2章 第18話 宣戦布告
凛が模擬店の食べ物を何か食べたいと言ったので、中庭のほうに向かった。
火やガスを扱うような飲食系の出店は中庭に固まって出店されている。例外は家庭科室だが、あそこは調理部の占領下で、調理部のみ使用が許可されている。
中庭につくと、簡易ステージが見えてきた。
この簡易ステージでは、学校OBがバンド演奏をしたり、地方出身の漫才師が漫才をやっている。もちろん、名前なんて全く知らない無名な人達だ。
プログラムを見てみると、次はミスコンをやるらしい。
「そういえば凛ってミスコンでないの?」
「でないよ」
何言ってるの、と驚いたように言う。
「いや、だってうちの高校ってそんなミスとかミスターとか決めるほどのやついないし」
こんなの、ほぼ身内ノリのコンテストだ。友達に乗せられて出るような、お調子者が出る。ちなみにミスターの候補者の中には純哉がいた。見るからに乗せられやすいお調子者が身近にいたのをすっかり忘れていた。女子は誰が出るんだろうと思ってみていると、候補者なし⋯。
(まあ、そりゃそうか)
本気でミスコンになりたくてこんなのに自推で出るやつも痛いし、かといって他人から乗せられてまで出たくないであろうもの。大学のミスコンであれば、アナウンサーであったりと就職に役立つ場合も多いらしいが、田舎の高校のミスコンに選ばれたところで、自己満足にしかならない。特に、女子は色々確執や対立なども起きやすいことから、変に出るといじめの対象にもなりそうだ。
目立つ必要がない場合、無理に目立ちたいとは思わない。
もう、立候補者がいないならやめておけばいいのに⋯⋯。
そんなことを考えながらステージを見ていると、漫才師の漫才が終わった。
そして、司会の人にマイクが渡ってミスコンへとつなごうとした時、何やらステージ周辺がざわつき始めた。
そして、司会者も口を司会を中断して、口をパクパクさせている。確かあの司会者も在校生で、確か放送部の誰かだったように思うが⋯⋯どうしたのだとうか。
さらにざわつきが大きくなる。
「⋯⋯何かあったのかな?」
凛が目を細めてステージを見ている。
俺もよく見えないが⋯⋯しばらく見守ってくると、司会者がどうぞどうぞ、と招き入れるような動作を取る。
すると、1人の私服の女性がステージに上がってきた。司会者は仕事も忘れて、いきなり握手している。握手を終えてその女性が客席側を振り向く。
「⋯⋯⋯ッ!」
俺と凛はその姿を見て、絶句した。信じたくなかった。ここにいちゃいけない奴がそこにいたのだ。
「鳴那高のみなさん、ハーイ♪ 本日のシークレットゲスト・REIKAです!」
テレビのバラエティ番組で出るような〝本物〟の挨拶に、一斉に歓声に沸いた。その歓声を聞いた連中が何事かと校舎内から身を乗り出して中庭のステージを見る。
ぞろぞろと一気に中庭に人が集まってきた。
「きょ、今日偶然撮影で近くまで来ていたREIKAさんが遊びにきてくれましたー!」
司会が叫ぶように言う。もうプロレスの実況中継のようなテンションだ。
まるで真夏のフェスのような大歓声が起きている。鳴那高始まって以来の盛り上がり具合ではないかというような状況。
そりゃそうだ。今やテレビCMでも出ているような有名タレントがこんな田舎の学校まで来たのだ。盛り上がらないはずがない。
「REIKAさん、今日は一体どうしてこちらに!? シークレットと言っても、私共も何も聞いていないのですがッ」
司会が興奮気味に訊く。この司会にしてもこんな展開は予想していなかっただろうが、おそらく全人類が誰も予期していない事が起こっている。玲華はそういう女だった。
「うん、ほんとはただ遊びに来ていただけ。たまたま学園祭やってるって聞いたから」
その言葉を聞いて、悟った。
昨日俺がうっかり喋ってしまったからだ。しかし、だからといってくるか? そしてステージに上がるか?
と思ったが、玲華は面白いと思ったことはやるような女だ。一般常識の枠にとらわれてはいけなかった。
「ちょ、ちょっと⋯⋯何考えてるの、玲華!?」
凛が顔を青くして呟く。
ただの学園祭。普通の地方高校の学園祭。そんなものが一気に普通さを失っていく。
ただの嵐じゃなかった。家の中に隠れていても、家ごと吹き飛ばしてくる嵐⋯⋯玲華はそんな存在だった。
「まさか本当にステージに上がっていただけるとは思ってませんでした⋯⋯!」
司会者の興奮は収まらない。会場の興奮も増していく。
「ほんとはこういうの勝手に出るのって事務所NGなんだけど、今日は特別! あ、でも内緒にしといてね♪」
その言葉に男の野太い声が響く。一気に会場を味方につけている。
「まだ告知とかもできないんだけど、今ここの近くで映画の撮影をしていて⋯⋯もし公開されたら、みんなにも見てほしいな」
歓声がさらに上がる。
番宣前の番宣、というのもねじ込んできた。もうプロだ、こいつは。
一瞬、本当に番宣のために? とも思ったが、あいつがそんなつまらないことのためにこんな大胆な行動をとるわけがない。もし番宣やるなら隣町のほうがはるかに効果的だ。しかも、まだクランクインして間もない作品のために宣伝はありえない。
きっと玲華のことだ。番宣の番宣を入れることで、もし何か問題が発生した時に言い逃れを作っておいたのだろう。それくらいの狡猾さは持ち合わせていると思う。
「みんな、学園祭楽しんでるかー!」
マイクを握り声を張り上げ、まるでライブのMCのように観客を煽る。観客はもはやただのファンと化し、「おおおおー!」と応えている。
「REIKAさんの学校の学園祭と比べてどうですか? 東京と長野ではやはり違うのでしょうか」
「さあ? どうだろう。私、実は学園祭って参加してなくて。今年も参加できなさそうだし。だから、ぜんぜんわからないし経験もできないのかなって」
「それで遊びにきてみた、と!?」
「そーなの! 眺めてるだけでも楽しそうだったけど、参加しちゃおうかなって」
学校中がこの会話で揺れている。
すごいな、玲華は。普段のような話し方には近いけど、少し違う。ちゃんと芸能人っぽいキャラも演じている。これがタレントのREIKAなのだろう。
「ところで、司会クン!」
玲華は流れをぶった切り、司会のほうを向いてびしっと指差す。
「はひ!?」
いきなりREIKAに指差された司会は、声を裏返す。そこで会場が爆笑に巻き込まれる。司会を気取っているが、彼も普通の高校生だ。仕方ない。
「次さー、ミスコンじゃん?」
貼られているプログラムを見るREIKA。
「は、はい⋯⋯」
「出場者ミスターしかいないってどゆこと?」
「そ、それは⋯⋯立候補者がいなくて⋯⋯」
「そうなの? せっかくの学祭なのに、つまんないね」
「はあ⋯⋯」
司会がもう展開が読めなくてただのイエスマンになっている。玲華のペースに合わせられる人間なんて、そうはいないのだから、当然だろう。
「じゃあ、私が出ちゃる!」
一瞬会場が静まり返ったあと⋯⋯また熱狂の渦が生まれる。
ああ、と頭を抱えたくなった。もう、玲華の暴走が始まってしまった。そもそも学校が違うのだから、鳴那のミスコンにならねーだろ、という至極当たり前のツッコミをしたが、彼女はきっと耳を貸さないだろう。
完全に〝面白いこと〟優先のスイッチが入ってしまっている。
凛は呆然とただその光景を見ているだけで、何も言おうとしない。
「い、いや、でもREIKAさん、他に立候補者がいないわけでして、この学校にREIKAさんと競い合える人は⋯⋯」
「え? いるじゃない。適任が」
ニヤリ、とREIKAが⋯⋯いや、玲華がすごく楽しそうな笑みを作った。嫌な予感がした。嫌な予感しかしなかった。
「ね? RIN?」
彼女はそう言い、凛を名指しして、俺達がいるこちら側にマイクを向けた。
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