第86話 イケメン、ジャンジャン、商店街七日間戦争⑬
商店街七日間戦争・最終日――
白魔法・中級“加護の光”を使ったあと、丸一日眠ってしまったらしい。
時計を見ると朝の十時。デザートスコーピオン討伐隊とアグナスを治療したのが昼の十二時頃だったから、二十二時間寝てたってことか。
体がいてーっ。
魔法の連続使用に魔力切れ寸前での新魔法。まあ仕方ないか。
枕元におにぎりと水が置いてあった。
アリアナが作ってくれたんだろう。小さいサイズのおにぎりが何とも可愛らしい。
おにぎりを食べて一時間ほどぼーっとすると、目が冴えてきたので、ヴェールを羽織って一階へ降りる。『バルジャンの道具屋』は相変わらず雑然とした陳列で、よぼよぼのガン・バルジャンばあちゃんが座布団にちんまり座っていた。俺はその横に腰を下ろした。
「起きたのかぇ?」
「ええ、おはよう。みんなは?」
「張り切って外へ行きよったよぉ」
「あらそう。…ねえガンばあちゃん」
「わしゃガンバッとるよぉ」
「ふふっ、知ってるわ。お客さん増えた?」
「いいんや、とんと増えないねぇ」
「そうよねえ~」
陳列がめちゃくちゃで、店の前には口から粘着性の水を吐くガマガエルの置物がある道具屋だ、そうそうお客は増えないだろう。俺は何も変わらないこの変な道具屋が何だかかけがえのない物のように思え、この町を出て行った後、いつでも思い出せるようにじっくりと眺めることにした。
ばあちゃんとのんびり麦茶に似たお茶を飲んでいると、素早く店内に入ってきた人影があった。
その子は長いまつげの瞳で、頭にキュートな狐耳がつき、すらっとした腕と足をしている。
「エリィ…」
ひしっ、とアリアナは俺に抱きついた。
俺も、ひしっ、と抱きしめ、ついでにもふもふと狐耳を撫でる。
「ずっと起きないから心配した…」
「ごめんね。あと、おにぎりありがとう」
「みんながエリィに会いたがってるよ…。もう外に出れる?」
「ええ、大丈夫よ」
「じゃあゆっくり行こう…」
「そうね」
「転ばないように手、握るね」
「それは助かるわ」
「ん……」
「うふふ」
俺とアリアナは無性に可笑しくなって笑いをこらえた。
何が面白いのかはわからない。ただ、こうして一緒にいられることが嬉しいのかもしれない。
たった一日ぶりなのに。
西の商店街は、一言で言うならば賑わっていた。
初めて来たときは通りに二、三人の人影があって、あとは砂漠からやってくる南風だけが吹いているという、まさに閑古鳥状態だった。それが今はどうだ。見渡せばポイントカードを持った人、たこ焼きを食べながら買い物をする家族連れ、青のりをつけたまま微笑み合うカップル。すごいじゃねえか。
西の商店街入り口まで歩くと、たこ焼き屋の出店がある。
人気ラーメン店なんて目じゃない行列ができていた。
路地を曲がってまだ最後尾が見えない。暑さ対策のためか、日よけを作って、日陰になる建物の隙間へと列を伸ばしている。おお、いいアイデアだな。
「ああッ! 白の女神さまッ!」
アリアナと手をつないだまま、すごいねえ、なんて人ごとみたいに言っていると、日に焼けた兵士風の男がこちらに駆け寄ってきて膝をついた。
え? え? ちょっと商店街のど真ん中で何?
「わたくしは白の女神エリィちゃんに助けられたジェラの兵士です。君が治療してくれなければ半数が死に、竜炎のアグナス様も死んでいたでしょう。あなたに、心からの感謝とお礼を」
「あの…顔をお上げになって。こんな人前で……その…」
だあーーーーーーっ!
もう最近こういうのばっかでまじで慣れねえ!
グレイフナーでブスとかデブとか言われすぎたッ。
てかね、こういうのはずばーっと「そんなことあーりませんわ。おっほっほっほ!」とか言っとけばいいんだよ。
俺は何をおろおろしてんだよ。
乙女かッ。俺は乙女かッ。
あかん………………乙女だった。
そうこうしているうちに「あ、エリィちゃんだ」とか「白の女神!」とか叫ぶ輩が吸い寄せられるように集まってきて、全員が膝をついた。それを面白がって、野次馬が輪を作る。
たこ焼き屋ではギラン、ヒロシ、チャムチャムが忙しそうにたこ焼きを作っている。
その向かい奥にある治療院はそこそこ人が並んでいた。
あとで手伝いにいかなきゃなー。
通りのど真ん中にあるポイントカード景品交換所は、なぜか目をギラギラさせた男たちが景品の書いてある大きなボードを睨むように確認している。
いきなりできた膝をついた男共の人垣に、どう対応すればいいのかわからず、しばらく押し黙った。
見かねた代表らしき男が膝立ちのまま一歩前へすり寄り、顔を上げた。
というか護衛隊長チェンバニーことバニーちゃんだった。
「エリィちゃん。おれァお前が一瞬で“再生の光”を唱えて部下を助けてくた光景を一生忘れねえだろう。また礼になっちまうが、もう一度だけ言わせて欲しい。ありがとう。あの場にいてくれてありがとう。あきらめず最後まで治療してくれてありがとう。君のおかげでたくさんの命が救われた。エリィちゃんがおれには天使に見えたぜ。だから一言だけ言わせてほしい」
バニーちゃんは無精髭を右手でさすり、鋭い目元を細め、躊躇した素振りをほんの少しだけ見せると口を開いて右手を差し出した。
「一生のお願いだァ! おれとデートしてくれぇぇええ!!」
場の空気が固まった。
近くにいた兵士が思い切りバニーちゃんにゲンコツを食らわせて場が一気に動き出す。
「隊長てめえどさくさにまぎれて!」
「エリィちゃん俺! 俺のことおぼえてる?!」
「俺とデートしてほしい!」
「馬に乗って夜景の綺麗な場所へ行こう!」
「たこ焼きを食べながら町をまわろうぜ!」
「俺のこの割れたシックスパックを見てくれぇ!」
「オアシスで愛を語らおう!」
「あ、あの……皆さん一体なにを……?」
俺はうろたえて一歩後ずさった。
ちょっとエリィ。エリィちゃん。勝手に動くのはやめよう。
「何をって君を誘っているに決まってるじゃないか」
「砂漠の男は猪突猛進!」
「惚れた女には猛アピール」
「それが砂漠のやり方だッ」
「みんな君が好きなんだよ。一生懸命で優しい君がね」
「誰だァおれの頭ぶん殴ったやつァ!!」
自分の顔面は、おそらくどうしようもなく赤くなっているだろう。
人形を抱くようにアリアナに後ろから抱きついていると、ジャンジャンとコゼットが東の方角から走ってやってきた。手にはなにやら用紙を持っている。
「エリィちゃーーーーん!」
「エリィちゃ~ん、きゃっ!」
ずざぁ、といい音を出しでコゼットがずっこけた。
あれは痛いぞー。
ジャンジャンに支えられ、ドクロをかぶり直してコゼットは再び走り出した。
ようやく俺とアリアナのいるたこ焼き屋の前に着くと、息を切らしつつ用紙を渡してきた。
「“
「ありがとーエリィちゃーん」
「コゼットはほんとドジね」
「ごめーん」
「これ、見て。勝負の集計と途中結果だ。勝負終了まであと六時間あるけど、これはもう……」
ジャンジャンから俺は集客数を記した用紙を受け取った。
―――――――――――――――――――
『東の商店街』集客数
月 7023人→11230人
火 7689人→12001人
水 6875人→11899人
木 7111人→16221人(吟遊詩人ライブ)
金 7980人→15712人(吟遊詩人ライブ)
土 9566人→13826人
日 10560人→2856人(十二時の時点)
平均 8114人→11963人
増加率47%
―――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――
『西の商店街』集客数
月 523人→1409人
火 501人→1745人
水 476人→2310人
木 609人→1650人
金 599人→1832人
土 679人→3066人
日 460人→399人(十二時の時点)
平均 549人→1773人
増加率222%
―――――――――――――――――――
ふっふっふっふっふ。
はーっはっはっはっは!
我が西の商店街は圧倒的じゃねえか!
たこ焼き屋はこの様子だと今日が最高の売り上げで、治療院にも人が集まっている。ポイントカードもしっかり運用されている。
勝ったな。これは間違いなく勝ちだ。
「これは勝ったわね」
俺とアリアナ、ジャンジャン、コゼットはハイタッチをして抱き合った。
準備期間を入れると一ヶ月と一週間。長かったけどあっという間だった。
振り返ると、ねじりハチマキにハッピ姿のギラン、ヒロシ、チャムチャムの獣人三バカトリオと獣人三人娘がいつの間にが俺の持っていた用紙をのぞきこんでいる。
「あなたたち店は?」
「ちょっとお客さんには待ってもらっている」
待たせるのはどうかと思ったが、この結果を確認するぐらいの時間はいいだろうと思い、軽いため息をつくだけにした。
「……まあいいわ。で、結果を見てどう?」
「おう! 最高じゃねえか!」
「まあ本気を出せばこんなもんさ」
「嬉しいよ。商店街の力を合わせた結果だ」
虎、猫、豹の順番で、笑顔で答える。
「嬉しいときは仲間とハイタッチよ」
俺は見本を見せようと、アリアナ、ジャンジャン、コゼットとハイタッチをし、ついでにプリティー獣人三人娘ともハイタッチをした。周りの男達と野次馬は、いまだに俺を中心にして円になっている。
ギランたち三バカトリオはお互いの顔をちらっと見ると、仕方なさそうに手を上げた。
「まあ、なんだ。お前らもやればできるじゃないか」
ギランが猫のヒロシと豹のチャムチャムの手を叩いた。バシッ、といういい音が鳴る。
「ふん、まあな」
続いてヒロシが二人の手を強く叩く。
「この一週間は協力する、という約束だったからな」
バシン、とチャムチャムがギランとヒロシの手を叩いた。
その後、三バカトリオは「誰が強く叩いたか」で争いを始めた。
いい加減終わらない不毛な争いに電撃ビンタと”
もちろん全員ビリビリの刑でございますわっ。
この『西の商店街・獣人三バカトリオ、白の女神エリィちゃんにおしおきされる』のやりとりを境に、「どうぞどうぞ」というフレーズがオアシス・ジェラで流行した。
また、普段優しい女神が怒るとバチバチした神の鉄槌が下るので、絶対に怒らせないように、という不文律がオアシス・ジェラの常識になった。
俺のせいじゃねえよ、まじで?
幸い、あれだけやって落雷魔法だとバレなかったらしい。
みんな白魔法のイメージが強いのか、白魔法の派生系だろう、と思っているのかもな。まあ勘のいい奴なら気づいていると思うが、バレてなんか言われたらそんとき対応すればいいだろ。
その後、ルイボンと竜炎のアグナスがやってきて俺に礼を言い、ルイボンはなぜか嬉しそうに「ふん! あなたの勝ちでいいわよ!」と敗北を認めた。
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