第13話 銀髪幼女の正体は

(まさか、完全に死んでたはずなのに!?)

「ビビったか。ジョージ・スチュアート三世は不死身だっつうの!」


 ジョージの手には魔方陣を書いた紙が握られていた。と思う間もなく、その紙が光って四角い箱のようなものが現れる。

 きっとさっきと同じ錬金術なんだろう。


「こうなったら、みんな吹っ飛ばしてやんよ!」


 どうやら、生き返ったジョージは錬金術で爆弾を練成したらしい。

 もしあれが上の天望回廊を吹き飛ばしたのと同じ爆弾なら、このフロアも木っ端微塵だ。カヲルはともかく、人質たちの命はない。


「松濤HDC最強だっつうの!」


 生き返ったギャングのボスは半狂乱で叫ぶと、爆弾のスイッチに指を乗せた。

 カヲルは手裏剣を投げようとして思いとどまる。体中に散弾を喰らってもまだ生きている相手に手裏剣が通用するとは思えない。


(こうなったら、最終奥義を使うしかない)


 睡蓮寺流に伝わる最終奥義「夜天流星」。

 全身の陽気を完全燃焼し、身体の機能を一〇〇倍化させる「燕舞」の最上級バージョンだ。この奥義なら、スローモーションどころかほぼ時間が止まった状態をつくることができる。

 だがその見返りとして、体内に貯まっているすべての陽気を消費しなければならなかった。一度この最終奥義を使えば、たとえ陽気の蓄積が早いカヲルでも元に戻るまで五年はかかるだろう。

 けれど、そんなことは言っていられなかった。

 カヲル一人なら他の忍法でもなんとかなるが、人質やあの美少女姉妹を助けるためにはこの奥義しかない。

 最終奥義発動に入ろうとした瞬間だった。


(!?)


 何者かがジョージ・スチュアート三世に飛びかかった。矢のようなドロップキックが穴だらけの身体を吹き飛ばす。


「うぎゃっ!」


 うめき声とともに、ジョージ・スチュアート三世は窓ガラスに衝突した。さっきまでの銃撃戦でひびの入っていた強化ガラスがこなごなに砕け散る。


「な、なにぃ!?」


 窓の外に押し出されたジョージは、焦って後ろを振り向いた。

 その顔が絶望に染まる。窓の外には三百五十メートル下まで何も無かった。


「くそぉ、松濤HDC最きょおお!!」


 断末魔の叫びを残して、ジョージ・スチュアート三世は闇の中へ消えていく。

 遠くで、ベチャッというトマトが潰れるような音が聞こえた気がした。


「爆弾は!?」


 我に返ったカヲルは、すばやく床に転がる爆弾を拾いあげる。

 まだスイッチは入っていなかった。


「セーフ、よかったぁ……でも、なぜキミが?」


 爆破の危機を救ったドロップキックの主は、なんと銀髪美少女の姉だった。

 しかし、さっきの蹴りはとても素人の動きとは思えない。


「キミは一体、何者なんだ?」


 状況を理解できないカヲルに、銀髪美幼女の妹がささやいた。


「今回のお兄ちゃんを採点してあげるね。まず最初の減点ポイントは、ハルと会った時に犯人の一味かと疑わなかったことだよ。なんなら出会った時点で即座に始末したってよかった。次に、犯人のリーダーと交渉しようとしたこと。有無を言わさず倒してしまえば、錬金術を使わせることもなかったのにね。そして最後は、ハルたちに気を取られてリーダーが生き返ったのに気がつかなかったこと。これはもうお話にならないかな。間違いなく、0点。落第だね。実際問題、あのスィッチが押されていたら、このフロア全体が吹き飛んでいたわけだし」


 わけがわからなかったが、とりあえず反論した。


「そんなことないさ。キミの姉さんが手伝ってくれなくても、オレにはまだ手が残っていたし」


 すると、美幼女は肩をすくめた。


「夜天流星を使うつもりだったの? たった数十名の人質のために貴重な陽気を五年分も消費する気? 馬鹿馬鹿しい。そんなことをしたらマイナス100点だよ」


(なぜ、この子は夜天流星のことを知っているんだ?)


 カヲルは忍者刀を構えた。


「キミ……只者じゃないな」 


 戦闘態勢を取るカヲルに、美幼女は微笑を浮かべてみせる。


「フフフ、気付かないのもしかたないか。最後に会ったのは十四年も前、おまえがまだ赤ん坊のときだからな」


 口調がいっきにオヤジ臭くなった。

 どうやら、見かけどおりの六歳児じゃないらしい。


「十四年前って、アンタいったい何歳なんだ?」

「くのいちに年齢はない。そんなことも教わってないのか。チアキたんに伝えときな。天下の睡蓮寺流にしては、次期首領の教育が甘すぎるんじゃないかって」

(チアキたん?……って、まさか母さんのことか?)


 睡蓮寺流くのいち忍法首領、睡蓮寺血秋。

 泣く子も黙る女首領のことを「チアキたん」と呼ぶ人間には、一人だけ心当たりがある。


「もしかして……父さん?」


 十四年前、海外の任務に旅立ったまま帰ってこないカヲルの父親。

 睡蓮寺流最強のくのいちと呼ばれた、睡蓮寺春兎(ハルト)その人だ。

 ハルトは自らの身体を男と女に自在に作りかえることができる『紅白梅』という奥義を習得していた。こんな小さな子供に変身できる忍法というのは聞いたことがないけれど、ハルトほどの達人なら不可能ではないのかもしれない。


「やっと気がついたか。感動の父子の対面だな。さぁ、息子よ。父の胸に飛び込むが良い」

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