第16話 外出とイケメンエリート②
店を出てから、何も考えずにぶらぶらと歩いた。
途中、窓ガラスに映る自分を見る。
百十キロの巨漢デブであった当初より十六キロ痩せた姿は、おデブさん、と呼ぶのがふさわしい体つきになっている。巨漢デブがおデブさんになったのだ。かなりの進歩、ダイエット効果だろう。頑張ったもんな。全然まだまだだけど。
顔をよく見ると、贅肉で薄くしか開けられなかった目が、ほんのちょっとだけ大きくなったような気がする。たぶんエリィは顔に肉が付きやすいタイプなのだろう。うっすら、ほんっとうにうっすらとだが、エイミーと目元が似ている気がした。痩せたら美人になる可能性は大いにあるな。
頬にある赤いニキビはなかなか消えそうにない。
「エリィ!」
背後を振り返った。
行き交う人混みの中からトレードマークのハンチングをかぶったジョーが笑顔で出てくる。
「あらジョー。ごきげんよう」
「こんなところでどうしたんだ?」
「うん、ちょっとお買い物」
「へえ」ジョーは俺の持っている紙袋を見た。「何を買ったの?」
「乙女の秘密道具よ」
「ああ、化粧品か」
「もう! そういうのは言わないでよ!」
「あっ。俺またやっちまった?」
「ちょっとでいいから乙女心を考えてよね。男の子に何を買ったのか知られたくないっていう恥ずかしがりの女の子だっているんだから、化粧品だってわかっても、ふーんそっか、って言えばいいのよ。知らないフリは男の優しさよ」
「でもエリィはそんなに恥ずかしがってないから別にいいだろ?」
「私はいいけど、ジョーに好きな女の子ができたとき困るわよ?」
「べ、別に俺は好きな子なんてできねえよ…」
「あら? その反応は……ねえ好きな子いるんでしょ?」
「いねえよ!」
「ちょっと教えなさいよ! 誰よ? あ、向かいにあるパン屋のバイトの子でしょ?」
「はあ? そんなわけないだろ」
「わかった。たまに牛乳配達にくるメリッサって女の子ね。あの子の胸、大きいものね」
「ば、ばか、ちげえよ!」
「違う? ってことはやっぱり好きな子がいるのね?」
ジョーは顔を赤くして表情を隠すようにハンチングを目深にかぶり直した。
「お前としゃべってると何でも聞き出されそうで困るッ」
「あなたの協力がしたくて言ってるのよ。私は仲間に引き込んでおいて損はない人材よ」
何を隠そう俺は恋愛話が大好きだ。
ジョーを見ていると高校生に戻った気分になる。
「いや……別に好きとかそういうんじゃねえよ。ただ、なんつーかちょっと気になるって言うか…」
「へえ~」
「何だよその意味深なへえは! このデブ!」
「ちょ! あなたそれは禁句よ?!」
「うるさいこのデブ!」
「何よこのくるくるパーマ!」
「なんだとッ!」
俺たちは、それはもう若々しく、冗談めかして罵倒し合った。
ついつい俺も調子に乗って言い返してしまう。お互い認め合っているからこそできるおふざけだろう。
大体、泣き真似をして終了する、というのが最近の流れだ。
女は泣けば九割方、許される。泣き真似は必須スキルだな。
「悪かったよごめんごめん」
ジョーはハンチングを取って謝罪する。
わかればよろしいと許す俺。
くせえ青春の一ページ。
エリィ見てるか! 青春満喫中!
「そんなことよりちょうどいいや。エリィにこれを見て欲しかったんだよ」
「そんなことって……まあいいわ」
通行人が増えてきた。仕事が終わってみんな町に繰り出しているんだろう。俺とジョーは向こうから来た図体のでかいケンタウロスの集団に巻き込まれないよう、壁際まで移動した。
ジョーの広げたデザインのラフ画を覗き込む。
ラフ画には、ボーダー柄で七分丈のシャツが描かれていた。「生地・ゴブリン繊維と綿」と記され、配色「白と黒」となっている。
「縦がアリなら横もアリかなと」
「良いわね。実は私も考えていたけどね」
「ちょくしょーやっぱり考えてたか」
「これはボーダーシャツと名付けましょう」
「命名まで取られた!」
それから、生地感や着幅、裾回りの大きさ、ボーダー柄の幅、実現可能かどうか、費用はどれくらいか、なんて話をあれこれして、ジョーと別れた。俺がデザインしたエイミーのストライプワンピースが完成するから最終調整をする、と言って楽しそうに走っていった。
ついにエイミーが地球と同じようなデザインの格好をしてくれるのか。
あの美しくも優しげな垂れ目に、爽やかな白地にストライプが入ったワンピース。ワンポイントでカーディガンを巻き付ければ、さながらモデル顔負けのお嬢様スタイルになるだろう。可愛いな。間違いなく。
手を振って見送ると、誰かに急に襟首をつかまれ、裏路地に放り出された。
急に襲ってきた浮遊感に、声にならない声が出る。
「いたっ」
突然のことだったので地面に滑り込むようにして転んでしまった。
制服が泥だらけだ。
顔を上げると、サークレット家のスカーレットが、黄金の縦巻きロールを見せつけるようにして仁王立ちをしていた。そのうしろに取り巻きの女子が四人立っている。
「エリィ・ゴールデン。男といちゃいちゃしているなんていいご身分じゃない」
近くにこいつらがいたことに気づけなかった自分に心の中で舌打ちし、立ち上がろうとした。
が、頭の真上から突風が吹いてきて、地面に抑えつけられた。
右頬を汚い地面にくっつけたまま横目でスカーレットを見る。彼女の手には杖が握られていた。何か魔法を使ったらしい。
「誰が起き上がっていいと言ったのかしら?」
眉を上げたスカーレットは、わがままお嬢様が癇癪を起こす一歩手前、という顔をしている。
「あなたって本当に目障りなデブね。ボブ様にちょっかい出しておいて、他の男と逢い引きですって?」
再びスカーレットの杖が振られる。
ウインドブレイク、と言ったのが聞こえた。
突風が吹き下ろされ、圧力で体が地面にめり込むんじゃないかと思うほどの衝撃を食らう。
「ぐっ…」
くそ。どうしてこうなった。
警戒していなかった自分の責任だ。
「無様ね。ピッグーには地面がお似合いでしてよ」
取り巻きにいた女子達が、一斉に笑い声を上げた。ボスのご機嫌取りのような下卑た笑い方は、営業時代に何度も見た、誰かの腰巾着でしかない奴らの笑いそっくりだ。むなくそが悪い。
代わる代わる、俺が立ち上がれないように「ウインド」を吹き付けてくる。
「ほら、スカーレット様と言って謝罪するなら許してあげるわよ」
そういって杖で自分の手のひらを軽く叩きながらスカーレットが言ってくる。口元は優越感でゆがみ、蔑むように顎を突き出している。
「……あなた達は、一人で、何もできないのね」
心の底から呆れて言った。
他人を傷つける前に自分を磨いたらどうなんだ。
「このデブおんなッ!!!」
おさげ頭の取り巻きの一人が「サンドウォール」と唱えて杖を振ると、俺の真下の地面が盛り上がった。即席でできた一メートル四方の土の山に持ち上げられる。そいつが杖を横に振ると、土の山が横向きになり、俺は何の抵抗も出来ないまま空中に放り出された。
高さ二メートルから落ち、受け身も取れないまま自身の体重も相まって、全身が打ちつけられる。
変なうめき声が口から漏れた。
「私はね、あなたが嫌いなんですの。いつでも正義感丸出しで正論を言うあなたが嫌いなのよ」
スカーレットが杖を振る。
ウインドブレイクが体全体にのしかかる。
取り巻き連中もウインドを詠唱し、こちらに放つ。
幾重にもなった風が俺の体を押しつぶそうとした。
「何とか言ったらどうなの?」
魔法が止まり、やっとまともに呼吸ができるようになった。全身が痛い。
「ほら、いつもみたいに正論を吐きなさいよ」
「私もあなたが……嫌いよ。バカを引き連れなければ何もできないんでしょう?」
「デブ! スカーレット様になんてことを!」
サンドウォールを唱えたおさげ頭が再度杖を振りかぶった。
スカーレットは「やめなさい」と言って下がらせる。
おさげ頭は憎々しそうに俺を睨みつけると一歩下がった。
「泣いて謝れば許してあげるわ」
スカーレットは杖をこちらに向けたまま、俺の背中を思い切り踏みつけた。
「うっ…」
「ほら言いなさいよ。ごめんなさい、私が間違っていました。スカーレット様に楯突いて申し訳ございませんでした」
「……」
「どうしたの。またウインドブレイクが欲しいの?」
「スカーレット……あなたボブのことが好きなんでしょ?」
「なっ!」
一瞬だが、背中に押しつけられたスカーレットの足が軽くなる。
俺は隙を逃さず真横に吹っ飛ばすイメージで「ウインド」を唱えた。
目に見えない風の塊が背中の上を駆け抜け、スカーレットにぶつかった。
だが所詮そこまで練習していない「下の下」「初歩の初歩」魔法。彼女に尻餅をつかせるのが精一杯だった。
取り巻きの女子四人が一気に反撃してくる。四人分のウインドとウインドブレイクが地面に体をめり込ませようと吹き荒れる。
くそ、息が…できない……。
こうなったら
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