第7話 洋服とイケメンエリート⑤


「ゴールデン家四女エリィ・ゴールデンです。パジャマ姿で失礼致します」


 自分で言って笑いそうになるが堪えてパジャマの裾を上げた。

 こういう女っぽい動きはなぜかオートマチックでできる。あと言葉遣いも口に出すと修正が入るから不思議だ。ひょっとしたらエリィの意志がまだどこかに残っているのかもしれない。これはじっくり研究すべきだろう。


「本日はどうされたのですか?」

「ええ、普段着があまりにもダサくて着れないのよ」

「なるほど。だからパジャマ姿なのですね。では当店で見繕ってさしあげましょう」

「それでもいいんだけどねえ…」


 わざと意味ありげに店内を見回した。

 店主ミサの眉毛がぴくっとつり上がるのを見逃しはしない。


「じゃあ私の体に合う服を選んで」

「かしこまりました」


 ミサが持ってきたのは白のワンピースと、グレイフナー王国で流行の白シャツにもっさりした皮ドレスだ。


「ありがとう」


 まあ白シャツに皮ドレスの合わせはエリィには無理だな。飛び出る腹に、うなる二の腕。下っ腹が皮ドレスを押しだし、ぱつんぱつんのシャツに二の腕の太さがくっきりと出るだろう。「頑張って流行の服を着てます感」しか出ねえ。


 白ワンピースの生地は綿だ。膝下まで裾が広がり、袖は切りっぱなしで、ボタンやしぼりはない。日本でいうところのオーガニック系だな。家庭菜園とか無農薬とかが好きな主婦が着てそうな、ゆるい自然っぽいファッションだ。


 まあ本当は黒地のものが欲しかったが、わりとまともな部類に入るので、クラリスに言ってワンピースの料金を払ってもらった。金はエリィが貯めているものがあるし、なくなれば家の誰かがくれるから問題ないそうだ。いやエリィは貯金に勉強にほんと偉い子だな。俺は金、持ってるだけ使うからな。


「ワンピースをもらうわ」

「ありがとうございます」


 店主ミサ自ら会計をしてくれ、クラリスが支払いを済ます。


「あの、お嬢様。先ほどお話されていたことなんですけれど、よければ詳しくお聞かせ願いませんか?」

「あら何の話?」


 とぼけて聞き返す。


「フリルがいらないことや、靴の話です。非常に興味がわきまして御迷惑でなければなのですが」

「クラリス、時間はある?」

「そろそろお夕食のお時間です。本日はお嬢様の退院祝いですので…」

「あらそう」

「そうですか、残念でございます」

「また時間ができたらくるわ」

「ええ、是非ともそうしてください!」


 思った通り、このミサという店主はかなりセンスがあるとみた。

 その内、オーダーで服を作ってもらう予定だし、懇意にしておくべきだろう。



  ○



 今日服屋を回ってほぼ確信したこと。ずばりこの国の人は、洋服にそこまで興味がない。ほとんどは防御力重視だな。行き交うおっさんや、若い女性でさえ、どれだけ頑丈かを気にしている節があった。


 革命的なデザインの服が出ていないことも原因のひとつだ。


「お嬢様が洋服にあれだけの情熱をお持ちだとは知りませんでした」


 クラリスは馬車のドアを開けて下りるよう促す。


「実は前からずっと気になっていたのよ」

「お嬢様のご立派なお考えを店の者が認め、私は鼻が高いです」

「やめてクラリス。そんなにすごいことじゃないわ」

「いいえお嬢様。わたくしは今日からお嬢様付きのメイドになることを心に決めました。あなた、いいわよね?」

「もちろんだ」


 バリーは馬車をゴールデン家の使用人に任せ、クラリスの後に続く。


「大丈夫なの?」


 専用のメイドがどういう立ち位置になるのか分からない。


「ええ、旦那様には常々言っていたことにございますから」

「でもメイド長なのでしょう?」


 『愛のキューピッド』のご婦人がクラリスをメイド長と言っていた。


「そんなものは誰かにうっちゃればいいのです。わたくしは心優しくも努力家のエリィお嬢様が好きなのです」

「クラリス…」

「私も料理長でなければお嬢様の護衛としておそばにいるのですが」

「あんたは駄目よ。バミアン家の当主なんだから」


 クラリスの言葉に、悔しそうにバリーは拳を振った。

 愛されてるなーエリィ。


 ゴールデン家の屋敷はそりゃでかかった。

 武家らしくがっしりした門に、いかつい門番が立ち、ちょっとしたパーティーができそうな庭を通って、玄関に到着する。庭は屋敷の奥に続いており、おそらく向こうにエリィが入水した池があるのだろう。


 玄関を開けると、ばたばたと走る音がして、伝説級美女が飛びついてきた。女性特有の柔らかい匂いが鼻いっぱいに広がる。


「エリィ! 退院おめでとう!」


 一日ぶりに見る伝説級美女エイミーはやはり美しかった。


「ありがとうお姉様!」

「おなかすいたでしょ」

「うん」

「遅かったけどどうしたの」

「ちょっと町に」

「病院は退屈だものね」


 そう言いつつもぺたぺたと俺の顔や体をさわってくる。


「ちょっと痩せた?」

「そうかな?」

「そうよ。よかったやっと敬語が元に戻った」


 うふふ、と笑うエイミー。可愛いな、おい。


「エリィおかえりなさい」


 続いてやってきたのはエイミーの垂れ目とは対称的な釣り目の、気が強そうな美女だ。 輪郭や鼻、口元はエイミーにそっくりで、目だけが逆になったかのようだ。これだけでだいぶ印象って変わるもんだな。


「ただいま戻りました」

「なぜパジャマ姿なの?」

「自分の服が許せなくて」

「あら、あの店の服は悪くないと思うけど?」

「そう、ですか?」

「あなた…」


 釣り目で気が強そうな美女は近づいてきて顔を覗き込んだ。彼女の身長は百七十センチぐらいだろう。


「ちょっと変わったわね」

「エリザベス姉様、そんなにエリィを睨まないで。病み上がりなのよ」

「そうだったわ。それにしても…本当にあなたって子はいつもみんなに心配ばかり掛けて…」


 エイミーの進言でエリザベス姉様と言われた人物は身を引いた。

 たしか日記にも出てきた次女のエリザベスか。あまり仲良くない、と日記には書いてあったが、ただ心配されてただけなんじゃないか?


「あなた達、そんなところでしゃべってないで食堂にいらっしゃい」


 最後に現れたのは細身で柔和な笑みを称える大人の女性だった。


「ごめんなさいエドウィーナ姉様。エリィ、いきましょ!」


 エイミーが保護欲をかきたてる顔。三女。

 エリザベスが気の強い美女系。次女。

 エドウィーナ姉様。長女。


 エドウィーナ姉様はなんというか、大人の女だった。色気が周囲に充満するかのような、優しさと、そう、エロス。エロスを感じる。ウイスキー、お好きでしょ、って感じでCMに出てそうだ。いつもの俺なら確実にむらむらきているはずなのに、体がエリィのせいなのか、そっち方向の気分には一切ならない。


 ばばーん。

 そして俺ことエリィである。デブでブスでニキビ面で中身がスーパー天才イケメンエリート営業。四女。


 これはきつい。


 こんな美人三姉妹と並んで歩いたら、そりゃ笑われるし言い見世物だしどうすりゃいいかわからない。エリィが不良にならず十四歳まで成長したのは奇跡といえる。さすがだエリィ。おまえは強い子だよほんと。


 食堂には、きれいに口ひげを整えた垂れ目のくせにダンディな親父と、ちょっときつそうな顔つきだが美人の母が待っていた。


 エリィの退院を祝ってから、食事がスタートし、途中でエリィの誕生日を祝うバースデイケーキが出される。入院中に十四歳になったから誕生日祝いはやっていなかったのか。父親は一度優しそうな笑顔をすると、あとはむっつりと黙り込んだ。口数は少ない。


 代わりに母親が色々と俺にお小言を言ってくる。


 やれ危機管理がなってない勉強が足りないみんなに心配をかける、などなど。恐縮するふりをし、俺は食べ過ぎないように好きな食事を取り分ける。いつものことなのか、俺を除く三姉妹は世間話をしながら楽しそうに食事を摂っている。父親は仲睦まじい娘達を見て、垂れ目をもっと下げ、ワインを飲んでいた。


 母親に心配されているんだ、ということがわかって安心した。別にエリィがみんな嫌いというわけではないようだ。ただ一人だけちょっと太ってて出来の悪い末っ子、と思っているみたいだな。


 いつもより食べない俺を心配するエイミーには食欲がないといい、父親に明日明後日、始業式まで秘密特訓場を使う許可を取った。ついでに温泉が出た、と言ったら、白い歯をきらりとさせてエリィは冗談が上手いなあと笑った。いや、まじで出たぞ、温泉。


 食事が終わると、両親と長女は食堂に残って食後のお茶に興じた。俺はこっそりクラリスを呼んで、場所が分からないエリィの部屋をうまいこと聞きだし、そのまま中へ入る。なぜかエイミーもついてきて、そのままベッドに座った。


「エリィ少し変わったよね」


 エイミーはそう切り出した。表情はいつも通り優しさに溢れている。


「そうかな?」


 女の子女の子している部屋の内装を変えないといかん、と頭の端で考えつつ首をかしげてみせた。


「ご飯ちょっとしか食べないし、病院で変な寝言言ってるし、心配してるんだからね」

「姉様のおかげでもうこの通り元気だよ」


 普段だったら上腕二頭筋をこれでもかと見せつけるのだが、いかんせん贅肉を披露しても誰も喜ばない。

 しおらしくしているこちらを見て、エイミーは言いづらそうにもじもじと自分のスカートの裾を握った。


「あのねエリィ……」


 あまりの可愛さに抱きしめたくなる衝動を抑え、言葉を待った。


「学校…大丈夫なの?」

「学校?」

「そうよ。その……クラスにあまりいいお友達がいないんでしょう?」

「大丈夫だよ」

「うそ! いつも学校ですれ違うと居心地の悪そうな顔しているじゃない」


 本来なら「返り討ちだ」と言ってこれ見よがしにバキバキに割れた腹筋のシックスパックを見せつけるのだが、いかんせんそういう訳にもいかない。


「平気よ姉様。ちゃんと学校には行くから」


 登校拒否なんてしたらリッキー家のボブに復讐できねえし。


「そう…」


 こちらの言葉を聞いて、エイミーはなんて健気な子なんだろうと心配と感動が入り交じった顔で、ゆっくり抱きしめてくれる。


 しばらくその温かさを感じ、俺はボブがどんな奴なのかをあれこれ想像していた。まず自分の目で現状を確認する。そして然るべき判定を下し、どのようにするか決める。何事も自分の目で見て決めることが、ミスを防ぐものだ。


 しばらくエイミーと雑談し、体重計に乗ってベッドにもぐりこんだ。

 一キロ痩せていた。

 百キロ台は変わらないので感動は一ミリもない。


 始業式まで、専属メイドになることを許されたクラリスとバリーと三人で、秘密特訓場に行き、トレーニングをして、グレイフナー通りを回って情報収集をし、家に帰る。というサイクルを二日送った。なかなかに充実した時間だ。


 そして始業式当日。

 ちょっとわくわくした気持ちと、リッキー家のボブがどんな奴なのか抜かりなく調べること、目的を忘れずに実行すること、色々な思いを胸に、太い体に学校指定の制服に袖を通して登校した。

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