第253話 グレイフナーに舞い降りし女神⑫


 ゼノ・セラーにクリフを連れ去られたあと、悔やんでいる暇はなかった。


 エリィの気持ちはめっちゃ落ち込んでるんだけどね、今やってることが衝撃的——というか斬新すぎて、驚きのほうが大きい。


 その斬新なことってのが、身体が砂と化す魔道具が観客の身体に入っている危険性を考慮して、観客席をディナーショーのごとく回って落雷魔法で全員を感電させていく、というぶっ飛んだ任務だ。


 領地数1位のバルドバッド当主や他の観客が砂になったのは、仕掛けられた魔道具が原因だ。調査班が魔道具の残骸を見つけている。


 俺が、電撃で魔道具を破壊できる可能性が高いと伝達したら、即座に電撃を観客全員に撃ち込んでくれと依頼された。しかも国王直々の依頼っていうね。


『皆さん押さないでください!』

『順番ですぞ。シールド隊員の指示にしたがってくだされ』

『伝説の魔法を味わえるとは……わたくし、感激ですわ!』

『いかにも!』


 実況者レイニー・ハートとイーサン・ワールドが仕切り、観客たちは大人しく指示に従う。


 いや、まじでちょっとアブナイ電撃ディナーショーだよ?!

 

 使っている魔法は““感電エブリバディ感電エブリバディ”を改良したエリア電撃魔法、“電地面アースボルト”だ。


「範囲が広めの——“電地面アースボルト”!!」


 エリィの可愛らしい声が響くと、俺が視認し、なおかつ指定した範囲の地面から電撃がビリビリと発生する。


「ビリビリするぅぅぅ!」「アババババッ」「腰にぃ、効くぅぅっ」「ひゃあああ!」「これが恋の刺激ぃぃっ!」「伝説の魔法バンザイィィィぃ!」「おっぱい大き——ぎぃやあああぁぁあああぁああぁああああっ!!!」


 観客席を100ブロックに分けて約千人ずつ感電させていく。

 感電させれば例の魔道具は破壊できるらしいからな。仮に誰の身体にも入ってなかったとしても、念には念を入れておくべきだろう。


 とりあえず、エリィの胸を見ておっぱいとかいう輩には電撃強めな。

 ちなみに“電地面アースボルト”は弱めなら神経痛や肩こりにも効果がある模様。電気風呂かよ……。


 電撃を受けた約千人はよほど嬉しいのか、わー、と喝采を上げながらこちらに拍手を送ってくれた。


 すんごい。手がちぎれるくらい拍手してるよ。

 熱狂的すぎてちょっと怖いよ。

 落雷魔法がいかにグレイフナー王国で語り継がれてきたかが分かる。


 後方で白魔法師と有志たちが、感電した観客に光魔法や白魔法を唱えている。どうやら光魔法“癒発光キュアライト”が使えるエイミーもその有志に加わっているようだ。


「エリィ、次…」


 補佐してくれているアリアナが次のブロックへと先導してくれる。

 彼女のふりふり動くしっぽを眺めながら、やっぱり忙しいほうがいろいろ考えずに済むな、と漠然と考えた。


 エリィはクリフの胸にナイフが突き立ったまま連れ去られてだいぶ落ち込んで焦燥しているみたいだが、俺はつとめて気にしないようにしている。どんな方法を使ってでも絶対にクリフを取り戻すと心に誓っている。だから、できるだけポジティブに、クリフ捜索の対策へと意識を意図的に向けた。


 そうでもしないとエリィの気持ちに結構引っ張られるんだよな。

 最近、エリィの気持ちが如実に表面上に現れている気がする。


 ともあれ、クリフは俺とエリィの魂を分離させるキーパーソンであり、エリィの想い人だ。俺のためにもエリィのためにも必ず助け出すぞ。マストだ。


『落雷魔法を受けた方は席に戻ってください!』

『二度受けるなどそんな羨ましいことは許されませんぞ!』


 実況者から指摘された小狡い観客がすごすごと席に戻っていく。


 シールド隊員の十名が俺とアリアナの周囲を警戒してくれていて、しかもそのメンツが隊長やら副隊長なので、超VIPになった気分だ。


 それにしてもなぁ、アリアナが革ジャンと革のミニスカートに着替えてしまったのが残念だなぁ。ガブリエルにやられて穴の空いた黒タイツ姿はなかなかに扇情的でそこはかとないエロスを感じたんだが……あ、なんかすごいじっとりした目でこちらをアリアナさんが見てらっしゃる。勘が良すぎやしないですかね?


「エリィ、どうしたの…? 次、ビリビリさせちゃって…?」


 と思ったら違った。

 オッケー、ちゃっちゃと終わらすか。


「オーケー! みんな行くわよ——“電地面アースボルト”!!」


 千人が感電し、阿鼻叫喚。そして拍手喝采。


 かれこれ一時間ほどかけてコロッセオの客席を一周し、魔力が残り二割ぐらいになった。魔力枯渇のせいかちょっとばかし頭が痛い。


 国王から話があるとのことだったが、ひとまずゴールデン家のいる応援席でクラリスの淹れた紅茶を飲みながらアリアナの狐耳を撫でて休憩していると、エイミーが慌てた様子で走ってきた。


「エリィ〜! 大変だよ!」


 眼の前で急停止し、エイミーがはぁと息を吐いて膝に両手を当て、がばりと顔を上げた。


「砂漠の賢者様が魔力枯渇でベンチに寝てたの!」

「ポカじいが?」


 紅茶をクラリスに渡し、エイミーに駆け寄った。


「ハイジにお願いして馬車で家まで運んだけど、エリィに話しておいたほうがいいと思って」

「まあ……ありがとう、お姉様。だから使用人が少なかったのね。お父様とお母様もいないし」


 ゴールデン家の席に残っているのはエドウィーナとエリザベス、クラリス、バリー、その他使用人数名だけだ。


「エリィ、ポカじいほどの使い手なら一時間半ぐらいで起きると思う…。一般人は、魔力枯渇で再起するのに三時間…」


 アリアナが、国王との話も大事だけど早めに切り上げてポカじいの様子を見に行きたい、という目をして見上げてくる。相変わらずまつ毛が長い。


「そうね。すぐに国王様のところへ行きましょう」


 俺とアリアナ、エイミー、ゴールデン家の面々はコロッセオの貴賓席へと移動した。


 貴賓席は特別通路から入場のできる、観戦スペースだ。

 野外ではあるが頭上に大きな天幕が張られており、それなりの広さが確保されて自由に場所を使える。


 国王は俺が落雷魔法を使う姿を見届けるためこの場に居残り、ちょうど集まっていた各国の首脳陣とそのまま貴賓席で会議をしていた。移動する時間も惜しいのだろう。


 外からの視線を防ぐために、グレイフナー王国の国旗が描かれた陣幕が四方を囲んで張られ、“ライト”の照明魔道具が設置されている。その周りをシールド隊員が百名ほどで守りを固めていた。


 貴賓席に近づくと、グレイフナー筆頭魔法使いリンゴ・ジャララバードが陣幕から出てきて太い腕を上げて、俺達を通すようにとシールド隊員に指示を出した。


 身長二メートルでボディビルダー体型の男が手を挙げると結構な威圧感だ。あと、無駄にむさ苦しい。


 機敏な動きでミスリル製の甲冑を装備したシールド隊員が陣幕を開けると、グレイフナー国王、パンタ国の国王、水の国メソッドの首相らしき人物、北東の国々の主要なメンバーが一斉にこちらを向いた。


 赤絨毯が引かれ、どこから持ってきたのか大きなテーブルが設えてある。その周りを各国の面々が取り囲んでいた。


 外からの音が一切聞こえない。おそらく、シールド団員が音系魔法で防音処置を施しているらしい。音系魔法は習得難易度が高いが、さすがシールドといったところか。


「エリィ・ゴールデン、よく来たな」


 リンゴ・ジャララバードが大胸筋を震わせながら言った。


「遅ればせながら参りました。国王様の寛大な配慮とお心遣い、感謝致します」


 国王に「休んでよい」と言ってくれたことへの礼をし、スカートの裾を持って頭を下げた。


「各国の皆様、はじめまして。わたくし、ゴールデン家四女、ミラーズ総合デザイナー兼コバシガワ商会会長、複合魔法の一つ“落雷魔法”の使い手、エリィ・ゴールデンと申します」


 お偉方をぐるりと見回し、こちらにもレディの礼を取る。

 おお、なるほど。個性の強い面々が集合している。


 パンダの獣人、太っちょでちょび髭、丸メガネの日焼けした男、いかにも雪国らしい服装をした男などなど、十数名が集まっていた。


「同じくゴールデン家三女、雑誌Eimy専属モデル、エイミー・ゴールデンでございます」

「アリアナ・グランティーノ…」


 エイミーとアリアナが続いて挨拶をし、一歩下がった。


「エリィ・ゴールデンよ、落雷魔法は朕がしかと見届けた! 見事であったぞ!」

「もったいなきお言葉でございます」

「うむ!」


 せっかちな動きでうなずくと、国王は周囲の面々と俺を見て口を開いた。


「我がグレイフナー王国の偵察隊によると、セラー神国はグレイフナー峡谷を越えて軍を進めている」


 うっそ?!

 それって戦争ってことだよな?

 あと国王の話が唐突ッ。


 ゼノ・セラー……あいつ、最初からこの魔闘会でデモンストレーションを行ってから軍を進めるつもりだったのか。黙って侵攻してきたほうが効率は良さそうなもんだけど、デモンストレーションをやる理由が何かあったのか?


「グレイフナー峡谷を守るバルドバッド家がセラー神国と内通して敵を手引きしたことを鑑みるに、バルドバッド領でも人質を取られている可能性が高い。当主フォーク・バルドバッドがあの状態では話は聞けぬ」


 グレイフナー国王はとりあえず防御力の高い服を着てきました、といった格好で、周囲を見回した。


「よって、セラー神国軍を蹴散らし、バルドバッド家を救出。その後、セラー神国へ攻め入る」


 重々しい雰囲気で言うと、背後に立っているリンゴ・ジャララバードが肯定するようにうなずいた。


 さすが攻撃的な国の国王。

 そう言われても驚かないし、ユキムラ・セキノが定めた“戦争を自ら仕掛けるべからず”の法がなければ、グレイフナー王国はすでにセラー神国へ攻め入っていただろうよ。


「パンタ国は古き同盟の盟約に基づき、グレイフナー王国と共に戦う」


 顔に黒い斑点のあるパンダっぽい顔をした男が低い声で言った。

 リンゴ・ジャララバードよりもさらに身長が高い。二メートル半くらいはあるぞ。

 確か、バニーちゃんが話していたパンタ国国王、デンデンだ。


「約十万人の魔法攻撃で傷一つ負わない強力な複合魔法、見たことのないアーティファクト、未知の魔道具——セラー神国は我々の想定している以上の戦力を有している、と考えて動くのが妥当だ」


 デンデン国王が眉一つ動かさずに言った。

 その言葉を聞いて、隣にいた丸メガネの日焼けした若い男が手を挙げた。


「沿海州一同も参戦いたします。協議会により定められた“世界の危機”もしくは“複合魔法の使い手による侵攻”に本件は該当。軍事大国グレイフナーが万が一破れた場合、世界に未曽有の危機が訪れます」


 沿海州ってのは、セラー神国のさらに東にある海沿いの国々の集合体だ。


「隣国の友として、水の国メソッドも協力しましょう。もっとも、我が国には戦力と呼べるものはありませんが、後方支援はおまかせあれ」


 グレイフナー国王の隣にいたちょび髭太っちょの着物っぽい服を着たおっさんが、にこやかに言った。絵に描いた商人のような風体をしている。オシャレ戦争でメソッドから様々な生地を取り寄せたのは記憶に新しい。


 さらに続々と各国首相から参戦の声が上がる。

 が、唯一渋い顔でうつむいている国があった。


 ターバンを頭に巻いた、砂漠の国サンディの国王だった。

 彼は各国の重鎮たちに向けられる鋭い視線に冷や汗を流し、苦渋の表情で顔をあげると、歯切れ悪くしゃべりはじめた。



「砂漠の国サンディは……不戦……ということにさせていただきたい……」



 リンゴ・ジャララバードがびくりと大胸筋を揺らし、わずかに身体をサンディ国王へ向ける。

 グレイフナー国王がこの場に膨れ上がった各々の気持ちを即座に代弁した。


「それは、なぜですかな?」


 サンディ国王は悔しげに歯がみし、きつく目を閉じる。

 ターバンの下にある整った褐色の顔は、絶望に彩られていた。


「理由をお聞かせ願いたい」


 グレイフナー国王は意に介さず、再度問う。

 重たい沈黙が貴賓席に落ち、端から見ても痛いくらいに感じる視線がサンディ国王へと容赦なく浴びせられる。


 サンディ国王は観念したように肩を落として、ぽつりと呟いた。


「我が国の第一王女……私の娘は……セラー神国に人質として囚われている……」


 各国のトップが反応をし、数名が息を飲む。

 デンデン国王とグレイフナー国王は知っていたのか、静かにサンディ国王を見つめていた。


「娘を解放する条件としてセラー神国は大量の魔力結晶を欲してきた。我らはパンタ国へ戦争をしかける振りをして、自由国境付近の魔窟へ大量の兵士を送り込み、セラー神国へ輸送した………もっとも、デンデン国王にはすべて見抜かれてしまったが……」


 肩を落とすサンディ国王に、デンデン国王が強い光を宿した瞳を向けた。


「気にするな。和睦の条件としてこちらも少なくない金をもらっている」

「すまない……何度言ったか分からないが、貴殿の真心に感謝する……」


 戦争状態にあった二人には深いやりとりがあったらしいな。

 全員が驚きで顔を見合わせていた。


「朕は、サンディ国の第一王女救出も戦争の終着点の一つとして含めたい。セラー神国には人間の優しさというものを教えてやるつもりだ。人質がいるサンディ国は動きが鈍くなるのは必定、戦いに手を出してはならぬ」


 グレイフナー国王が景気のいい啖呵を切ると、サンディ国王が深く頭を下げた。


 サンディ国王は施政者というより、家族を切るに切れない優しさにあふれた性格をしているみたいだ。それが甘い、と言われるのか、美徳と褒められるかは、まあよくわからん。砂漠の国が家族を見捨てないお国柄なのかもしれない。


 ともあれ、つい最近まで戦争をしていたサンディ国とパンタ国のあいだに確執はないといっていいだろう。


 さすがに不戦と言っておきながら、パンタ国の背後を突いたりしないよな?

 しない、な。それこそ各国の総攻撃を受ける。


「パンタ国の持つ情報を開示したい」


 デンデン国王が一歩前に出た。


「パンタ国は古くから“無喚魔法”の使い手を探している。ユキムラ・セキノの仲間であったアン・グッドマンという女性が無喚魔法使いのために残した書簡を保管しているからだ」


 貴賓席がざわついた。


「また、どこから嗅ぎつけたのか、セラー神国はアン・グッドマンの書簡を渡せ、と過去百年に渡ってパンタ国に言ってきている。ゼノ・セラーが複合魔法使いを欲している様子を見るに、書簡には大きな意味があると考える。また、複合魔法の使い手は互いに引き合う、という伝承があるのはご存知か?」


 数名が首を縦に振り、残りはかぶりを振った。


「落雷魔法の使い手、エリィ・ゴールデンがいれば、いずれ複合魔法使いが集まってくる、と私は考える。各国に“無喚魔法”の使い手が出現した場合はすぐさまパンタ国へ連絡をお願いしたい。よろしいか?」


 各々、色よい返事をし、場の空気がいくぶんか熱くなった。

 気の早い者は付き人を呼んで何やら言伝をしている。


 右後ろを見ると、あまりこういった話が得意ではないエイミーはよそ行きモードの笑顔を顔に貼り付けていた。おおっとエイミー選手ぅ、これは話をまったく聞いていない顔だぁっ。そんであとから俺に聞いてくるパティーンッ。


 アリアナはふむふむと狐耳を動かしてぱちぱちと瞬きをし、何か考えている。きゃわいい。癒やし系狐美少女なう。存在が白魔法。ちょっと狐耳の裏とかに魔法陣描いてあるんじゃない? 白魔法の魔法陣。


「なに…? くすぐったい…」


 アリアナの耳をつまんで裏側を確認すると、彼女が肩をすくめて上目遣いに批難してきた。


「ごめんなさい。なんだか急に可愛いって思って、つい」

「………もう」

「許して。ほらほら」

「あ…、そうやって私のこと…、困らせて…」


 俺が狐耳をもふもふし始めると、アリアナがぷくっと頬を膨らませて下を向いた。嫌がっていないのはどこからどう見ても明白だった。なんだこの可愛い生物。


「ごほん! うおーっほん!」


 わざとらしい咳払いが貴賓席から響いた。

 困惑した表情でデンデン国王がパンダ顔を少しばかり赤くして、腕を組んだ。


「あーなんだ? その、獣人の耳をそんなに撫でるのは、ちょっと、感心せんぞ? いや、もちろん二人がそういうことならばまあ、いいのだが、今は大事な話をしているからな……少し自重してくれ」

「まあ、失礼いたしました」


 あわてて手を離して姿勢を正す。

 横でエイミーが微笑んだまま、顔を赤くしているアリアナを見て、両手を開いたり閉じたりしていた。

 あ、こっちに加わるタイミングを逃した感じね……。


「はっはっは! いいものを見せてもらったぞ!」


 グレイフナー国王が場の空気をまとめるように手を叩き、こちらを見つめた。


「では、エリィ・ゴールデンには此度の戦争の旗印になってもらう。よいな?」

「……それはどういった役回りでしょうか?」


 この国王、ホントに話が急だな。

 アリアナ、エイミーは国王の言葉に身体をこわばらせた。


「なに、簡単なことだ。この戦いの精神的支柱に落雷魔法の使い手であるお主を据えるのだ。軍の指揮などはもちろんできんだろうから、やらせることはない。そしてもう一つ。ゼノ・セラーに対抗できるのは複合魔法の使い手のみだ」


 グレイフナー国王が筋肉の塊……じゃなくて、リンゴ・ジャララバードへ視線を送ると、王国筆頭魔法使いが片眉を上げた。


「ゼノ・セラーがエリィ・ゴールデンの唱えた“電衝撃インパルス”という魔法を受けたとき、わずかではあるが奴の防御魔法にひずみができた。おまえの落雷魔法なら奴に効果がある」


 リンゴ・ジャララバードは興奮したのかシャツごしに大胸筋を盛り上げた。


「どんなに強くとも、奴も人間だ。不老不死でもあるまい。必ず倒せる」


 リンゴ・ジャララバードは先ほどまでゼノ・セラーがいたコロッセオの闘技台を軍人らしい鋭い目でちらりと見つめた。奴を取り逃がした悔しさが、視線の端々から漏れている。


「もとより連れ去られたクリフ様……クリフ・スチュワード様をお助けするつもりです。私はゼノ・セラーを追うことになんの異議もございません」

「そう言うと思っていたぞ。して、セラー神国のクリフとやらはエリィ・ゴールデンとはどんな関係なのだ? 恋人か?」

「こここ、こっこ恋人っ?! いえ、あの、そういうわけではなくって、あの、その——」


 エリィさん、どもりすぎ。

 恥ずかしいぐらいどもりすぎ。

 落ち着いてくれれば俺がしゃべるから、深呼吸を頼む。


「はぁ……ふぅ……取り乱しましたわ」


 周りを見ると、アリアナ、エイミー、国王らから生暖かい視線を向けられた。

 それでまたしても顔が熱くなるが、ぐっと堪えて口を開く。


「あのお方は本人の言っていたとおり、複合魔法の使い手です。使える魔法は“天視魔法”というもので、魂や光に関連しているとおっしゃっていました」

「なに?!」


 リンゴ・ジャララバードが驚き、各国のお偉方も驚愕している。

 この短時間で神話級である伝説の複合魔法の使い手が三人も見つかった。彼らの気持ちには、なぜ自国から複合魔法の使い手が現れなかったのかという利己的なものと、現在進行系で伝説の魔法と接触している自分自身への興奮とが入り混じっている。


「私はひとまず砂漠の賢者ポカホンタス様にお話を聞いて、それから自分の行動を決めたいと思います」


 砂漠の賢者という言葉にも貴賓席が驚き、想像の遥か上をいく事態に何が何やら分からなくなって口々に隣にいる人間と意見交換を始める。


 グレイフナー国王は逡巡すると、マントをばさりとはねのけた。


「いいだろう、賢者の話を聞いた後、本日中に必ず王宮へ来い。だが、どういった動きをするにしても、おぬしの名は旗印として借りる。そこは重々承知しておけ。よいな」

「かしこまりました」

「うむ。それでこそグレイフナーの誇り高き女だ」

「では、失礼いたしますわ」


 優雅にレディの礼を取ると、アリアナ、エイミーもお辞儀をし、踵を返して貴賓席を後にした。





      ◯





 ゴールデン家の馬車に乗り込み、魔闘会の観光客でごった返す大通りを進んでいく。「そこのけそこのけ、お嬢様方のお通りだ」と御者のバリーがうるさい。


 それにしても、まさか戦争になるとは思わなかったな。

 ゼノ・セラーの口ぶりからしてグレイフナー王国とユキムラ・セキノを憎んでいるみたいだったし、行動原理としては納得できる。怒りや憎しみのない無機質な人間に見えても、実際のところゼノ・セラーの内側はどろどろと粘っこい感情が渦巻いているらしい。


 戦争におけるゼノ・セラーの最終目的地は首都グレイフナーってことで間違いないな。


 気になっているのは、やはり複合魔法の使い手を探していることだ。

 複合魔法の使い手を集めて何がしたいのか、こればっかりは推測の域をでない。


「平和ねぇ」

「そうだね…」


 俺のつぶやきにアリアナがうなずいた。


「戦争するようには思えないわね」

「そうだね…」


 アリアナがまたうなずく。


「魔闘会も終わりかぁ。寂しいな」


 エイミーが馬車の窓へ顔を近づけてため息をついた。


 これから戦争するぜ、という雰囲気はまったくない。

 街を見渡してみても魔闘会の片付けをしているぐらいでさして変わったところもないし、どうにも緊張感に欠けるというか、実感がまったく沸いてこないというのが今の感想だ。


 二十分ほどかけて馬車がゴールデン家に到着し、メイドに出迎えられてエントランスに入り、クラリスにうながされるまま二階の客室に足を運んだ。


 客間の一室へと足を踏み入れると、ちょうど起き上がったところだったのか、ポカじいがベッドから出て立ち上がった。


 魔力が充実している様子はなく、魔力枯渇状態から復活したばかりでポカじいの顔色はあまりよくない。


「大丈夫かしら?」

「うむ」


 ポカじいはハンガーにかけてあったローブに袖を通し、自分の髭を撫でつつ、俺、アリアナ、エイミーの顔を見て、素早く尻へと視線を走らせ、うむ、と再度うなずいた。


「あやうく死ぬところじゃったわい」

「死ぬかお尻を見るか、どっちかにしてくれないかしらね?」

「尻で顔をつぶされて窒息死するのがわしの理想じゃ」

「イヤな理想ね?!」


 俺が思わずツッコミを入れると、アリアナが「スケベ、死…」と物騒なことを言い、エイミーが「あ、いつもの賢者様だ」と笑った。


「さて、都合のいいことにエリィ、アリアナ、エイミーの三人が集まっておるの」


 ポカじいは瞬時に砂漠の賢者らしい真面目な雰囲気に切り替えた。

 普段ならもう少しおふざけをしてから話を始めるところだが、ずいぶんと余裕がないポカじいの様子に俺とアリアナは背筋を伸ばした。


「ここではあれじゃな、中庭へ行こうかのう」


 ポカじいが近所への散歩を誘っているみたいな軽い言い方でドアノブへと手を伸ばし、廊下に出た。


 俺達は返事をしてポカじいの後に続く。


 なぜかポカじいの背中がいつもより小さく見えてしまい、隣にいるアリアナへ視線を送ると、彼女も同じことを考えていたのか目が合った。

 アリアナは何度かぱちぱちと瞬きをして無表情にちょっぴり微笑みを浮かべ、瞳を前に戻した。


 すれ違うメイドや執事が一礼をして通り過ぎていく。

 魔闘会で領地が増加したのでその祝勝会の準備と、先ほど起きたセラー神国の宣戦布告まがいの件で、どこか浮ついた気持ちになっているのか、皆が静かではあるがどこかそわそわしている。


 四人で中庭に出ると、大きな広場と手入れの行き届いた垣根が見えた。

 今日の祝勝会はダイニングルームで行うため、中庭には誰もいない。


 ポカじいが中庭の真ん中で立ち止まって振り返った。

 俺、アリアナ、エイミーも足を止める。


「ふむ。まず、さっきまでわしはゼノ・セラーと戦っていた。そして、負けた」

「え……? ええっ?」

「負け…?」

「賢者様が……?」


 一瞬冗談かと思ったがポカじいの目は笑っておらず、俺達は事態が飲み込めずに放心した。

 いやいや、ポカじいが負けるとか……嘘だろ……?


「あやつの絶魔法は強力無比じゃ」


 ポカじいは髭を撫でながら、ゼノ・セラーの魔法がどういったものであったかと戦闘スタイルを説明していく。


 まず問題なのが、魔法の同時行使が可能という点だ。

 これには俺、アリアナ、エイミー、三人とも驚きを隠せなかった。


 身体強化をしながら魔法行使ですら至難の業であるのに、魔法を同時に使うなどもはや曲芸の域だ。

 例えば右手から風魔法、左手から火魔法など試みた場合、魔力循環と魔力制御が追いつかずに暴発する。つまりは失敗して魔力だけ失う。


 同じ属性でチャレンジしても一緒だ。

 “落雷サンダーボルト”を連射はできても同時行使して同じ場所に落として威力が二倍、などは無理だ。何度か同時魔法行使を試してみた結果、魔法が失敗して魔力を失うだけの結果に終わっている。これに関しては、練習うんぬんで使える技術ではないように思えた。効率も悪い。


 それだったら、二発同時に“落雷サンダーボルト”が出せる新しい魔法を開発したほうが、まだ望みはある。ポカじいが魔法同時行使を一切せず、身体強化と魔法行使を組み合わせて運用していることからもその難易度がうかがえるよな。


 次にポカじいが説明したのは、複合魔法“絶魔法”についてだ。


 死者を蘇らせて私兵とすることができ、他の魔法を絶縁することができるらしい。


 え、なになに。魔法が効かないとかズルくない?

 インサイダー取引ばりにズルくないそれ?


 しかも他の魔法を遮断する“絶縁インソリューション”という魔法は、“落雷サンダーボルト”と同じ基礎魔法の位置づけで、連射可能。魔力消費も少ないとのこと。


 あかんやん……!

 エセ関西弁出ちゃうよ、それ……。


 “絶縁インソリューション”でこっちの撃った攻撃魔法ガードされて、その間に攻撃魔法撃たれたら防御一辺倒になるな。

 しかもエリア指定タイプの妨害魔法もあるらしく、十二元素拳の奥義でどうにか抜け出せるぐらいの相当強い魔力妨害をこちらに強要してくるとのこと。


「ポカじいが助かって本当によかった……」

「緊急脱出の魔道具があったからのう。じゃが、今日使ったものが最後の一つじゃ。もしもう一度奴と戦ったら、次は死ぬじゃろうな。おお、怖い怖い、すんごく怖い」

「そんなエイミー姉さまのお尻を見ながら言われても……」


 そこまで言われてやっと見られていることに気づいたのか、エイミーがきゃあと叫んで自分の尻を両手で隠そうとした。


 しかし、エイミーのわがままボディは誰しもがエェェクセレンッ、と叫びたくなる一品なので全然隠しきれていない。前かがみになるとかえって胸が強調されるという苦しい展開。じいさんが尻にしか興味がなくてよかった。


 ま、何にせよポカじいが無事で何よりだ。


「筆頭魔法使いのリンゴ・ジャララバード様が私の落雷魔法ならゼノ・セラーに効くのでは、と言っていたんだけど、ポカじいはどう思う?」

「ふむ。わしもその意見に賛成じゃ。複合魔法は複合魔法で干渉するしかないじゃろうて」

「やっぱりそうなのね。分かったわ」


 首を縦に振ると、アリアナとエイミーが心配そうな目で見つめてきた。


 狐美少女と垂れ目のパツキン美女に心配されると、俺としては俄然やる気が出てくる。女を守ってこその男。明らかな敵は潰す。それが小橋川流だ。


 今後の動きが見えてきた。

 クリフを追いつつ、ゼノ・セラーを倒せるぐらい強くならないといけないってことか。なかなかにハードボイルドな展開だな、おい。


「それでは、話の本題に入るとしようかのう」

「え? 本題じゃなかったの?」

「うむ。ここからがわしが伝えたかったことじゃ」


 ポカじいは達観した双眸を光らせ、静かにアリアナとエイミーを見つめた。


 ゴールデン家の中庭には“ライト”の照明器具から淡い光がこぼれ、手入れの行き届いた花壇や観葉植物に柔らかく影を落としている。屋敷からは誰かの話す声がうっすらと聞こえている。


 アリアナとエイミーはかつてないほど真剣なポカじいの空気を感じ、何を言われるのかと身構えた。ポカじいと付き合いの浅いエイミーはそわそわと落ち着かないのか、ちらりとこちらを見てきた。



「予知魔法“月読み”の出した条件は揃った」



 静かではあるが力強いポカじいの声が響いた。


「狐人族にして落雷魔法使用者の親しい友人、アリアナ・グランティーノ。落雷魔法使用者の姉妹にしてその中でもっとも魔力を保有している、エイミー・ゴールデン——」


 ポカじいは目を閉じてゆっくりと息を吸うと、おもむろにまぶたを開いた。


 その仕草は長年己の内に留めていた決して他人に伝えはいけない禁忌を言うようであり、やっと秘め事を吐き出せるといった、責任から開放される安堵感のようなものが含まれていた。



「おぬしら二人に複合魔法を授ける」



 ポカじいが厳かに言った。


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