4章 第11話
「うっわ、君泥だらけじゃん。何してんの?」
自らの小さな役割を求めて、一人で黙々とゴミの分別を一人でしていると、玲華が声を掛けてきた。何故か手にはちくわを持っている。間食中みたいだ。
最近は雑用メインになってしまっていたので、玲華や陽介さん達とは前ほど話さなくなっていた。でも、こうして玲華は目ざとく俺を見つけては、ちょっかいを出してくる。
「ゴミの分別。田舎は分別厳しいから、都会みたいに適当に分けてるとゴミ持っていってくれないんだよ」
くっせぇ、と思いながら、燃えるゴミの中に突っ込まれたプラゴミを取り出して、燃えないゴミやプラスチックゴミに仕分けていく。
ああ、もう。だから弁当箱は燃えるゴミじゃないんだって。23区内だったら持っていってくれるけど、田舎はこれだと持っていってくれないんだよ。などと一人で愚痴りながら、ゴミの分別をしている。それが俺の役割の一つである。別に頼まれてやっているわけではない。俺が創り出した役割だ。俺がこれをやっておく事で、スタッフさん達は本来の仕事に時間を費やせる。僅かだが、役に立てているはずだ。
ちなみにゴム手袋はしっかりとつけている。これは百均で買ってきた。撤去や設営用に使う作業用の手袋も別に持っている。いつの間にかどうでもいい備品が増えているな、とも思う。もともとなんだか役割のよくわからないスタッフは、更に役割のよくわからない何でも屋へと進化を遂げていた。
「それで? どうしてショーはここ最近こんな雑用ばっかりやってるわけ?」
「別に⋯⋯スタッフだから」
「ヨースケの個人スタッフであって、撮影班の雑用スタッフじゃないでしょ」
「でも、陽介さんからは許可もらってるし」
「それで、わざわざ許可もらってやる必要のない汚れ役買って出てるの?」
「⋯⋯⋯⋯」
玲華の言いたい事も、なんとなくわかっている。
だけれど、俺には他にやる事なんてなくて。やる事がないなら、何か探すしかなくて。どんな小さな事でもいいから、自分に地位や役割を見つけるしかない。
こうして役割がない場所に放り込まれてわかった事がある。人間を生かすものは『役割』なのだという事だ。役割がないと、人の心はすぐに病んでしまう。少なくとも⋯⋯こうして雑用をしている間は雑用係という役割が与えられる。それだけで、俺はここでの存在を許されるように感じるのだ。
「君ってそんなにドMだっけ? どっちかっていうと、Sっけあると思ってたけど? って、それはアッチの時だけか」
俺が無視していると、玲華は悪戯に笑いながら、からかってくる。
凛は撮影のスケジュールが詰まっているせいもあって、やはりあまり話す機会がない。最近は疲れからNGテイクも増えていて、休憩時間が更に減っていた。
それに対して、玲華は一発OKで大体のテイクを終えてしまうので、こうして暇を持て余しては俺にちょっかいを出してくる。迷惑な話だった。
「ほー、無視?」
「⋯⋯⋯⋯」
無視だ、無視。ここで相手をしたら最後、また好き放題遊ばれてしまう。
「ねえ、リンにもあれやったの? あの無理矢理咥えさせて奥まで入れるやつ。あれすっごい苦しかったんだけど? 涙目になってもやめてくれなかったもんね? あ、君にも一回やってあげよっか? このちくわで!」
間食で食べているちくわを掲げて、嬉しそうに言ってくる。思わず噴き出しそうになった。なんて事言いやがる。
誰かに聴かれたら確実にヤバイ会話なのだけれど、今は周りに人がいない。それを確認した上で言っているようだ。
相手にしてはいけないと思ってはいるが⋯⋯自分の過去の行いを責められているようで、なんとも気まずい思いをする。それは⋯⋯きっと、玲華を征服する事で自分を慰めようとしていた時の事で。それに気付いて、俺は自分への自己嫌悪に耐えられなくなった。
「⋯⋯悪かったよ」
甘美なひと時と共に、最低な自分も思い出してしまって、結局こうして言葉を返してしまう。良くないと思っているのに、こうして乗ってしまう。
玲華には本当に良いように操られてしまうのだ。操られていたから、その仕返しで⋯⋯征服感を味わいたかったのだと思う。いや、それだけではないな。絶対的に敵わない女を征服したかったのだ。そうする事でしか、自分を慰めてやれなかったから。本当に、最低だ。
「⋯⋯別に謝ってほしいわけじゃないよ。嫌じゃなかったし」
玲華は溜め息を吐いて、呆れたような笑みを見せていた。
「何も、君がこんな事しなくてもいいじゃん」
玲華が俺の横に屈んで一緒にゴミを分別しようとするので、「お前にこんなゴミ触らせられるかよ」と言って、そのゴミ袋を奪い取る。
「どうして私はやっちゃいけなくて、君はやっていいの?」
少し玲華が不服そうだった。
「俺は、お前らとは違うから」
「⋯⋯ショー?」
「お前らみたいに、役割があってここにいるわけじゃないから。表に立てる奴らは、裏の連中の役割を取ったらいけないんだよ」
ああ、だめだ。
凛の前では絶対に卑屈になれないから、それ以外でこうして優しくされると、本音が漏れてしまう。凛に隠し通すなら、こいつにも隠し通さなきゃいけないのに⋯⋯まだ、俺の心はそんなに強くなくて。凛一人に隠し通す事で精一杯なのだ。
自分ですら気付いていないような不満や卑屈な自分まで引っ張り出されてしまうから、こいつと話すのは嫌なんだ。
「⋯⋯役割なんてどうでもいいじゃん」
玲華は屈んだまま、俺の袖を摘まんだ。
大きな瞳がじっと俺を見据えている。
「私にとって、ショーはショーだよ」
「⋯⋯やめてくれ」
その大きな瞳を見ていられなくて、俺は彼女の手を解いて、分別の作業に戻る。
やめてくれ。今、俺に優しくしないでくれ。自分の中で保っているものが保てなくなってしまう。弱音が引きずり出されそうになってしまう。弱音が表に出たら、そして役割がなくなったら、痩せ我慢すらできなくなってしまうんだ。今、俺ができる事は⋯⋯痩せ我慢だけなのだから。
「俺に構わなくていいから」
言うと、玲華は立ち上がってまた溜め息を吐いた。
「⋯⋯そんなに無理しなくていいのに」
それだけ言って、踵を返す。
それは、まるで「構ってほしいくせに」と言っているようでもあった。
「⋯⋯くそ!」
玲華が見えなくなってから、持っていたプラスチックゴミを、思わず地面に投げつけつけた。
こうしてなんでもかんでも読み取られるから、見透かされるから、嫌なんだ。
ずっと⋯⋯昔から、あいつはそうだった。こっちの本心なんて無関係に、何でも見透かしてくるんだ。そんな事、望んでないのに。
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