第207話 Eimy新刊発売でございますぞ①




     ☆



「あああああああああもうっ! あの金髪ツインテール! 何なの! なんで浄化魔法をおぼえてやがるのぉ!」


 白魔法師協会の実習から帰ってきたスカーレットは自室に戻るなり、大声で叫んで杖をベッドに叩きつけた。


 それでは足りないのか、彼女は枕の端を両手で持ち、絶叫しながらベッドや照明に己の怒りをぶつけていく。顔を赤く染め、胃から突き上がってくるどす黒い感情を撒き散らしてめちゃくちゃに枕を振り回した。


 高級照明が倒れ、窓ガラスが割れてベランダに飛び散り、勉強机の花瓶が倒れて床が水浸しになり、本棚の参考書がその上にバラバラと落ちた。


 音を聞きつけたメイドが部屋に飛び込んできて、あまりの惨状に絶句した。


 スカーレットはノックもせずに入ってきた新人メイドに飛びかかり、強烈な平手打ちをお見舞した。


「めざわりよ!」


 バン、と頬が腫れ上がる強烈な一発にメイドが倒れた。

 スカーレットは彼女が逆らわない新人メイドなのをいいことに、右足を振り上げて彼女の背中を踏みつけた。


「忌々しい! 忌々しい! 忌々しい!」


 新人メイドはついにクビだという絶望と突然の痛みで泣きながら許しを乞う。


 騒ぎを聞きつけたメイド長のばあやが駆け込んできて、ようやくスカーレットは足を止めた。


「その目は何よ、ばあや! 新人メイドがノックをしないから躾をしているのよ!」

「これは……」


 メイド長のばあやはスカーレットの部屋を見て愕然とした。

 強盗が押し入ったあとよりひどい有様だ。


「お姉様に言うんじゃないわよ」


 スカーレットは額が触れ合う距離までメイド長に詰め寄った。長年サークレット家に勤め、少しのことでは動揺しないばあやも、彼女の鬼気迫る雰囲気に思わずうなずいてしまった。


 スカーレットは萎縮するばあやを見て怒りが若干収まり、使用人を呼んで部屋を片付けさせた。


 姉が帰宅するまでに元通りにしなければ、烈火のごとく叱られる。

 爪を噛みながら部屋の前で作業を監視していると、ふといいことを思いついた。なぜそんなことに気づかなかったのか、自分がまぬけだと思った。


「洋服を見せつければいいんだわ」


 4月20日に発売されるファッション雑誌。

 サークレット家も『Eimy』と同日に雑誌を発売する。

 周囲からは模倣だ後追いだと言われているが、そんなものは流行らせたもの勝ちだ。


 雑誌を学校へ持っていき、クラスの羨望を浴びればいい。

 ゴールデン家ごときにサークレット家が負けるはずがない。


 なんて簡単なことなのか。

 スカーレットはいつも笑顔でいるエリィの顔が悔しげに歪むことを想像し、胃の奥からせり上がっていた怒りが急速に鎮まっていった。あいつは私にビクビクしていればいいんだ。それがお似合いだ。



——エリィ・ゴールデンはブスでノロマのグズ。



 上級魔法の呪文のように脳内で繰り返し唱え、スカーレットはなくしかけていた自信を取り戻し、口元に笑みを張り付けた。




      ◯




 4月20日。

 ついに『Eimy〜春の特別増刊号〜』の発売日だ。


 どうしても発売の様子を見たかったのでハルシューゲ先生に「家の都合で」と言って、午前中の授業を休んだ。貴族子女がお家事情で休むことはままあるため問題ない。


 白魔法師協会の実習以降、スカーレットは大人しかった。

 彼女の取巻き連中も静かにしており、以前と違ってスカーレットと一緒に行動するのが窮屈そうな印象を受ける。彼女らの中で、ちょっとした不和が起こっているみたいだ。


 実習でスカーレットがポーションを飲み、それをうやむやにしたことが原因だろう。


 見た感じ、ゾーイしか魔力ポーションの存在をスカーレットから言われていないみたいだった。友人が隠し事をし、それを打ち明けてくれないと疎外感を覚え、自分ってそんなに仲良くないのかな、と思ってしまうのは当然だ。


 スカーレット達の関係性も不和に拍車をかけている。


 ゾーイはどうか分からないが、他の四人はサークレット家の威光があるからスカーレットに付き従っているようにしかみえない。長いものには巻かれろの精神だ。最終的に甘い蜜を吸えると判断して、スカーレットのグループに入っているように見受けられる。


 彼女らの間に友情と呼べる絆があるのかは甚だ疑問に思えた。



「割り込みはご遠慮くださーい! 殴り合いも禁止でーす!」



 店員の呼びかけで思考を中断した。

 発売当日のオハナ書店には大行列ができており、店員が紙のメガホンで列に並ぶ客へ声を掛けていく。


 全40ページ、初版発行部数3000部、価格6000ロン。


 ジャックに無理を言って火魔法使いの助っ人を呼んだからこの部数が実現できた。あとはスルメとガルガインも助けてくれたな。持つべきは友だ。


「押さないでくださーい! 初版は3000部用意してございまーす!」



 まさに長蛇の列。

 これは興奮する。

 売り切れは必至だ。



 書店店員は朝から全スタッフが出勤していた。


 足りないだろうと予想して、列整理にコバシガワ商会のスタッフを五名貸し出していた。ナイス判断、ウサックス。


「すごい列だねぇ」


 エイミーが長い列を見て楽しげに笑っていた。

 三人一組の列が出逢い橋を越えて二番街まで続き、最後尾がまったく見えない。その列を見ながら出勤する人々や、並ぶ客に軽食を売る売り子が集まっているため、ちょっとした祭り騒ぎだ。


「あ、あれは!」「モデルのエイミー様!」「きゃあーーー!」「美人すぎるわ!」「モノホンでござる!」「握手してくださいまし〜!」


 エイミーを見つけたファンの女の子が列から飛び出してきて握手を求めている。

 快く対応すると、エイミーは一斉に注目された。


 瞬く間に列が乱れそうになったので、あわててウサックスと店員を呼んで押しとどめ、エイミーを避難させる。


 気づけば彼女はグレイフナー王国で一二を争う有名人になっていた。

 エイミーは社交界に引っ張りだこで、モデル業の傍ら、洋服の宣伝を兼ねて様々な舞踏会やサロンに出席している。さらには女性向けファッションコーディネートの催しをミラーズの女性店員と一緒に開いたりしているため、エイミーのスケジュールは半年先まで埋まっていた。


 魔導研究所に就職せず、モデル業に軌道修正したのは正解だったな。

 彼女が毎日楽しそうに活動している姿を見るのは俺も嬉しい。


「エリィ〜。私も発売される瞬間が見たいよ」

「それならオハナ書店の中から見てね」

「はーい。一緒に見たいからエリィも来てね」


 エイミーがコバシガワ商会の面々にガードされつつ、手を振って書店内へ移動する。書店は雑誌販売のため午前中は路面店のみだ。ずらりと並んだテーブルに雑誌が積み上げられており、その背後に回ればファンが押しかけることはできない。


 横にいたミサがエイミーに手を振り、こちらに視線を戻して口を開いた。


「エリィお嬢様、幾多の苦難を乗り越えてようやく発売ですね」


 各方面へ奔走していた彼女は感慨深げな言い方をする。綺麗に切られたボブカットが今日もよく似合っていた。


「そうね。でも、ミラーズの勝負はこれからよ」

「はい、分かっておりますわ」


 俺とミサは信頼関係で結ばれた視線を絡ませ、笑った。


「新しいデザイナーになるやつがこの中にいるかも」


 じっと列を眺めてるデザイナーのジョーがハンチング帽をぐっと上げてこちらを見ずに言った。顔は真剣そのものだ。


「あら、そろそろ一人じゃつらくなってきたの?」

「ま、正直ね」


 軽く茶化してみたが、ジョーはあっさりと認めた。


 ジョーの負担は相当なものになっていた。


 俺が提案した、キレカジ系、コンサバ系、綺麗系、お姉系、ガーリー系などミックスしたデザインをすべて検討し、さらに自分でアレンジしている。しかも、ジョーはトップス、アンダー、靴下から帽子、鞄まで、すべて一人でデザインしていた。加えてゴールディッシュ・ヘアーの開発にまで関わっている。ミラーズで一番多忙だったのは間違いなくジョーだ。


 今後もさらにやることが増える。


 着手予定の、カジュアル系、ロック系、フェミニン系、オフィスOL系、ストリート系。

 三十代後半から五十代までの年齢層をターゲットにした女性服全般。

 舞踏会用のドレスコーデ。

 地球にないジャンルの開発。

 男性服全般。

 冒険者用の防具関連等々。


 一人でデザインするのは不可能に近い。


 これはミラーズで洋服を作って感じたことだが、女性服は奥が深く、系統がありえないぐらい多い。日本の女性ファッションを思い返すと、凄まじい量の系統が商品として展開されていた記憶が浮かんでくる。


 さすがの俺でも、全ジャンルを詳細には覚えていない。かろうじて、こんな雰囲気だったかな、というのをうっすら記憶している程度だ。


 日本にあれだけのブランドがあり、デザイナーが存在している理由がミラーズのおかげで理解でき、実感できた。


 今後、グレイフナーでは新しいブランドが乱立するだろう。俺が日本から持ち込んだ知識はデザインの起爆剤になっているため、多種多様な人間や種族がいれば、それと同等種の系統別の服装が開発され流行するのは自明の理だ。


 すでに小さな店舗はちらほら出来始めているらしい。

 今のところ、あからさまに後追いをしているのはサークレット家のバイマル商会だけだが。


 今後、ミラーズは系統別服装で店舗数を増やしていくのが目標だ。

 合わせてコバシガワ商会は全ジャンルのファッション誌を作制する。


 洋服界を牛耳るぜ。

 帝王&女神は俺とエリィだ。


「センスのある人間じゃないとな、仕事は任せられない」

「そうね。二人で選抜しましょう」

「ファッションショーが楽しみだ」

「ええ、そうね」

「盛大にやろうぜ!」


 ようやくこちらを向き、ジョーが白い歯を見せた。

 エリィがちょっとドキッとしたのは気のせいにしておく。


「あと三分で発売開始でーす!」


 店員が叫びながら列の後ろへと進んでいく。

 お客さんからは軽い拍手が起こった。さすがグレイフナー。


「エリィ…来ちゃった」

「エリィさん、おはよ…」


 一番街の奥から現れたのはアリアナと、弟のフランクだった。


 アリアナは制服。フランクは黒いローブを着て、半ズボンに革靴を履いている。背はアリアナのほうが少しだけ高い。


 二人とも狐耳をぴくぴくさせ、尻尾を同じ速さでゆらゆらと揺らしていた。

 フランクはアリアナと顔の造形が似ており、美少女に見える美少年だ。


 まつ毛ながっ。顔ちっさ。

 この姉弟、かなりの破壊力だな。


「よかったね、エリィ…」


 列を見てアリアナがほんのりと笑う。それだけでなんだか心がじんわりと温かくなった。本当に喜んでくれているのが手に取るように分かる。


「ん…」


 フランクはアリアナより口下手なので、列を見てこちらを見つめてくる。

 彼も行列には満足しているようだ。


「アリアナ、学校は休んだの?」

「遅刻していく…。エリィもでしょ?」

「ええ。一緒に行きましょう」

「うん」


 アリアナさんめちゃめちゃ嬉しそう。

 とりあえず、アリアナとフランクの狐耳をもっふもっふしておく。


「エリィ、そろそろだぞ」


 ジョーが爽やかな笑顔で肩を叩いてきた。


「それでは『Eimy〜春の特別増刊号〜』、発売十秒前です!」


 列からは熱烈な拍手が巻き起こり、通行人たちからも物珍しげな拍手が湧いた。俺達も拍手をすると、オハナ書店の店員が紙のメガホンでカウントダウンを始めた。


「それでは……5! 4! 3! 2! 1! 発売です!!!」


 列からは「うわーっ!」「うおーっ!」という女と男の声が上がった。それに合わせて“ファイアボール”が空へ打ち上がる。グレイフナー国民はテンション上がると“ファイアボール”を唱えたがるよな。


 アリアナが無表情のまま隣で“ファイアボール”を五連射した。


 コバシガワ商会の主要メンバーが仕事を中断して駆けつけてくれたので、全員とハイタッチを交換した。


 写真家テンメイ、スーパー事務員ウサックス、コピーライターのボインちゃん、印刷版の黒ブライアン、おすぎ、その他の社員。


 オハナ書店にいるエイミーが客に手を振りながら、羨ましそうに頬を膨らませているので全員で書店へ向かい、お客さんに感謝を伝えつつエイミーともハイタッチを交わした。


 思えばグレイフナーに帰国してから、怒涛の日々だった。

 サークレット家に邪魔をされ、グレンフィディックのじいさんの妨害を受け、それを全部蹴散らし、足りない素材は各国から取り寄せたり、国内を探し回ったりと工夫に工夫を重ねた。商会、ミラーズ、誰か一人でも欠けたら、このクオリティで雑誌を刊行することはできなかっただろう。


 喜びもひとしお。

 今は達成感に満たされた仲間の顔を見ていたかった。


「お手元に銀貨をご準備くださーい!」


 苦労して作った雑誌が飛ぶように売れていく。

 雑誌を手に入れた女の子達の弾ける笑顔がまぶしい。


 前も思ったけど、女性の笑顔は何物にも代えがたいな。


 昨日の夜から徹夜で並んでいたらしい最前列の女子三人組が、オハナ書店の脇で雑誌を開いていた。節約のためなのか三人で一冊をシェアするみたいだ。


「待ってたよ〜! やっと最新号だよ!」

「ああーん。エイミー様美人!」

「このワンピすごくない?!」


 列を眺めると、女性八割、男性二割といった割合で、種族や客層はてんでバラバラだった。金持ちの貴族らしき女性もいれば、明らかに娘におつかいを頼まれた中年男性、アリアナと同じ狐人、ケンタウロス、熊人、小さい子からお年寄りまでいる。


 どうやら『Eimy』はファッション誌としてだけではなく、娯楽雑誌としても人気があるみたいだ。これはうれしい誤算。今からでもウサックスに言って、購入者の年齢層や種族の割合の統計を取ってもらうべきだ。


 これ、どう考えても一日で売り切れるな。

 重版かけよう。今すぐに。

 多分、ウサックスがすでに手配しているだろうけど。


「エリィお嬢様」


 背後からクラリスが声を掛けてきた。


「おかえりなさい。バイマル服飾の雑誌はどうだった?」

「あの様子だと300部ほどしか売れないでしょう」

「あら、そんなに人気がないの?」

「さようでございます。こちらと同じ発売日にしたのは下策でございました」


 クラリスが淡々と向こうの報告をしてくれる。

 ちょっと興味が湧いてきた。見に行くか。


「私も行くわ。案内を」

「かしこまりました」


 クラリスが恭しくメイドの一礼をする。


「みんな、バイマル服飾の雑誌を見に行ってくるわ」


 メンバーに伝えると、各々持ち場へと散っていった。ミサとジョーはこれから開店のミラーズの準備がある。大量に雑誌の商品を入荷しているので、一週間は寝る暇もないだろう。


 テンメイは「バブリシャァァス!!」と意味不明に叫んでシャッターを切っていたので無視しておいた。

 エイミーは一緒に来ると大騒ぎになりそうなので、その場に待機してもらった。



      ◯



 アリアナ、クラリスとグレイフナー大通りを中心部に向かって歩いて行く。


 バイマル服飾はオハナ書店と冒険者協会兼魔導研究所の中間に位置していた。


 こちらのポスター広告を丸パクリし、店の壁面に雑誌の表紙が飾られている。残念なことに普通の店舗なので広告は大きくなく、インパクトはあまりない。やはり、王国の運営する巨大建造物の許可をもらえたのは大きかったな。国王、ありがとう。皇太子と結婚はしないけどな。


 広告は『バイマル服飾ファッション誌、発売!』となっており、表紙にはスカーレットによく似た金髪縦巻きロールの女子が映っている。

 縦巻きロールがスカーレットの倍長い、綺麗系の女性だ。


 まさかスカーレットの姉ちゃん?

 美人だが……近寄りがたい雰囲気を醸し出しているぞ。


 エイミーとは系統が真逆で、いい対比になっている気がする。エリザベスと同じ系統の美人といえなくもない。ただ、ポスター広告からは優しさが全然感じられないので、同じ括りにするべきではないな。


 にしても『バイマル服飾ファッション誌』って。ネーミングまんまじゃん。

 しかも本屋で売らずバイマル服飾店の前で売ってるんだな。


 列には二十人ほどが並んでおり、店頭の特設テーブルに山積みの雑誌は売れ残りそうだった。服屋の店内にはちらほらと客がいる。


「一冊買おうかしら。中身を見てみたいし」

「そうだね…」

「……かしこまりました」


 レンガの歩道を進み、すれ違う警ら隊の青年二人と「おはよう」と挨拶を交わしつつ、列の最後尾に並んだ。

 クラリスはエリィが列に並ぶことが不服なようだ。


 俺達の背後に誰か並ぶ気配はない。

 活気のある朝の風景に溶け込み、本日発売の雰囲気はまったく作れていなかった。


「一冊お願いしますわ」


 店員に言うと、素早くクラリスが金貨を出した。

 バイマル服飾の店員が笑顔で雑誌を渡そうとしたとき、見覚えのある金髪他手巻きロールが店から出てきた。


「いま何冊売れているのかしら!」


 怒っているというよりは焦っているスカーレットが、店員に大声で尋ね、俺とアリアナの顔を見つけて、ぎょっとした表情になった。


「あ……あらぁ、何の用かしらエリィ・ゴールデン」


 すぐに高慢ちきな顔に変え、余裕のあるふりをしてスカーレットがふんぞり返る。


「雑誌を買いにきたのよ」

「あなたに売る雑誌はないわ。そこの店員、ツインテールに雑誌を売るんじゃないわよ。分かったらさっさとその出した手を引っ込めなさい」


 店員は訳も分からず、差し出した雑誌を戻してクラリスに金貨を返した。


「スカーレット。お客様に販売拒否をするなんて失礼よ」


 そう言いながらバイマル服飾から出てきたのは、『バイマル服飾ファッション誌』の表紙になっている特大金髪縦巻きロールの女だった。背が高く、スタイルもいいが、写真で見るより苛烈な印象を受ける。


「お姉様! 聞いてくださいまし。この女があのエリィ・ゴールデンですわ!」

「……あら、そう」


 彼女はつかつかとこちらへやってきて、不躾に俺を見てくる。やっぱりスカーレットの姉ちゃんか。


「全然ブスじゃないじゃないの。それに……大嫌いなエイミー・ゴールデンに似ているわね。で、敵商会のあなたがなんのご用ですの?」


 普通のやつなら石化するんじゃないかと思うぐらい鋭い眼光で睨んでくる。


 まあ、しょせんは小娘。

 こんな睨みは屁でもない。


「どんな商品を販売するのかと思いまして」

「ミスリル関連が一押しよ。すでに各方面から予約が入っているわ」

「あら、それは何よりですわ。それが新規顧客なら尚のこと素敵ですわね」

「……何が言いたいのかしら」


 スカーレットの姉ちゃんが前のめりになって、目を覗き込んでくる。特大縦巻きロールが宙に揺れた。


「いえ、言葉の意味そのままですわ。売ってもらえないなら仕方ありませんわね」


 姉ちゃんは自分の睨みが効いたと思ったのか満足したみたいだった。

 スカーレットは苦い顔をしている。


「ごきげんよう」


 そう言って踵を返した。

 アリアナ、クラリスが何も言わずに後に続く。

 せっかくの記念すべき発売日にあの姉妹の顔を見ているのは、いささかもったいない。エイミーの笑顔で浄化するとしよう。


「いい気になっていられるのも今のうちよ! このブス!」


 スカーレットが背後から負け犬の遠吠えに近い金切り声を上げた。





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