第15話 外出とイケメンエリート①



「ちょっと転んだだけよ」と俺はエイミーとクラリスに言った。


 今日、一人で町に出かけた。


 化粧品を見て回り、何となく一人の時間を満喫したかったのだ。


 この世界の化粧品の種類は地球とそこまで変わらないように思える。ただ、効果や効能は試してみないと分からない、という点が大きく違うところだ。配合や成分があやふやで、意味不明であり、元になっている製品も異世界クオリティでさっぱり理解ができない。買って試してお肌が荒れました、という話はザラにあるらしい。


 こええよ。

 試せねえよ。

 俺、乙女だから。

 

『基礎化粧品』『薬用化粧品』『メイク化粧品』


 大まかに化粧品はこの三種類に分類される。


 作り方までは分からないが、最後に担当していた部署が新規立ち上げの化粧品部門だったので、ある程度の知識はある。とある化粧品会社を買収して、うちのグループがそっちの業界にも手を出そうとしていたところだった。噂によると会長が孫の為に買収したらしいが…その噂を確かめるすべは俺にない。


 もう二、三年あれば相当量の化粧品知識と営業経験を積めていた。まあ、それをここ異世界で言ってもしょうがないんだけどな。今の俺はデブでブスだし。


 気を取り直して、俺は化粧品店“止まり木美人”の商品を見て回った。


森林治癒キュール配合・マグマ熱入り化粧水』


 顔が灼けるだろ。


『ドウレンジャー赤魔物エキスの肌荒れ防止水』


 真っ赤! エキスってどこの何のエキスだ!?


『アンアンズのオーガニックシャンプー』


 なにアンアンズって。あんず? あんず飴のあんず?

 あんが多いよ。喘いじゃってるよ。


『西砂漠の南風・リンス』


 ぱっさぱさになりそうだと思うのは俺だけだろうか。


『メデューサの顔パック』


 顔面が石化しそうだ。


『ニキビ落としフジツボ石けん』


 気持ちわりいいいい!


『タヌキングのちゃん玉美容液』


 ちゃん玉ッ?!


『若返りの水・ドラゴンの吐息』


 値段たっか! 一億ロン?!

 しかもちょびっとしか入ってない。うすーく伸ばして塗って、やっと顔全体にいきわたる程度の量だ。


 ちなみにこの世界の貨幣は“ロン”だ。

 色々と調べ、ざっくりと“一円”が“一ロン”だと判明した。わかりやすくて助かる。


 紙幣は存在していない。

 

 石貨=十円

 銅貨=百円

 銀貨=千円

 金貨=一万円

 大金貨=十万円

 白金貨=百万円


 白金貨は貴重な“白い金塊”を使っていて、めったにお目にかかれない。


 じゃらじゃらと音が鳴るし重いし、紙幣のほうが断然使いやすい。文明と経済がもっと発達しないと紙幣は登場しないのだろう。残念だ。


 厳重な防犯処置が施された『若返りの水・ドラゴンの吐息』は小瓶の中で金色に光っていた。店主に聞いたら、ドラゴンを追い詰めて泣かせることではじめて採取できるらしい。体に塗ると、たちどころに傷が治り、肌が活性化するそうだ。


 ドラゴンをひいひい言わせるぐらい強くなって吐息を強奪しに行くのも悪くない。


「ドラゴンを泣かすってどうすればいいの?」

「お嬢ちゃん、ドラゴン狩りにでも行くのかい」

「いずれね」

「ぶわーっはっはっはっは!」

「なによ! 笑うことないでしょ!」

「ドラゴンの吐息があればお嬢ちゃんのニキビも一発で治らぁね。ちげえねえ」


 ひげ面で小綺麗な服に身を包んだ店主は腕を組んで神妙にうなずいた。さすが化粧品を扱う店の店主だけあって、綺麗になりたい女心がわかっているみたいだ。


 あたい、きれいになりたいんです……。


 ちなみにこの『若返りの水・ドラゴンの吐息』は四十年前に砂漠の賢者ポカホンタスが持ってきて譲ってくれたそうだ。いくつかの小瓶に分けて、代々この店で大切に販売しているとのこと。十二種の魔法をすべて使えるぐらい強くないと採取は無理みたいだ。


 うん、「光」と「風」しか使えないダブルの俺には当分無理だな。「雷」は使えるが、それでも無理だろう。つーかドラゴンが存在するのか。まじこええな。


「無理ね」

「だろうな。残念だけどな」

「一番売れてるニキビに効く薬、ない?」

「そうさなぁ、これなんか人気だな。値段も高くない」

 

 店主が出してきたのは『神聖の泥水』という商品だ。


「泥水? ああ、泥パックみたいなものね」

「おお、大抵のお嬢さんは嫌な顔するんだがお嬢ちゃんは違うみてえだな」

「まあね。いろいろと調べているから」

「よしわかった。六千ロンのところ、特別に五千ロンにまけてやるよ」

「いいの?」

「おういいぞ」

「ねえ……私いずれ物凄い美人になると思うのよ。それはもう誰もが振り向くようなとびっきりの女ね。いつか一回デートしてあげる権利をあげるから、『神聖の泥水』四千ロンにまけてちょうだい」

「んん?」

「いいじゃないおじさん。ねえいいでしょ?」

「……ぶわーっはっはっはっはっは! ひいーっひっひっひっひ!」


 ひげ面店主はカウンターを叩いて大笑いした。

ひとしきり笑って涙を拭うと顔を上げた。


「お嬢ちゃんおもしれえなあ。それに物言いが堂には入ってやがる。気に入った」


 カウンターの中で店主は自分の膝をばしんと叩いた。


「四千ロンでいいぞ。その変わり、美人になったらデートしてくれよ」

「もちろん。レディは嘘をつかないからね」


 優雅にワンピースの裾をつまんでお辞儀をした。

 イエス! 冗談のつもりがちょっと得した。


「楽しみにしてるな」

「ちゃんとエスコートしてよね。それから今のうちに奥さんに言っておいたほうがいいわよ」

「どういうこった?」

「今日ブスでデブな女の子が店に来て、将来美人になったらデートする約束をしたって」

「ほう、そりゃどうしてだい?」

「だって可愛い子とデートしたら奥さんが嫉妬するでしょ?」


 店主は一瞬、きょとんとした顔をしたが、言葉の意味がわかったのかまた腹を抱えた。


「ぶ……ぶわーっはっはっはっはっはっはっは!」

「そんなに笑うことないでしょ!」

「ひーひーっ」

「ねえ私ってそんなにブス?! デブ?!」

「すまんすまん。いやー久々にこんなに笑ったな。もういいよ、そいつはタダでくれてやる」

「え? いいの?」

「おういいぞ。いつかデートする相手だからな」

「でも駄目よ。お金はちゃんと払うわ」


 銀貨を財布から四枚出してカウンターに置いた。

 冗談のわかる店主が気に入ったので、しっかりと金を払ったほうが今後の為になるだろう。


 それから少し雑談をした。


 どうやら店主はトリプルで、適正は「火」のようだ。商売柄、危険な場所にある素材を取りに行くため、自衛ができるぐらいの腕っぷしは必要なようだ。


 この世界の人はほとんどがシングルかダブル。

 魔法が得意な人間でトリプル、スクウェア。

 冒険者や貴族、凄腕魔法使いはペンタゴン、ヘキサゴン、セブン、エイト。

 それ以上は滅多にお目にかかれないらしい。

 あと単位が変わっていくのが面倒くさいな。まあ決まってることに文句いってもしゃーないけど。


「そういや残念だが『神聖の泥水』は今後の入荷が難しそうだ。大事に使ってくれ」

「何かあったの?」

「その泥水は、砂漠の国サンディとグレイフナー王国の間にある“自由国境”付近で採取できるんだが、近頃あの辺が物騒になってやがる」

「戦争でもあるのかしら」

「さあな。武の王国グレイフナーに戦争ふっかけるバカはいないから、おそらくパンタ国あたりに仕掛けようって腹だろうよ」

「砂漠の国サンディが、そのパンタ国に戦争を?」

「わからん。最近子どもの失踪事件が多発している。どうもうさんくせえ」


 失踪事件、と聞いて俺は真っ先に孤児院の子ども達を連想した。エリィの日記に書いてあった、さらわれた子ども達だ。


 情報収集をしているクラリスの報告にも、どうやら人攫いが多発している、行き先は西ではないか、という内容がよく出てくる。だが戦争を仕掛けるにしても子どもを誘拐する理由にはならない。


「ここ首都は安全で警邏隊も優秀だ。誘拐犯はよほど狡猾で腕が立つんだろうよ」

「あの雷雨の日から町の巡回は厳しくなっているしね」

「さすがお嬢ちゃん、よく知ってるじゃないか」

「ええ、さらわれたら困るでしょ」

「はっはっは、確かにな。将来べっぴんさんになるしな」

「そうよ」


 互いに笑い合った。話がわかる店主で会話が非常に面白い。

 なかなかの営業力。

 やはり買い物はこうでなくちゃな。


「私はエリィ・ゴールデン。また来るわね」

「俺はマッシュだ。おまえさん、ゴールデン家の娘か?」

「ええそうよ」

「じゃあ帰ったら当主に伝えてくれ。来年の魔闘会は勝って領地を取り戻してくれって」

「……わかったわ」

「うちの実家がマースレインにあるんだけどよ、リッキー家に変わってからあまり感じがよくないんだと。自分の家ほっぽり出すわけにもいかんし今は黙っているが、このまま雰囲気が悪くなるならよそへ出て行くって婆さんが騒いでてな」

「リッキー家に変わってからどう悪くなってるの?」

「なんでも怪しい連中が領地で寝泊まりしてるらしい。旅人や冒険者はいくらでもいるが、どうもそういった類の連中じゃないみたいなんだ」

「へえ。私もリッキー家が怪しい連中とつるんでいるって噂を聞くわ」


 この言葉は単に俺の憶測で、会話をつなげる撒き餌のようなものだ。


「元来血の気の多い家柄だからな、問題の種になってるんだろうよ」


 なるほど。世間一般からリッキー家はこういう評価なんだな。

 有益な情報だ。


「でも気になるわね、領地の雰囲気がよくないっていうのは」

「そうさな……お嬢ちゃん。あまり他でこういう話はするんじゃないぞ」

「ええ分かってるわ」

「ふっ。お前さん、ただの学生じゃないみたいだな。一瞬、大人の男と話している気分になったよ」

「ま、まあね。ゴールデン家ではこういった話題は普通だからね」


 中身は三十手前のイケメンエリートでーす。


「それじゃあ気をつけてな。まいど!」


 『神聖の泥水』の入った紙袋を受け取って町に出た。今日は授業が長引いてしまったせいで放課後の時間が少ない。そろそろグレイフナー通りの街灯に灯りがともる頃だろう。

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