第17話 決意する乙女

(何が百合マスターだよ。適当なこと言いやがって!)


 心の中でヨシノブに悪態をつく。ところが――


「でもね、もしカヲルちゃんが変態なら、それでもいいと思ってるんだ」

「えっ?」


 カヲルは自分の耳を疑った。


「昨日からずっと考えてたの。やっぱりわたし、カヲルちゃんの友だちでいたい。ううん、一番の親友になりたい。もしカヲルちゃんが女の子が好きな子ならそれでも全然いいし」

「サクラちゃん、なに言って……」

「今日ね、お兄ちゃん遅くまで帰らないの。お手伝いさんも離れに引き取らせてるから、この家に二人きりだよ」


 そう言いながら仰向けになってベッドに寝転がる。

 そのまま目を閉じると、何かに耐えるように小さく歯を食いしばった。


「……サクラちゃん?」

「カヲルちゃんが揉みたいなら、あたしの胸を揉んで。そのかわり他の女の子のを揉んじゃヤダ。こう見えても結構あるんだよ」


 その言葉通り、ジャンパースカートに隠された胸部分には予想外に大きな二つの塊が突出していた。


(これは一体、どういうことだ?)


 カヲルは自分を落ち着かせようと大きく息を吸った。

 つまりサクラは昨日のカヲルと篠栗兄弟との痴態を見て、カヲルが男だと見破ったわけじゃない。カヲルのことを百合だと勘違いしたんだ。

 そしてそれでもカヲルと友だちでいるために、胸の一つや二つ揉まれても我慢すると。

 カヲルは、小さく震えているサクラの突起に手を伸ばして…………鼻をつまんだ。


「いい加減にしないと、怒るよ」

「……カヲルちゃん」

「勝手に人を変態扱いしないで。そんなことしなくったって、サクラちゃんはあたしの一番の親友でしょ」


 それを聞いたサクラの瞳がみるみる潤みはじめる。


「うん、嬉しい!」


 泣きながらカヲルにしがみついてきた。

 これはちょっとヤバい。これだけ密着されたら、さすがに男の部分が反応してしまう。


「ちょ、ちょっとサクラちゃん、やめなよ」


 しかしサクラはいっこうに離れようとしなかった。


「だって、嬉しいんだもん」

「もう、そっちこそ、そういう趣味があるんじゃないの?」


 無理やり離れようとサクラの腕をつかんで驚いた。彼女の腕はビックリするくらい華奢で、柔らかくて、そして温かい。


「違うもん。わたし百合じゃないし」


 そう言いながら目に涙を浮かべている。


(やばい。この子、メチャクチャ可愛い)


 カヲルは、はたと気がついた。


(待てよ。百合じゃないってことは、サクラちゃんは女子じゃなくて男子が好きなわけだよな。それなら、いまここでオレが男だとカミングアウトしたら? そしたら、めでたしめでたしなんじゃないか?)


 思い切って聞いてみた。


「あ、あのさ、もしもだよ。もしもあたしが男だったら、どう? 好きになっちゃったりとか、恋人になりたいとか思っちゃう?」

「えっ?」


 サクラの身体が固まった。

 おそるおそる顔を見ると、その表情が引きつっている。


「やだ、気持ち悪い」

「ええっ?」


 彼女の口調はゴキブリの話でもしているようだ。


「気持ち悪いって……ひどいなあ」

「だってわたし、ホントに男子ダメなんだもん。もう、そんなこと冗談でも絶対言わないで。あーやだやだ、もしカヲルちゃんが男だったら、わたしもう死んじゃう」

(そうか……じゃあサクラちゃん、実はもう死んでるね)


 ハッピーエンドな未来予想図が蜃気楼の彼方に消えていく。

 さっきまでの胸の高鳴りがウソのようだった。 


「わかったわかった、もう言わないって」


 それから二人は、サクラの入れた紅茶を飲みながら原宿ツアーの計画を話し合った。

 竹下通りのどのお店に行くとか、どこでお昼を食べるとか、サクラは夢中になってしゃべり続ける。

 一方のカヲルは死んだ魚のような目で相槌を打っていた。


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