第198話 イケメン再び学校へゆく⑧
☆
サウザンド家邸宅、執務室。
グレンフィディックとジャックは机を挟んで向かい合っていた。
「サークレット家の様子はどうだ」
「当主のオーキッド・サークレットが直々に抗議文を出してまいりました。王国にも報告するそうです」
「予定通りだな」
「さようでございますね」
グレンフィディックはジャックと不敵な笑みを交換した。
「サークレット家へ白魔法師を派遣しない理由についての資料はすでに提出済み。戦は先手を取ることが重要。そうだろうジャック?」
「仰る通りでございます」
「クラリス殿とウサックス殿に、ミラーズがなぜサークレット家とリッキー家に商品を売らないのか……その理由を聞いたときは驚いたがな」
「怒りで身体が震えました」
「わしもだ」
コバシガワ商会から大量の仕事を投げられているグレンフィディックは、ミラーズを何度か訪れて販売拒否を知り、理由を尋ねた。
エリィはかつて、クラスメイトのサークレット家次女とリッキー家長男に過度ないじめを受けており、心身ともにぼろぼろにされた。ある出来事をきっかけに立ち直り、頑張って自分を磨いて二人を見返してやろうと前向きになった。
そのような事情をグレンフィディックとジャックはクラリスから事細かに聞き、エリィの健気さと強さを知ってさらに彼女に傾倒した。
孫を過剰にいじめたサークレット家の次女。
グレンフィディックにとって親の敵にも等しい。
しかもエリィが正面からサークレット家を倒そうとしていることに、いたく感心した。
普通なら、もっと卑屈になって別の手段を取っている。
やはりエリィは素晴らしい女だ、とじじいは勝手に得心していた。
実はエリィの過去をクラリスが話したのは、エリィの指示。つまりは小橋川の指示だった。
小橋川としてはエリィの辛い過去を他人にペラペラしゃべるつもりは毛頭ないが、グレンフィディックに伝えれば独自に動いてくれる、という計算のもと、こういった流れになった。目的達成のため、使えるものはなんでも使う彼のやり方がここで発揮されている。
小橋川はこれでも抑えているほうであった。他にも様々な手練手管を考えたものの、エリィが嫌がりそうなことはどうにも実行に移せていない。
そんな実情はつゆ知らず、グレンフィディックはサウザンドの親類家臣を説得し、サークレット家、リッキー家への徹底抗戦の陣容を作ろうとしていた。白魔法師の派遣拒否はその橋頭堡だ。
サークレット家はゴールデン家と洋服関連で対立中。
『バイマル服飾』対『ミラーズ』
『新雑誌』対『Eimy』
『ミスリル、ミスリル繊維』対『ゴールディッシュ・ヘア』
ゴールディッシュ・ヘアについてはコバシガワ商会の営業陣がすでに有力貴族へ営業をかけているようだ。彼らの動きの早さには感心する。
これらすべてに協力することでサウザンド家も大きな利益を得られる可能性が高い。
リッキー家は犯罪集団と繋がっている疑いがあり、グレイフナー王国の忠臣として名高いサウザンド家が敵対する十分な動機付けになる。
「愛する孫を二年半もいじめた報いは一族郎党が受けるべきだ」
「その通りでございます」
「ミラーズとバイマル服飾は争っている。別方向から揺さぶりをかけるのは悪くないやり方だろう」
「ええ」
「あとはエリィ達が出す雑誌の売れ行き次第で、両社の優劣が決するだろう」
「さようでございますね」
「正直なところ……わしには若い女子らのファッションは全然分からん」
「私もです」
「だが、エリィは間違いなく天才なのだろうな。あの発想力には目を見張るものがある。デニムという服をパンジーに見せてもらったが、あれは冒険者達に人気が出そうだ。“後追い”のバイマル服飾に勝ち目はない」
グレンフィディックが孫自慢をして嬉しげに笑みをこぼす。
ジャックはそこまで聞いて、手紙を広げた。
「旦那様、エリィお嬢様からのお手紙がございます。読み上げてよろしいですか?」
「おお、エリィから!? 頼む!」
「かしこまりました」
ジャックが一礼して手紙を読み上げる。
「グレンフィディック様へ。この度の白魔法師の件、誠にありがとうございます。サウザンド家がわたくしのために動いてくれると聞いて、温かい気持ちになりました。少し意見を申し上げるならば、やりすぎないように、ということです。サークレット家はゴールディッシュ・ヘアが新素材として認知されれば、ミスリルの価値が下がりいずれ凋落するでしょう。サークレット家の件はもちろんありがたいのですが、できればリッキー家の動向を本格的に探ってはいただけないでしょうか。あの家はグレイフナー王国にとっても害悪である可能性が高く、大義名分は十分に立ちます。また、お話しは変わりますが、残念なことにグレンフィディック様には当分会えそうもありません。お母様の許可がいつ出るのか私にも見当がつきませんので……。いつの日かお許しが出ることを願っております。それではごきげんよう。エリィ・ゴールデン」
グレンフィディックは魂の抜けた顔でジャックの持っている手紙を見つめた。エリィに会えない事実が衝撃だったらしい。
「なるほど。私は“いつでも”エリィお嬢様に会えますけどね」
手紙から顔を上げ、ジャックが自慢げに笑う。
執事から秘書へとジョブチェンジした彼は最近こうやってグレンフィディックを軽くいじっている。
立場が変わると人が変わる。
彼は彼らしい振る舞いになっていた。
「羨ましい! わしもエリィに会いたい! パンジーも最近忙しいみたいで会話が少ない!」
感じた絶望を怒りと羨望に切り替え、グレンフィディックが叫んだ。
「自業自得ですよ、旦那様」
「……ジャック、給料を下げるぞ」
「その際はコバシガワ商会に雇ってもらいます」
「ぐっ……ぐうっ……!」
グレンフィディックは悔しそうに自分の太ももへ拳を叩きつける。ぺちんぺちんと情けない音が執務室に響いた。
「まぁまぁ旦那様、そうお怒りにならずに。わたくしがエリィお嬢様のお姿をしっかりとこの目に焼き付けておきますから」
「それが羨ましいと言っているんだ」
「おや、コバシガワ商会からの依頼がまだこんなに残ってございますね。領地への挨拶回りの準備もまだではございませんか。優先順位別に分けますので、早く終わらせましょう」
「お前に辞められたらわしは過労で死ぬ」
「死ぬのも一興」
「ジャック、それはあんまりな言い方だぞ!」
「冗談でございます。パンジーお嬢様、エリィお嬢様がご結婚するまで我々は死ねませんよ」
「……そうだな。二人の花嫁姿を見るまでは老体に鞭打つとしよう」
「さようでございます。ということで、働きましょう旦那様。残業代は請求いたしますが、その分手は抜きませんので。それにしてもお疲れでございますね、ホットワインでもお入れしましょうか?」
「頼む……」
「新しいグリューワインが入ったのでそちらを使って作らせましょう」
ジャックは恭しく一礼して部屋から出ていった。
グレンフィディックは家督相続、コバシガワ商会とのやり取り、サークレット家とリッキー家への対応、ミラーズの関連店との綿の流通経路確保などで忙殺されており、疲労困憊のヘロヘロ状態だった。完全に小橋川&エリィに踊らされている。
「エリィに会うまでは……死ねぬ。エリィ、わしをおじい様と呼んでくれ!」
じじいの叫びが執務室にこだました。
グレンフィディックはエリィの甘いソプラノボイスを脳内で再生し、山積みの書類との格闘を再開する。
その夜、サウザンド邸宅執務室、“ライト”の照明が消えることはなかった。
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