第178話 オシャレ戦争・その12


 彼女が着ているのは、ゴールディッシュ・ヘアで編まれた七分丈のブラウス。金色の繊維を脱色して甘い雰囲気のホワイトカラーにし、花柄の刺繍を入れてガーリーな仕上がりにしている。エイミーの胸に押し上げられて花柄の形が変わっているのが何とも言えず、ついそこに目がいってしまう。


 アンダーはデニムスカートだ。

 クチビールにもらった少ない生地で縫製し、前ボタン付きにした。

 靴は黒のヒールに黒い靴下。


 ちなみにスカートの丈は、エイミーに「もうちょっと! もうちょっとだけ!」とお願いしていつもの膝上よりも気持ち丈が短い。彼女はかなり恥ずかしがっていたが、破壊力は抜群だ。

 少しだけ見える太ももが、白くてもちっとしててやばい。

 エイミーのためにミニスカート計画を進行していると言っても過言ではないぞ。


「Eimy専属モデル、ゴールデン家三女、エイミー・ゴールデンでございます」


 エイミーがよそゆきの挨拶をすると、真剣だった場の空気が、甘くて爽やかなものに入れ替わった。彼女のカリスマ性と場を飲み込むほわっとしたオーラは、場所を選ばず遺憾なく発揮される。

 受付の姉ちゃんなんかは破顔して両手を一生懸命叩き、「わぁっ」と言って拍手を送っていた。完全に仕事中だって忘れてるな。


「エイミー姉様が着ている服こそが、ミラーズのまごうことなき最新作ですわ。まずスカートは“デニム”という生地を加工しております。これはとある場所に生息する魔獣の革でできており、耐久性に優れ、様々な服と合わせることができるオールマイティーな素材です」


 デニム生地の切れ端をテーブルに置くと、ジョッパー・ブタペコンドが興味津々で手に取り、引っ張ったり丸めたり、匂いを嗅いだりして素材の確認をする。


「デニム生地はスカート、ズボン、アウター、ほぼすべてに使用できます。この着やすさと、コーディネートの自由度によって、いずれ世界中に親しまれるアイテムになるでしょう」

「不思議な色合いだな。硬さがあり、手触りが独特だ」

「素材の入手はコバシガワ商会で一手に引き受けるつもりです。縫製が簡単ではないので、腕利きのお店にお願いする予定ですわ」

「ほう、そうか」


 ジョッパー・ブタペコンドが反応を示す。

 デザイン性を認めていることは、エイミーに向ける目を見れば明らかだ。だが、初めて見る生地だけあって、別商品のイメージが想像できず、この素材が流行るビジョンがうまく浮かんでいないようだ。


「驚くのはまだ早いですわよ」


 そう言ってジョッパーの思考を断ち切り、不敵な笑みを彼に向けた。

 まだ何かあるのか、とジョッパーは探るような視線を、俺とエイミーの洋服に投げる。


「今回、ご紹介したい素材はこちらです。全世界の価値観を破壊するものになるでしょう」


 なんの変哲もない、明るい黄土色をした『ゴールディッシュ・ヘア』の繊維をジョッパーに差し出した。一本だけ繊維を受け取った店主は疑問を顔に浮かべ、また引っ張ったり豚鼻で嗅いで匂いをチェックする。


「エリィ嬢、これは?」

「エイミー姉様が着ているシャツの素材ですわ。こちらはゴールデン家で発見された新素材を加工して繊維にしたもので、全世界でもここにしかない、新素材をです。驚くべきはこの繊維の性能ですのよ」

「性能?」


 おもむろにソファから立ち上がり、エイミーにテーブルから離れてもらって、人差し指を彼女へ向けた。


「姉様、いくね」

「いいよ。いつでもきて」

「エリィ嬢いったい何を……」


 ジョッパー・ブタペコンドが不穏な空気を察したのか、焦りの入った声を上げる。

 それを無視し、軽く魔力を練って魔法を唱えた。


「“ウインドカッター”!」

「エリィ嬢!」

「きゃあ!」


 ジョッパー・ブタペコンドと受付の姉ちゃんが悲鳴を上げた。


 不可視の風の刃は魔力をまとい、エイミーの腹部から太ももにかけて鋭利な傷跡を残そうとする。風が舞い、エイミーの美しい黄金の髪がふわりと後方へなびいた。


「なんてことを! “ウインドカッター”は下位中級といえど、当たりどころが悪ければ――」


 ジョッパー・ブタペコンドが部下を叱るように俺に向かってまくし立て、次にエイミーを見ると、言葉を飲み込んだ。

 喉の奥に指を突っ込まれたような衝撃を受けたらしく、あんぐり口を開け、彼はたまらずソファから立ち上がった。


「破れて……いないだと?」


 夢遊病にかかった患者みたいに、ふらふらとエイミーに近づき、白ブラウスを食い入るようにのぞきこむ。


「こんな薄い生地の……シャツが……“ウインドカッター”を弾き返したと? そ……そういうことなのか……?」


 エイミーは中腰になって自分のシャツを見る店主に、すごいでしょう、という視線を向けた。


「その耐久性こそが、新素材ゴールディッシュ・ヘアの効果です!」

「おお……おお、おお! これはすごい! どういう製法なんだろうか!?」

「企業秘密ですわ」

「シャツに繊維を織り込んでいるようだ。すべてがゴールディッシュ・ヘアで作られているわけではないらしい」

「企業秘密ですわ」

「流通すれば世界が震撼するぞ! 今まで使っていた分厚い魔獣革や、燻されてにおいのきつい硬化塗料を塗ったりする必要がなくなる! 従来の防具に縫い付けるだけでも相当の防御力増加が見込める!」

「そのとおりですわ!」

「“ウインドカッター”で破壊できないということは、少なくとも下位中級魔法に耐えうる性能があるということだ!」

「“ファイアボール”にも数発耐えれますわ!」

「なんと! 布製品の弱点もないのか!」

「しかもローコストですのよ!」


 すかさずデータの記載された用紙をクラリスがテーブルへと差し出した。


「なあああああっ?! ミスリルの一万分の一だと?!」

「ええ、そうなのです。すごいでしょう?」

「すごいも何も大発見じゃないか!」


 魔石炭は一キロ十ロン。

 ミスリルは一キロ百万ロン。


 加工に上位魔法である炎魔法使いを雇っても、ミスリルとのコスト差は一万分の一になる。コストの差は歴然。ミスリルはゴールディッシュ・ヘアが流通した時点で、価値競争に巻き込まれる。


 その後、エイミーに着席してもらい、ゴールディッシュ・ヘアの性能を簡単にプレゼンして、国王にも見せた“ファイアボール”に耐える実演を行った。

 この新素材の開発にはグレイフナー王国が一枚噛んでいると話したら、ジョッパー・ブタペコンドはかなり驚いていた。


 予想よりも話が盛り上がり、約束していた会合終了の時間を三十分ほどオーバーしてしまった。

 熱気のあるうちにと、こちらからの最終通告をすることにした。


「ミラーズと再契約を結んでいただけませんか。内容は、『発注した商品はいかなる理由があろうとも納期に間に合わせる』『三年間、ミラーズの発注する商品を最低でも百アイテム受注する』この二点です」

「ふしゅぅ……」


 ジョッパー・ブタペコンドは鼻から熱い吐息を漏らし、こちらを射るような目で見つめてくる。


 この契約をすれば、ヒーホーぬいもの専門店は、サウザンド家からの申し出をキャンセルすることになる。

 諜報部によれば、店はサウザンド家へ大量の寝間着や大衆向けの服を縫製する仕事を受注しているそうで、ミラーズと縁を切らなければ、それをすべてなくす、と言われている。

 分かりやすく言うと、お得意様が、もうあんたんとこの商品買わないよ、って言い出したのと同じだ。しかも、サウザンド家ともなれば他より発注数が桁違いのため、損失はかなり大きい。


 サウザンド家との安定した利益を選ぶか。

 ミラーズとともに未来への投資を選ぶか。


 こちらの言い方から、断れば二度とこの話に関わることができないとジョッパー・ブタペコンドは察しただろう。現に、ここでサウザンド家に加担したら、ミラーズは二度とヒーホーぬいもの専門店と取引をしない覚悟だ。


 彼の頭の中で、最終的な計算がなされている。

 受付の姉ちゃんが不安げに息をのみ、目だけを光らせて部屋の気配をうかがう。


 視線を逸らさずに穏やかな気持ちで彼の言葉を待った。

 エリィの優しげな瞳が、ジョッパー・ブタペコンドをとらえている。


 たまに鏡で見て、吸い込まれそうになるサファイア色の瞳に、どれほど抗えるというのか。もし自分がエリィに見つめられたら……きっと何でも許してしまうんだろうな。


 ジョッパー・ブタペコンドはぶごっ、と一度鼻を鳴らして大きくうなずくと、手をパシンと叩き、両手をテーブルへついて深々と頭を下げた。


「ミラーズとの再契約を、お願い申し上げます」


 ヒーホーぬいもの専門店、大旦那であるジョッパー・ブタペコンドの声が大きく室内に響き渡った。


 俺とエリィ率いるプレゼンチームが勝利した瞬間だった。



    ◯



 ヒーホーぬいもの専門店と再契約を交わした俺達は、店を出てコバシガワ商会へ戻り、商会にいた従業員から盛大な拍手をもらった。勝利宣言に商会内は沸き立つと、好き勝手に叫んだり号泣したりと感情表現が忙しい。


 今日はもう一戦ある。あまり喜んでもいられないぞ。


 バリーが作ってくれた昼食が商会に運び込まれていた。手軽に食べれるようにとサンドイッチだったが、具に相当凝っているらしく、めっちゃ美味い。さすがバリーだな。


 空腹を満たしてようやく肩の力が抜けた。


 第一会議室に集まり、俺とアリアナ、エイミー、クラリス、エリィマザーは食後のお茶を楽しむ。


「私がいなくても大丈夫だったみたいね」


 エリィマザーが武装を解いて、ミラーズのゆったりしたスカートをはいた格好で紅茶を飲みつつ満足気に言った。


「いえ、お母様が相手の気勢を削いでくださったので、話が簡単に進みましたわ。ありがとうございます」

「まあ。エリィは前から相手を褒めるのがうまいわね」

「そうでしょうか」

「そうよ。誰に似たのかしらね」

「お父様だと思いますわ」

「あの人も褒めるのがうまいからね」


 エリィはどうやら俺が乗り移る前でも人を褒めていたらしい。根が優しいからな。人のいいところを見つけるのが上手かったのだろう。


「あの、お母様。先ほどから気になっていたのですが、ジョッパー・ブタペコンド様とはどういったご関係なのです?」

「そのことね。若い頃にちょっと色々あったのよ」


 アメリアがシールドに在籍していた頃、店を継ぐ気のないドラ息子だったジョッパーが、村娘を手練手管を使って籠絡しようとしていたところを見つけ、男なら正々堂々やりなさい、と喝を入れたそうだ。

 その後、何度か縁あって助けてやったこともあり、ジョッパーは完全にアメリアに頭が上がらないとのこと。母アメリアは「私があのダメ男を更生したのよ」と笑いながら言った。母、強し。


 ハワードの話じゃ、若い頃のアメリアは相当荒れていたらしいから、ジョッパーはこっぴどくやられたんだろうなぁ。マザー怒るとまじ怖いからなぁ。


「アリアナとエイミー姉様もありがとう」

「ん…」

「楽しかったね! エリィのお話が上手くって聞き入っちゃった!」


 アリアナが褒めてくれと尻尾をふりふりしてきたので狐耳を撫で、エイミーには親指を立てるポーズを送った。


「びしっ!」


 効果音付きでポーズを返すエイミー。

 教えるとすぐ憶えてくれるから、つい色々と彼女に仕込んでしまう。


 ファッション計画はエイミーがいたからこそ思いついた作戦だ。

 そして、計画はサウザンド家との戦いが終われば半分は達成されたことになる。


 そもそも計画の根幹は、ファッションの流行を作り、エリィをいじめて自殺にまで追い込んだスカーレットをぎゃふんと言わせ、彼女には絶対服を買わせない。ダイエットして美人になり、服で儲けた金で大金持ちになり、経済的観点からもスカーレットに勝つ。

 散々、エリィをバカにしてきたボブも見返してコテンパンにし、仕返しを完了したら、日本へ帰る方法と、男に戻る方法を探す。


 ダイエット、復讐、金儲け。帰還方法の探索。

 長期計画なので、ハートの粘り強さと、超ポジティブ思考、現実的な考えがないとできない。いや、そもそも異世界飛ばされて女の子になって、割りと平気な俺ってアイアンハートの持ち主だと思うわ。

 ポジ男にしかできないやつ〜。ポジ男って誰よ? おれぇ〜。


 いい。いいぞ。

 自分の思い描いた通りのシナリオになってきたぜ。

 このまま突っ走ってやるよ。



    ◯



 しばらく休憩した俺達は、本日の二店舗目になる『バグロック縫製』へと向かい、三時間のプレゼンと交渉の末、再契約をもぎ取った。


 従業員の万歳三唱ならぬ万歳百唱を受け、あとはジョー、ミサ、ウサックス、パンジー、父ハワードが向かった『グレン・マイスター』攻略班の帰りを待つだけだが……ずいぶんと遅い。


 俺達がヒーホーぬいもの専門店に行った同時刻に彼らも出発している。

 かれこれ九時間は帰ってきていない計算になるな。


 雑誌の打ち合わせをしながら待つこともう一時間、あわただしく商会のドアが開き、メインフロアから従業員の歓声が爆発したような音が聞こえ、俺とアリアナはすぐに第一会議室の席を立った。


―――――――――――――――――――――――――

◯離反確実

(✖)『ウォーカー商会』

(✖)『サナガーラ』

  (30%の商品が損失)


◯離反あやふや重要大型店

(◎)『ヒーホーぬいもの専門店』

(◎)『バグロック縫製』

(−)『グレン・マイスター』


◯サウザンド家によって離反の可能性

 中型縫製・十店舗

(−)『シャーリー縫製』

(◎)『六芒星縫製』

(◎)『エブリデイホリデイ』

(✖)『ビッグダンディ』

(◎)『愛妻縫製』

(−)『シューベーン』

(−)『靴下工房』

(✖)『アイズワイズ』

(◎)『テラパラダイス』

(◎)『魔物び〜とる』


◯サークレット家によって離反の可能性

 その他・七店舗

(−)『ビビアンプライス(鞄)』

(◎)『天使の息吹(ジュエリー)』

(−)『ソネェット(ジュエリー)

(−)『KITSUNENE(帽子)』

(◎)『麦ワラ編み物(帽子)』

(◎)『レッグノーズ(靴)』

(−)『オフトジェリコ(靴)』


 契約継続→(◎) 離反→(✖) 未確定→(−)

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