第38話 帝国落着
皇帝執務室のソファで、マサキは考え込んでいた。
譲位しろとは言ったものの、実際はそんな事は知った事ではない。内政に干渉するつもりなど無いのだ。皇帝が皇妃達との付き合い方を変えるかどうか等、俺の知った事ではないのだ。
そんな事は、夫婦間で解決して欲しいものである。問題はそこではない、ケッペル、エリザがちょっと抜けている普通の爺&母であった場合、誰が主導権を持っているんだ?
そもそもテリウスが、本当に考えて実行していたとするなら、話の辻褄は合ってしまうのだ。テリウスが、自分で忍びを雇えるならだが。だが、あの程度の頭で凄腕の暗殺者を雇えるだろうか。分の悪い仕事を普通に受けるだろうか。プロならそれはないな。
ん?日本人の思考ならば、そうだが。こちらの人間からしたらどうなのだろう。もしかして、テリウスは策士に見えちゃったりするのだろうか?
やばい、分からない事を考えてしまうと、思考の深みに嵌まってしまう。結論なんか出ないのだ、現代日本人は、1人しかいないのだから。やはり、ここは、弥助の報告を待とう。ケッペルが誰とも接触しなければ、テリウス1人を処罰すれば終わるのだ。暗殺者の出所は聞きだす必要があるが。
思考の渦から戻って来たマサキは、大きく息を吐いて、天井を仰いだ。これからどうするか、それを決めないと、何時まで経ってもシャルロットとエッチが出来ないのだ。そんな事を考えていたら、椿の気配が天井に来た。と言う事は、残念ながら接触があったと言う事だろう。
マサキは、執務室から出ると、廊下の影に入った。
「聞こうか。」
「ケッペルから接触したと言うより、先方から接触が有りました。テリウスを助け出さないのか?と。その人物を弥助殿が追っております。」
「どんな風体だった?」
「執事風と言うか、あれは執事ですね。誰かは、まだ分かっておりませんが、誰かの遣いですね。感じからすると、どこかの貴族家だと思います。」
「ケッペルは、その貴族家を知っていそうか?」
「いえ、その様な感じはなかったですね。」
「ふーむ。」
(皇子をパッパラパーに育ててしまったケッペルに、乗っかった貴族がいたと言う事なのだろうか。もしかすると、ケッペルを通さずに、皇帝に毒を盛ったり、国王暗殺の忍びを出したりしていた可能性もあるわけか……。
そうだよなぁ、エリザの事を考えれば、皇帝暗殺は有り得ない。爺馬鹿は、親馬鹿でもあると、考えるとそうなるな。そもそも、エリザは罪状を知らなかったし、ケッペルも知らない可能性があるな。)
「・・・そっちが、本命かもな。」
「そんな気がします。ケッペルを見張っていたんですが、居なくなったと騒いではいるんですが、オロオロするだけで、何もしていませんでしたから。」
「で、その執事からは、具体的指示はあったか?」
「指示と言うより、聞き取りですね。何時からいないとか、何処に行ったか心当たりはないか等ですが。」
「ほほう、ケッペルは当然答えられないよな?」
「ええ、それを聞いて舌打ちしていましたね。」
「そうすると、俺が、王国へテリウスを連れて行ったのを、知っている人間ではないって事か。国内で見てるだけの人間かもな。宰相は知っているだろうし。探りが入れば解りやすいが、弥助が見つけて来そうだな。」
「私は如何致しましょう?」
「もう少しだけ、ケッペルを見張っていてくれ。何もなければそれで良い。」
「承知!」
椿は影から消えて行った。あ、おっぱい揉んでから送り出すべきだった!失敗!
入れ替わりで、弥助が戻って来た。
「ご苦労さん。相手は分かったか?」
「ええ、ホンソンビー侯爵ですね。帝都屋敷を探ってみようかと思ったんですが、忍びが居ましたね、1名ですが。面白い事に、蛇なんですよ、才也でした。」
「うほ、マジか。主を持たない忍びは、これがあるんだよなぁ、同士討ち。」
「まぁ、忍びの宿命みたいなもんです。」
「中までは探れなかったんだな?」
「いえいえ、才也程度に見付かる訳も有りませんや。」
「ほほう。聞こう。」
「侯爵の言っていた事を要約すると。事の始まりは、ケッペル侯爵があるパーティで愚痴った事らしいです。孫の扱いが悪いと。
皇帝が子育てもせんから顔を出していたのに、なんの労いもないし、孫はアホに育ってしまったしと頭を抱えていたらしいです。
そこに、ホンソンビーが相談に乗るような顔で近付いて、世界征服の話とかご都合主義的な考え方とかを聞き出した様なんです。
そこからは、自分でテリウスに近付いて、次は何をしたいのかを聞き出し、かなりのお金を使った様ですね。忍びを雇ったり、毒を用意したり、刺客を雇ったり、その見返りに自分の娘を嫁にして、自分も政務の中心に行きたいと考えたようです。
ホンソンビーもケッペルと同じで、侯爵ではありますが、役はないんだそうです。
それでですね、上様に火を付けかねないんですが、元々シャルロット嬢に放った刺客は、誘拐が目的だった様です。自分が手籠めにする為に。
で、刺客の消息が分からないので、再び狙おうとしてた様なんですが、テリウスが行方不明になってしまったんで、一生懸命探しているみたいです。
才也は、皇子の捜索とシャルロット嬢の誘拐で雇われたみたいですね。」
マサキは首を捻る。
「忍びって誘拐なんてしたっけ?」
「いえ、依頼で誘拐はしませんね。誘拐された人の救出はありますが。そんな分の悪い仕事は、致しません。暗殺は普通にありますがね。誘拐は足が付きやすいですから。」
「だが、それを蛇は受けた。ふーむ、シャルの結婚は公にしていないから、可能性はあるのかぁ。まぁ、王城行ってもいないがな。」
「もう、お屋敷に?」
「あぁ、昨日からな。証拠はなさそう?」
「難しいですね。」
「事故に見せかけて、屋敷ごと吹っ飛ばそうか。」
「上様、キレてるじゃねーですか。」
「そんな事は……あるな。まだシャルには手をつけてないのに。つけたいのに。」
「あーそっちの怨念も籠ってますか!」
「昨日から、
「あぁ、侯爵に同情しておきます。」
「どうすっかねぇ。テリウス連れて来て、面会させてみる?それとなく情報を流して牢で面会させて、隠れて騎士達に話聞かせるとか。」
「それなら、城で済みますから楽ですね。才也はついて来ると思いますが。」
「切っても良いか?」
「構いませんや。桜が喜ぶでしょう。」
弥助には、椿を呼びに行ってもらった。
マサキは、皇帝執務室に入り、話を始めた。首魁がホンソンビーである事と、暗殺計画やその他全ては、テリウスがやりたい事をホンソンビーが人・物・金を用意していただけで、テリウスの計画だった事。
ホンソンビーは、シャルロットを未だに手籠めにしようとしている事。自分の娘をテリウスの嫁にしようとしている事。ホンソンビーは、忍びを雇っている事。どうやら、ホンソンビーが直接テリウスとやり取りしている事をケッペルは知らない事。
隠れ聞いただけで、証拠がないので、ホンソンビーに城の牢にいると噂を流し、テリウスを連れて来て、直接、話を出来る状況を整えて、騎士達に聞いてもらおうと言う計画をエリザの前で話した。
エリザも、全ての計画がテリウスの物だったと知って、諦めた様だ。流石にやり過ぎだと。育て方を間違えたと言っていた。
子育てを乳母に任せるか、皇帝が育児に参加しなかったのが、悪いんだと言っておいた。恨むのならレオを恨めと。
しかし、ホンソンビー侯爵と言うのも大概だな。人・物・金を用意していたと言う事は、テリウスの計画に乗ったと言う事なのだ。あの杜撰な計画にのるとは、相当なアホだと思うんだけどなぁ。
理屈の上では、大丈夫なんだけど、いつも相手を考慮していないのよ。こうすれば、こうなると。そこまでは、誰でも分かるんだけど、それを自分しか思いつけないと思ってしまう自信は何処から出て来るのだろう。
だが、いつも相手と言うのがいるのだ。相手がいるのに、どう動くのかが考慮されていない。だから、計画はいつも頓挫している。
頓挫しているんだけど、運が悪かったとか、マサキがいなければ上手くいった等、反省をしないのだ。なんの根拠もなく、次は上手くいくと思ってしまう。
要するに、頭がおめでたいのだ。為政者には致命的ですね。
椿と弥助が帰って来たので、シャルロット部屋に移動して、簡単に打ち合わせする。才也は息の根を止めてしまうのか。
「場合にも依るでしょうが、人攫いは忍びの間でも禁忌です。死んでも文句は言えません。ただ、素直に降れば殺さないでやりましょう。」
と弥助が最後の慈悲だと言った。
「まぁ、俺は構わんがな。桜も連れて来るか?」
「そうですね、その方が降り易いかもしれませんね。」
「まぁ、あと、ホンソンビーも殺してやりたい処だが、帝国の法で裁かれるべきだろう。実質は才也を捕縛して完了だな。俺が手を出し過ぎる事も無いだろうさ。」
「上様……。本音は?」
「んなもん、ぶっ殺すに決まってんだろ??俺がシャルを愛でるのを、どれだけ我慢してきた事か。それを横から掻っ攫う等、言語道断。市中引き回しの上、打ち首獄門!!。桜吹雪の刺青しちゃうぜ……。」
「はっはっは、上様にしちゃ、大人しいと思いました。」
「まぁ、何もなければ、何もしないさ。御白州なんてのは、戦国の世が終わってからの物だからな。戦国時代であれば、手討ちだな。しかし、お前達も物好きだねぇ、こんな主で良いのかよ。」
「こんな主だから、良いんですよ。」
「そうか、さて、桜と阿呆を迎えに行こうか。」
「「承知」」
その場でゲートを開き、屋敷へと移動した。
「桜、行くぞ~」
「承知しました。」
シャルロットは、それを見ていて、首を捻った。霧に聞く。
「何処へ?とは聞かないんですね。」
霧は笑いながら答える。
「我々は、上様を信じておりますので。上様が言わないと言う事は、知らなくて良いか悪戯のどっちかですので、聞くだけ無駄です。まぁ、普通は言いますので、今日は帝国でしょうし、敵に桜ちゃんの関係者でもいたかな?味方に居れば問答無用に連れて来るでしょうし。」
「マサキ様のやる事、なす事、間違いないと?」
「うーん、盲目的なのは少し違いますね。上様は、迷われている時は、必ず仰いますし、上様の命が危ないと思えば、全員で止めますから。
今日みたいに言葉が少ない時は、そう面倒ではない時ですね。自分の仕事は終わった~くらいに思っているんじゃないでしょうか。
逆に我々に少しでも危険がある時は、口を酸っぱくして言います。失敗しても構わない、危ないと思ったら引き返せ、必ず生きて俺の元へ帰れ、生きてさえいれば何とかしてやる。お前達が死ぬ時は俺が死ぬ時だと心得よ。とね。」
「なんか凄いですね。」
「あんな主君いません。弥助が惚れる程の人ですから。我々、忍びはお金で雇われて使い捨てにされる事が多いのです。ですから、特定の主君は持ちません。弥助が主持ちになったと聞いた時は、驚きました。」
「大事にされている。と言う事ですか?」
「それはもう、ありえない程に。分かっていますか?今日は帝国に行くのに、奥方様を連れて行きませんでした。」
「それは、どう言う?」
「上様は、奥方様をずっと手元に置いておきたい人ですから、帝国に行くのに、シャルロット様を、お連れにならなかったと言う事は、見せたくない何か、或は、狙われているか、があると思います。
上様は、言葉にはしませんが、常に我々は護られているのです。」
「そうなんですね……。やっぱり凄い人なのですね。いつもはエッチなだけなんですけどねぇ。」
「それ位、何でも有りません。見たければ見せますし、触りたければ触らせます。」
「その信頼関係が羨ましいです。」
「そのうち分かりますよ。」
3人を伴って、王城に行ったマサキは騎士団長に頼んで、テリウスを出してもらった。相変わらず太々しい、まぁこの方が喜んで色々喋ってくれそうだな。
その場でゲートを開き、皇帝執務室へと移動した。
エリザを見たテリウスは……。
「お母様!!」
と叫びました。マザコンうえい。
だが、しかし、エリザは目を合わせなかった。
そこから、騎士達に引き渡し、牢に入れてもらった。後は、ホンソンビーを待つだけだ。魔力感知を薄く拡げていくと、城の出入りが良く分かった。
おーっと、才也君登場かな?
「弥助、桜。来たっぽい。」
桜が困惑する。
「誰が、ですか?」
「蛇。」
「え?」
「才也。」
「えーー!?」
「何か敵にいたらしい。面白そうだから桜呼んでみた。」
「意地の悪い事を……。」
「いつか決着はつけねばならんのだ。敵なら丁度良いじゃないか。味方だったら面倒だったぞ。そもそも、お前は俺の女なんだから、堂々としていれば良い。」
「はい。」
桜は落ち着いた様だ。
異空間から大小を取り出し、革帯に手挟んで腰を落ち着けた。まぁ、後は色々喋ってくれるの待ちなんだけどね。
気配を殺して、4人で牢に向かう。
天井裏の才也を捕まえれば、終わりなのだが、暫くは放置だな。
騎士達が話を聞いている部屋に入ると、テリウスが色々喋っていた。扱いやすい男だな。
エルスローム国王の暗殺は失敗に終わっていた事、レオ皇帝の毒殺は、マサキの登場で完治させられた事、シャルロットは無事であった事、会議の席でヒ素を使おうと思ったが、邪魔されてルキウスを殺せなかった事など、色々愚痴っていた。
次の手を打ちたいが、先ずは、牢から出ない事には、話にならないので、エリザを説得して欲しい等、勝手な事をホンソンビーに頼んでいた。
ホンソンビーはホンソンビーで、次は何をするのか、それを非常に気にしていた。テリウスには、帝位に就いてもらわねばならないのだ。投資分の回収が出来ないからだ。
そこは、テリウスも分かっているらしく、シャルロットは、ホンソンビーの好きにして良いが、帝国に近付けない様にしておけ、と。その間に一気にルキウスとレオ皇帝を毒殺すると。
殺害と同時に、ホンソンビーの娘を嫁として、皇帝に即位して宰相を更迭して、ホンソンビーを宰相にする。と言う筋書きらしい。
凄いよね、反対意見が出る事を、全く考慮していないし、皇帝に即位したところで、貴族が従うかどうかを考えていない。普通、クーデターを起こした時って、先に根回しをしていなければ、成り立たないよね。
有力貴族等の後押しがあって、初めて貴族を掌握出来ると思うのだ。多分、俺が皇帝なんだから、言う事を聞け!と言う暴論なのだろう。
よく、こんなの担ぐ気になるよな。ホンソンビーも金は持っているけど、馬鹿なんだろう。そもそも、また毒殺なのだ。好きだねぇ。
もうバレているのに、それでも毒殺なのは、皇帝になれば誰も異論は唱えないと思っている事の証拠だろう。
そして、人を殺す度胸などないのだ。毒を入れておくから、見えない所で死んでください。と言う事なのだろう。
まあ、解った事は、救い様がない馬鹿2人と言う事なのだ。普通、牢にまで入れば、反省して諦めるか、何が駄目だったのかを検証して、違う方法でチャレンジするかしかないのだが、こいつらは、同じ方法でやろうとしている。
既に警戒されている等、これっぽっちも思っていないのだ。
騎士達が、話の内容を書き取りしているが、書きながら苛々して来たみたいだね。まあ、分かる。分かるから、ちゃんと書いて、処断の証拠になるんだから。
騎士達を見ると、もう良いです。と目で合図されたので、侯爵とテリウスは騎士に任せて忍びの相手を受け持った。
気配を頼りに、才也に向かって、【
天井の板がバキッと、音を立てて抜けると、才也君が落ちて来た。
「よう、忍びの才也君。随分、阿漕な事に加担している様だが。忍びとしてどうなの?それ。」
「何故、俺の名前を知っている。」
そこへ、桜、弥助、椿が出て来た。
「観念しな。人攫いの依頼を受けているな。禁忌の筈だ。」
と、弥助が声を掛けた。
「くっ、弥助、それに桜!お前は、俺の許嫁だ、助けろ。」
桜は冷めた目で才也を見ると、
「私の身も心も上様の物、貴方如きが、許嫁を名乗るのは、烏滸がましいと思いなさい。」
と言い放った。
(あら、桜さん強気ぃ~)
マサキは最後の慈悲を込めて言った。
「さて、選択だ。素直に縛に着くか、死ぬか選べ。自裁は許さん。」
「分かった。縛に着く。」
と、才也は言ったが、マサキは信用していなかった。素直過ぎるのだ。
マサキは、重力を掛けたまま、ロープで雁字搦めに縛ってやった。今は、これで動けないが、逃げそうだなぁ、そして俺んところへ仕返しに来そう。
「弥助。どうする?こいつ、多分逃げて来ると思うんだよね。顔に書いてあるんだよなぁ。忍びの癖に。」
「上様。ここは、我らにお任せ下さい。忍びの掟が御座いますれば。」
「承知した。無理はしない様にな。」
マサキは、流儀にまで口を出す気がないので、好きにさせる事にした。放置は即、桜に危険が及ぶので、何かしらの対策は必要なのだ。
その後、才也がどうなったかを知る者は少ない。男性にはちょっと?大分悲しい出来事であった。ヒュンてしちゃいそうな。
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