第73話 イケメン、コゼット、静かな夜に①


「待ちくたびれたわよ小デブ……ってあんた痩せたわね!?」


 ルイボン14世が俺を見て驚きの声を上げた。


「そうかしら?」

「頬の辺りとか、目元の肉とか落ちてるじゃない!」


 最近、忙しすぎてちゃんと鏡を見ていない。いつもアリアナに髪型と顔のお手入れをしてもらってるからな。じいさんがニキビに効きそうな薬を買ってきてくれるし、肌の調子がいいのはわかっていたが……まさかルイボン14世に痩せたわね、と言われるとは思わなかった。


「私、痩せた?」

「うん…」


 アリアナがこくりとうなずく。


「お目々が前より大きく見える……かわいい」

「まあ! ありがとう!」


 嬉しくてアリアナを抱きしめ、これでもかと狐耳をもふもふした。

 気持ちよさそうに目を細めるアリアナ。


「ま、まあそんなことはいいわ」


 仕切り直し、とルイボン14世がわざとらしく咳払いをする。


「よーく聞きなさい小デブ! 見たところ西の商店街はちょっとばかし小綺麗になったようだけど私たち東の商店街には勝てないわよ!」

「ふぅーーん」

「な、なによその余裕の表情は」

「知っているのよ、あなたたちがどういうキャンペーンをやるのかね」

「きゃんぺーん?」

「当ててあげましょうか? あなたたち東の商店街がどうやってお客さんを集めようとしているのかをね!」

「ばかおっしゃい! 私の崇高な作戦があんたごとき小デブニキビに分かるわけないでしょ!」

「髪型トルネードの考えることなんてお見通しよ」

「きぃーーーーーっ! 誰が髪型トルネードよ! じゃあ当ててご覧なさいよ!」

「どうせあれでしょ、一週間のセールでもやるんでしょ」

「……………………ち、ちがうわ」


 動揺を隠せないルイボン14世。マスカラをたっぷりつけたまつげが何度も瞬き、小さなお口がへの字に歪む。後ろに控えていた付き人の一人から扇子をふんだくって激しく扇ぎはじめた。


 そういやルイボン14世は何歳なんだろうか。みたところ十七、八ってとこだが……ま、いいか。


「んん~? 違うのぉ?」


 わかっていない振りをしてわざとらしく聞いた。

 別に嫌味ではなく、相手の心を乱す作戦だ。


「一週間のセールを商店街全体でやるんじゃないのぉ?」

「きぃーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」


 ルイボン14世が悔しそうに歯がみして扇子を地面に叩きつけた。

 後ろにいた付き人の女性があわてて拾う。


「私ぐらいの経験があれば簡単に予想がつくわ」

「ふ、ふん! まぐれ当たりでしょ…騙されないわ! 私だってお父様から東の商店街を任されているんだからね! 最初やれって言われたとき全然できなかったけど、いまは色々考えて――」


 実は『東の商店街』に親戚がいる我が商店街の宿屋店主に頼んで、情報を吸い出してもらっていた。簡単にいうとスパイだな。


 宿屋店主の話によると、『東の商店街』の面々はルイボン14世のわがままでセールをやることに辟易しており、できることならやりたくないらしい。それもそのはず、戦争の最中に商品の割引をするなど店にとっては自殺行為だ。流通が戦争のせいで変わり、仕入れ先や物量、輸送費など様々な差異が出て、赤字の店舗もあるだろう。商品の入荷に苦労している店舗も多いはずだ。値段を上げこそすれ、下げるのはいかがなものかと。


 オアシス・ジェラの住民にとってはありがたいかもしれないが、まあそれも一時の喜びにしかならない。


 セールをやるって作戦なら領主権限で補助金を出し、大店を中心に恩を売っておくのがベターだと思う。その頭はルイボン14世にはないようだ。セールをやりなさい、の一言だけを伝え、あとは『東の商店街』の大店である『バイマル商会』の当主にすべてを丸投げしたらしい。


 まとまった権限を与える丸投げ行為は悪い事じゃない。ただ、それはしっかり経営側に意図があってこそ成り立つもので、今回はただの思いつきだ。『東の商店街』が今回の勝負で一週間セールをやることは、悪手、だな。もっと違うタイミングでやるべきなんだろう。


 そう、それこそ戦争がもっと長引いて国が疲弊したときにやれば、好感度の急上昇を狙える。商店街の慈善事業だ。後々、国に功績が残るように演出すれば、町民からの信頼も増すであろう。だがその場合リスクヘッジのコントロールが難しいな。一時的なダメージは避けられないだろうし、その後、施策のせいで会社、いや、店が資金難になる可能性がある。好感度アップのイメージ戦略よりも実利を取った方がいいのかもしれない。となると――


「エリィ、エリィ…」


 袖を引っ張られ、我に返った。

 久々にビジネスモードになっちまった、いかんいかん。

 見るとアリアナがコンブおにぎりを食べながらルイボン14世を指さしていた。


「あんたねぇ! 人の話聞いてるの?!」

「ごめんなさい聞いていなかったわ。続けてちょうだい」

「何を偉そうに!」

「あらいけない。もうお店に行く時間だわ。それじゃルイボン14世、ごきげんよう」

「ちょーっと待ちなさいよ! まだ話は終わってないわ!」

「セールをやるんでしょう? お互い頑張りましょう」

「ぐぅっ…………」

「あ、そうだ。大事なことを忘れていたわ」


 西門の付近に集まり始めていた野次馬の中にいた、ギラン、ヒロシ、チャムチャムの獣人三人組に書類を持ってきてもらった。そこには先週の『西の商店街』集客数が書かれている。集客増加率勝負なのだから、現在の集客数が必要だ。


「はいこれ」

「私としたことがニキビに気を取られて忘れていたわ。アレを出してちょうだい」


 ルイボン14世が付き人に言うと、ギャザースカートにヴェールを羽織った砂漠っぽい服装の女が用紙をこちらにもってきた。

受け取って、アリアナと一緒にのぞきこむ。


―――――――――――――――――――

『東の商店街』集客数


 月 7023人

 火 7689人

 水 6875人

 木 7111人

 金 7980人

 土 9566人

 日 10560人


平均 8114人

―――――――――――――――――――


 この人数は商店街を訪れたひとではなく、商店街の店舗を利用した人数だ。

 ただ商店街を通過した人はカウントされていない。


 風魔法の上級に“計数カウント”という地味で使えない扱いをされている魔法がある。その応用で作られた『計数計算ボックス』という、設置すると通過した物や人を感知して“計数カウント”してくれる魔道具を各店舗に置いた。不正がないよう東と西の代表者が立ち会いのもと行っている。


 店がむきだしになっている持ち帰り専門の露店にも『計数計算ボックス』は設置できる。一定時間立ち止まった人間の魔力を探知し、カウントするように設定できるらしい。


 めっちゃ便利っしょこの魔道具。

 地球にあったらバカ売れする。間違いない。


「おーっほっほっほっほっほっほ!」


 ルイボン14世が『西の商店街』の集客平均を見て高々と笑った。

 人数が少ないから笑っているらしい。

 彼女は渡された用紙をこちらにわざわざ見えるように突き出し、ふふんと得意げに笑った。


―――――――――――――――――――

『西の商店街』集客数


 月 523人

 火 501人

 水 476人

 木 609人

 金 599人

 土 679人

 日 460人


平均 549人

―――――――――――――――――――


 日曜が少ないのは冒険者が西門から狩りに出かけないからだ。

 さすがに異世界でも日曜は休もうぜって感じか。


「こんなに少ないんじゃどう頑張っても勝てないわね! 西の商店街の取り潰しはもう決まりかしら!」

「……いちお言っておくけど集客増加率だからね」

「え? なぁにそれ?」


 やっぱりわかってなかったか……。

 全然あかん!


 親戚の子どもに数学を教えるように、懇切丁寧に増加率をルイボン14世に教えてやった。理解が進むにつれて顔がゆがむルイボン。どうやら彼女も不利な勝負になっていることをやっと悟ったらしい。


「ま、まあ! こんなね! さびれた商店街に! 人なんてこないわよ!」

「勝負は勝負だからね。逃げないでちょうだい」

「この私が逃げるわけないでしょう! このデブ! 小デブ! デーブデーブ!」

「ふん、何とでも言うがいいわ」

「ニキビデブ! ニキビ小デブ! お肉ぜい肉ッ!」

「せいぜい頑張るのね…」

「ニキビピッグー! ニキビおもち! ニキビスコーピオン! ニキビコヨーテ! ニキビオーク! ニキビゴブリン! ニキビスプラッシュ!」


 ルイボンは俺がそこそこ痩せてしまったので、デブコールからニキビコールへシフトしたらしい。


 いや、だからって……

 言い過ぎだろ?

 どんだけこのニキビを俺が気にしてるか知ってんのか?

 ああん?


「ニキビケバーブ! ニキビニキビ! ニキビニキビニキビ! ニキビ小デブ! このニキビーーム!」


 もー我慢の限界だッ!


「これでもねぇぇぇぇ! 半分減ったのよぉぉッ! この人間砂上の楼閣ッッ!!」

「なんですってぇ! 私のどこが砂上の楼閣なのよぉ!」

「全部よ全部! その髪型とまぬけさとお金かけただけのメイクと、ぜんぶッ!」

「私の専属メイドはメイクすんごい上手いんだからねえぇ!」

「それでその顔っ!? 涙が出るわ!」

「濃いのが好きなのよ私は! あんたなんかただのすっぴんでしょうが!」

「うるさいわね! メイクはお肌に良くないのよ!」

「ニキビを気にしてるんでしょ! このニキビ魔神ッ!」

「なによ髪型一発屋!」

「うるさいニキビだんごむし!」

「脳天ハッピー!」

「ニキビチェインメイル!」

「失敗パーマバイオレンス!」

「ニキビシャークテイル!」

「ヅラ?! それはヅラなの?!」

「ヅラなわけないでしょ!」

「ってぐらい変な髪型ッ!」

「むきぃーーーーーーーーーーっ!」

「なによぉーーーーーーーーーッ!」

「せいぜい自分の勝利を信じておくのね! 絶対に負けるけど!」

「今のうちに負けた言い訳を考えておくのね!」

「うるさいうるさい! あんたのニキビ見てると胸焼けがするわ!」

「あなたの髪型見てると汗が出てくるわよ!」

「きぃーーーっ!」

「なによぉーー!」

「ぷん!」

「ふん!」


 俺とルイボン14世は顔を背け合った。気づけば周囲に野次馬がわんさか集まっている。

 彼女は群衆を蹴散らし、大股で去っていく。


 途中振り返って「ニキビばら肉ーーーーーっ!」と叫んできたので「おバカ髪型ボンバイエーーーーーッ!」と叫び返す。ついでに「私が勝ったら髪型変えてもらうわよーーー!」と言うと「やれるもんならやってみなさぁーーーい!」と返事がきた。


 よし、俺が勝ったらラーメ○マンみたいな髪型な。

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