お宅訪問大作戦

第15話 天使の住む洋館

「ほ、本日はお日柄もよく、お招きいただき、ええと恐悦至極にございますっ」


 翌日の午後、カヲルは約束どおりサクラの家を訪れていた。

 水無川邸は、どこのヨーロッパ貴族が住むのかというような西洋風の白亜の豪邸だ。ド田舎の山花村には、明らかに異質な存在だった。


(いつのまにこんな豪邸が建ったんだろう? 工事なんかしてたっけ?)


 首をかしげていると、インターフォン越しに鈴を転がすような明るい声が響いた。


「あ、カヲルちゃん、どうぞお入りください」


 声とともに自動で門が開く。


「うわぁ」


 門の向こうに広がる光景に、カヲルは感嘆の声をあげた。

 門から屋敷の玄関にいたる数十メートルの間、ずっとバラの植え込みが続いている。広さだけならカヲルの家も負けてないけれど、雰囲気はまったく違う。


(さすが東京人の家は違うわ。ウチの屋敷のまわりは辛気臭い竹林だもんなぁ)


 玄関にたどりつくと、サクラが待っていた。

 彼女はピンクのジャンパースカートに白いレースの襟がついた薔薇ストライプのブラウス姿。

 いわゆるロリータファッションというヤツだ。

 制服姿の彼女も可愛いけれど、今日のサクラは絵本から抜け出したお姫様のようだった。


「サクラちゃん……かわいい」


 カヲルに褒められて、サクラの頬がピンク色に染まる。


「ありがと……カヲルちゃんの私服も、思ったとおりなんかカッコイイ」


 カヲルはさんざん悩んだ挙句、パーカーにジーンズといういつものラフな服装だった。ただパーカーだけは篠栗姉妹から強奪したオレンジの花柄だ。彼女らの家にはスカートもあったけれど、さすがに抵抗があって穿けなかった。


「ほら、あたし、スカートとか似合わないから……胸もないし」

(あったら困るしな)


 カヲルは心の中でミモリとナモリからレクチャーされた女に化けるコツを復唱した。

 肩を落として、脇を締め、内腿を合わせる。

 発声する時は、声を前に飛ばすのではなく上あごに響かせるようにする。


「でも、一番大切なのはハートミモリ」

「そうそう、自分が女の子だって思い込むこと。カヲル姫ならできるナモリ」


 なんでカヲルならできるのかはわからない。

 けれど、いまはオ〇マ兄弟の言葉を信じるしかなかった。そう、今日のカヲルは男じゃなくて女の子。ピチピチのJCだ。


「そんなことないよ。カヲルちゃんスタイルいいから羨ましい。立ち話もなんだから、中にどうぞ」

「あ、これ、こんなものでわるいけど手土産」


 母親から持たされた漬物を手渡した。

 くのいちの保存食、山花名物「獅子の実漬け」だ。

 漬物ってピチピチのJC的にどうなのと思ったけど、サクラは笑顔で受け取ってくれた。


「さぁ、どうぞ」


 サクラに案内されて屋敷の中に入る。

 そこには家一軒分もありそうなゴージャスな玄関ホールが広がっていた。

 床にはふかふかの絨毯が敷かれ、天井にはシャンデリアが煌いている。

 まるでテレビに出てくるハリウッドスターの豪邸のようだ。


「すごいおウチだね。サクラちゃんのご両親って何してる人なの?」


 何気なく尋ねると、サクラは肩をすくめて笑った。


「パパとママはずいぶん前に死んじゃって、もう何年もお兄ちゃんと二人きりなの。だから、二人が何をしてた人なのかは知らないんだ」


 しまった。そうだった。

 知っていたはずなのに、なんてことを言っちまったんだ。


「ご、ごめん。あたしってばデリカシーなくて、ホント馬鹿」


 カヲルは平謝りしながら、隠し持っていた手裏剣で自分の太腿を滅多刺しにした。


「いいよぉ。物心つく前のことだからパパとママの顔だって覚えてないもん。お兄ちゃんがいるから寂しいって思ったこともないし、それに……」

「それに?」

「今は、カヲルちゃんもいるしね」


 そう言って微笑む姿に、カヲルの胸はドクンと高鳴った。


(キ、キミってマジ天使エンジェー……)


「ヤダ、なんか恥ずかしいこと言った。早くわたしの部屋に行こっ」


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