第129話 イケメン砂漠の誘拐調査団・闘争①
“ファイアボール”を二発。
別働隊の救援信号だ。
調査団六十名はパーティーごとに別れ、敵との距離はおよそ三十メートル。
対する敵さんは、洗脳した子どもの魔法使いを盾にするかのように約十メートルおきに一人ずつ立たせ、こちらを牽制する。
洗脳された子どもは三人。
子どもを最前線に立たせることにより、こちらが攻撃しづらくなるという姑息な作戦だ。
子どもの背中にこそこそと隠れている敵魔法使いが二十名。
その後ろに敵大将みたいな面持ちで、親玉の宣教師とフェスティが並んでいる。
アグナスが咄嗟にジェラ兵士を統率するバニーちゃんへと目配せをすると、彼の意図を読み取ったバニーちゃんは「着いてこい!」と叫び、身体強化をして駆けだした。約十五名の兵士達がそのあとを追い、救援信号の上がった場所へと向かう。
「アイゼンバーグ様!」
「……」
青い神父服のおっさんが声を掛けると、敵の魔法使い達の後ろにいるアイゼンバーグと呼ばれた親玉の宣教師は首を横に振り、詠唱を続けながらこちらを指さした。
「白いワンピースを着た金髪の娘を狙え!」
俺かよ!
「“ウインドストーム”」
「“
「“
「“
またしても下位上級魔法が十数発飛んでくる。
さらに遅れて高威力の上位魔法が唱えられた。
「サンドウォール!」
俺を守るための“サンドウォール”が冒険者たちによって張り巡らされる。
敵の下位魔法が構築した“サンドウォール”に激突し、壁が破壊された。
さらに上位魔法が迫る。
炎の弓矢が地面を焦がし、地中から巨大な木の拳が突き上がり、剣山のような氷の天井が上空に現れて、爆発魔法が容赦なく指定された範囲を木っ端微塵に粉砕する。
「“ウインドストーム”!」
「“
「“
「“
「“
黙って見ている高ランク冒険者たちではない。
アグナスパーティーが上位魔法で敵の上位魔法を相殺し、他のパーティーが魔法をよけながら下位魔法を防御に使って被害を最小限に食い止める。
さすがに残っている敵の魔法使いは精鋭揃いだ。
一方、こちらは三人残っている子どもの魔法使いがいるために迂闊に攻撃魔法を使えず、後手に回ってしまう。
現に、“
やべえぞ。
そうこうしているうちにアイゼンバーグとかいう親玉の魔法が完成しそうだ。
いま落雷魔法を使ったら、確実にフェスティにも当たっちまう。
よっしゃ。ぐだぐだ考えててもしょうがねえ。
後手に回るが、アリアナの重力魔法が完成するまで、いつでも魔法が撃てるように魔力循環をして準備をしておくぞ。強力な攻撃と上位中級の回復ができるのはこの中でも俺だけだ。迂闊に動かず様子を冷静に分析しろ。
味方がやられたら回復魔法で治癒し、隙ができたら落雷魔法をぶっ放す。
「“
ナイスタイミング!
アリアナが上位中級黒魔法を完成させ、敵の中心部へと重力場を発生させた。
どす黒い波打つ重力場が水紋のように現れ、周囲の砂が蟻地獄みたいに沈み込んでいく。
右手を敵へ向けているアリアナの表情は真剣そのもの。ぴくぴくと狐耳が動く。
「ぐぅ……」
「なん…」
「ぎぃ……」
敵の十数名から苦悶の声が漏れた。
突然自分の体重が四倍から五倍にふくれあがり、立っていることすらできずに跪く。
“
さすがは行動阻害系の魔法だ。物理的な攻撃を加えるわけではないので、子どもを殺してしまうこともない。まあ、長時間重力魔法を受け続けるとまずいことにはなるが、数分程度なら大丈夫だろう。
好機とみてアグナスパーティーの、アグナス、ドン、クリムト、トマホークの四人が身体強化を瞬時に行使し、猛アタックをかけた。トマホークは木魔法を何度も使っているせいかスタートが遅れたが、それでも他の冒険者より速い。
それに続けと、他のパーティー三十余名も走り出す。
「行きやす、アニキ」
マント姿の無刀のドンがアグナスの前に出て、刃がない刀を抜く。
「“
上位中級クラスの魔力が唸る。
子どもの間を縫うようにして空気の刃が生き物のように走り抜け、敵陣をえぐり、魔法使いを五名ほど吹っ飛ばした。
魔法の発動が早い! ほぼゼロ距離なら子どもへの誤爆もない!
続いてアグナスが子どもを奪おうと、まさに手を伸ばしそのときだった。
「“
突撃した全員の動きが停止した。
動画再生ソフトの停止ボタンを押したように、ピタっと全員が足を止める。
足元に紫色をした不気味な魔法陣が浮かび上がり、うねうねと無脊椎動物のように蠢く紫の光が足に絡みついてくる。
きもっ! これ気持ちわるっ!
アイゼンバーグとかいう親玉が杖を掲げながら口元を残忍に歪め、侮蔑の目をこちらへ向けた。
背中に氷水をぶちまけられたような感覚が全身を駆け抜けた。不安が脳内を突き抜けて、自分が存在している意味とか理由が全部否定されていく理不尽な圧力を感じる。さらに、一人で真っ暗な夜の帰り道を歩いている際に、狂った奴が哄笑しながら追いかけてくるほどの恐怖感が襲い、焦燥と絶望が身体中を舐めるように這う。
これが洗脳系上級黒魔法“
こんな魔法を子どもに使うとか、一発本気で殴らないと気が済まねえな。
――って、俺、どんだけ冷静なんだよ。
冒険者で立っているのは前方にいるアグナスと俺の隣にいるアリアナだけだ。
他のメンバーは苦悶の表情で頭を抱えてうずくまっている。
しかも二人ですら頭を押さえ、立っているのがやっとの様子だ。
アリアナの重力魔法は“
上位上級の洗脳魔法が平気な俺。さすが天才、アイアンハート。
って言ってる場合じゃねえか!
「黒き道を白き道標に変え、汝ついにかの安住の地を見つけたり……」
「…浄化魔法ですか。この“
三十メートルほど離れているにも関わらず、その声はこっちまでよく響いた。
数秒して、敵の魔法使い約二十名が息を吹き返し、魔法をぶっ放してくる。
「ぎゃあ!」
「ぐっ!」
「ぐあっ……」
無防備な冒険者たちが距離を詰めた順にやられていく。
ドンとトマホークも“サンドボール”と“エアハンマー”を食らって後方へと吹っ飛んでいった。下位魔法といえど、身体強化なしの生身で受ければ相当に危険だ。
アグナスはかろうじて身体強化で防いでいる。
いそげいそげ!
超集中!
「愛しき我が子に聖なる祝福と脈尽く命の熱き鼓動を与えたまえ…」
黒魔法“
さもないと全滅だ――
やけに張っているほお骨を釣り上げ、アイゼンバーグが目を見開く。
その顔は妄執に捕らわれた狂信者のようにただれた笑顔を張り付かせ、見る者を不快にさせた。
あんなバカ無視だ無視。
「“
全身から光り輝く星屑がばらまかれ、足元に白光した魔法陣が広がっていく。
魔法陣は“
いけ! いけえぇっ!
「ッ―――!!」
思い切り下っ腹に力を込めると膨大な魔力が魔法陣へと溶け込み、満員電車で人間を奥へ押し込んで前に進むように“
中庭に構築された紫色の魔法陣の中に、直径二十メートルの白い魔法陣による安全地帯が現れた。
“
「エリィちゃんの魔法陣の中へ入れ!」
アグナスがすぐさま叫んで魔法陣に転がり込むと、“エアハンマー”で魔法陣の外にいる冒険者を強引にこちらへ叩き込んだ。それに倣ってパーティーメンバーが次々と陣地へ味方を引き入れる。
敵はアイゼンバーグ、フェスティを入れて十五名ほど。調査団は約二十名。魔力切れとさっきの攻撃でかなり減っちまった。
「なんだと……?」
アイゼンバーグが驚愕の表情で目を見張り、杖を高々と掲げた。
奴の持っている樫の杖が禍々しく光ると、今度は向こうからの浸食が始まる。
頭上に次々と重りを乗せられているみたいに、“
気を抜くとダメだ……、魔法が霧散する……。
それに続けと敵魔法使いが魔法を乱射する。
紫色の魔法陣と白色の魔法陣の陣地に分かれた魔法合戦が再度始まった。
俺が押し負けたら全滅だ……。
こんなときこそハッピーな記憶!
田中の……
田中の…………
「ファイヤーダンス!!!」
思わず叫んでしまった。
腰ミノ、上半身裸の田中が、炎にびびりながらファイヤーダンスする、滑稽で哀愁すらただようシーンを思い出して思わず笑みがこぼれる。何度思い返してもオモシロすぎるだろ。現地人のオバハンから熱烈なキッス攻撃を食らって呼吸困難になる田中は、最高にウケる国宝級のネタだ。
なんてことを考えて魔力を“
「ファイヤーダンス……?」
「エリィちゃんの新しい魔法か?!」
「浄化魔法にそんな名称のものあったか?」
「神々しい! 俺達も負けてらんねえ。反撃だ!」
「美しい! なんて綺麗なんだい!」
冒険者が口々に叫びつつ、各自得意な魔法を敵陣へ撃ち込む。
「……エリィ、前に行くね」
アリアナがかつてないほどの魔力を循環させながら、俺の隣から離れて前線へと駆けていく。
アリアナへと“
絶え間なく魔法のやりとりをしている敵陣と調査団。
様々な魔法の光が輝き、爆発し、穿ち、切り裂き、時たま土の壁が現れてはすぐさま破壊される。
アグナスとフェスティの魔法がほぼ互角のようで、打開策が見いだせない。ってフェスティ強すぎだろ! 上位魔法をバンバン撃っているからジャンジャンより圧倒的に強いぞ!
調査団はアリアナの姿を見て、何か秘策があるのだろうと、彼女を援護する作戦へ切り替えた。
アリアナは魔法陣の効果範囲限界まで進み、敵の魔法使いとわずか三メートルの距離になると、注目を集めるように両手を大きく広げた。デニムのサロペットスカートから覗くすらりとした足をつま先立ちにしている。
「狐人の娘を狙え!」
向こうの指揮官らしき神父姿の男が彼女の練っている膨大な魔力を見て絶叫した。
が、アリアナはそれと同時に行動を起こした。
まるでその行動が俺にはスローモーションのように見え、口が半開きになり、どうしようもなく胸が熱くなって、何も考えられなくなった。
アリアナはつま先立ちしていた足を戻し、可愛い尻尾をピンと真上へ立て、片足立ちになってくるりと一回転する。両腕を真下へ向け、両手首を地面と水平に伸ばし、可愛らしく笑顔でピタリと止まると、両手を胸のあたりにもってきてハートの形を作った。
「“
――――!!!!??
巻き起こるアリアナのトキメキ旋風。
その小さい姿は星屑と相まってキラキラと輝き、可愛さの中に美しさを内包させる女神のごとく全員を魅了し、見る者を完全に釘付けにした。
「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」「う゛っ!」
瞬間最大トキメキ風速三億五千万トキメートル(当社調べ)を記録っ!
アリアナのオリジナル魔法を受けた全員が、敵味方問わず心臓を押さえてうずくまる。
アイゼンバーグとフェスティですら心臓を押さえてるじゃねえか!
すごっ!
つーか心臓がまじでいてえ!
これがトキメキ……そう……TOKIMEKI………。
“
てかね、多分だけどね、この場にいる全員が思ったと思うんだよ。
なんでパンツが見えなかったんだろうって。
結構な勢いでくるっと回ったからミニスカートの中が見えそうだったんだ。
いやちがうぜ!
俺は別にスカートの中を覗いてうっしっし、とか言うタイプじゃねえよ?
むしろ口説いて脱がすタイプだぞ?
でもさっきのは、何かそういうこととは別次元の問題なんだよ。見たら絶対にイケない物を人間って見てみたいって思うじゃん。鶴の恩返しみたいに! そうお鶴さんの恩返しのパンティみたいに!
って自分で何言ってんのか全然わかんねえぐらい心臓いたああああああい!
「えい」
アリアナは全員が動けない隙を突いて身体強化“下の上”をかけ、前方にいた少年の魔法使いを掴んで後方へと放り投げる。さらに右へ素早く移動し、うずくまるエルフの少女を放り投げ、投げた反動を利用して一回転し、鞭で間近にいた敵魔法使いをしこたまぶっ叩いた。
もう一人いるドワーフの少年の所へは距離があるため、“
パパパパパパパァン! という鞭音が響き、ものの数秒で五人の魔法使いがアヘ顔と共に後方へ弾け飛んでいく。うわぁ……身体強化した高速鞭術で叩かれたから、一瞬で服がボロボロになって血まみれだよ。アリアナ絶対に怒ってるな。
「い、いかん! あのキツネ娘を殺れ!」
ようやく復帰した敵魔法使いから焦りの声が上がる。
だが、こちらのほうがアリアナの魔法を見たことがある分、心構えが多少なりとも出来ていたため初動が早い。
「ごめんな」
アグナスが最後の一人であるドワーフの少年に当て身を食らわせ、後方へと投げ飛ばした。
後衛のメンバーがすぐさま子ども三人に駆け寄り回復魔法をかけ、睡眠煙をしみこませたハンカチで身柄を確保する。いいぞいいぞ!
「“
バリバリバリィ!
けたたましい落雷音が鳴り、敵魔法使いの真ん中に“
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