第18話 洋館の侵入者

 あっという間に夕方になり、午後五時を知らせる村役場のサイレンが聞こえてきた。


「じゃあ、そろそろお暇するね」

「えーもっと居ればいいのにぃ。てゆうかぁ、泊まっていってよぉ」


 サクラは上目遣いにおねだりしてくる。


「そうしたいのはやまやまだけどさ、いろいろと問題があってさ」

「いろいろって?」

「いろいろていうのは、まあ、いろいろ」

(主にオレが男だとか、男だとか、男だとか、な)


 どうにかして話をはぐらかそうとした、そのときだった。

 階下から、ドスンという大きな音がした。


「なに?」

「お兄ちゃんが帰ってきたのかな? 今日は遅くなるって言ってたけど……」

「まさか、泥棒?」

「うそっ」


 サクラの顔が引きつる。


(ははは、もし本当に泥棒なら、オレがいるときに盗みに入るなんて運が悪いヤツだな。まあ、おかげでうまくサクラちゃんをごまかすことができたわけだし、せいぜい苦しまないように捕まえてやるか)

「じゃあ、あたしが様子を見てくるよ」

「ええっ? カヲルちゃん大丈夫?」

「どーんとまかせて」


 カヲルが階段を下りると、後ろからサクラがついてきた。


「ワタシも一緒に行くっ」

「怖いんなら部屋にいてもいいんだよ」

「そんなの、一人で部屋にいるほうが怖いに決まってるもん」


 サクラは泣きそうな声を上げながらカヲルの腕を取った。

 二の腕にさっき触り損ねた豊満な胸の感触が伝わってくる。

 ドギマギしていると、サクラが玄関を指差して叫んだ。


「見て!」


 さっきまで閉まっていた玄関が大きく開け放たれていた。

 おまけに、ホールに敷き詰められたカーペットには何かを引きずったような痕があった。


「やっぱり、誰かが侵入したらしいな」


 引きずった痕は、まっすぐ屋敷の奥までつながっている。


「こっちには何があるの?」

「そっちの奥には地下室への階段があって……地下にはお兄ちゃんの研究室が」

「研究室? お兄さんって学者さんか何かなの?」

「よく知らない……お兄ちゃん、わたしのことは根掘り葉掘り聞くくせに、自分のことは全然教えてくれないの」


 慎重に屋敷の奥へと進み、地下室へ続く階段までやってきた。

 痕はそこで途絶えている。

 地下は真っ暗で何も見えなかった。


「睡蓮寺流くのいち忍法地の巻『闇梟』」


 カヲルは、陽気を燃やして視覚を活性化した。


(なんだ、アレは?)


 鋭敏化したカヲルの目に写ったのは、石造りの床の上に無造作に置かれた謎の物体だった。ちょうど人間くらいの大きさの布袋。微かに薬品と汚物の匂いが漂ってくる。

 ちょうどこの大きさの物体を、カヲルは知っていた。――死体袋だ。 


「ただいま」


 突然背後から声をかけられて、カヲルとサクラは飛び上がる。

 振り返ると、そこには二十代半ばくらいの男性が立っていた。


(いつの間に、背後を取られた!?)


 それだけじゃない。振り返ると、今度は地下室にあった怪しい物体が消えている。


(いったいぜんたいなんなんだ?)


 警戒態勢に入るカヲルをよそに、サクラが拍子抜けしたような声を出した。


「なぁんだ、お兄ちゃんか」

「えっ? お兄さん?」


 どうやら男性はサクラの兄らしい。

 ビシッとした三つ揃いのスーツに身を包んだ銀縁メガネの似合うクールなイケメンが、こちらに向かってにっこり微笑んでいた。

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