第92話 イケメン砂漠の回想②


 どうも気分が湿っぽくなってしまったので、俺とアリアナはひとまずたこ焼きを食べて獣人三バカトリオの「どうぞどうぞ」ネタを拝み、サンディの冒険者協会へ向かった。真剣なのは好きだが、暗い雰囲気はあんま好きじゃない。


 ポカじいは早速、水晶で思い当たる場所を探してくれるそうだ。


 相変わらず砂漠の陽射しは強い。アリアナが水の入った水筒をくれたので、唇を湿らす程度に飲んだ。


 冒険者協会のスイングドアを開けると、市役所のような小綺麗な空間が広がっており、七つあるカウンターの一つで、ジャンジャンが狩りで取ってきたらしき魔物の毛皮を提出していた。買い取ってもらうみたいだな。


「ハロージャンジャン」

「ハローエリィちゃん」


 笑顔で答えるジャンジャン。

 この挨拶も何度目か。すっかりハローが定着したな。


「お、エリィちゃん! どうしたんだい?」

「俺とのデート考えてくれたか?」

「アリアナちゃん、おにぎり俺も買ったよ!」


 屈強な冒険者の男たちが俺とアリアナを見つけて声を掛けてくる。あのデザートスコーピオン討伐の依頼を受けていた冒険者たちだ。好意的な態度は素直に嬉しい。

 軽く男たちと挨拶をし、ジャンジャンのそばに落ち着いた。


「ちょっと話したいことがあるんだけど、いいかしら」

「いいよ。もうすぐ終わるから待ってて」


 ジャンジャンは誠実そうなブルーの瞳で俺とアリアナを見ると、受付嬢が出した書類に急いで記入していく。

 暇なので、アリアナの耳を揉んだ。


「あ~癒されるー。あ、そういえばなんだけど、アリアナが使える黒魔法で“誘惑テンプテーション”と“魅了せし者チャーム”ってあるでしょ?」

「うん」

「どういう効果があるの?」

「下級の“誘惑テンプテーション”はかかった相手が恋に落ちて一時的に自分の命令を聞く。中級の“魅了せし者チャーム”はこちらが魔力を切らない限り相手が恋に落ちて指示通り動く」

「恋に落ちる魔法…?」


 アリアナは小さな顎を引いて肯定を示す。


「上級に“悲劇恋愛するチェリーブロッサム・乙女心キッス”という魔法があるけど、これも禁魔法。一度かかるとずっと惚れてしまうらしい。さっきポカじいが言ってた“強制改変する思想家グレート・ザ・ライ”と似ていると思う…」

「黒魔法って恐ろしいわね」

「でも所詮は魔法。人の心の奥底にある気持ちまでは変えられない…。たとえどんな魔法にかかっても私はエリィのことを絶対忘れたりしない」

「照れるわね」

「狐族は惚れると世界の果てまで追いかけるよ…男女問わず」

「ちょっと怖いわ! まあ、アリアナに追いかけられるならいいけど」

「大丈夫、離れたりしないから…」

「ねえ、アリアナ。ちょっと私に“誘惑テンプテーション”を使ってみてくれない?」

「エリィに…? なんで?」

「どんな感じになるか知りたいのよ」

「ん、わかった…」


 アリアナは俺の目じっと見つめながら集中すると、詠唱を省略して“誘惑テンプテーション”を唱えた。



―――ほわん



 ん、なんだ?

 なんだろうこの温かい、しかし焦がれるような気持ちは…。目の前にいるアリアナがいつもの三倍、いや、五倍ぐらい可愛く見えて、キラキラと輝いてやがる。まずい、これはまずい。可愛すぎだろ。なんだ、なんか言ってみなさいよ。アリアナちゃんなんでも言ってちょうだいな。もー全部願いを叶えちゃうから、だから何かしゃべっておくれ。


「エリィ」


 ああっ! なんて可愛らしい声なんだ!

 この声を聞けただけでもう今日は何も食べなくて大丈夫。何もしなくて大丈夫。俺、だいじょうぶ。あはは。

 満たされる、満たされていく。ああ……。


「命令する…私を優しく抱きしめて…」

「命令なんてしなくたって抱きしめるわ」


 アリアナの細い身体を慈しむように抱きしめた。

 細いのに女性らしい体、柔らかい抱き心地、ちょうど顔の真下にアリアナの髪の毛がきて、いい匂いが鼻孔をくすぐる。


「耳を揉んで…」

「がってん!」


 もふもふもふもふもふ。


 艶やかな触り心地が指の腹に伝わり、どんな形に変形させても上を向こうとする狐耳。

 あああ……もう…何も…いらない…。

 世界はこんなにも…充ち満ちたものだったとは…。


「解除…」

「はっ!」

「こういう感じになる」

「私は、いま何を…?」

「何をしてるんだい二人は?」


 受付嬢から報酬を受け取ったジャンジャンが、気まずそうな顔で後ろに佇んでいた。


「いえ、ちょっと魔法を試していたのよ。オホホ」

「発動条件は相手の目を見ている事。好感度が高い事。中級の“魅了せし者チャーム”はかかると頭にお花畑が出るってポカじいが言っていたけど、どうなんだろう…。複数人を恋に落とすことができて、下級より強制力が強い…」

「アリアナ、私に使わないでちょうだい。一瞬で恋に落ちる自信があるわ」

「うん。使わない」

「いまの、黒魔法?」

「うん…」

「アリアナちゃん、砂漠に来たときはできなかったよね?」

「ポカじいに教えてもらった」

「さ、さすが砂漠の賢者様だ…。俺もいつか弟子入りをッ」


 ジャンジャンは無理だとわかっていても拳を握りしめ、一度は折られた弟子入りの気持ちを復活させ、アリアナを見つめた。



      ○



 冒険者協会近くのレストランで食事をし、ジャンジャンに先ほどの内容を洗いざらい話した。コゼットに五年前のことを聞き、グレイフナーの孤児院が襲撃された事、危険な盗賊団と関連性があり、攫った子どもに魔薬投与をしている可能性が高い、という推測だ。


 ジャンジャンは真剣な面持ちで一度も口を挟まずに、ずっと腕を組んで話しに聞き入っていた。食後のコーヒーは完全に冷めている。


「そうか。そういうことか…。子どもの魔法適齢期を早める薬がやはり…。コゼットはまだあの時のことを気にしているんだよね?」

「そうよ」

「エリィちゃん。俺が冒険者になったのは五年前に盗賊団に勝てなかったからだ。強くなって、奴らを探し出し、この手で捕らえる。そのためにこの町を出た」

「ええ、そうなのね。そうだと思っていたわ」


 五年前の盗賊襲撃事件で弟を失い、真面目で誠実な青年ジャンジャンは苦悩しただろう。その結論が強くなることだった、というのは想像に難しくない。


「俺は五年、ずっとフェスティを探していた。冒険者の特権を利用して、仲間にも頼み、どんな些細な情報でもいいからとにかくかき集めた。いま話してくれたエリィちゃんの推測、それはほぼ間違いなく真実だと思う。子どもが魔法を使える方法はあるのか、という疑問をずっと持っていたけど、ポカホンタス様がおっしゃっていた“魔薬”というキーワードで確信に変わったよ。方々の伝記や伝承に、魔薬の言葉が出てくるんだ。賢者様があるのだろうと言ったのなら、おそらくそういった薬は存在するに違いない」

「いまポカじいが存在の是非を調べてくれているわ」

「それは……ありがたい」


 五年間探し求めていた解答がもうすぐ見つかるのでは、という期待を胸に、ジャンジャンは積年の苦労がこもったため息をついた。


「ねえジャンジャン。話を聞いて、ひとつわからない事があるのよ」

「なんだい」

「どうしてコゼットはあんな服装をしているの?」

「ああ、あれはね…」


 ジャンジャンは今にも泣き出しそうな赤子を抱き上げる父親ように、ちょっと困った顔をして、そっと口を開いた。


「フェスティが笑ったからだよ」

「笑った?」

「そうなんだ。コゼットが一度冗談でドクロのかぶり物をして、変な服を着たときに、フェスティがツボに入ったのか大笑いしてね。たまにあの格好をしてあげていたんだ。だからだと思う。きっとフェスティが帰ってきたとき、笑っていてほしいから、あんな服で毎日いるんだろうね…」

「そうだったの…」


 言葉では言い表せないほどの優しさと自責の念が、あの服装には込められていたのか。

 コゼット…おまえはどんだけ不器用で愚直で真面目なんだ。好きな男に泣きつきもせず、弱音も吐かず、フェスティが帰ってくることをひたすらに待ち続けている。誰にバカにされようが、いつも笑顔でドクロのかぶり物をして、ずっとジャンジャンの弟の帰りを待っているんだな。


 待ち人が、笑ってくれるように。

 自分も、笑って出迎えできるように。


 フェスティの消息がわかるまで、コゼットはずっとあの服装で、いつまでも待っているんだろう。砂漠の乾いた風を浴びながら暑い陽射しを見上げて、五年前にいなくなったジャンジャンの弟へ、永遠に思いを馳せるのだ。


 たぶん地球の映画だったら、ここでエンドロールが流れるな。

 そんなすっきりしねえ二流映画みたな結末はイヤだな。めっちゃ納得いかん。

 入場料返せ! って感じ。


 フェスティを見つけ出して、孤児院の子どもたち、誘拐された子どもたちを全員連れて帰り、コゼットとジャンジャンをくっつける。全部解決してやろうじゃねえか。それでこそ大団円だろう。


「やることは決まったわね」

「うん…」


 親父の仇、ガブリエル・ガブルが関係しているとわかって、アリアナは俄然やる気だ。


「ジャンジャンには仲間集めをお願いしたいわね。敵は組織立った動きを見せているわけだから、こちらもある程度の戦力を持ち出す必要があるわよ」

「たしかにそうだね。いつでも招集できるように、それとなく声はかけておくよ」

「あとは引き続き調査を。ここまで話に具体性が出てきたのだから、何か糸口はあるでしょ。ポカじいを待っているだけじゃ時間がもったいないわ」

「了解……。たまに君は本当に少女なのか、って疑問を憶えるよ。少女とは思えないほど聡明だ」

「褒めても何も出ないわよ」

「それでも褒めたくなるのさ。あれだけの人を救って、落雷魔法が使え、他人にも優しく、頭もいい。おまけに美人だ。褒めない要素がないよ」

「ちょっとジャンジャン、突然恥ずかしいこと言わないでッ」


 急に褒められると耐性がついてないから体が反応して、顔が赤くなっちまうんだよ!


「コゼットとよく話しているんだけど、二人とも見ちがえたよ。エリィちゃんは痩せて、アリアナちゃんは女の子らしくなった。それにエリィちゃんて結構鍛えてる? 腰がくびれてるよね。もっと痩せたらすごいことになりそうだなぁ」

「うん、こっちの世界に来てから……じゃなくって、そう! グレイフナーにいる頃から寝る前に腹筋だけはやってたから」

「エリィは偉い。毎晩こうやって…」


 アリアナが両手を頭の後ろに持ってきて腹筋のポーズを取った。


「私もやってる…」

「アリアナはスクワットもやってるもんね」

「そうそう…」

「スクワット? 何だいそれ?」

「こうやってね」


 ジャンジャンが首をかしげたので、立ち上がって、はしたなくない程度に膝を曲げてスクワットを実演した。


「こうすると太ももに筋肉がつくのよ」

「そうなの。おかげで足が速くなった…」

「アリアナは筋肉が足りてないからね。まあ私が言えたアレじゃないんだけど。というよりジャンジャン、乙女の腰を指さしてくびれてるとか、ちょっとエッチなんじゃないの?」

「あ……いやその…あまりにも二人が変わったから! 言いたくなっただけだよ!」

「エリィをえっちぃ目で見てるの……?」


 眉をひそめてアリアナが鞭に手を添える。


「いや! 断じてそんなことはない! 全然これっぽっちも!」

「それはそれでショックなんだけど」

「とても魅力的だよ! あ、いや、でも、エッチな目では見ていないよ! そうだな、美術品! 芸術を見るような清い心で見ているんだ!」

「そう、わかったわ。とりあえずコゼットに報告しておくから」

「ええっ! なんでだいエリィちゃん!?」

「うーん、なんとなく」

「なんとなくでそんな重大なことされたらたまってもんじゃないよッ。思い直して!」


 これ以上いじめるとジャンジャンが可哀想だな。


「冗談よ」


 笑顔でそう言ったところで、いつの間にレストランに来ていたのかコゼットがふくれっ面でテーブルの脇に立っていた。


「どーせジャンはエリィちゃんがいいんでしょ! ぷんッ!」


 コゼットが腕を組んでそっぽを向いた。走り去らないところを見ると、よく女の子がやるフォロー待ち体勢だ。ここで男がはっきりと「そんなことない。君が一番だ!」と言えればセーフ。違うことを言うとアウト。


 にしてもコゼットすげー。リアルにぷんって言う人初めて見た。


「何を言ってるんだよコゼット! エリィちゃんが俺みたいな普通な男にかまってくれるわけないだろ! 白の女神だぞ、白の女神! 一体何人がデート待ちしていると思ってるんだ!」


 これは完全にアウトパターンッ!


「もう知らないッ! ぷん!」

「あ、おいコゼット! 待ってくれよ、違うんだよ!」


 勢いよく走り去ったコゼットはレストランの入り口で派手に転んでドクロを落とし、半泣きで拾い上げて猛ダッシュで消えた。その後ろを、困り果てた顔で追いかけるジャンジャン。去り際の彼のセリフは「俺の話を聞いてくれよ~」だ。


 リアルラブコメッ。しかも甘酸っぱい!


「エリィどうしよう。顔のニヤニヤが止まらない…」


 二人のラブコメぶりに当てられたのか、アリアナが口元を両手で押さえている。それでも感情を抑えきれないのか、尻尾がゆさゆさ揺れて、狐耳がぴこぴこ動いていた。


 いや、どんだけ他人の恋愛好きなんだよ。

 つーかどんだけ可愛いんだよこの生物。


「とりあえず耳を揉んでおくわね」

「ん…」


 もふもふして落ち着いたあと、ジャンジャンが食事代を払わずに食い逃げしたことに気づき、全員分の料金を俺が支払った。ここは、ラブコメ視聴料と恋を応援する代金ってことで勘弁してあげよう。


 このあとは治療院ちょこっとを手伝って、ポカじいの家に帰り、本格的な訓練だ。

 盗賊団の居場所調査はポカじいとジャンジャンに任せ、俺とアリアナは当面、強くなることに集中しよう。俺たちができることってほとんどないからな。


 仮想の敵は黒魔法中級レベルを行使できる魔法使いだ。

 やるぜー。

 それに、魔力循環が上手くなればさらに痩せれる。

 目指せ最強パーフェクトバディ! イエーイ!


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