5章 第7話

 東京駅には思った以上にすんなり着けた。長野駅まで行ってから、そのまま指定席も買って、昼頃には東京駅に着いていた。

 果たして玲華は会ってくれるのだろうか。東京駅の構内を歩いて中央線の乗り場まで向かっている最中、ふとそんな疑問が残る。

 なに、最悪会って話せるまで東京にいればいいさ。幸い、数日程度なら滞在費には困らないだろう。

 そう思って快速に乗った。

 快速に乗ると、吉祥寺まではすぐだった。見慣れた新宿駅を通り過ぎて、以前住んでいた高円寺も抜けて、吉祥寺駅に着いた。

 まだこの段階で昼の一時を過ぎたあたり。吉祥寺はクリスマス色でいっぱいになっており、どこもかしこもクリスマスソングが流れていた。

 そうだ、もう十二月なのだ。あまりにも十一月が多忙過ぎて、思わず忘れていた。

 井の頭公園まで歩いていき、ぶらぶらと園内を散歩する。東京まで来てしまえば、補導される心配はない。都内にそこまで熱心な警察官はいないと思う。あくまでも俺の勝手な推測だが、中学生の頃でも塾帰りに遊んでいても補導なんてされた事がなかったし、きっと大丈夫だろう。

 井の頭公園のベンチに腰掛けて、スマホの電話帳を開く。玲華の番号は登録されていないけれど、着信履歴でわかる。

 あのアパートに呼び出された日の番号を選択して、発信をタップ。そのままコール音が流れた。海成高校の時間割は覚えていないけど、まだギリギリ昼休みか⋯⋯それとも、仕事で休んでいるのだろうか。

 コール音が何回か流れた後、通話がつながった。


『⋯⋯ショー?』 

「あ、うん。ごめん、授業中?」

『ううん、今はお昼休み。絶賛ぼっち飯中』


 電話先での玲華は予想以上に普通だった。まるで、普通に友達との電話に出ているような普通さ。ほんの数日前にあんな事があったなんて、全く思わせないような話しぶりだった。

 それにしても、玲華は高校ではぼっちなのだろうか。それは芸能の仕事のせいなのか、昔のように、人との関わりを拒絶しているのだろうか。


『それで、どうしたの? もうすぐ授業始まるから、要件あるなら早めに言って』


 思ったより玲華は普通に話してくれた。もっとツンケンされるか、取り合ってもらえないかと思っていたのに。


「今、吉祥寺にいてさ」

『え? 東京にいるの? なんで?』

「お前と話しに」

『⋯⋯⋯⋯』


 電話の向こうでは騒がしい音が聞こえる。教室の中なのだろうか。玲華は口を開かない。


「あのバス停で⋯⋯待ってる。あそこにいるから」


 これだけの説明で、きっと玲華ならわかるはずだ。

 電話の向こう側で、玲華が息を飲んだ。


『⋯⋯わかった。でも、今日学校終わった後ちょっと仕事あるから、遅くなるよ』

「いいよ。何時になってもいいから」

『多分、7時とか8時とか⋯⋯もしかしたら9時前になるかも』

「大丈夫」

『なるべく急ぐね。君も今日中に帰らないといけないだろうし』


 玲華がそう言った時、チャイムの音が聞こえた。


『あ、ごめん。もう授業始まるから』

「ああ⋯⋯わかった。じゃあ、また後で」

『うん。バーイ』


 そう言った、玲華は電話を切った。

 予想外に、玲華がしおらしかった。もっと駄々をこねるとか、面倒な事を要求してくるのかと思っていたからだ。

 いや、まだ油断はできないか。これから何をやられるか、あいつの場合わかったもんじゃないな。

 でも、何をされても俺はもう変わらないから。

 ずっとあそこに置き忘れているものを、終わらせるだけだ。

 それだけの為だから。

 俺は大きく息を吐いて、玲華と何度も遊んだ井の頭公園を歩いた。

 本当に、この町には玲華との想い出しかない。凛とは一度修学旅行の時に回っただけで、それ以外は玲華といて。だから、この町の至る所には玲華の影があって。

 どうせだから⋯⋯玲華と行った場所を回ってみよう。

 そう思って、俺は七井橋通りに向かった。

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