第126話 イケメン砂漠の誘拐調査団・突入①
後方からとんでもない魔力の波動を感じるが、振り返らずに砂漠を走る。
調査団は「ポカホンタス」「イカレリウス」「超級魔法」などの空想に近い言葉を目の当たりにして、軽い恐慌状態になっていた。
ポカじいのことは心配だ。でも、あのじいさんが負けるはずがないよな、と思い直す。
アリアナもポカじいの勝利を確信しているようだった。
それに、ポカじいの本気の拳打が頭から離れない。
あれ……かなりやべえよな…イカちゃんすげー吹っ飛んだぜ。
つーか何回か「空の型」を見せてもらったときと迫力が全然違った。戦いともなれば型とは全く別次元の拳打になり、十二元素拳の神髄を垣間見たような気がする。
しばらく進み、安全と思われる距離まで離れたところでアグナスが声を上げた。
「全員、止まれ!」
やっと落ち着いてきた調査団はアグナスの号令で停止する。皆、額から汗を流して肩で息をしていた。
「パーティーごとに別れて脱落者がいないか確認してくれ!」
各員が点呼を取り、パーティーメンバーの無事を確認する。脱落者はゼロだ。
俺、アリアナ、バーバラ、女盗賊、女戦士の五人も集合して全員の安否を確認し、負傷していないことをアグナスに告げた。
彼は満足げにうなずいて俺の耳に口を寄せてきた。
「落雷魔法はあと何発ぐらい使える?」
「…そうね。軽いやつなら二百発ぐらい。すごく強いのは十発ぐらいかしら」
ポカじいとイカちゃんが激しく戦闘をしているので、敵の警戒が強くなっているに違いない。あまりうかうかしているとがっちり防衛網を敷かれてしまう可能性が高いため、時間をかけずに突入するのが正解だ。
やっぱこいつできる男だな。なぜ落雷魔法を使えるのか、という質問よりも次の戦闘でどの程度使用できるか確認する現実的なところは、ただの冒険者をさせておくのはおしい能力だ。もし地球のビジネスマンなら時間の管理と危機回避能力が高く、どんな会社でも活躍できるだろう。並のビジネスマンなら話を後回しにせず、あれはなんだ、とまず確認して貴重な時間を使ってしまうところだ。
「すごく強いの、というのはどれくらいの威力?」
「ポカじいの話だと上位上級ぐらいだと思うんだけど…よくわからないわ」
落雷を一点集中させる“
「オーケー。エリィちゃんにお願いしたいことは二つだ。一つ目は浄化魔法で子ども達の洗脳を解除できるか試すこと。もう一つはゲドスライムが現れた場合、迷わず落雷魔法を使うことだ」
「わかったわ」
「“伝説の魔法使い”に“複合魔法”か…正直まだ信じられないよ」
「その話は終わってからゆっくりするわね」
「幸い、エリィちゃんが落雷魔法を使ったことは、あの場でしっかり見ていた僕とクリムト、トマホーク、ドンの四人だけしか知らない。変に噂になることはないけど、魔改造施設で使えばみんなにバレるだろう。大丈夫かい?」
「ええ。危険に晒されたら迷わず使うわ。使わなかったせいで誰かが犠牲になったりしたら嫌だもの」
「そうだね。例え強力な魔法が使えても、必要なときに使えないようであればそれは無用の長物だ」
アグナスが俺に寄せていた顔を離して背筋を伸ばすと、斥候として魔改造施設を見に行っていたトマホークが戻ってきて何かを報告する。
それを聞いたアグナスは、調査団の面々をぐるりと見渡してゆっくりうなずいた。
「聞いてくれ! 敵は伝説の魔法使いの魔力波動を感じたのか警戒態勢を取っている。施設の中庭にかなりの使い手と思われる子どもが数十名陣を張っているため、正面衝突になるだろう。だが無力化する作戦は変わらない! 子どもたちを取り返すぞ!」
「おうよ!」
「よっしゃ!」
「でしゅ!」
「やるわよ!」
「やるでい!」
冒険者は思い思いに返事をし、ジェラの兵士達は一斉に「おうっ!」と拳を上げる。
「首魁である洗脳系黒魔法の使い手はまだ確認できていない。中庭に“
「よっしゃ!」
「俺の鉄拳を食らわせてやる!」
「子どもを絶対に助けるぜい!」
「踏みつぶしてやる…!」
「何もしゃべらないアリアナちゃんかわいい」
「早く戦わせろ!」
「生きててくれっ………フェスティ……」
全員が好き勝手に吠えて、ジャンジャンが思い詰めたような表情でつぶやく。
「予定通り、砂丘手前に木魔法で陣を張る! その後突入だ! 魔法合戦になるぞ! 気合いを入れろよ!」
アグナスの言葉で団員が奮い立ち、進軍を再び開始した。
子どもを取り返す、という最大の目的があるので士気がめちゃくちゃ高い。
俺達のパーティーも迷わず歩き始め、数分経った、そのときだった。
エレキギターの音のような甲高い破裂音がうっすらと周囲に響き、後方から前方へと通りすぎていく。何事かと、歩きながら団員が後ろを振り返った。
隣にいるアリアナの狐耳がぴくっと動き、こちらを見てくる。こんなときでも可愛いな。
「ポカじいが魔法を使った…。たぶん空魔法上級・音系の魔法だと思う」
「戦っているさなかに上位上級魔法ね」
「うん……私たちの師匠はすごい。スケベだけど」
「そうね、すごいわね。スケベだけど」
「心配?」
「ちょっとね。でも、あの場で私にできることは何もなかったわ」
「ポカじいなら平気だよ…」
「ええ。無事にイカちゃんを倒したら、ご褒美にお尻を触らせてあげようかしら」
「……それはダメ」
「ふふっ、冗談よ。というより絶対イヤ」
☆
エリィが冗談を言い、調査団が行軍を開始した同時刻。
魔改造施設のとある一室に、背中が異常に盛り上がった不気味な男が、真っ黒な宣教師風の格好をした男の前で跪いていた。
部屋には満月の光が差し込み、蝋燭の光がぼんやりと揺れてテーブルの書類を照らしている。
「アイゼンバーグ様。どのようにしてこの場所を突き止めたのか、ジェラの冒険者と兵士たちがこちらへ向かっております……いかがされますか?」
「いかがされますか、とは?」
「い、いえ…。グレイフナーの子ども達への実験を一端中止し、迎撃にあたったほうがよろしいかと思いまして…」
背中男がそこまで言うと、アイゼンバーグと呼ばれた宣教師風の男は、突き出たほお骨に張り付いている皮膚をぐしゃりとゆがめ、立ち上がって激昂した。
「セラァァァァァァァァルッ!」
背中男はその迫力に小さい身体をさらに縮こまらせ、額を床にこすりつけて土下座の要領で身をこわばらせた。
セラー教が神を顕現させる際のかけ声が「セラール」というものだったが、千年の時を経てその言葉は信者同士の挨拶やかけ声で使われる意味に変化した。肩幅が広く体格のいいアイゼンバーグがその言葉を叫ぶと、信者たちが雷に打たれたように跪く。彼の目の前にいる背中が盛り上がった男も例外に漏れず、アイゼンバーグの威圧を受けて心を震撼させた。
「敬虔なるセラーの子、ジュゼッペよ。我が子、我が同胞が産声を上げる……今日この満月の時を待っていたのではなかったのですか?」
「はい! 左様でございます! 魔薬の浸透率が格段に上昇する四回目の満月の夜を我々は待っておりました!」
「では、あなたはまた三ヶ月間、時を費やすというのですか?」
「も、も、申し訳ございません……直ちにハーヒホーヘーヒホーを投与致します」
「有象無象の賊など、我々の敵ではありません」
「わたくしめが浅慮、お許しくださいませ」
「……よいのです。あなたが施設のためを思って提案した言葉、私の胸にはしかと届きました。セラーの導きがあなたに祝福をもたらさんことを」
そう言って優しげな表情を作ると、アイゼンバーグはジュゼッペと呼ばれる背中男の肩にそっと右手を置き、左手で十字を切って円を描いた。
ジュゼッペは感極まったのか、肩を震わせて鯉のように口を何度も開閉させる。
「ああ……アイゼンバーグ様………このような醜いわたくしめに直接触れるなど………あああっ、なんと美しい御手でございましょうか……」
「敬虔なるセラーの子、ジュゼッペよ。私はあなたの異形を異形とは思いません。さあ、己の役割を果たすのです…………命、尽きるまで……」
「はい……はい……。わたくしめは……命尽きるまでアイゼンバーグ様とセラー様のしもべにございます」
ジュゼッペはアイゼンバーグへ恭しく一礼をすると、素早く部屋から出て行った。
アイゼンバーグはその盛り上がった背中を無機質な視線で見つめ、姿が消えたところで部屋の隅に置いてあった杖を手に取った。
ジュゼッペは気づいていない。恫喝するように対象者の行いを否定し、その後に優しく諭す、という一連の流れは洗脳や教育の常套手段だ。それを知っているアイゼンバーグは激昂したかのように怒り、優しくするというアメとムチをただ大げさにやってみせただけだ。
アイゼンバーグの心には感情の起伏などなく、何も去来していない。
「セラーの子でない者に、裁きの仕置きを……」
そう呟いて、アイゼンバーグはほんの少し前までこの部屋にいたジュゼッペのことなど忘れたのか、禍々しい樫の杖を愛でるように撫で、愛しい恋人を見るような視線を送った。
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