第239話 魔闘会でファッションショータイム!②


 舞台袖から、五十名のモデルが出ては入ってを繰り返す。

 衣装ブースは人数分の洋服が入り乱れ、ミラーズスタッフ、デザイナー達がモデルに着せ替えをして彼女達が言うヘアスタイルに変更していく。


「次だ! ああ、どうしよう!」


 モデルナンバー49番、アリス・ライラックは緊張で自分の着ている洋服を何度も確認する。


「49番! スタンバイ!」


 早くも1番から47番までがランウェイを歩いており、誰一人として満点・ライト15個点灯の評価をもらっていない。


 20番の羊人族のスレンダーな子がライト12個を審査員から点灯されたが、それ以降、12個以上の評価が出ていなかった。


「緊張するぅぅ〜」


 アリスが舞台袖に移動すると、前には48番の女の子が待機していた。

 とびきり可愛くてスタイルが抜群にいい犬人族の子だ。


 舞台袖からランウェイを覗き込むと、“ライト”の照明がキラキラと落ち、群衆がひしめき合ってモデルがポーズを取るたびに拍手をしている様子が見えた。アリスは目がぐるぐると回りそうになって、太ももを指でひねり上げた。


 ちょっと痛かった……が、多少冷静になれた。


「48番! 5、4、3……」


 スタッフが照明担当にハンドサインを送り、48番の女の子に目くばせをする。


「が、がんばって!」


 アリスは思わず声をかけてしまった。

 48番の子は振り返ると、頼もしくうなずいた。


「2、1……GO!」


 数秒して彼女が舞台袖から颯爽と出て行くと、拍手が巻き起こり、ざわざわと周囲が騒がしくなる。


 審査員席を見れば、ジョーが“ライト”を3つ、ミサが2つ、ジョッパーが3つ、エイミーが3つ、エリィが1つ点灯させている。合計12個だ。


「おお、高得点だ!」「エリィお嬢様が押した!」「48番の子は合格?!」「ライトが全部点灯しないと合格じゃないよ!」


 観客から様々な声が上がり、48番の子がランウェイを端でポーズを決めて着た道を戻っていく。


 審査員が押す3つの“ライト”。

 ジョーは服装とモデルのバランスを見て評価し、ミサは自分の好みで、ジョッパーはモデルの表情を参考にし、エイミーは「ああん、可愛い〜っ」と言って問答無用で全員にライト3つを点灯させている。


 そして、エリィの中にいる小橋川は……かなりの辛口評価であった。


 48番が来るまで、わずか三名にしかライトを点灯していない。しかも三名とも1つだ。どうやら彼はご意見番のようなポジションを自身で演出しているらしかった。


「49番!」

「ひゃ、ひゃい!」

「大丈夫ですか?! 急いで深呼吸して!」

「分かりましたっ」


 アリスは大きく息を吸い込んだ。

 自分の前を歩いた子が高評価だったため、心臓が爆発せんばかりにどくどくと脈打っている。


「5、4、3、2、1……GO!」


 スタッフの掛け声でなかば押し出されるような形でアリスは舞台袖から飛び出した。


(ああっ……! たくさんの光とお客さんの熱気……!)


 ランウェイに一歩足を踏み入れるとアリスは幾千の瞳に身を焦がされそうになり、足が自分のものではないみたいにふわふわと浮いているように感じた。


 だがそれも数秒。


 楽しげな音楽と自分に向けられた拍手で浮かれた気持ちになり、顔が自然とほころんで気づけば満面の笑みへと変わっていた。


 家で何度も歩く練習をしたことが功を奏したのか、彼女は悠々とランウェイの先端まで闊歩し、Eimy最新刊でアリアナがしていた両手でハートマークを作るという流行りのポーズを決め、踵を返した。


 観客からは惜しみない拍手が送られた。


「さあ審査員のライトはどうでしょうか?! ………おおおおおおっ、なんとエリィ嬢が3つ! 今まで1つしか点灯させなかったエリィ嬢が3つ点灯させました!」


 審査員席を見れば、ジョーが2つ、ミサが3つ、ジョッパーが3つ、エイミーが3つ、エリィが3つ、ライトを点灯させていた。


「14個のライトが点灯しました! 現在の最高評価です! さあ、次の登場に期待がかかります! 一人三回ランウェイを歩くことができますから、まだまだチャンスはありますよ!」


 司会者がマイクを握りしめて言い切るとアリスが舞台から消え、50番がランウェイに登場した。




     ☆




 途中、観客の一人が鼻血を出して貧血になって運ばれるなどのハプニングはあったものの、無事にオーディションが終了した。


 結果として、満点であるライト全点灯は一人も現れなかった。

 高評価だったのは48番の犬人族、20番の羊人族の子などで、もっともライトを数多く光らせたのは、49番アリス・ライラックであった。


 本人はそのことが全く信じられないようで、舞台袖でモデル候補の子達と話しながらも足をガクガクと震わせている。オーディションが終わったら、夢の舞台に自分が立っていたことへの現実感が湧いてきたらしい。


「私が最高評価だなんて……ひえぇぇ」


 ひえぇ、とはまったく麗しく乙女らしからぬ発言であったが、どうにもそういうギャップも彼女の魅力のようだった。


「アリスさん、すごく輝いていました! 服のチョイスも抜群で!」

「そうそう! 笑顔も素敵でしたよ!」


 スタッフ陣からも軒並み高評価。

 アリスはさらに恐縮してしまう。


 そしてなにより……


「エリィお嬢様が三回ともライト3つ点灯ですもの!」


 すっかりご意見番っぽいポジションとみなされたエリィの高評価に、周囲の興奮が覚めやらない。


 それもそのはず、小橋川はモデルや周囲のスタッフまで影響してくることを計算に入れ、あえて偏った評価するというごく簡単な情報操作を行っていた。


 もちろん自分がいい、と思った子にしかライトは光らせていないし、別に最初からアリスを贔屓していたわけでもない。

 このオーディションでは一人スターのようなモデルを選出するという小橋川の目論見があり、その思惑通りに彼は動いただけである。そして、アリスという光る原石を見つけ、小橋川は迷いなくライトをすべて点灯させた。


 もしアリスがモデルとして採用されるのであれば、彼女はしばらく『総合デザイナーの満点評価を得た新人モデル』として肩書がつき、仕事にも箔がつくだろう。その後、人気が出るかどうかは彼女次第であった。


「モデル候補の皆さんは舞台に整列してください!」


 スタッフの呼び声で五十名がずらりと並ぶ。

 女の子達は皆、このオーディションをやりきって清々しい顔をしていた。



「それでは……第一回ミラーズモデルオーディションin王国劇場! 結果発表です!」



 うわああああああっ、と観客が拍手とともに湧き、色とりどりの照明が舞台上に当てられた。

 楽器隊は発表と同時に音を出せるように構え、モデル候補の女の子達は一様に真剣な表情になった。


 やがて、劇場がしんと静まりかえり、照明が弱まって舞台上にいるモデル五十名と司会者を淡く照らす。

 タッ、タッ、タッ、タッ、とゆっくりパーカッションがリズムを刻み、司会者が駆け寄ってくるスタッフから用紙を受け取って、おもむろに開いた。


 ごくり、と観客がツバを飲んで顔を前に突き出した。


 司会者は目を見開き、大きく口を開けてマイクに向かってシャウトした。




「20番、アーサ・マンスフィールド! 48番、ララ・マクレガー!」




 一気に音楽が鳴り響き、照明が二人のモデルに照らされる。

 わっ、と観客が一斉に諸手を挙げた。


 選ばれた二人は両手で口を覆い、信じられない、と言いながら嬉し泣きをする。

 48番、ララ・マクレガーの隣にいたアリスは惜しみない拍手を彼女に送り、やっぱり自分がモデルなんてそんな夢見たいなことはないよなぁとがっかりして、寂しさとあきらめが胸に広がった。


「この両名は新しく創刊される雑誌の専属モデルとして活動する権利が得られます! 皆さま、大きな拍手を!」


 王国劇場が拍手で満たされ音が反響した。

 貴賓席ではイケメン皇太子が立ち上がって二人の新しいスタートを祝福し、審査員席の五人も笑顔で手を叩いている。


「そして……」


 司会者が場の空気を一回区切るように声を張り上げた。

 ぴたり、と拍手が鳴り止んだ。


「もう一名、専属モデルとして採用になった方がおります! そのモデルはなんと、創刊号の表紙を飾ることが決定いたしました! 世界一のラッキーガール……その名は………」


 劇場中が固唾を飲んだ。

 司会者はもったいぶるように前列を見渡し、モデルを左から右へ眺め、貴賓席、審査員席、舞台後方へと視線を滑らせてから、思わせぶりに口を開いた。


「49番、アリス・ライラック!!」


 楽器隊がファンファーレを鳴らすと、会場が歓声で爆発した。


「おめでとう、アリス・ライラック! 今日から君もコバシカワ商会専属モデルです!」


 アリスは司会者が何を言っているのか分からず、頭の中が真っ白になった。

 目の前に広がっているのはこちらを見て拍手を送るモデル候補達、審査員、観客——王国劇場のステンドグラスから光がこぼれ、舞台に紙吹雪が舞っている。


 隣にいるララ・マクレガーがアリスの肩を抱いて、「おめでとう! おめでとう!」と二回言ったところで、フリーズしていた頭が急速に思考を始めた。


(う、そ………わたしが………モデル……? 雑誌の表紙……?)


 ぼんやりとしていたら、スタッフに押されるようにしてステージの前に立たされ、至近距離に審査員五人が並んでいるのが見えた。


(ああっ、エイミー様が……こんな近くに……! エリィちゃんも……! デザイナーさんとミラーズの偉い人……あと縫製店の店主さんも……)


 彼らの姿を目に焼き付けようとアリスは瞳を大きく開いた。

 しかし、うまく見ることができず、目に映る光景がぼんやりとにじんできて、最後にはまったく見えなくなってしまった。


 アリスの瞳からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれていた。


「まあ」

「あら」


 ゴールデン家姉妹がアリスの両脇に歩み寄り、左右からハンカチで目元を拭ってくれる。


 アリスはエリィとエイミーが自分の涙を拭いていることに十秒ぐらいしてようやく気づき、申し訳ない気持ちでいっぱいになって「しゅびばぜぇ〜ん」と謝った。


 たまたま司会者が彼女の口元へマイクを持ってきていたので、情けない泣き声が響き、会場中が爆笑に包まれた。


「それでは、審査員の皆さまに一言ずついただきましょう」


 司会者がジョーへとマイクを向けた。

 ジョーはハンチングを取ると、まじめな顔つきで話し始めた。


「まず、大行列ができていてびっくりしたよ。初めての試みがこんなにもみんなに注目されているとは夢にも思わなかったね。あとは、グレイフナー初のモデルオーディションは新しいインスピレーションが湧いてきたし、新鋭デザイナーの洋服が見れてとても勉強になった。デザイナー候補の数人と一緒に仕事をすることになると思うから、負けないようにもっといいデザインを考えようと思う。どのモデルさんも、個性があってよかったね。最後まで誰にするかすごく迷ったしね」


 実に作り手らしいジョーのコメントに拍手が起こった。女子からの黄色い声援も上がっている。


「次にミサ、いかがだったでしょうか?」


 今度はミサにマイクが差し出された。


「私がミラーズを開店したときは、こんな大きなオーディションをやることになるなんて夢にも思っていませんでした。たくさんのお客様に囲まれ、ミラーズの洋服がグレイフナーで愛されていることを再認識し、それを誇りに思います。洋服は人の心であり、表現だと私は思っております。また、洋服によって人の心が変わるとも私は思います。ファッションショーは表現の場として素晴らしいものだと感じました。モデル候補の皆さまが輝いていて、ショーを見ながら何度か泣いてしまいました……皆さん、とても素敵でした……」


 ミサの熱いコメントにまたも拍手が巻き起こる。

 モデル候補の中には泣いている女子もいた。


「さ、次にヒーホーぬいもの専門店、ジョッパー・ブタペコンド氏、いかがでしたでしょうか」


 豚人族のジョッパーはぶひっ、と鼻を鳴らし、背筋を伸ばした。


「まずは私のような縫製職人を審査員に選んでくれたことに深く感謝いたします。どうもありがとう。ええと、それで……初めはこのオーディションに困惑していたのですが、時間が経つにつれてどっぷりと世界観に入り込みましたな。どのモデルさんも見目麗しく、ひと目見たら忘れられないような印象を与える素晴らしきレディばかりでした。同じグレイフナー王国民であることを嬉しく思います。専属モデルに選ばれなかったからといってあなた達の魅力が損なわれることはないでしょうから、この場に来れたことに対して是非胸を張ってほしいですね。以上です」


 ジョッパーの言葉を聞いてモデル候補達は熱い拍手を彼に送った。

 司会者が次に行くためマイクを引こうとすると、ジョッパーがおどけた調子でマイクを押しとどめた。


「おっと、大事なことを忘れておりました。縫製の依頼は『ヒーホーぬいもの専門店』へ! 今ならサービスしますよ!」


 小気味いい宣伝に会場から笑いが起き、「いいぞー豚っ鼻!」と職人仲間らしき男からツッコミが飛んで、さらに笑い声が響いた。


「では、Eimy専属モデル、エイミー・ゴールデン嬢に一言いただきましょう」


 司会者がマイクをエイミーに向けただけで会場から声援が起こった。

 彼女の人気が誰よりも高い証拠だ。


 エイミーは嬉しそうにマイクへ顔を近づけると、少し困った顔をした。


「みんな可愛いいから全員採用にならないかエリィに聞いたんです。それはダメだってすぐに言われました。どうにかならないの、エリィ〜」


 予想斜め上のコメントに劇場がどっと笑いに包まれた。

 エイミーは五十名全員に3つライトを点灯させており、冗談抜きで全員を採用したかったらしい。しかもエリィのワンピースの袖をぐいぐいと引っ張っているところを見ると、まだあきらめていないようであった。情に深い彼女らしい行動だった。


「ダメですよ、姉様」


 エリィは笑いつつもどこか困った表情でエイミーの手をぎゅっと握った。


「あ〜ひどいんだから。もうエリィとは口を聞かないからね。私、ぷんぷん丸なんだからね」

「あらまあ」


 ぷくっと頬をふくらませるエイミー。


「でもでも、エリィとおしゃべりできなんてツラいなぁ。今のはナシね!」

「手のひらを返すのが早いわよ、姉様」


 エリィがエイミーの手のひらを表に向けた。


 姉妹のミニ漫才に会場がさらに沸いた。


 エイミーの評価に勇気づけられたモデル候補の子が数多くいたのは事実だ。

 評価して優劣をつけるという点ではダメダメなエイミーだったが、癒やし効果としては抜群であった。


「エイミー嬢、他にコメントはございますか?」


 司会者が再度マイクをふる。


「ええっと……特にないかな。みんな素敵で感動しました。この場に来てくださった観客の方々にも御礼を申し上げます。このあとの、私達のファッションショーにも期待してくださいね」


 エイミーは淑女らしく丁寧なレディの礼を取り、そして最後に——


「しゃかりき十万馬力っ!」


 嬉しそうに右手を上げ、謎の文言を叫んだ。


 会場中が顔面にはてなマークを浮かべ、エイミーファンが率先して真似をした。頭をからっぽにするにはなかなかにいいフレーズ、なのかもしれない。


「それでは最後となりました。ミラーズ総合デザイナーのエリィ・ゴールデン嬢より一言たまわりたいと思います」


 彼女がマイクへ顔を寄せると、会場中が静かになった。


 王国劇場のステンドグラスの光が偶然にも彼女を照らしている。

 不思議な雰囲気がするブルーの瞳に、皆が吸い込まれそうになった。


 また、彼女は先日の魔闘会で連戦連勝している優秀な魔法使いであり、浄化魔法まで唱えられる逸材とあってはその神秘性が倍増するのは仕方のないことであった。


 エリィはゆっくりと口を開いた。


「三万二千人の中から選ばれたモデル候補五十名はそれぞれの個性があり、審査員としては甲乙つけがたいものがありました。また、モデル自身が服と髪型を決めるという一風変わった選考方法は準備に大きな労力を伴いましたけれど、それによってより個性が光り、短い時間ながらもモデルとデザイナーで意見交換がなされ、即席で丈を変更するなど積極的な光景も見られたようで、新しい可能性を見たように感じました」


 エリィはそこまで話し、瞬きをして会場を眺めた。


「端的に言うと……すごく素敵なオーディションでした。ワクワクが止まりませんでした。何か新しいことが始まっているような、そんな冒険がスタートしているような錯覚がしました。オーディションへの参加、スタッフ一同を代表して心から御礼を申し上げますわ」


 彼女は流麗な所作でスカートの裾をつまみ、レディの礼をする。


「20番アーサ・マンスフィールドさん、48番ララ・マクレガーさん、49番アリス・ライラックさん……おめでとう! 今日から一緒に頑張りましょう。よろしくねっ!」


 エリィはオーディションを勝ち抜いた三人を一人ずつ抱きしめた。


 割れんばかりの拍手が劇場に反響し、アーサとララは嬉し泣きで顔を伏せ、アリスはぼろぼろ泣いて何度もハンカチで目元を拭いた。


「あ、そうそう」


 軽い調子でエリィが司会者からマイクを取り、口に当てた。


「今回選ばれなかった47名の女の子達はモデル候補としてうちで働かないかしら? ヘアカタログとか、メイクモデルとか、実はそれぞれにお仕事を考えているのよ。モデルも全然足りないしね。実力主義でよければ、だけど……どうかしら?」


 そう言ってウインクをするエリィ。


 47名の女の子達は一斉に「きゃあー!」と黄色い声を上げて跳び上がり、隣同士で抱き合った。

 会場中からも「わああああああっ!」という歓声が響き渡った。


 エリィのサプライズもあり、ファッションショーオーディションは興奮冷めやらぬ中、プログラムを終了した。


 このあと休憩を挟み、エリィ達の登場するミラーズファッションショーが始まる。




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