第166話 閑話スルメの冒険・その16



 家の中庭でバスタードソードを素振りしているとメイドがオレを呼んだ。

 魔力循環を切らさずに剣を地面に突き刺し、メイドからタオルを受け取って顔を拭きながら話を聞く。


「ご友人のガルガイン様がいらしております」

「ガルガインのボケナスぅ? あいつ何しに来やがった」


 あいつは今、親戚の家で鍛冶仕事の手伝いをしていたはずだ。忙しくてキツイ、とかこの前ぼやいていた気がするが、オレん家にわざわざツラを出すってのは何の用だ。


「渡したい物があるとのことでございます」

「ああん? まあいいや、ここに呼んでくれ」

「かしこまりました」


 汗を拭き終わり、タオルをメイドに放り投げる。

 ガルガインのクソヒゲが何を持ってきたのかはしらねえが、考えるのが面倒くせえ。会って見てみりゃすぐ分かんだろう。


 あいつが来るまで、暇つぶしに部分身体強化の練習をしておく。腕と足なら、素早く交互に強化することができる。毎日やっておけば、身体強化がより上手くなる、とポカじいが言っていた。

 あのじいさんああ見えてマジやべえからな。エリィが師と仰ぐのもよく分かる。


「よう」


 メイドの案内で、ガルガインが中庭に顔を出した。百五十センチのごつい身体を揺らしてそのままこっちに向かってくる。手には布に巻かれた一メートルぐらいの物体を持っていた。


「おう。おめえが家に来るなんてめずらしいじゃねえか」

「まあな。それよりこれを見ろよ」


 ぶっきらぼうに言うと、ガルガインのタコナスは持っている物体に巻きつけてある布を無造作に剥ぎとった。

 中から出てきたのは剣だ。無骨な茶色の鞘に入った、両手持ち、片手持ち、どちらも使える見慣れた風体のバスタードソードだった。


「俺が打った。おまえにやるよ」

「まじか」

「ああ。旧街道で言っていた、おまえ好みの柄で作った。あとで感想頼む」

「おめえ憶えてたのかよ」


 ゴールデン家の武器庫にあったアメリアさんのバスタードソードは、剣柄が細い。もうちょい太いほうが握りやすいんだよ、とオレがなんとなしに言っていたフレーズをこいつは憶えていたらしい。意外と人の話を聞いてんな、こいつ。


「抜いていいか?」

「いいぞ」


 ガルガインが放ってきたバスタードソードを受け取り、鞘から引き抜いた。金属音が軽く鳴り、銀色の刀身があらわになる。新品の刃は太陽の光を反射させ、若干オレンジ色に変色した。


 オレは剣柄を両手で握り、大上段に構えて一気に振り下ろした。

 バスタードソードが空を切り、素振りで聞き慣れたお馴染みの風斬り音が耳を撫でる。その軽快な音を聞き、後押しされるみてえにもう二三度バスタードソードを振り下ろした。


「いいな。振りやすい」

「だろ?」


 へっ、と笑いながらガルガインは指で鼻をこする。

 オレはバスタードソードを掲げて眺めながら、口を開いた。


「剣柄の太さがちょうどいいな。巻いてある布はなめし加工か?」

「違う素材を使ってる。おまえは知らねえと思うが、女性物の下着に使われてる伸縮性のある素材があるんだよ。それだ」

「へえ、パンツの腰に使ってるアレか」

「ああ、そうだ。持ちやすいだろ?」

「女の下着もバカにできねえ」

「だな。女の洋服に対する根性はすげえ」


 ガルガインが腕を組んで真面目な顔して言った。おそらくエリィが流行らせた、洋服のことを言っているみてえだ。あいつがデザインした服を売っているミラーズとかいう店は、連日長蛇の列ができている。服のために並ぶとか、まじでありえねえ。


 オレはガルガインに軽くうなずいてから、アレを思い出した。


「サツキは紐パンだったけどな」

「らしいな」

「アレはエロかったぜ」


 サツキはスリムに見えて、けっこういい腰とケツをしていた。まあ、もう一度見てみたくもあるが、あんときに食らったビンタは最っ高に痛かった。殴られた直後、目の前に星が百個ぐらい飛んで目の前がチカチカしたからな。

 ラッキースケベはあれっきりで充分、というのはオレが出した一つの答えだ。


「ドワーフの間で最近よく使われるようになってるんだよな。樹液が素材らしい」

「はあー、木の汁からねえ」


 この剣柄に巻いてある物が木からできてるとは思えねえ。ついまじまじと観察してしまう。


「樹液とマンドラゴラを混ぜると、固形化すんだよ」

「おい。むずい話はいらねえぞ」

「おまえなぁ、ちょっとは武器の素材について詳しくなっとけよ。あとで役に立つぞ」

「分かっちゃいんだけどよ、なーんかごちゃごちゃと覚えんの面倒くせえんだわ。オレはバスタードソードをぶん回してるほうが性に合ってる」

「ったく……」


 ガルガインのタコチンが呆れ顔で自分の髭を撫でると、まあいい、と呟いて新学期の話題を振ってきた。

 バスタードソードを素振りしながら、ガルガインとやれ新学期はどうだとか、必修科目の先生がどいつになるかとか、今年の魔闘会は誰が有力だ、なんて他愛もない話を脈絡なく話す。


 ある程度時間が経ったところで、ガルガインが突然、ニヤリと笑った。

 どうも含みのある笑い方で明らかな悪巧みの空気を感じ取り、オレはつい眉を寄せた。


「……なんだよ」

「そういやおまえ覚えてるよな」

「何をだ?」

「アレだよ、アレ。罰ゲームだよ」

「ああん? 罰ゲームだぁ?」

「おまえ言ったよな。エリィが白魔法唱えられたらフルチンで一番街を疾走するってよ」



 フルチ――――ッ!!!!?



 しまったああああああああああっ!

 やべえ、確かに旅の途中でそんなこと言った記憶あるわ。

 こいつ……この顔はまじでやらせるつもりだぞ。


「そのしゃくれ顔は……覚えてたな」

「しゃくれは生まれつきだっつーの」


 ふざけたことを言うクソドワーフに、思い切り肩パンをお見舞いする。大して効いた様子もなく、ガルガインが笑い出した。


「ぶわっはっはっは! 男に二言はねえよな?!」

「ぐっ………」

「ねえよなあっ?!」


 このボケナス、ここ最近で一番の笑顔じゃねえか!


「兄さん、まだ稽古ですか?」


 どんなタイミングなのかしらねえが、黒ブライアンとあだ名をつけられた弟のスピードが中庭にやってきた。疲れた顔をしているのは、エリィの立ち上げたコバシガワ商会とかいう変な名前の商会で働いていたからだろう。


「お、ちょうどいいとこに来たな」

「ガルガインさん、どうもです」


 つい先日、エリィの家でガルガインと仲良くなったスピードが、軽く頭を下げた。

 ガルガインは嬉しそうに近づくと、背が低いくせにスピードと強引に肩を組み、髭面を寄せた。


「これからおまえの兄貴はフルチンで一番街を疾走する」

「な、なんですって?! いったいなぜ?!」

「罰ゲームだ。男に二言はないってよ」

「それは……なんの罰ゲームなんですか?」

「光魔法しか使えないエリィ・ゴールデンが、もし白魔法を使えるようになってたらフルチンで一番街を疾走するって豪語してな。まさかとは思ったが、エリィが本当に使えるようになってたってわけだ。しかもあいつ、白魔法の中級まで使えるからな。罰ゲーム確定だろ。むしろフルチン逆立ちの刑だろ」

「そ、そうなんですか……。やっぱりあの人は常人の常識が通用しないですね……」

「つーわけで、スルメは今から一番街を疾走する」


 ガルガインがやたらといい笑顔で人差し指を立て、スピードの前に高々と掲げた。それを見たスピードは、唸り声を上げてこちらを見て、オレの考えていることが分かったらしく険しい表情を作った。

 そうだ、我が弟よ。オレはフルチンなんてごめんだぜ。


「兄さん! あなたはワイルド家の長男なんですよ?! 絶対に――」


 いいぞスピード!

 その勢いで断れ!

 誰かに見つかったら末代までの恥だ。


「フルチンで走ってくださいッ!」


 バッカ野郎! 止めよろまじで!?


「おめえ止めろよ! 兄貴がアソコ振り回して一番街を走るんだぞ?!」

「男と男の約束でしょう? 反故にしたらもう兄さんは男じゃあないです。ワイルド家の男たるもの、結んだ約束は守らねばなりません」

「力説すんなよ!? まじ面倒くせえな!」

「この期に及んでみっともないですよ兄さん」

「おぅし分かった。じゃあてめえも連帯責任だ」

「どこをどうしたら連帯になるんです?! 保証人になった憶えはないですよ!?」

「弟だろ?」

「嫌ですよ本気で!」

「おいおいワイルド家の長男さんよ。いいのかぁ、このままじゃ男がすたるぜぇ」


 ガルガインがオレとスピードの間に割って入り、不敵な笑みをこちらに寄越してくる。

 どうやら逃げ道はないらしい。

 ったくしょうがねえ。ここまで言われたらワイルド家の名折れだ。


「わあったよ! 男に二言はねえっ!!!!」

「ぶわーっはっはっは! そうこなくっちゃな!」

「四年生にあがる前に警邏隊のお世話になるんですね……残念です」

「笑いながら言ってんじゃねえぞまじで」


 スピードは堪え切れない、と笑いを噛み殺してやがる。


「スルメお坊ちゃま、お客人です」


 ワイルド家で一番古株のメイドの婆さんが、オレ達の会話の隙間を縫って邸宅から声をかけてきた。


「誰がスルメだよ誰がッ」

「申し訳ございません。あまりに呼びやすいもので」

「オレいちおう次期当主なんだけどなぁ!?」

「申し訳ございません。呼びやすさには勝てません」

「もっと敬えよ、まじで」

「それよりよろしいのですか? 黒髪の美しいご婦人がいらしているのですが。サツキ様、と仰っておりました」

「おうしわかった呼べ。すぐ呼べ。てめえは光の速さで玄関に戻って案内してこい」

「かしこまりました」


 メイドが素早い動きで戻っていった。親父がせっかちなだけに、動きの良さだけはしっかりしている。


 サツキがオレん家に来るとはいったい何用だ?

 まあ嬉しいことには変わりねえからいいけどよ。


「スルメ、相変わらず暑苦しい顔ね」

「うっさいわ」


 旅の途中で聞き慣れた軽口を叩きながら、サツキが颯爽と中庭に現れた。笑顔で手を振っているところを見ると、かなり機嫌がいいらしい。ガルガインとスピードを見つけて、軽快に挨拶を交わしていく。


 サツキを誘導したメイドの婆さんが、やけに素早い動きで駆け寄ると、オレに耳打ちしてきた。


「こんな美人逃しちゃなりません。頑張れ〜、お坊ちゃまッ。いけいけドンドンファイアボールッ」

「耳元でごちょごちょと――」

「打ちも打ったりファイアボールッ。朝でも夜でもファイアボールッ」

「朝でも夜でもってなんだよ?!」

「では、失礼致します」


 言いたいことだけ言って、メイドの婆さんはオレにだけ分かるように口を開けたままわざとらしいウインクを何度も寄越し、ステップを踏みながら去っていった。うちの使用人はどいつもこいつも個性が強すぎる。つーかババアのウインクほど需要がないもんはねえよ。


「スルメ、あなた暇でしょう? ちょっと付き合ってよ」


 サツキはオレとメイドのやりとりを気にしたふうもなく、腰に手を当てた。

 サツキの長い黒髪は結ばずに胸元に下ろされている。白シャツの上からチェック柄とかいう薄手のロングコートを着て、やたらと足にぴっちり貼り付いている黒ズボンをはき、紐がないめずらしいブーツを履いていた。ベルトには杖が一本さしてある。


「お、なんか今日の服装カッケェじゃねえか」

「そ、そう?」

「動きやすそうだしよ」

「……ありがと」


 なんかサツキのやつ、やけに嬉しそうだがなんでだ? まあいいか。


「で、付き合うってどこ行くんだ」

「エリィちゃんのやってる店が見たいって言ってたじゃない。行きましょうよ」

「ああ、別にいいけどよ……」


 さっきからガルガインとスピードがとてつもなくニヤニヤした顔で見てやがるんだよな。クソ鬱陶しい。


「サツキ、申し訳ないけどな、スルメはこれから罰ゲームをやらなきゃなんねえ」

「罰ゲームぅ? あんた達、また変な賭けしたの?」

「まあな」


 ガルガインのクソボケ。ぜってえ楽しんでやがるな。


「どんな罰ゲームなのよ」

「ガルガインさん、さすがに女性に言っていい罰ゲームじゃないと思うんですが。というより、本当にこんな破廉恥な罰ゲームをしていいのか、僕も不安になってきました」


 心配性のスピードが、ガルガインに小声でこそこそと話す。


「バカ野郎。為せば成るんだよ。男ってもんはやってから後悔すればいいってのがドワーフの至言だ。とりあえずやった後に考えりゃいい」

「ああ……。今の発言で、ドワーフが酒場に行くと財布が空になる理由が解明できた気がします」

「何をコソコソと話しているの?」


 サツキが会話に首を突っ込んでくる。


「教えなさいよ」

「後悔してもしらねえぞ」

「変な罰ゲームだったらタダじゃおかないわよ。私はもう卒業するけど、三月三十一日までは私がグレイフナー魔法学校の主席なんだからね。私にも責任というものがあるわ」

「……」

「と、に、か、く。どんな罰ゲームなのか聞くまでは私はここにいるからね。いいこと?」


 サツキが整った顔をおっかなくさせ、オレ達三人を睨みつけた。独自の嗅覚で、オレ達の話がうさんくせえと感じたらしい。こいつは気が強いから、ごちゃごちゃと言い訳するともっと怒る。ガルガインもそれを分かっているから、苦い顔をして反論しない。



    ◯



「あ、あ、あ、あなた達バカじゃないの!?」


 ああじゃねえこうじゃねえと尋問され、ついにスピードがオレの罰ゲーム内容をゲロってしまった。

 時間はかなり経っており、日が傾きかけている。

 サツキは両目を釣り上げて顔を真っ赤にし、大声を張り上げた。


「そんな卑猥なこと、この私が絶対に許しません!」

「おう、そりゃ助かるわ」

「助かるわじゃないわよ! スルメは適当に約束しすぎよ。これからはもっと気をつけてちょうだい!」

「わあってるよ」

「全然分かってないわよね?! もう、今日はここに泊まっていくからね! ガルガインのことだから、夜中の一番街を走らせるつもりだったんでしょう?!」


 ビシッ、とサツキがガルガインを指差した。それを受けたクソドワーフは顔を引き攣らせて一歩下がった。


「おめえなんで分かった!」

「これだけ一緒にいれば分かるわよ。あなたは常識人だけど、オモシロ話に目がないわ。ということは、この罰ゲームを見つからずにさせるにはどうすればいいか考えたら、深夜の一番街で走らせる、って答えになるじゃない。夜中なら、お酒を飲んでましたって言い訳すればある程度許されるし、似たような酔っぱらいもいるからスルメが……わいせつブツ陳列罪で警邏隊に捕まる確率は低いわ」

「おまえ……頭いいな――」


 思わず癖でツバを吐こうと動いたガルガインにサツキが杖を向ける。鋭い動きから、身体強化していることが分かった。こりゃあ相当に怒ってるな。


「ツバを吐こうとしない。あなたの大事な髭を剃るわよ、空魔法で」

「段々と容赦がなくなってきたぞ」

「しばらくは監視しますからね、いいことスルメ」


 じろりと睨まれ、オレは頭をぼりぼりかくしかなかった。


「お、おう……つーかおめえ今日泊まんの?」

「だってそうでもしないとあなた達やるでしょ、罰ゲーム」

「まあいいけどよ」

「へ、変なことしたら許さないからね!」

「しねえよ! てかおめえが言い出したんだろう!?」

「悪かったわね! じゃあ準備してまた来るから、その間あなた達は絶対ここにいなさいよ。いいわね!」


 頬を上気させ、サツキはオレ、ガルガイン、スピードへ杖を向けると、来たときと同じように颯爽と中庭から出て行った。



     ◯



 ヤナギハラ家のサツキが泊まりに来ると知ったメイドとうちの母親は、狂喜乱舞して夕食の準備を開始した。


 サツキが来てからはもうめちゃくちゃだった。


 誰の誕生祭だよといいたくなるほど豪華な晩餐が用意され、バスタードソードをくれたガルガインも出席し、メイドと使用人がはしゃぎ回る。


 全員酒を飲んで、余興だ、と叫んで空中に浮かべた“ファイアボール”にどれだけ近づけるかというワイルド家伝統の我慢比べを行い、バカな使用人が三人ほどやけどをして光魔法の世話になり、続いて勝手にサツキと決闘をはじめて全員コテンパンにのされ、おまけにオヤジがテンション上がりすぎて“炎魔法フレアの舞い”とかいうバカな踊りで黒焦げになった。

 母親は延々と孫が欲しいと言って酒をガブガブ飲んで早々にひっくり返るし、しまいにゃメイドの婆さんが夜の睦言についての秘術を伝授いたします、とかでけえ声で自分のあられもない過去をしゃべりはじめて他のメイドに猿ぐつわかまされてっし、ひでえ有様だ。

 ガルガインなんか笑いすぎて腹筋がつって地べた這いまわってるしよ。

 スピードは酔った勢いで、アリアナに告る、と息巻いている。まじで脈ねえよ。オレでも分かるわありゃ。


 まあ何だかんだサツキが楽しそうに笑ってっからいいか。


「あなたの家、面白いわね」

「いつもこんな感じだぞ」

「へえ〜」


 笑い泣きで出た涙を指ですくい取りながら、サツキが感心した様子でうなずいた。



    ◯



 その後、サツキはワイルド家にしょっちゅう遊びに来るようになった。六大貴族のヤナギハラ家の娘がこんなフットワーク軽くていいのかとも思うが、向こうの家も自由な家風らしい。


 罰ゲームを振ってきたガルガインには、感謝の気持ちとバスタードソードを貰った礼として、火魔法が付与された鍛冶用のハンマーをプレゼントしてやった。


 ガルガインのボケナスにしては、いい仕事をした、と言わざるを得ない。


 罰ゲームは……このままなかったことになるといいんだが、男が交わした約束だ。いつかサツキの隙を突いてやるってことになるだろう。ガルガインが言い出すまでは保留だな、保留。


「何ぼぉっとしてるのよ」

「なんでもねえ」

「今日は時間があるから行くわよ」

「どこに」

「エリィちゃんのお店よ」

「ああ、いいぞ。オレも興味あっからな。行くか」


 うきうきとテンポよく歩き出したサツキを追いかける。どうやら新しい服がよっぽど見たいらしい。


 洋服についてはイマイチ分からねえが、女が嬉しそうに笑っている姿を見るのは悪くねえ。女ってのは、まじで洋服が好きなんだな。

 サツキと一番街へ向かいながらオレはそんなどうでもいいことを考え、太陽の光を反射させて美しく揺れる黒髪を横目で見つめた。サツキの横顔は美しく、凛々しく引き締まって、さながら戦いの神パリオポテスの嫁みたいだった。やべえ綺麗じゃねえかよ、サツキのくせに。


「なぁに。私に見惚れてるの?」


 オレが見ていることに気づいたのか、いたずらっ子みてえな顔でサツキが茶化してくる。


「バーカ、んなわけねえだろ」

「バカって何よバカって。ちょっとは思いなさいよ」

「世界の果てに行ったら考えてやらぁ」


 自分の顔を見られないようにそっぽを向いて頭をかく。


「何よまったく。スルメのくせに生意気なのよ」

「誰がスルメだよ誰が」

「あなたに決まってるでしょう」

「そうか、オレか。ってオレは認めた覚えはねえからな!」

「あーはいはい」

「はいはいじゃねえよ。あだ名つけたエリィ・ゴールデンに今度こそ文句言ってやろ」


 あはは、とサツキが笑う。サツキは何をしても綺麗だった。


 クッソ、これ完全にヤラれちまってんじゃねえかよ。テンメイがピーチクパーチク言ってやがる恋に堕ちるフォーリンラヴァーズってやつじゃねえか。つーかあいつの話はいちいち名前がうさんくせえし小っ恥ずかしんだよ。

 あーもうやめやめ、余計なこと考えるのはやめよ。細けえことは苦手だ。



 オレ達はぶらぶら歩きながら王宮の脇道を通り、コロシアムを横目に一番街へと足を進めた。

 なんか適当に出掛けたが、いい休日になりそうだ。

 サツキの黒髪は、相変わらず艶めいた光を発しながら、風に流され楽しげに揺れていた。

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