんか……」


 途方に暮れる。


 これは……最終手段を取るしかなさそうだ。

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