5章 第12話

 凛の家に着いてから夕飯──もはや時間的には完全に夜食なのだが──をご馳走になった。

 献立は、以前俺が彼女に教えた、俺の好きなものばかりが並んでいた。ころもがぱりぱりしているから揚げに、マヨネーズ多めのポテトサラダ、出汁巻き卵に、赤出汁。冷えた身体には赤出汁が染みわたって、身体を優しく温めてくれる。

 凛の手料理を食べるのはこれが初めてだったが、予想以上に美味しくて感動してしまった。いくらでも飯が食えてしまう。さすがは体型維持の為に自分で工夫して料理を作っていただけの事はある。どれもちょうど良い味付けだった。料理はお母さんから教わったらしい。

 ちょっと深夜に食べるにしては重いが、空腹中の空腹な男子高校生はお構いなしだ。それに、凛の手料理なわけで、全部食べる以外に選択肢がない。

 幸せを噛み締めて、ひと口ひと口を楽しむ。


「美味い!」


 もうさっきからこれしか言っていないのだが、凛はそんな俺を正面から嬉しそうにうっとりと眺めるのだった。

 俺は時間も関係なしにお構いなしにがつがつ食べているが、彼女は小皿にからあげ1つと少量のポテトサラダ、赤出汁だけしか食べないようだった。この時間に食べるのは本来御法度だそうで、これでも食べ過ぎだそうだ。撮影が終わっても、彼女の美意識は下がる事はなかった。


「あ、そんなに一気に食べると⋯⋯」

「うぐっ⋯⋯げほっげほっ」


 それを彼女が言い終える前に、からあげが喉に詰まっていて、進まない。

 一気に酸欠になって息苦しくなって、胸をどんどんと叩く。し、死ぬ!


「もう。だから言ったのに⋯⋯はい、お水」


 凛はテーブルの上に置かれたコップを渡してくれたので、それを受け取り、慌てて流し込む。


「⋯⋯死ぬかと思った」


 幸せ過ぎて死ねるのは本望だが、さすがにこの死に方は不本意だ。


「ご飯は逃げないから、ゆっくり食べて?」

「はい⋯⋯」


 そうだ。ゆっくり味わって食べよう。せっかく、初めての手料理なのだし⋯⋯色んなものを乗り越えてから食べる、初めて料理なのだから。


「翔くんの好きなもの、もっと教えて欲しいな。全部作れるようになるからさ」


 自身のものを食べ終え、俺が食べているのをただ嬉しそうに眺めながら彼女はぽつりと言った。

 凛が作るものだったら、何でも好きになると思うんだけどな。きっと彼女が言って欲しいのはそういう事ではないのだと思う。それでも、俺はこう言わざるを得ない。


「凛が作るものが、俺の好きなものだよ」

「だから、そういう事じゃなくて──」

「そういう事だよ」

「⋯⋯翔くん」

「凛が俺の事を想って作ってくれたら、それは俺の好きなものになるんだからさ。だから、そういう事なんだよ」


 言うと、凛は困ったように笑ってから、溜め息を吐いた。


「うん、わかった。でも、苦手だったものは教えてね?」

「善処する」


 お互いくすりと笑い合って、食事の時間を楽しんだ。こんなにも幸せな食事は、初めてかもしれない。

 もしも、こんな風に二人の時間をずっと続けられたなら、それはきっと幸せで。そんな時間を実現する為にも、俺はもっと自分の将来を見つめ直さないといけない。

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