第49話 イケメンエリート、悪漢に狙われる②
肩から落ちてしまい、痛みで顔がゆがむ。
“
ちらりと見ると、馬車の脇でバリーとアリアナが気絶している。
目を覚ましそうにない。
クソッ。さっきの“
眠気が襲ってきやがる。
どうする、どうする?!
さっき開発した組み合わせ魔法は発動が遅いからダメ。
アリアナかバリーに回復魔法をかけるか。
いや、背を見せたら確実にやられる。
やっぱり落雷魔法しかねえか……。
正直、“
「デブの割にはやるじゃないか」
「お頭、こいつ杖なしですぜ」
「変なデブだな」
「違います、変なデブブス、ですぜ」
「そうだな」
「ゲッヘッッヘッヘ」
よし殺っちまおう。
レディに失礼なこと言う奴には電撃の鉄槌だ。
アリアナに聞いた“
ただの根性論じゃねーか。
よし、俺は眠くない、眠くない、絶対に眠くない。
俺の名は不眠王。夜の帝王。
眠気がほんの少しましになった……かも。
「もう一度だ」
「へい」
「了解です」
お頭、子分、護衛が再度杖を構えた。まだ三人には余裕がありそうだ。
こうなったら町中だろうが関係ねえ。
ふらつく体をなんとか起こし、魔力を練る。
そして爆発させるように三人に向かって指をさした。
同時にお頭と呼ばれる男が真顔で杖を振る。
「ウインド」
いまさら初歩魔法?
関係ねえ。
もうやるっきゃねえ。
――“
パチパチッという聞き慣れた電流の小さな音が鳴り……。
――魔法は発動しなかった。
「あ、れ………?」
その場に崩れ落ちた。
気づいたら目の前が真っ黒い霧で覆われていて、まぶたが言うことを聞かずにゆっくりと落ちていく。
なんだ、これ……。
どういうことだ……?
「びっくりしているようだなおデブなお嬢様。俺たちが無駄話をしているうちに“
「え…………そんな……」
「残念だったな。正直ここまで戦えることに驚いている」
「デブでブスのお嬢さん、ゆっくりおねんねしな」
「安心しろ、死ぬことはない」
気のせいだ……眠くない………。
俺こそが………夜の帝王…。
不眠不休……徹夜の覇者……。
ダメだ、意識が…………………。
遠くから警邏隊の笛の音が聞こえてくる。
お頭、と呼ばれていた男が「いそげ!」と指示を出す声を聞いた。
アリアナ………バリー…………わりい。
バリーが路上に放り出され、アリアナがでかい麻袋に入れられるところまで見て、俺は意識を失った。
◯
不規則な揺れを感じて目を覚ました。
どうやらどこかへ運ばれているらしい。起き上がろうとすると、両手両足を縛られているのかまったく手足が動かせなかった。頬に木の板の感触を感じ、息を吸えばほこりっぽい匂いが鼻孔を不快に刺激する。
たぶん馬車の中だな。
暗くて周りに何があるのかぼんやりとしか見えない。体を動かそうにも、汚い麻袋に入れられており、顔だけ袋から出している状態だ。俺は勢いをつけて寝返りをし、反対側を向いた。
目の前にアリアナの顔があった。
俺と同じ状態にされている。麻袋に入れられ、首だけを外に出して、苦しそうに唸っている。額にはびっしりと玉のような汗をかいていた。
「アリアナ? 大丈夫!?」
彼女は返事をしない。
車輪に何かがぶつかったのか、馬車が大きく揺れる。
「アリアナ! アリアナ!」
芋虫のようにアリアナに近づいて、耳元で叫んだ。
ようやくアリアナが目を開けたかと思うと、彼女は申し訳なさそうに呟いた。
「エリィごめん…」
「どうしたの? 怪我してる?」
「ううん…」
「嘘おっしゃい。顔色が真っ青よ」
「……お腹……“サンドボール”が当たって……よけれなかった……でも二人は……倒した」
「まって、今すぐ治療を」
俺は魔力を練ろうとした、が何度やってもヘソから別の場所へ循環させようとすると霧散してしまう。
「魔法が使えないわ」
もう一度、魔力を込め、顔の方向へと移動させる。熱い魔力がヘソから腹のあたりまでくると、何かに邪魔されるかのように乱され、魔力がどこかへ消えてしまう。
「エリィ…魔力妨害…」
「どうしたのアリアナ」
「たぶん魔力妨害……の腕輪………エリィ杖なくても………魔法使えるから…」
「そんなものがあるの?」
「ある……」
魔法が使えないとなるとまずいな。
どう頑張っても手の拘束は取れそうにない。
暗闇にやっと目が慣れてきた。馬車の中には樽や箱が乱雑に積んであり、麻袋に野菜のような物や、果物が入っている。狭い空きスペースに俺とアリアナは転がされているようだ。
馬の蹄が土を蹴る音が複数することから、馬車を守るように馬が何頭か併走しているらしい。度々、馬車が激しく揺れることから舗装されている道を走ってはいないようだ。
まさかこんなことになるなんてな。
複数の対人戦の練習をしていなかったのがいけなかった。判断ミスだ。あの場で引き返して救援を頼むべきだったのか。いや、あそこで俺が飛び出さなかったらアリアナとバリーが殺されていたかもしれない。結局は後の祭りだ。
異世界と日本は違いすぎる。個人が“魔法”という大きな武器を持つことができるため、危険が身近に存在しているのだ。それを俺は忘れていた。つい街は安心だとばかり……。
まあいいや。どうにかして逃げだそう。
こういうときこそポジティブにいこう。
天才だからどうにかなるだろ。イエス、ジーニアス。
できるできる、俺ならできる。
そんで、今できることは……ないな。チャンスを逃さず行動すればいい。
独りごちていると前方の布が開いた。
先ほどの襲撃グループの子分らしき男が馬車の中を覗き込んでくる。
「デブのお嬢ちゃんお目覚めかい。でも残念。すぐにおねんねだ」
「私たちをどこに連れて行くの?」
「知りたいかい?」
「……ええ」
「とってもいい所さ」
ゲッヘッヘッヘと下品な笑いを子分はし、隣にいる男に目配せをした。
隣の男はローブから杖を取り出し、小さな声で「
目の前が真っ暗になってまぶたが重くなり、俺は急激な睡魔に勝てず意識が朦朧とする。俺は夜の帝王、不眠不休の徹夜王、そう呟いて睡魔を跳ね返そうと試みたが、効果はまったくなく、五秒もせずに眠りについてしまった。
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