第223話 魔闘会でショータイム!⑩


 皇太子との対談は一時間ほどで終わった。


 というのも、エリィがポカじいにもらった召喚魔法陣のメモ用紙はエリザベスとエドウィーナが配属されている解析班が研究しており、俺がどうこう口出しをして解決するものではないからだ。


 皇太子は落雷魔法と関係があるのでは、と期待をしていたようだ。


 とりあえず対談の途中で鼻血の痕跡をハンカチで拭いてくれてよかった。

 あのままだったら話に全く集中できなかったぞ。


「では、エリィ嬢。またお会いしましょう」


 皇太子がエリィの手の甲にキスをして颯爽と研究室を出ると、女性で構成された解析班の面々から黄色い悲鳴が上がった。


 皇太子、女子に人気があるらしい。

 まぁイケメンで次期国王、器量良しとなれば女が放っておかないだろう。


 しかし、エリィは皇太子にまったくその気がない。


 ハートで分かるのよ、ハートで。

 エリィの心臓がまったく高鳴ってないんだよ。


 皇太子よ、エリィが顔を赤くしたのは手の甲にキスされて恥ずかしがってるだけだから、くれぐれも自分に惚れているとか勘違いするなよ。去り際、エリィ嬢は間違いなく僕に気があるなフッフッフ的な笑みをされても困るぜ、ホント。


 あと、いい加減男との絡みに慣れようね、エリィさん。こっちとしては毎回顔面がホットになるから、そのたびにこれは俺のせいじゃねえよって言い訳をしてるわけよ。


 しかも男連中のほとんどが、エリィがリンゴみたいに真っ赤な顔をすると脈ありだって思いっきり勘違いする。

 実はこれが原因で何度か魔法学校で告白されてるんだよな……。


 男性諸君の気持ちは大いに分かる。


 超美少女で胸が大きい優しそうな女の子が、自分が手を取って挨拶をしただけで顔を真っ赤にして足をもじもじ擦り合わせたら、「あれっ、これって脈あるんじゃね? イケるんじゃね?」って普通思うよな。正直言って、俺でも勘違いする可能性あるわ。


 それでも……あとで火消しに回る俺の気持ちにもなってくれ。なぜスーパー営業マン小橋川が「あなたのことが嫌いとかそういうんじゃないんだけど、異性としては見れませんわ……ごめんなさい」って乙女チックなセリフを言って回らなきゃいけないんだよ。あれ、すげえ嫌なんだよ。モテる女子の大変さを痛感した。


 頼む。本当に頼むぞ、エリィ。

 ほんの少しでいいから“男性免疫力”をつけてくれ。

 お兄さん、切に願う!



 とまあそんなこんなで対談が終了し、エドウィーナ、エリザベスの二人と仲良く馬車に乗って、俺だけヤナギハラ家の会食に向かった。


 ボブ郎のせいで時間を取られ、スケジュールの順番が前後してしまった。

 ファッションショー打ち合わせ、対談、孤児院、会食、訓練の順番であったが、打ち合わせを後回しにしてもらうよう使用人に伝えてある。


 今頃、グレイフナー王国劇場ではファッションショーのゲネプロが行われているはずだ。


 あとは、ジャックとグレンフィディックに“焼肉レバニラ”がお縄になった旨を報告するよう使用人に追加で言い含めておいた。

 彼らはすぐに動くだろう。

 警邏隊の留置所で似顔絵の検分が始まれば、あっという間にリッキー家の闇取引場所が判明するはずだ。




     ☆




 皇太子とエリィの対談が終わった頃、リッキー家は大騒ぎになっていた。


 跡取り息子のボブが白昼堂々クラスメイトを手篭めにしようとし、しかもその相手が貴族の娘。さらには最悪のタイミングで国家権力を有する皇太子が現れて現行犯逮捕され、その場でお裁きを受けるという、近年でも聞いたことのない恥を晒したのだ。


 ボブは常にリッキー家と父親に守られてきた。

 何かヘマをしても父親が強引にもみ消してくれるため、それに甘えて育ってきた。


 そんなボブでも、冷静な状態であればもっとまともな手を使ってエリィ誘拐を企てただろう。

 だが、ボブはエリィに対して冷静でいられなかった。


 どれだけイジメても屈しない女子生徒。

 屈するどころかボブの行動を正そうとしてくる、芯の強い女の子。


 いつしかボブは彼女に執着し、ダイエットでありえないほどの美人になって戻ってきたエリィを、純粋に欲しいと思った。ほの暗い気持ちではあったが、彼女に惹かれてしまう自分がいた。


 ボブはそれが許せなかった。


 デブでブスだったエリィより常に上にいるつもりが、いつの間にか自分が追いかける立場になっていることに腸が煮えくり返った。



 そんな息子の胸中を知らず、そして知ろうともしなかった父親のジョン・リッキー。



 ボブにエリィ誘拐を一任してしまったことが、ジョン・リッキーにとって最大の失敗であった。


 息子の言動や行動に少しでも注視していれば心の機微に気づいたかもしれず、ボブが失敗すると予想して親らしく別の方向へと導いてやり、こんな大スキャンダルになる事態は未然に防げたかもしれなかった。


 だが、ジョンにそんな余裕はなかった。

 起こるべくして起こった事件としか思えない。


 ジョン・リッキーは魔力妨害の手錠をかけられて玄関口に現れた息子を見て、最初は手品ショーの余興かと思った。


 しかし、屈強なシールド団員が厳しい顔つきで息子ボブの背後に立っている姿を見て自分が大いに間違っていることに気づき、思考が停止した。


「ボブ・リッキーはゴールデン家四女、エリィ・ゴールデン嬢の誘拐未遂、ならびに魔薬バラライ使用幇助の罪により本日をもってグレイフナー魔法学校を退学となった。魔闘会終了まで自宅謹慎とし、魔力結晶鉱山で十年の労役を課す。 謹慎期間はシールド団員が二名監視にあたる。この謹慎期間は皇太子殿下の温情だと思い、息子との別れを惜しむがいい。また、謹慎期間中、我々に危害を加えるようであれば罪状が増えることになる。留意されたし」


 シールド団員が一歩前へ出て、罪状を大声で述べた。


 我に返ったジョン・リッキーがまくし立てるように説明を求めると、つらつらとシールド団員が質問に答える。



——学校の校門前でレディを誘拐しようとした。



——配下の男二人を使ってエリィ嬢と友人のアリアナ嬢に魔法を使った。



——返り討ちにされ、偶然学校に来た皇太子殿下に裁きを受けた。



 信じがたい所業と偶然のオンパレードにジョン・リッキーは手で顔を覆いながら天を仰ぎ、血の気が引いて死人のような顔色になった。


 手を顔から離したあと、人形のごとく放心している息子を見て、ジョンは現実から少しでも逃げるために冷たくなった拳を振り上げた。


「大馬鹿者がぁぁっ!」


 顔面で拳を受けた息子のボブが吹っ飛び、エントランスホールをごろごろと転がった。


 シールド団員の二人はピクリとも表情を崩さず、代わりに大胸筋を左右交互にビクビクッと跳ねさせ、ボブの転がったところまで歩くと直立不動の姿勢になった。助け起こす素振りなど全く見せない。


「マードック! マードックを呼べ!」


 ジョン・リッキーが発狂したように叫ぶと、近くにいたメイドが怯えた顔を作って転がるように駆けていく。


 ジョン・リッキーはそんなメイドに一瞥も送らず、目障りな息子ボブとシールド団員を適当な客間に押し込め、青い顔でエントランスをぐるぐると歩き回った。


「偽りの神ワシャシールに見初められたか?!」


 悲痛な言葉しか出てこず、解決策は思いつかない。


 しばらくすると玄関が騒がしくなり、マードックがめずらしくあわてた様子で家に飛び込んできた。


「旦那! ちょうどいいところに!」

「遅いぞ! 何をしていた!」

「ヤギークの野郎が警邏隊に捕まりました」


 マードックが息も切れ切れに言うと、ジョン・リッキーは彼の言った言葉の意味が理解できず、呼吸を忘れてごつごつしたマードックの顔を眺めた。


 そんな主の反応など気にせずにマードックが報告する。


「誘拐未遂と魔薬バラライの使用で現行犯逮捕です。もうあいつはダメだ、使えねぇです」

「ふざけるなっ!」


 怒りに任せてジョン・リッキーはマードックを殴りつけた。

 マードックは甘んじて殴打を受けると、すぐに“治癒ヒール”で回復して、いつもの不遜な態度に戻った。殴られたことで冷静になったらしい。


「………どう対処されるんです?」

「ヤギークが捕まったのは本当か? 我々を陥れる流言ではなく?」

「ええ。この目で留置所にぶちこまれている姿をしかと見ました。あいつ、白目を向いて呆けていましたぜ」

「……そうか」

「で、旦那………どうするんですかい?」


 マードックの問いに、ジョンは答えられない。


 魔闘会は『倍返し・10個賭け』でジリ貧。

 息子は退学処分。

 最高戦力の二柱の片方であるヤギークが逮捕。

 親分であるガブリエル・ガブルからは人魚オークションを意地でもやれと無茶振りされている真っ最中。


 仮に、魔闘会で全敗し、裏取引の現場を押さえられでもしたら……



———リッキー家は終わりだ



 ジョン・リッキーは足元から何かが崩れていくように思えた。自分の身体が奈落の底へと沈んでいくように感じてエントランスの照明器具がぐにゃりと歪んでぼやけ、血吸いモグラが寝床をのっそり移動するかのように視界が鈍重に明滅した。




     ☆




 エリィがヤナギハラ家邸宅に到着した頃、グレイフナー王国警邏隊本部留置所にはサウザンド家秘書のジャック、サウザンド家に仕える木魔法スペシャリストのジャヴァ・カリー、雑誌Eimy専属カメラマンのテンメイがいた。


 ジャックとテンメイは挨拶を交わした仲ではあるが、互いに深く話したことはない。

 めずらしい取り合わせだ。


「エリィお嬢様からの使いによれば、あの男がコードネーム“焼肉レバニラ”だというお話です」


 生地が厚く防御力の高い執事服に身を包んだジャックが、恭しく一礼した。

 写真家テンメイは初めて訪れた留置所に興奮して、カメラのファインダーを右目に押し当てながら鼻息を荒くする。


「これが留置所ですか。すえた臭いと不穏な空気が見事に混ざってドメスティック!」


 魔力妨害が施された鉄格子を激写するテンメイ。

 彼のずんぐりむっくりな身体が機敏に動き、ペラリと現像された写真をキャッチする。


「どうです、このファンタスティックなフォーは」


 テンメイに写真を見せられたジャックは、「変な写真家だけど腕は確かよ」とエリィが過去に言っていた記憶を思い出し、真顔のまま写真を受け取った。


 写真には鉄格子が写り、中にいる四人の犯罪者がボヤけて奥に浮かんでいる。

 見たことのない絵画のような風合いで写真が撮れていたため、ジャックは気づかずうちに「おお」と声を上げた。


 撮る瞬間ひどくうるさいが、彼の腕はいいのかもしれない。

 ジャックは写真撮影技術に感心するとともに、テンメイに焼肉レバニラを撮るように伝える。


 テンメイはジャックの言葉を受け、ヤギークのいる牢屋前まで進み、警邏隊に錠前を外して欲しいと頼んだ。サウザンド家の根回し付きで申請を受けている警邏隊は慎重に錠前へ鍵を入れ、ガチャリとひねった。


 牢屋は六畳ほどあり、床は硬い石畳になっていた。

 焼肉レバニラは両手両足に魔力妨害の腕輪を装着した状態で手足をだらりと伸ばし、壁を背にして牢屋の隅っこで失神している。


 ジャック、テンメイ、木魔法スペシャリストのジャヴァ・カリーが低い入口をくぐって牢屋の中に入ると、キャスケット帽をかぶった警邏隊が、何が起きても対処できるよう杖を構えた。


「被写体が白目を剥いていてはモンタージュと照合できないか……。ジャヴァ、どうだ? 記憶とこの男は合致するか?」


 ジャックが焼肉レバニラを見下ろしながら言い、背後にいる木魔法スペシャリストの男、ジャヴァ・カリーに尋ねた。


「残念ながら……私の記憶にはない男のようです。写真を撮っていただき、部下と確認する必要があります。あと、カレーが食べたいです」

「そうか。テンメイ殿、私が焼肉レバニラを正気に戻しますので準備してお待ちください」

「はいっ!」


 テンメイは言うが早いか、カメラの三脚を立て、角度を調整し、ファインダーを覗いた。


「若い頃、なかなか起きなかったグレンフィディック様に施した技をお見せしましょう」


 ジャックは焼肉レバニラへおもむろに近づくと、彼の尻たぶをそっとつまみ、耳元へ自分の口を持っていった。


 テンメイとジャヴァ・カリーは、執事服を着たジャックをじっと見つめる。


 壁を背にして気絶している焼肉レバニラの尻たぶを右手でつまみ、顔を寄せるジャックは端から見ると介抱してこれから男を抱き起こそうとしているようにも見えた。


 ジャックは精神を統一して気を充分に練ると、くわっと両目を開いて思い切り焼肉レバニラの尻たぶをひねり上げた。


「尻に矢が刺さったぞおおおおおおぉぉぉおおぉおおおっ!!!!」


 冷静なジャックが急に大声を張り上げた。

 尻をひねられ、耳元で鼓膜を弾け飛ばさんばかりに叫ばれた焼肉レバニラはたまらない。


「矢ぁいいいいいぃぃぃいいぃたぁぃっ!!!?」


 焼肉、起床。


「エクスカリボォォゥウ!!!」


 テンメイ、激写。


「ッッ?!」

「ひぃっ?!」


 ジャヴァ・カリーと警邏隊の護衛が驚いて持っていた杖を取り落とした。


「さあ、あの記念撮影具を見ろ。しっかり目を開けて見るんだ」


 驚きでうろたえている焼肉レバニラの耳を強引に引っ張り、ジャックがカメラのレンズへ顔を向けさせる。

 すると、シャッターチャンスを逃さずにテンメイが写真を撮った。


 ぺらりぺらりと写真が二枚、カメラの横から出てくる。

 テンメイは素早く手に取ると、エェクセレンッ、とつぶやいてジャックに渡した。


 ジャックは写真を見て、二枚目なら照合に最適だと思った。


 焼肉レバニラは胸から上を激写されていた。

 証明写真のような真顔で完全なカメラ目線。ジャックが手を引っ込めた瞬間にテンメイがシャッターを切っており、余計なものは一切写っていない。


「サウザンド家へ持っていけ」


 ジャックから写真を受け取ったジャヴァ・カリーは機敏に一礼し、カレーが食べたいと言いながら留置所を飛び出した。


 そしてジャックは一枚目の写真に目を落とす。

 尻をひねられてひどく滑稽な顔をした焼肉レバニラがくっきり写っており、これはエリィお嬢様が好きそうだ、と思った。


「一枚目はエリィお嬢様にお渡ししましょう」

「それは名案です」


 エリィは淑やかなお嬢様なのに、なぜか滑稽なもの、可笑しな出来事、ギャグの類が好きだった。

 それを知っているテンメイはジャックから一枚目の写真を受け取った。


「テンメイ殿、ご協力感謝いたします」

「こちらこそ、誠に良き経験ができました。偽りの神ワシャシールが嘲笑しながら酒を飲んでいるようなインスピレーションが沸きましたよ……。では、私はファッションショーの打ち合わせに戻ります。ジャックさんも後ほど来られますか?」

「ありがとうございます。私は警邏隊隊長と話し、サウザンド家に戻ってリッキー家の取引先を見つけたいと思いますので、エリィお嬢様にはそのようにお伝えいただければ幸いです」

「おまかせください。我が心の妖精、エリィ嬢に伝えておきます」


 テンメイは慇懃に礼をし、カメラを専用のケースにしまって背負うと、そのまま振り返らずに留置所から出ていった。


 ジャックはその背中に敬意を払い、長年の執事職で培った丁寧で流麗な礼を取ると警邏隊の隊員に声をかける。

 すぐに許可が下り、隊員とともに留置所の奥へと消えていった。


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