第11話

 エリカの悪魔退治に同行することにした俺達は、通ってきた道を逆行して学校の方へと向かっていた。


「どの辺なんだ?」


「学校の近くよ!」


「マジかよ」


 まさか悪魔がそんな近くにいるとは。

 うちの学校ピンチなんじゃないの。


「そういや、悪魔はどういう悪さをするんだ?」


「奴らは欲望のままに人を襲うわ。呪いをかけて苦しめることもある」


 そんな奴らがこの世に存在するなんて。

 いやうちの親父も悪魔なんだけどさ。

 でも親父が人に害を与えている所は見たことがない。


 エリカの言ってる悪魔の話を聞くと、どうにも漫画やアニメで出てくる悪魔のような感じだ。

 それが人を襲う……


「今さらだけど、俺達ついてきて大丈夫?」


「私が守るわ! これでもそれなりに場数は踏んでるのよ」


 エリカは前を走りながら自信満々に言う。

 その背中が頼もしい。


 そうだ、エリカは祓魔師エクソシストなんだ。

 最初は俺もエリカに敵として見なされていた。


 最初、屋上で会った時に俺に勝手に騙されて授業をサボった。

 その後、古図書館の近くで塀の上に登って隠れもせずに堂々と俺を待ち伏せした。

 そして俺を倒そうと塀から飛び降りた時に泥に滑って転んだ。

 あまつさえ俺に呪いを掛けられて魅了されてしまった。

 しかも本人にはその自覚がない。


 あ、あれ?

 これダメなやつなのでは?


 いやいや、そう決めつけるのは早計だ。

 というか他に頼れる相手もいない。


 ……里奈と逃げる準備だけはちゃんとしておこう。


「そろそろ見えてくるはずよ! 私から離れないで!」


「お、おう」


 どうしよう。

 すごく離れていたい。


 しかし虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言う。

 悪魔をこの目で見るチャンスはそうそう訪れないだろう。

 千載一遇のチャンスと言ってもいい。


 それに俺の後ろには里奈がいる。

 格好悪い所は見せられない。


 そんなことを思っていると、里奈が声を掛けてくる。


「あっくん……」


 里奈も悪魔のことを想像して怖くなったのだろうか。

 かなり神妙な声色だ。

 走りながら後ろを見てみると、眉尻が下がった里奈の顔がそこにあった。

 やはり不安なのだろう。


「私、あっくんに聞きそびれたことがあるの……」


「どうした? 今のうちになんでも言っとけ」


 告白の返事は……とかだろうか。


 そうだな。

 今なら答えてもいいかもしれない。

 これから危険に身を晒すんだ。

 どうなるかなんて俺にも分からない。


 だから、俺は――


「あっくんは……」


「俺は……」


「明日のお弁当のおかず、何がいい?」


「それ今聞くことじゃないよね!?」


 明日のお弁当とかどうでもよくね!?

 明日を迎えられるかどうかも分からないんですけど!?


「でもデートじゃなくなったし、帰りにスーパー寄って帰ろうかと思って!」


「お前バカじゃねーの!? 空気読めよ!」


 悪魔退治終わったらスーパー行くのかよ。

 ジム帰りのテンションか。


「私は生姜焼きがいいわ!」


「お前もリクエストしてる場合じゃねーだろ!」


「分かった! 三元豚にするね!」


「豪華だな!?」


 ちなみにエリカも最近俺達と昼飯を食べることが多い。

 理由は推して察するべきなのだが、途中から里奈がエリカの分の弁当も作り始めたのだ。

 食費大丈夫なのだろうか。

 でも三元豚の生姜焼きは楽しみだな。


「いたわ! あいつよ!」


 エリカが指で示す方向には人間しかいない。

 悪魔はどこだ。


 いや、まさかあいつが……?


「ツインテェェェェエルッ!!!!」


「え?」


「くっ、なんて強い邪気……!」


「いやちょっと待て」


 今あいつツインテールって叫んだよな。

 そこスルーしていいの?


 そのツインテールと叫んだ男の見た目は人間だ。

 下はジーンズ、上はタンクトップ。

 そして頭に紙袋を被っていて顔は見えない。

 そいつがツインテールと叫んでいる。

 ただの変態不審者やんけ。


「ツインテェェェェル!!」


「かなり魔力を練り込んでるわね。二人とも、下がってなさい!」


「いやだから普通に進めないで」


 なんかエリカだけシリアス展開だけど、全然そんな気になれないよ。


 この変態が悪魔なの?

 まずそこから受け入れられないよ。


「そこの悪魔! 祓魔師である私が来たからにはもう好きにはさせないわよ!」


「そうだ、俺は悪魔だぁ! よく来たな祓魔師。我々悪魔の敵!」


 わざわざ説明口調で名乗るなよ。

 そこまでされたら認めてやるけど。


「そこの子! 大丈夫!?」


「は、はい……!」


 エリカは道の脇で怯えている女の子に声を掛ける。


 あ、いたんですか。

 インパクト凄いのが近くにいて全く目に入ってこなかった。

 うちの学校の生徒だな。


 その女の子は奇しくもツインテールだ。

 いや、今まさにツインテールに髪型を変えていると言った方が正しい。


「嫌なのにツインテールにしちゃうんです! 私、ツインテールは嫌なのに!」


「ふはははっ! 俺は世界をツインテールだらけにするのだぁ!」


「くっ……あの子は呪いにかかってしまっている……! 髪型をツインテールにしちゃう呪いだわ」


 しょぼいな。

 それ呪いとして成立するのか。


「ああ、とうとうツインテールにしちゃった……私、汚されちゃった……」


「なんて酷いことを……!」


「普通に似合ってるからいいんじゃないの」


 その子のツインテールもかわいいと思うよ。

 というか別に汚されてないじゃん。

 髪型変えてイメチェンしただけにしか見えないよ。


「悪魔め……覚悟しなさい! 女の子の髪型を弄んだ罪は重いわよ!」


「これだけではないぞ! 俺は男はツインテールが好きになる呪いも掛けられるのだ!」


「ま、まさか……」


「そうだ! そこの悪魔みたいな顔をした男に呪いを掛けてやろう!」


「誰が悪魔じゃ」


 悪魔みたいな顔ってなんだよ。

 お前なんて悪魔以前の不審者じゃねーか。

 なんでこいつに容姿のことを言わなきゃならんのだ。


「飛鳥は私が守るわ!」


「いや、別に……」


 ツインテールが好きになる呪いくらいならかかってもいいよ。

 命に関わることじゃないし。


「大丈夫、万が一があっても私がツインテールにしてあげるわ」


「しなくていいよ」


 真顔でそんなこと言われても。


「あっくん、私は準備万端だよっ! いつでも呪いにかかってね!」


「もうツインテールにしてる!?」


 気付けば里奈の髪型はツインテールになっていた。

 うん、似合ってる。

 美少女はどんな髪型でも似合うね。


「里奈、抜け駆けなんてずるいわよっ! 私も早くツインテールにしなきゃ!」


「お前は早く悪魔を退治しろよ!?」


 何しに来たんだよ。

 ってか俺まだ呪いにかかってないよ。

 エリカ次第だよ。


「呪いにかける手間が省けたようだなぁ!」


 悪魔は笑っている。

 紙袋越しだから表情は分からないが、代わりに胸筋がビクンビクンと震えている。

 ピチピチのタンクトップだからよく分かる。

 生きてるみたいで気持ち悪い。


「というか、なんでタンクトップなんだ……」


「よくぞ聞いてくれたっ! 俺がタンクトップを着ている理由を教えてやろう!」


「えっ、いやいいよ」


 むしろ聞きたくない。


「俺は昔、魔力の操作が苦手だったんだ」


「なんで俺がやめろって言うのを誰も聞かねーんだ!」


 悪魔ですら俺の話を聞いてくれないのか。

 このパターン多いよ。

 俺が傷つくだけだからやめてくれ。


「そう、俺は豚野郎だった。だがそんな時にとある本に出会った!」


 あ、これ嫌な予感がする。

 このフレーズ聞いたことがある。


「悪魔王パイモン様が書いた『小悪魔でも分かる魔力操作』だ!」


「ですよねー!」


 というか、あのタンクトップ悪魔って悪魔王とか呼ばれてんのか。

 王様のくせになんでタンクトップなんだ。


「あの本は素晴らしい! こんな俺でも魔力を自在に操れるようになったのだ! ツインテールばんざぁぁぁあい!!」


「ぐあっ!?」

「きゃあ!」


 あの悪魔が叫んだ時、突風が巻き起こる。


 なんだ急に!?

 こんな感じのシーン漫画で見たことあるぞ!


「まさかあいつの魔力が溢れて風圧が……!」


「いいや、ただのつむじ風だ! 俺は何もしていない!」


「まさかの自然現象!?」


「俺もびっくりした! 胸筋が震えている!」


 確かに悪魔の胸元が小刻みに震えている。

 なぜあの一部分だけ。

 非常に気持ち悪い。


「でもあいつの魔力が上がったのは間違いないわね。邪気が濃くなってる……!」


「そ、そうなのか?」


「私もこのままじゃダメね……」


 エリカはそう言うと、おもむろに制服のポケットから何かを取り出した。

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