第40話 イケメンエリート、恋の舞踏会①
朝日も昇りきらぬ澄んだ空気の中、俺たちはグレイフナー通り一番街にある七階建ての『冒険者協会兼魔導研究所』を見上げていた。そこには特大の布製ポスターが飾られている。真下からでは全貌を確認できない大きさのため、よく見える通りの真ん中辺りに俺たちは佇んでいた。
ポスターには皆と協力して作った洋服に身を包んだ、咲き誇る花のようなエイミーの笑顔があった。
キャッチコピーは、
『防御力よりオシャレ力』
『私を守ってくれますか』
ポスター右下には、
『グレイフナー王国初のファッション誌“Eimy”創刊!!』
『○月×日オハナ書店にて限定500部発売!』
『仕掛け人“ミラーズ”店主ミサ、独占インタビュー付き!』
まさに最高の出来映え、渾身の力作であった。誰一人欠けてもここまで辿り着けなかっただろう。
「明日ね……」
感無量でつぶやいた。
他のメンバーも口々に肯定の言葉をつぶやき、ポスターを見上げたままうなずいている。
そう、明日が雑誌の発売日なのだ。その日の売り上げが運命を握っている。新しいファッションが流行するか否かのスタートラインなのだ。
夜から舞踏会があるため、皆に無理を言って全員が集まれる早朝に集合してもらった。全員でこのエイミーポスターを見たかったのだ。横を見れば皆、一様に疲れていたが、達成感で表情はこの上なく明るかった。
俺は一人ずつ顔を見ていく。
ミラーズ店主のミサ。自ら新しいデザインの服を着て方々へ奔走した。
デザイナーのジョー。俺の無理なデザインを実現させたやり手の新鋭デザイナー。
スピード・ワイルドこと黒ブライアン。責任感から副編集長を任せ、俺の意図を汲んで書店とのやりとりをしつつ火の上級魔法“
スギィ・ワイルドことおすぎ。四十歳。“
テンメイ・カニヨーンことエロ写真家。エイミー専属カメラマンの他、無理難題をすべて聞き入れ最終ページのためにグレイフナー王国初であろう魔物撮影を敢行。
うさぎのおっさん、ウサックス。三十九歳。ハイスペックな事務処理で全員分の食事代から給与まですべて一ロンも間違わずに計算し、全員分のスケジュール管理までやってのけた。
パイン・オーツィンことボインちゃん。元武器屋のバイト娘。十七歳。攻撃力コメントが面白かったので強引に勧誘。『私を守ってくれますか』のキャッチコピーは彼女が考えた。今では彼女自身がこの雑誌とファッションの虜になっている。
フランキー・グランティーノことフランク。アリアナの七人兄弟、上から二番目の弟。十一歳。勉強ノートをチラッと見たときに文章が面白かったのでなんとなく採用。的確な取材と不確かなことは探求する性格がマッチし、記者能力を発揮。
あとは臨時で雇った“
俺の背後には、すべてにおいて支えてくれた専属メイド、クラリス。顔に刻まれた苦労皺も今日は和らいでいるようだ。
そして雑誌専属モデル、エイミー。彼女はでかでかと自分の写真が飾られていることに恥ずかしさを隠しきれないようだ。いつ見ても可愛い。
「ミサ、ジョー。ここまでありがとう」
「何をおっしゃるんですお嬢様!」
「そうだぞエリィ! 感謝しているのは俺たち姉弟のほうだ!」
二人は嬉しそうに言う。
「印刷班! 本当に辛かったでしょ……あのポスター何度も失敗したの知ってるのよ」
「へへっ、あれぐらいは大したことないですよ!」
「エリィ俺たちのこと誰だと思っているんだ、ワイルド家だろう?」
黒ブライアンとおすぎ、それから“
「写真家テンメイ! あなた最高よ!」
「すべては被写体の美しさ……妖精であるエイミー嬢、そしてエリィ嬢のおかげですよ」
テンメイはあの日から片時もカメラを離そうとしない。
いつでも背中にしょっている。
「ウサックス、いろいろ雑務ありがとう!」
「光栄の至りですな! あの退屈だった日々は一体何だったのか……。私はエリィ嬢に出逢えて幸せですぞ!」
昨日は俺とエリザベスを深夜まで指導していたせいで寝不足だったが、ウサ耳が天に向かって真っ直ぐと伸びている。
「ボインちゃん、サンキュー!」
「私だけ軽ーい! でもエリィちゃん愛してる! あとそのあだ名変えない?」
推定Hカップを派手に揺らして新作のワンピースを着たボインちゃんがボインをボインボインさせる。
「フランク! あとで耳触らせて!」
「別にいいけど…」
アリアナと似たぱっちりお目々をしているフランクはそこいらの女の子より可愛かった。子どもっぽさが抜けたらさぞかしイケメンになるだろう。記者能力と共に成長が楽しみだ。
「クラリス……」
「お嬢様……」
目配せでわかり合うってすごくいい。
「エイミー姉様……。本当にありがとね。姉様は世界最高の姉様よ」
「私もすごく楽しかったよ! 色んな洋服着れるしミサさんが全部無料でくれるし、お礼を言わなきゃいけないのは私だよ」
エイミーの笑顔は今日も光り輝いている。彼女抜きでこの雑誌は思いつかなかっただろう。他のメンバーもエイミーのことは特別だと思っているようだった。
「ということでみんな、明日は『Eimy』発売祭りよ! オハナ書店に集合! いいわね!!」
「はいですわ!」「ああ!」「よし!」「おう!」「ついに!」「了解!」「いえーい!」「わかった…」「はい!」「はい!」「はい!」「お嬢様ッ」「エリィかっこい~!」
各々、好き勝手に返事をしたあと、成功を信じて疑わないと言わんばかりに右手を挙げて親指を立てた。
やはりチームってのはこうでなくっちゃな!
○
鏡を見て深いため息をついた。
時刻は放課後の夕方。朝のテンションはどこへいった。
雑誌騒動で睡眠不足になり、ニキビが二つも増えていたのだ。二つもだぞ!
ショックを隠しきれない乙女でおデブな俺。
明日から慎ましい生活に戻ろう。
はぁーニキビって消えないんだな。
もし男に戻れたらニキビ女子にエールを送る。
つーかニキビ消す魔法とかないわけ。白魔法の超級をぶち当てればお肌つるつるになったりしないか。しないよなー。白魔法の超級使えるのは噂によるとセラー神国の教皇だけっていうし、ニキビのために魔法使ってくれないよなー。
「お嬢様、そんなにため息ばかりついては可愛い顔が台無しですよ」
「ブスだしニキビ増えたし困ったわ」
あまり聞かない俺の弱音に、ミサはボブカットを揺らしてくすっと笑った。
ミサは空き時間を使って舞踏会のヘアメイクをしてくれている。
「それに髪の毛だってぱさぱさでしょ?」
「根本はしっかりしてるので、すぐに艶がでますよ」
「本当? ねえミサはいつも何使って洗ってるの?」
「ええっと私はですね……」
とまあこんな感じで、すっかりガールズトークにも慣れたもんだ。
そうこうしているうちにヘアメイクは終わった。アップした髪に紺色のバラが添えられ、うまいこと髪型が崩れないようにヘアピンで留めてある。特注したよそ行き用の、黒いシックなワンピースと合っている。さすがミサ。ほんのりと化粧もしてくれ、二点が五点ぐらいにアップした。点数はもちろん千点満点ね。うふ!
「お嬢様、アリアナ・グランティーノ様が参りました」
「お通ししてちょうだい」
折良くアリアナがやってきたので巻き添えにしてミサにヘアメイクしてもらい、くるぶしまで隠れる丈の白襟がついた紺のクレリックワンピースを着せた。これも俺が特注していたもので、いつかアリアナにあげようと思っていた。
うまくアリアナの細すぎる線を隠したコーディネートで、お尻に開けた穴から出ている狐の尻尾がなんとも可愛らしい。ミサが興奮して何度も「まあ! まあ!」と声を上げている。
「エリィ……似合う?」
「ええとっても」
そう言って頭を撫でると、尻尾をぶんぶんと風を起こさん勢いで振っていた。
エリザベスとエイミーも仕事と学校から帰ってきたのか、舞踏会の準備をはじめた。ミサと三人できゃいきゃいと言いながら準備を進めている。女って集まるとほんと元気になるよな――!
はっ、俺も女だった! おデブで心優しいレディだった……!
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