第58話 イケメン、冒険、追跡者②
俺とアリアナはジャンジャンに連れられて冒険者協会までやってきた。
目の前には石造りのどっしりした建物がそびえ立っている。四階建て、訓練場つき、というオアシス・ジェラの冒険者協会は大きかった。ま、グレイフナーの協会ほどじゃないが。
滞在中、タダ飯をもらうわけにもいかないので、道具屋の店番をやりつつ冒険者登録をして魔物退治や素材集めをするつもりだ。修行とダイエットも兼ねている。俺には実戦経験が圧倒的に足りないからな、魔物との戦闘はいい訓練になるだろう。
ジャンジャンの話だと、冒険者は大きく二つに分かれるらしい。
魔物を狩る冒険者。
未知の場所へ行く冒険者。
世界の果てへ到達することが冒険者の意義であり存在する理由、だそうだ。
建物に入る前にジャンジャンに聞いた。
なので、未開の地への挑戦者のほうが尊敬される。
「世界の果てって本当にあるの?」
「エリィちゃんそれは常識だ。ユキムラ・セキノが見つけたんだよ」
「えー。だって世界って丸いんでしょう。世界に果てなんてないわよ」
「はっはっはっはっは! エリィちゃんはおもしろいことを言うね!」
ジャンジャンは爆笑した。
「世界は真四角だ、というのが通説で、実際にユキムラ・セキノが世界の果てを見つけているから、それは証明されているよ」
「真四角ぅ?」
信じられなくてつい素っ頓狂な声を上げてしまった。
だって真四角って、ねえ。
端っこはどうなってるわけよ。この世界って宇宙にあるんじゃないの?
大地は象が支えているっていう古代インドの宇宙観みてえだな。
てか、まじなわけ?
「世界の果てがどうなっているのか皆知りたいのさ」
「ユキムラ・セキノが間違っているって可能性は?」
「ないね」
「どうして?」
「彼は映像記録の魔道具で世界の果てを撮影しているからね」
「えええ!?」
うっそぉ!
それ超見たいんですけど!
「どこで見れるの?」
「冒険者同盟に行けば見られるよ……ただし、ランクがA以上じゃないと門前払いだけどね」
「よし! 頑張ってAランク目指しましょう!」
「わたしも…」
「ははは、俺でもCランクなんだよ?」
「ジャンジャン、私はやると言ったことはやるのよ」
「わたしも……」
苦笑するジャンジャンを尻目に、俺とアリアナはうなずきあって、冒険者協会の扉を開けた。
スイングドアの先には、小綺麗な空間が広がっていた。窓口が七つ、カウンターに様々な記入用紙があり市役所みたいな感じだ。
ジャンジャンは顔見知りが多いのか、再会の挨拶をしながら窓口へ進む。
屈強でむさ苦しい鎧に身を包んだ男達が俺とアリアナを見て、侮蔑の目を向け、鼻で笑う。
冒険者登録をしようと受付嬢に話しかけたところで、いきなり窓口のカウンターにバァンと手を叩きつけられた。
「お嬢ちゃんたち…まさか冒険者になろうってんじゃないだろうな?」
見ると、唇の半分がめくれ上がった、いかにも映画の序盤で主人公にやられそうな男が凄みをきかせて睨んでくる。体格が良く、結構強そうだ。
「ここはガキの来るところじゃねえんだよ。とっとと消えな」
レディに話しかける礼儀作法が全くなってない。
よし、無視だな。無視。
「私とこの子が登録――」
「デブのお嬢ちゃん、俺を無視する気かァ!?」
「あ、これに記入すればいいのね」
「てめえ! いい加減にしろよ!」
「ペンを貸してちょうだい」
「聞いてんのかぁおい! デブの分際でこのビール様を無視するとはいい度胸だな!」
男は再度、カウンターを思い切り叩いた。
猫耳のかわいらしい受付嬢があわあわと慌てている。
ジャンジャンが剣呑な顔つきになり、ポケットの杖に手を伸ばす。
俺はさらに無視することにした。
「アリアナ、ちゃんと書くのよ」
「ん…」
「いい加減にしろよぉ!」
唇男で名前がビール、クチビールが俺とアリアナの登録用紙を奪い取ってぐしゃぐしゃに丸めた。
ジャンジャンが怒って杖を向ける。
「おいお前! 冒険者は十四歳から登録が可能だ! お前にこの子たちを止める権利はない!」
「はあぁぁぁッ?! 黙れ出戻りが!」
「で、でもどりだと?!」
「なりたてのランクCで故郷に凱旋!? ハッ、笑わせるな」
「きさま……」
周囲がこちらに目を向けている。あまり興味がないことから、日常茶飯事の出来事らしい。
「ジャンジャン、どいてちょうだい」
俺はジャンジャンの前に出た。
「エリィちゃん! こいつは何かあるたびに難癖をつける有名な奴だ!」
「忠告と言ってもらおう」
クチビールはドヤ顔で胸を張り、唇をゆがめた。
「こんなおデブのお嬢ちゃんと細っこいガキが俺と同じ冒険者! 虫ずが走る!」
「あなた今なんて言ったかしら?」
少し絡まれる程度なら文句は言わないつもりだったが、こいつは言っちゃいけないことを何度も言った。何度もな。
俺をデブと、アリアナを細い、と。
レディが一番気にしていることを何度も……。
「なんだってえ?」
「あなた、いま、何て言った、って聞いたのよ」
―――パチパチッ
魔力を循環させ、電流を流す準備をする。
静電気が巻き起こる。
「エリィが怒った…」
「エ、エリィちゃん? 髪の毛が逆立ってるけど?!」
アリアナとジャンジャンが怒りの空気を感じて俺から距離を取った。
「何度でも言ってやるよ! デブとひょろひょろのガキが冒険者なんかに――」
クチビールの腕をそっとつかむ。
「おいおいやる気かァ! 笑わせるぜ! よし、ここは痛い目を――」
――
「見せたばばばばばババババッバババビルベピィ!!!」
気持ちの悪い痙攣をしてクチビールが床にぶっ倒れ、頭から湯気を出し、白目を向いた。
○
「エリィちゃんここに名前を書くんでしゅ」
「あらそう」
「ここに特技を」
「うんうん」
「ここに年齢と出身地を書いてくだしゃい」
「ありがとう」
よい子になったクチビールが丁寧に登録票の書き方を教えてくれる。
気づけば俺とアリアナを蔑むような目で見る冒険者はいなくなっていた。俺が「麻痺魔法の餌食になりたければ私の前に来なさい」と言ったからだろう。幸い、麻痺魔法は上位魔法の『木』に存在しているらしく、俺が上位魔法使用者だと皆が勘違いしてくれた。
それにこの男は誰に対しても突っかかっていたらしい。協会内でも煙たがられる存在だったそうで受付嬢もホッとしていた。
なんか可哀想だな、クチビール。孤独だったのだろうか。
「悪いことはしないで冒険者として頑張りなさい!」
「うん!」
彼にそう言って、俺たちはデザートスコーピオン討伐の依頼を受け、冒険者協会を出た。
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