第174話 オシャレ戦争・その8


「アメリア様、祖父が……申し訳ございませんでした……。どんな理由があったとしても、自分の子どもに会いに行かず、深い悲しみを女性に与えた祖父が……孫として……サウザンド家の一族として恥ずかしいです……ご……ごめんなさい……」


 頭を下げながらパンジーがしゃくり上げ、桃髪が揺れると涙が談話室の絨毯へ吸い込まれていく。ひっくひっくと喉を鳴らすパンジーを見ていたら、またしても涙が込み上げてきた。


 でも五秒ぐらいしたら、孫に謝罪をさせるグレンフィディック・サウザンドのじじいの顔が浮かんできて、本気で“落雷サンダーボルト”したくなってきたよね。あのじいさん、どんな神経してんだよ。ただの無責任な最低男か、娘に会いに行けなかった究極のヘタレかのどっちかだな。パンジーのほうがよっぽど男らしいぞ。


 アメリアは頭を垂れるパンジーに駆け寄ると、絨毯に両膝をついて彼女の頬を手で優しく覆って持ち上げた。


「あなたが謝る必要はないわ。他人のために泣いて謝って……いい子ね」


 そう言って母アメリアが子どもをあやすようにパンジーを抱きしめ、肩を叩いた。


「もう泣くのはおよしなさい。可愛い目が真っ赤じゃない」

「わだじ……ごめんなざい……」

「まあ。仕方ない子ね……」

「ごめんなざい……悔しくって……悲しくって……涙が……止まりばぜん……」

「あらあら」


 アメリアはハンカチを出してパンジーの瞳に当て、洟水を綺麗に拭き取った。少し落ち着いたパンジーは恥ずかしそうにしながらも何とか涙を堪えた。


「もう泣かないでちょうだい」


 アメリアが談話室を見回す。


「全員よ。特にクラリスとバリー、私のためにそんな顔をしないでちょうだい。いいわね!」


 パンジーを抱いたまま、母アメリアが気丈に言い放った。

 使用人達はすぐさま背筋を伸ばし、顔面に涙を残したまま仕事モードへと切り替える。クラリスとバリーはハンカチで顔を拭い、キリリとした表情へ変えた。この辺はさすが長年使用人をやっているだけあるな、と思わせるが、すぐに「おぐざま……」「おぐざばぁ!」と言って泣き出したので、やっぱいつものクラリスとバリーだなと思った。



    ◯



 クラリスとハイジが淹れたハーブティーでお茶をし、バリーがさっぱりする柑橘系の果物を持ってきて、ようやく全員が落ち着いた。その後、全員談話室に残り、父ハワードがアメリアとの出逢いを語り、大いに場が盛り上がった。ハワードの話は面白く、ちょいちょいアメリアがツッコミを入れるため聞き手の笑いを誘う。


「母さんはな、俺が出逢った頃はそりゃあもう荒れていたんだ。人と目が合うと誰かれ構わず睨みつけて、誰も寄せ付けなかったんだぞ。怒ったパリオポテスみたいでみんな怖がっていたなぁ」

「ハワード、私はそこまでひどくなかったわよ」


 アメリアが睨むと、「お父様ったら!」と言いつつエドウィーナ、エリザベス、エイミーがころころと笑い、パンジーとアリアナが笑顔になり、エリィも口元を隠してお上品に笑う。今日のエリィはよく動くな。


「でもな、母さんは本当に美人だったよ。男達は誰も話しかけることができず、横目で母さんの顔を見てため息を漏らしていた。俺は友人と誰が声を掛けるかで勝負していたんだ。……もちろん、今も綺麗だよアメリア」

「またそうやって……」


 そう言ってハワードは悪気なく最愛の妻に笑いかけ、抱き寄せる。するとアメリアはすぐにご機嫌な顔になった。さすがアメリアを嫁にするだけあり、女性の扱いがうまい。あと四人子どもがいるのにこの熱々ぶりね。羨ましいが、わりとごちそうさまって気分だ。まあ、エリィの両親が幸せなのは嬉しいね。


 二人の出逢いは、四年に一度開催される“大モミジ狩り”という魔物狩りらしい。当時ひよっこだったハワードと、グレイフナー魔法学校を卒業してシールドに入団したアメリアは、偶然同じグループになって行動したそうだ。グループは、貴族、冒険者、シールド、近衛兵などの混合チームで、意見の食い違いで喧嘩になり、事の成り行きでハワードとアメリアが決闘することになって、ハワードはコテンパンにのされた、とのこと。うん……その光景が目に浮かぶな。


「ゴホッゴホッ……。すまない、少ししゃべりすぎたみたいだ。ということで、話はここまでとしておこうか。明日からミラーズ関係で皆忙しくなるだろう? ハイジ、パンジー嬢を浴室へ案内してくれ」


 ハワードは少しばかり苦しそうに胸をおさえ、呼吸を整える。

 アメリアが心配そうに背中をさすり、ハイジが笑顔で一礼してパンジーを風呂へ連れて行った。パンジーは家出なんて慣れないことをして疲れたらしく、後半はかなり眠そうだった。


 あ、そういや今日、十二元素拳の稽古をしてない。ポカじい、おそらく気を利かせてくれているんだろうな。あのじいさんは肝心なところで師匠っぽいことしてくれるから尊敬できる。スケベだけど。


「お父様、失礼します」


 俺は立ち上がり、白魔法中級“加護の光”を唱えた。

 美しい魔法陣が足下に広がり、エリィの身体とハワードの身体から輝く円柱の光が天井まで立ち上る。弾けるような光の粒子がハワードの中へと染みこんでいき、呼吸が安定した。


「エリィ……。実の娘に白魔法を唱えてもらうのがこんなに気持ちいいとはな」

「うふふ、よかったですわ」

「行っている白魔法師協会の“加護の光”よりも気持ちがいいよ。最近、身体の調子がいいんだ」

「娘の愛よ、お父様」


 俺としては「気持ちがこもっているからな」と言ったつもりが、出てきた言葉はこれだ。


「世界一幸せな父だな、私は」


 エリィの父ハワードは子どもの頃から肺が悪く、白魔法上級“万能の光”や木魔法上級の自己治癒力を高める魔法でも治っていない。今度ポカじいに空魔法上級“空診の名医師ラ・グランデ・シダクション”で診察してもらう予定だが、グレイフナー白魔法師協会は口を揃えて『白魔法超級でなければ完治できない先天的なもの』と診断を下しているため、診察結果にはあまり期待していない。


 何はともあれ、こうして白魔法中級“加護の光”を唱えることによって、体調を整えられる。そのためハワードは週一回、必ず白魔法師協会へと足を運んでいた。


 砂漠からグレイフナーに帰ってきてからは、俺が毎日白魔法をハワードに行使している。

 ハワードの病気を治すために白魔法を極めてみるのも悪くない。父親のためならエリィも頑張るだろうし、俺も気合いが入るってもんだ。問題なのは、仮に超級魔法を習得したとしても、確実に治癒できるわけではないってところだ。試したことがないから結果が分かるはずないよな。


 ポカじいですら使えない白魔法超級か。


 確かサウザンドのクソジジイが、過去にサウザンド家から使用者が二人出たとか言ってたな。あのじいさんに物を尋ねるのは癪だから、ポカじいに習得の方法と期間を聞いてみるか。パンジーに尋ねてみるのも悪くないかもな。

 ま、とりあえず優先順位としては高いが、長期的な計画の一つだ。普段通り訓練するのが近道なんだろうよ。



    ◯



 翌日、いつも通りの朝食風景にパンジーとアリアナが加わった。

 パンジーは本気でサウザンド家に帰らないつもりだ。

 アリアナはパンジーが心配なのでゴールデン家にお泊りしていった。弟妹はフランクが見てくれるから一日ぐらいは問題ないとのこと。


 朝食が済んでから、エドウィーナとエリザベスが出勤し、父もグレイフナー城へと向かった。

 エリィマザーはすっきりした表情で家族を送り出し、領地経営の書類を片付けるべくハイジと書斎へ向かう。残った俺とアリアナ、パンジー、エイミーの四人で首都グレイフナーの二番街にあるコバシガワ商会へ向かった。


 朝の活気の中、すれ違う人々の喧騒を横目に、レンガ造りの建物へ入った。


「速報! ウォーカー商会がエリィお嬢様の予想通り離反! サウザンド家の動きが早い模様!」

「やはり離反か!」

「レッグノーズとの再契約に成功しました!」

「おお! よくやった!」

「ウォーカー商会と提携している店舗の資料できました!」

「うむ! 一店舗でも多く切り崩す! 第二会議室へ持っていけ!」

「エリィちゃんハロー! 美容室へのインタビューと撮影行ってきます!」

「エリィ嬢、エイミー嬢、今日も妖精のように美しい! アリアナ嬢、いつにもまして可愛らしい! おお、こちらのお嬢様も甘い香りが匂い立つような桃色の素敵な髪だっ! エェェクセレン! またのちほど!」

「おい、バグロック縫製の経営記録どこにやった!」

「ウサックスさん、化粧品の売り込みと広告依頼が来てます!」

「クラリスさん! 広告料の設定が終わりましたので確認を!」

「下手くそ! お前それでもグレイフナー魔法学校卒業生か?! 俺か? 俺はワイルド家だろぅ?」

「アリアナさんのために……!」

「筆記職人が来ているので作業場使いますっ!」


 商会内は外より騒がしかった。

 午前九時だというのに全員エネルギッシュに立ち回っている。資料を運んだり、カメラを抱えたテンメイとコピーライターのボインちゃんが入れ違いで出て行ったり、初期メンバーで優秀な男が怒声を飛ばす。さらにはウサックスが執務机に山積みされた資料を恐ろしい速さで処理しつつ全員にスケジュールを伝え、いつの間にか出勤しているクラリスが細かい指示を従業員に出したりしている。


「エリィ、みんな頑張ってるね」

「そうね!」


 エイミーが楽しげな様子で話しかけてきたので、笑顔で答えた。


「皆さん、忙しそう」

「ん…」


 パンジーがこの状況に驚き、オアシス・ジェラでこういった状況に慣れているアリアナは特に表情を変えず長いまつげを瞬かせた。


「ああっ! エリィお嬢様!」


 俺がいることに気づいた新人らしき若い男が叫ぶと、皆が一斉に作業の手を止めて入り口付近に視線を投げ、背筋を伸ばした。


『お待ちしておりましたエリィお嬢様!』


 見事なまでにそろった唱和に背筋がくすぐったくなる。


「ハロー。私に気にせず作業を続けてちょうだい」


 茶化すつもりで軽く挨拶を返すと、やけに嬉しそうな顔で全員が作業に戻っていく。大げさすぎるほどにやる気をみなぎらせ、中には本当に叫んでいる輩もいた。ご近所迷惑じゃないか不安になる雄叫びだ。


 こんもりと資料と書類が山積みになったウサックスの執務机へ向かうと、ウサックスが不敵な笑みで顔を上げた。


「営業部隊メンバーは選抜しておりますぞ」

「まあ、さすがウサックスね。仕事が早いわ」

「お嬢様のためとあらば」

「プレゼンの資料は見たわね?」


 昨日、ミラーズで作っていたプレゼン資料はクラリス経由でウサックスに渡してある。彼はうなずき、ウサ耳を左右同時に曲げた。


「第一会議室に参りましょう!」

「オーケー。行くわよ!」



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◯離反確実

(☓)『ウォーカー商会』

(☓)『サナガーラ』

  (30%の商品が損失)


◯離反あやふや重要大型店

( )『ヒーホーぬいもの専門店』

( )『バグロック縫製』

( )『グレン・マイスター』


◯サウザンド家によって離反の可能性

 中型縫製・十店舗

( )『シャーリー縫製』

( )『六芒星縫製』

( )『エブリデイホリデイ』

( )『ビッグダンディ』

( )『愛妻縫製』

( )『シューベーン』

( )『靴下工房』

( )『アイズワイズ』

( )『テラパラダイス』

( )『魔物び〜とる』


◯サークレット家によって離反の可能性

 その他・七店舗

( )『ビビアンプライス(鞄)』

( )『天使の息吹(ジュエリー)』

( )『ソネェット(ジュエリー)

( )『KITSUNENE(帽子)』

( )『麦ワラ編み物(帽子)』

(☆)『レッグノーズ(靴)』

( )『オフトジェリコ(靴)』


 離反→(☓) 契約継続→(☆)

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