第111話 イケメン砂漠の誘拐調査団①


 オアシス・ジェラ冒険者協会会議室には、ルイボン、ルイボンの父親であるジェラ領主、ジェラを活動拠点にする冒険者の上位ランカーが集まっていた。

今試験1位である『竜炎のアグナス』880点、2位でアグナスパーティー切り込み隊長の『裂刺のトマホーク』766点、3位の白魔法使い『白耳のクリムト』758点、刀身がない不可思議な剣を腰に差す、4位『無刀のドン』740点。


 1~4位がアグナスパーティーということが実力者の証明になっており、協会におけるアグナスら四人の信頼は非常に高い。椅子に座っているよぼよぼで腰が九十度曲がった支部長が、彼らを見て満足そうにうなずいている。


 彼らの他に、一人で様々なパーティーを渡り歩く踊り子風の女、試験6位『撃踏のバーバラ』722点。

 すべての下位上級魔法をオールラウンドに使えるベトナム原住民のような風貌の男、試験7位『苦拍のサルジュレイ』698点。

得意魔法の省略詠唱が一文字、という変わった男、試験8位『一音のポー』677点。

 つるっぱげ、試験9位『炎鍋のラッキョ』670点。

 ジェラ護衛隊隊長こと『バニーちゃん』試験10位、666点。


 誰しもがその点数を疑い、驚愕し、戦慄し、信じられないと、試験結果を二度見し、可愛いな、と顔を綻ばせる、俺の横でシャケおにぎりを惜しむように食べている狐耳美少女、アリアナ・グランティーノ。試験はなんと5位、735点。もふもふもふもふ。


 そして、生きとし生ける者すべての夢と希望を詰め込んだ美貌と肉体を持つ、元はデブス、今はスーパーミラクルハイスペック美少女、悪い子は即座におしおき、未だ成長中、エリィ・ゴールデンことイケメン小橋川の俺。二次試験で魔法を使わず試験11位、640点。


 その他、試験を受けていないBランク冒険者が五名参加し、ジャンジャン、クチビール、俺を含めるCランク冒険者五十一名が参加した。


 Aランク三名。

 Bランク十二名。

 Cランク五十一名。

 総勢六十六名、ジェラ史上初と言えるほどの豪華キャストが勢揃いしており、各冒険者の熱が否応にも高まる。そこへ、誰も砂漠の賢者だと思っていないポカじいが、酒瓶を片手にふらりと入ってくる。


 これで役者は揃ったと言わんばかりにアグナスが口火を切った。

 緊張した数名がごくりと生唾を飲む。


「今日は招集に応じてくれてありがとう。今回の依頼はオアシス・ジェラからのもので、大がかりな作戦になる。依頼の危険度はAだ。それでも話を聞きたいという人間だけこの場に残ってくれ」


 赤いマントに赤い長髪をしゃらりと垂らし、ギリシャ彫刻も逃げ出したくなるほどいい男であるアグナスの流麗な目が、試すように全員へぶつけられる。聞いた話だとランクAっていうのはキングスコーピオンとクイーンスコーピオンが同時に出てくるレベル、すなわちアグナスパーティーが瀕死になる危険度、ということだ。


 沈黙と緊張で空気が張り詰める。


 ここにいる冒険者達の決意は固いのか、誰一人として声を上げない。

 アグナスはその様子を見て、やれやれといった風に両手を広げながら満足げな顔をした。


「君たちのような命知らずが僕は好きだよ。よし、では詳細は依頼立案者でもあるCランク、ジャン・バルジャン君から説明してもらおう」

「か、かしこまりました!」


 ジャンジャンが緊張気味に一歩前へ出る。

 すると、数多の死線をくぐり抜けてきたであろう冒険者達が、鋭い眼光を向け、一言一句聞き逃さんと神経を張り詰めた。立っているだけで存在感を存分に滲ませる冒険者達がこの場に六十六名いる。占拠された狭い会議室の空気が膨張したように感じた。


 そういや社運を賭けた新製品開発のために各エキスパートを集めた会議もこんな雰囲気で、ほどよい緊張と息苦しいほどの熱量が部屋に充満していたな。こういう一体感のあるプロジェクトは成功する確率が高い。どの時代、どの場所でも、大事なのは肩書きや金じゃなく、人だ。人の力が成功を引き寄せる。


 緊張していた声色が話し始めると滑らかになっていく。ジャンジャンの説明に全員聞き入った。


 五年前にオアシス・ジェラを襲った誘拐事件から始まり、自身が事件を追うために冒険者になったこと。博学なポカじいが、誘拐の裏には十二歳以下の子どもを魔薬で覚醒させ、魔法使いにさせる人為らざる陰謀があるのではという推測を立てたこと。そこから魔薬に必要なハーヒホーヘーヒホーという草の存在。そのハーヒホーヘーヒホーが見つかったことにより魔改造施設の場所が確定し、すべての推測の裏が取れ、今回の誘拐調査に参加してくれる冒険者を募集したこと。


「事件の真相を解明したのは、そちらにおられる賢者様です」

「ほっほっほっほっほ」


 すべてを聞いた冒険者たちが納得した表情を見せ、ポカじいに興味と畏敬を込めた念を送った。“遠見の水晶”は伝説級のアイテムで、使用には熟練魔法使い五人分の魔力が必要らしい。相変わらずじいさんのスペックがやべえ。


「ひとつええかのぅ」


 今まで笑って酒を飲んでいたポカじいが挙手したので、一同の視線が窓際に立っている彼に集中した。


「攫われた子どもは黒魔法で洗脳されており、どのような行動をするかわからん。五年前の誘拐事件に盗賊団として参加した子どもたちが、Cランク冒険者をあっさり倒した、という事実はジャンが話した通りじゃ。捕らわれている子ども達は魔薬によって魔力を開放され、強力な魔法使いになっており、さらに洗脳者に従うよう教育を施されておるじゃろう」

「つまり、救う子ども達に攻撃される可能性が高い。ポカ老師はそうおっしゃっりたいのですね」

「その通りじゃ。洗脳者である黒魔法使いが、子ども達を操ってこちらに攻撃してくるじゃろうの」


 アグナスが冷静に言葉をつなぎ、ポカじいが厳かにうなずく。


「洗脳魔法は黒魔法中級レベルでしょうか?」

「黒魔法上級“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”じゃ」

「それは……厄介だな…」

「知らん者もおるじゃろうから説明をしておくとの、黒魔法上級“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”にかかると操り人形になるのじゃ。命令された任務を遂行するために死ぬ事も厭わんぞい」

「まじかよ……」

「黒魔法…上級…?」

「いつの時代も黒魔法士は問題を起こす…」


 冒険者達が思い思いの言葉を口にし、途端に会議室が騒がしくなったので、アグナスが両手を叩いて場を鎮めた。


「聞いたとおりだ! 子ども達を無力化して搬送する方法も作戦に盛り込む!」

「うむ、それがよかろう」


 抵抗されるなら、眠らせるか拘束して、あとでじっくり洗脳を解くしかない。


 にしてもさぁ、聞けば聞くほど仄暗い陰謀を感じさせるよな。子どもを魔改造するなんてまじでありえねえ。


 奴ら盗賊団の目的はなんだ?


 思えば、俺を誘拐したペスカトーレ盗賊団は、この魔改造施設の存在を知らなかった。あいつらはトクトール領主、ポチャ夫に言われて仕事をしただけで、誘拐し、砂漠まで護送、そして依頼人へ引き渡す。


 さらにはポチャ夫も魔改造施設についての知識がなかった。

 ポチャ夫はよい子になったあと「子どもは砂漠の国サンディに売った」とだけ言っており、手紙にはガブリエル・ガブルの文字があったものの、その後どういった事が行われているかは知らない。


 黒幕はガブリエル・ガブルなのか?

 いや、グレイフナーの大貴族といえ、こんな大がかりな仕掛けをスポンサーなしでやるのは厳しい。日本で言うなら、国外で武器の開発を一企業が勝手にやっているようなもんだ。グー○ルとか、マイク○ソフトとか、うちの財閥ぐらい国家規模の企業ならできなくはないんだろうが、一部上場してますって程度の企業が手に負える内容じゃねえ。


 黒幕ではないにしろ、魔改造施設とガブリエル・ガブルが繋がっている、と考えるのは妥当だろうな。ガブリエル・ガブルは傘下のリッキー家に魔法の素養が高そうな孤児をグレイフナー孤児院に集めるように指示し、ある程度集まったら国外へ輸送する。行き先は砂漠の国サンディ、魔改造施設だ。


 魔改造か…。海外の経済誌だとちょいちょい戦争やら武器に記事が出てくるよな。


 戦争が起こる最たる理由は、経済、宗教、人種、と一般的に言われている。

 今回の件は戦争ではないものの、それと密接な関係がある武器開発、武器商人と事柄が似ている。子どもを魔改造して戦士にする。戦士、武器は金になる。それは地球でも異世界でも変わらない。


 にしても何の目的で子どもを魔改造するのかわかんねえんだよなぁ。

 どうにも効率が悪いように思える。強い兵隊が欲しいのなら、わざわざ子ども攫ってきて魔改造するより、強い冒険者を捕まえて洗脳するほうが時間とコストがかからないだろ。企業に例えるなら即戦力になるビジネスマンをヘッドハンティングすることと同じだ。


 子どもだったら相手が油断するから、とか?

 いや、子どもはすぐに成長するからその効果だけだと経費が回収できない。


 じゃあ子どものうちから魔法教育をすると強くなるとか?

 これはあり得る。費用対効果が良いのなら、魔改造をする動機にはなりそうだ。ちょっと説得力に欠けるが。


 子どもなら洗脳魔法が効きやすい、なんて理由はどうだ。

 うーん、黒魔法上級“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”なら条件に合えば誰でも洗脳できそうなんだよなー。まあ鋼の精神力を持つ俺レベルになると絶対に効かないだろうけど。


「……以上がこの事件の真相です。これから我々は『魔改造施設』を調査、誘拐された子どもたちを奪還します」


 長い時間考えこんでしまっていたようで、ジャンジャンがすべてを話終わったのか、一歩下がって元の位置へ戻った。


「ひでえ奴らだ」

「許せねえな…」

「俺はどんなことがあっても戦うぜ」

「あたいは親戚の子を攫われた。盗賊団を踏みつぶして助け出すわ」

「俺だって知り合いの子どもを攫われたんだ。許せねえ」

「あの日の騒ぎで強盗に母親が殺された。仇は絶対に討つ」


 このジェラに住む者にとって、五年前の誘拐は未だ拭いきれない爪痕を記憶に残した悲劇的な事件だ。そんな迷宮入りしかけていた事件を改めて聞き、心胆寒からしめる真相に衝撃を受けて、各々事件解決を心に誓う。


「ジャン・バルジャン君ありがとう。これから敵の規模、作戦の説明に入りたいと思う。白の女神、地図を出してくれないかな」

「ええ、いいわよ」


 エリィの可愛らしい声が会議室に響くことで、部屋の空気が一気に弛緩した。なんでか知らんが全員ほっと一息ついている。


 それほどにエリィの癒し効果は半端じゃないってことか。

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