第47話 イケメンエリート、天才的な発想をする②


 数日。


 雑誌と洋服の騒動がそこそこ下火になり、ようやく学校の授業と特訓に集中できるようになった。ダイエットが計画よりだいぶ遅れている。これはまじで問題。大問題。贅肉がほとばしる由々しき事態だ。


 そんなこんなで放課後、秘密特訓場に来ていた。


 魔力循環で体内の魔力を十分間回し、クラリスにもらったタオルで汗を拭く。

 アリアナも訓練に参加していた。彼女には落雷魔法の秘密を知られてしまっているので問題ないだろう。


「そういえばアリアナが使える魔法ってどのくらいあるの?」


 好奇心と、これから模擬戦をするので彼女に聞いた。

 アリアナは「ん…」とうなずいて俺のノートに自分の使える魔法を書いていった。


―――――――――――――――――――――――――――


      炎

白     |     木

  \   火   /

   光     土

      ○

   風     闇

  /   水   \

空     |     黒

      氷


下位魔法・「闇」

下級・「ダーク」

中級・「ダークネス」

上級・「ダークフィアー」

   「睡眠霧スリープ

   「混乱粉コンフュージョン

   「狂戦士バーサク

   「視覚低下ロスヴィジョン

   「聴覚低下ロスヒアリング

   「食欲減退アノレクシア

   「腹痛アブドミナルペイン


下位魔法・「風」

下級・「ウインド」

中級・「ウインドブレイク」

   「ウインドカッター」

上級・「ウインドストーム」


下位魔法・「火」

下級・「ファイア」

中級・「ファイアボール」


下位魔法・「水」

下級・「ウォーター」


―――――――――――――――――――――――――――



 アリアナは俺と同じでスクウェアなのか。

 そして闇魔法がやばい。食欲減退!? 腹痛!?


 この子だけは敵に回しちゃダメ。つーか闇魔法凶悪だろ。毎日こっそり“腹痛アブドミナルペイン”唱えられたらリアル登校拒否だな。

 

 闇が上級、風が上級、火が中級、水が下級。

 さすがに上位魔法は憶えていないのか。アリアナならまさか、と思ったんだけどな。


「エリィの使える魔法、教えてほしい…」


 つぶらな瞳を輝かせてアリアナが俺を見上げてくる。尻尾が扇風機のようにぶるんぶるん回っていた。狐耳は興奮で動きっぱなしだ。


 ノートに書いてあった表を彼女に見せた。


―――――――――――――――――――――――――――


      炎

白     |     木

  \   火   /

   光     土

      ○

   風     闇

  /   水   \

空     |     黒

      氷

習得した魔法


下位魔法・「光」

下級・「ライト」

中級・「ライトアロー」

   「幻光迷彩ミラージュフェイク

   「治癒ヒール

上級・「ライトニング」

   「癒発光キュアライト


下位魔法・「風」

下級・「ウインド」

中級・「ウインドブレイク」

   「ウインドカッター」

上級・「ウインドストーム」

   「ウインドソード」

   「エアハンマー」


下位魔法・「水」

下級・「ウォーター」


下位魔法・「土」

下級・「サンド」


複合魔法・「雷」

落雷サンダーボルト

電打エレキトリック

電衝撃インパルス

極落雷ライトニングボルト


―――――――――――――――――――――――――――


 目をキラキラさせてノートを見るアリアナ。そしておもむろに複合魔法のところを指さして“電打エレキトリック”を何度も叩いた。


「これ見たことない…やって」

「これすごい地味よ?」

「いいの、それでも見たいの…」

「そこまで言うなら」


 頬を上気させるアリアナを見て断れるはずもなく、特訓場の端っこにあった岩に右手を置いた。瞬間的に魔力を循環させスタンガンをイメージしながら「電打エレキトリック!」と唱えた。


 強力な電流が強引に岩へ流れ込み、手を置いた場所から十字にヒビが入った。

 電流の熱で切れ目は少し焦げている。


「すごい…」

「これは相手に触れただけで電撃攻撃ができるわ。威力を調整すれば…」


 近くにいたバリーの肩に手を置いて、極小の“電打エレキトリック”を流した。


「どうされましたお嬢さババババババババババ」


 全身を硬直させ、強面のバリーが気持ち悪く痙攣しながら地面にぶっ倒れた。

 髪の毛が爆発し、白い湯気が立ち上っている。


 あら、ちょっと強かったかしらオホホホ……。

 ごめんバリー。


「と……こんな感じで相手を無力化できるわけね」

「いいないいな…」

「調整の練習が必要だけど」

「そのままパンチしたらすごそう…」

「あ、それは試したことないわね」


 やったことがない、となるとやってみたくなるのが俺の性分だ。

 早速、十字にヒビ割れた岩の前に立ち、バリーに流した電流の倍ぐらいのパワーで“電打エレキトリック”を拳に流す。そのまま岩を殴りつけた。


 自分の予想より遙かに速いスピードで拳が岩にめり込み、腕が中程まで入ったところで、バガァンと岩が破裂した。


「いったあい!」


 うおおおおおお、めっちゃいてえ!

 なんじゃこれ! 手が、手がもげる!


 右手を左手で押さえて、あまりの痛さにその場で飛び跳ねた。

 揺れるマイ贅肉たち。


「エリィ大丈夫!?」

「お嬢様!!」


 そんな大きい声出せるんだ、とびっくりするぐらいの声量でアリアナが叫んだ。

 クラリスがすぐ駆け寄ってくる。


「大丈夫よ……ちょっとびっくりしただけ。“癒発光キュアライト”」


 淡い光に右手が包まれる。痛みが嘘のように引いていく。

 魔法便利すぎだろ。


「ごめんエリィ…痛い? 痛い?」


 アリアナが今にも泣きそうな顔で俺の右手を持ち、ふぅふぅ息を吹きかけてくる。あらやだ、超可愛い。クラリスが「あまり無茶はしないでくださいわたくしの心臓が止まります」と言う。それは困る。


 ――――!!!


 と、俺はここで閃いた。頭の上でぴこーんと電球が光るように、急にいいことを思いついた。


 魔法はへその辺りから魔力を循環させてイメージを膨らませ、魔法名を口にするか、心の中で魔法名を唱えて行使する。ということはだ、魔法二つ分の魔力を循環させ、その途中で二分割し、魔法名を連続で唱えれば同時に二発の魔法が撃てるのではないだろうか。


「ちょっと試したいことがあるわ。二人とも、下がってちょうだい」


 まずリラックスするように体の力を抜いてだらーんと立つ。だらしない体がだらしない立ち方により、さらにだらしなくなる。息を大きく吸って吐く。これを繰り返し、魔力をゆっくりと体中に行き渡るように循環させる。へそから胸、胸から頭、頭から体をなぞるように、魔力を全体へ這わせる。


 さらに今度は練った魔力を二つに分ける。右手と左手に半分ずつ、熱くなった魔力を送り込む。唱える魔法は“ウインド”と“ライト”だ。


 指先から魔法が飛び出るイメージを三回繰り返し、目を開いた。


「“ウインド”“ライト”!」


 両腕を一気に振り下ろす。

 

 魔力が放出される浮遊感があり、右手から“ウインド”左手から“ライト”が飛び出した。端からは、光りながら風が通り抜けた光景に見えただろう。


「うーん、威力がいまいちね」


 実戦で使うには相当の訓練が必要になりそうだ。初歩の初歩、下の下でこの難しさ。どれぐらい難しいかというと、普通の魔法は手に卵を持ってそのまま運び、箱に入れるぐらいの難易度。組み合わせ魔法は両手にスプーンを持って、その上に卵を乗せ、歩いて箱に入れるぐらいの難しさ。繊細で微妙な力加減が必要だ。


 まあ、実験は成功したからよしとしようか。


「エリィ今のって…」

「同時に魔法を使ってみたんだけどダメね。難しいから実戦向きじゃないわ」

「お嬢様ッ! いまなんと?!」


 クラリスがタイムセールで残りわずか十二個入り卵パックに飛び付く主婦のように、俺の言葉に食いついてきた。


「クラリス顔が近いわ。だから、同時に魔法を使ったのよ」

「快挙でございます! 誰しもがやろうとして挫折してきた難問をいともたやすくぅ!」

「おどうだば! おどうだば!」

「お嬢様は天才ですッ! このクラリス一生ついてまります!」


 這い寄るクラリスとバリー。

 この流れは……ズボンをずり下ろされるパティーン!


 俺はデブに似合わぬ軽快なバックステップでふたりから距離を取った。

 セーフ! セーフ!


「エリィすごい。私にも教えて」


 アリアナがヒーローを見つめる子どものような顔で俺を見てくる。

 照れるなぁ。


「いいわよ。でも杖だと無理だと思うわ」


 試しにクラリスから杖を二本受け取り、組み合わせ魔法を試みた。

 魔力を練るところまではいいが、左右の手に持った杖へ、勝手に魔力が流れてしまい微調整が全然できない。魔法を唱えるどころか、碌なイメージができなくなる。何度か試して全く上手くいかなかったので、俺はクラリスに杖を返した。


「ダメね」

「ショック…」

「アリアナも杖なしで魔法ができるようになればいいじゃない」

「うん…うん…エリィと一緒がいい」


 犬のようにすり寄るアリアナの狐耳を俺は心ゆくまで撫でた。

 あー癒されるこれ。柔らかくてぷにぷにしてて髪の毛もさらさらだし最高。



 ―――――――!!!!!!



 俺はまたしても閃いた。自分のこのあふれ出る才能が、こわひ……。


 一般の魔法使いは杖から魔法を出す。

 でも俺は杖なしだ。ということは一体魔法はどこから出ているのか?


 いつも魔法を使うときは、イメージしやすいように発射する場所へ指を差している。だから、指先から魔法が出ると考えるのが妥当だ。


 そして回復系の魔法は両手を広げて、包み込むような感覚で使用している。


 よし、試しに……。


「“落雷サンダーボルト”!」


 目に魔力を込めるイメージで、くわっとまぶたを押し上げた。

 “落雷サンダーボルト”が前方の地面に突き刺さる。


 続けて肘に魔力を込め、突き出すようにして“電衝撃インパルス”を唱えた。

 けたたましい音と共にデブの肘から電流がほとばしる。


 さらに俺は調子に乗り、三段腹に魔力を集中させ、“電衝撃インパルス”を使った。

 脂肪たっぷりジューシーなお肉から強烈な電気が巻き起こり、岩にぶつかって放射状にまき散らされる。


 これは便利だ。もし誰かに追われていても、前方を向いたまま後頭部から魔法が発射できる。決闘の際は一回限りの奇襲がかけられそうだ。


 曲芸師のように次から次へと、様々な部位から魔法を放つ。

 蹴るような動作での“ウインドカッター”。

 直立不動で“癒発光キュアライト

 アゴをつきだして“ウインドソード”

 ウインクしながら“落雷サンダーボルト


 俺とアリアナはしばらくこの“色んな所から魔法が出ます”の使い道をあれこれ検討し、夕ご飯の時間になったので特訓場を出ることにした。

 シャワーを浴びて馬車に乗り込む。


 食事を誘ってもアリアナは頑なに拒否してくる。俺のお願いすることで唯一首を縦に振ってくれないのが家族との食事だ。アリアナの家は七人兄弟で、毎日の食事に事欠くほどの貧乏貴族だ。アリアナが家に帰らないと誰も食事を作れないし、材料すら買って来れないらしい。また軽く泣きそうになった。


 バリーにアリアナをグレイフナーのはずれまで連れて行くようにお願いし、自分はゴールデン家に帰る。


 これから頑張ってダイエットしないとな。

 

 そう思っていると、クラリスが特訓グッズの入った鞄から黒い本を手渡してくる。


「アリアナ様の物が紛れ込んでいたようです」

「そうね。あの子が持っていた闇魔法の本よ」

「返しにいかれますか?」

「ええ、すぐ追いかけましょう。お母様には食事に間に合わないかもと伝えておいて。私は先に行っているから追いかけてきてちょうだい」

「かしこまりました」


 駆け足でアリアナの後を追った。

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